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 夕闇の中、いくつもの影がごちゃごちゃとした路地を滑るように走っていた。壁一枚隔てて存在する住人に気遣えないように、静かにだがすばやく、影は走る。
 時折、積みあがったゴミの山や無秩序に取り付けられた看板が行く手を阻むが、影はすぐに別のルートを探してまた走る。
「くそっ、何人くらい脱出できた!?」
「分かりません。煙があっという間に広がって……そもそもいったいどうやって爆弾を仕掛けたのか」
 彼らの正体は、からくも爆破を逃れたあるは社外にいて無事だったフォックスグレーシアのメンバーだった。普通なら、その場に残って仲間の救出に当たらねばならないはずの彼らは、今は細い路地を人目を偲んで逃げていた。
「ブラックシープ商会に決まっている。まさか、人を攻め込ませずに建物ごと壊しに来るとは……あの黒羊が!」
 男は歯噛みした。数時間前まで、自分たちは圧倒的に優位な立場にいたはずだった。しかし今はこうして路地を逃げ回る身となっている。勿論、倒壊した建物の中から書類や仲間を探さねばならないのは分かっている。しかし、あのままあそこにいれば必ずブラックシープ商会は止めを刺しにくるだろう。だから、彼らは逃げていた。
「とにかく、今は身を隠しましょう。それから地下かどこかで戦力集めて、ブラックシープ商会の不正な攻撃を主張すれば、再起のチャンスはいくらでもあります」
「ああ。ブラックシープ商会の手が届かないノースヤードの深部、あるいはアンダーヤードに逃げ込めばこちらの」
 男の言葉は中途半端で途切れた。頭部にめり込んだ銃弾が続きを言うことを不可能にしたのだ。ワンテンポおくれて、男の身体が血しぶきを上げて倒れる。
「高沢!?」
「どこから!?」
 また一人、倒れる。パニック状態で逃げ出す男たちを次々と銃弾が仕留めていく。すべてが一撃必殺。しかもどこから飛んでくるのか分からない。
「物陰に隠れろ!!」
 生き残った者は、我先にと積みあがったゴミや民家の塀の影に逃げ込む。その鼻先を銃弾がかすめた。逃げなければ頭をぶち抜かれていただろう。
「いったい、どこから……?」
 呟いた男の後頭部に銃が突きつけられた。
「ここですよ」
 頭を石榴のように割って、男はその場に倒れこんだ。
「おやおや、随分と生臭い花畑ができてしまいましたね」
 キラキラした金髪が、夕日を浴びて赤銅色に輝いた。憂いを秘めた瞳はどこまでも青く、肌は夕日の赤がしっかりと染み付くほど白い。彫像のような整った顔にうかぶのは、のんびりとした笑み。その笑みが彼を人間らしく見せている。だが、どことなく薄い。これだけ目立つ容姿をしているというのに、存在感がほとんど感じられない。まるでずっとそこにいたかのように、麗しい少年は夕日を受けて立っていた。
「ジェ、ジェイル・クロムウェル!?」
「貴様……そうか、貴様の仕業か!? 爆破も狙撃も!」
 やっと少年の存在を認識した男たちが一斉に銃を構える。しかしそんなものは、彼――序列102位【ワンダフルポエマー(凍れる詩人)】ジェイル・クロムウェルには通用しない。
「答えろ!! ジェイル!」
 彼は薄く笑った。
「せっかく夕日を見ていたんです。邪魔しないでください。ほら、あの炎はまるであなた方を向かえに来た煉獄の使いのようじゃありませんか。すべてを赤く染め、包み、浄化という名の独善の鉄槌を下す、いと気高き天使たち。いいですね。憧れますね」
 男たちは武器を構えたまま動かない。撃つべきだということは分かっている。相手はあのジェイル・クロムウェルなのだから。しかし、それでも撃つ気になれない。
 ミスティック能力【パーフェクトストレンジャー(人畜無害の第三者)】
 ジェイルの持つ能力は、ジェイルと言う存在に対する認識を強制的に捻じ曲げる効果を持つ。普通、人間は知らない相手がくれば警戒するし、武器をもって向かってくる相手がいれば迎撃の準備にはいる。しかしこの能力を使われた場合、ジェイルがいてはならない場所をうろうろしていても、武器をもって向かってきても、それがまるで当たり前の光景のように思えてしまうのだ。勿論、そこに人がいることは理解できる。しかし、彼がそこでやっていることに対しては何の疑問も持たない。極端な話、彼が関係者以外立ち入り禁止の場所に入ってきて爆弾をおいて去っていても、その場にいる全員がそれが当たり前のように思い込んでしまうのだ。
 現在、すでに男たちはジェイルを排除すべき敵であると認識している。それでもなお、彼らの精神力では完璧にその能力の干渉を拭い去ることができない。敵に武器を向けていると理性では分かっていても、まるで石ころに銃をむけているような馬鹿馬鹿しさが付きまとう。
「まあ、僕は神に裁いてもらいたがるほど卑屈ではありませんが。どうせならもう少しドラマチックでロマンチックに生きたいですよね。穢れた救いのない魂は、牢獄の中で救いの手を差しのべてくれる、清純なる乙女を待つと物語の相場は決まっています」
 ジェイルは微笑んだ。イギリス紳士らしく懐から懐中時計を取り出すと、重々しくそれを掲げる。
「おっと。残念ながら、おしゃべりの時間は残されてないようですね。そろそろ幕が下りる時間です。残酷で麗しい夜の女王が黄昏の衣をまとった乙女を追い払う前に、すべて片付けることにいたしましょう。僕とて、夜の女王が抱く闇は恐ろしいですからね。特にこの悪夢の箱庭のごとき複雑な街では、どこに血に飢えた魔物が潜んでいるか分からない」
「撃てええええええええ!!」
 一斉射撃が開始された瞬間には、すでにジェイルはそこにいない。数メートルの距離を一瞬で詰め、叫んだ男の目の前にいる。
「どうぞあなた方にも、死の乙女の祝福がありますように」
 ジェイルの銃が火を吹く。ジェイルの序列102位という称号は、ミスティック能力だけによるものではない。テクニカルなミスティック能力と、他人の油断を生みやすい芝居がかった言動、そしてそれに反した戦闘センスが彼を無所属でこの地位に押し上げた。
 彼は、強い。
「撃て、撃ち殺せ!!」
 悲鳴に似た声が上る。しかし、銃弾はジェイルをかすりはするものの決して当たらない。銃弾を避ける一番良い方法は軌道から外れることと言うが、それはよほどの実力者かなにも知らない馬鹿の台詞だ。軌道を避けるためには、手首だけを動かせばいい相手に対しそれを上回るスピードと反射神経で全身を移動させなくてはいけないのだから。
 しかし、まれにそれが出来る人間がいる。そして、この学園のランカーたちの多くにとってそんな技術は当たり前のように持っているものだ。
「そのような遅い動きでは、時の乙女を射止めることも勝利の女神の笑みを受けることもできませんよ?」
凄まじい勢いで狭い路地を移動しながらも、ジェイルの命中率は落ちない。一人、また一人と頭あるいは内臓を打ち抜かれ、男たちが地に伏せる。弾がなくなると死体が持っていた銃を拾い上げて使う。
 五分後には、路地で動くものはジェイル一人だけになった。
「さて、次はどうするのでしたか。爆弾を指定箇所において、逃げた相手を始末しておけということでしたが」
 ジェイルは、指を刺して倒れている死体を数える。
「あれ? 二つほど予定より多いですね。おかしいな。ひょっとして無関係の人を巻き込んだんでしょうか? でも、絶対逃ちゃいけない人物は仕留めましたし、ミヒャエルも文句は言わないでしょう。そもそも何でこんな依頼もって来たのかまったくもって謎ですが。まあ、パンドラの箱はしまっておくにこしたことはないですね」
 自分の銃だけを懐にしまうと、ジェイルは踵を返してウエストヤードの路地に消えていった。




「僕はね、怖くてたまらないんだ。いつ自分の今の地位が崩れて奈落に落ちるかと考えると、怖くてたまらない。だから、できるだけ保険はかけておくことにしている」
 身動きの取れない未織に、エドワードはどこか楽しげに言った。
「それが……これ?」
 意味深にエドワードは笑った。質問にはすべて答えているようなふりをしているくせに、肝心なことは一つも答えてくれない。
「昔話になるけど、僕の両親は企業家だったんだ。中規模の、そこそこ成功していた。二人ともすごくアグレッシブな人でね、攻撃は最大の防御とばかりに攻めて攻めて攻めまくっていた。でも、そのせいで隙ができて、最後は何もかも奪われて死んだ。最後のお金で、僕をこの学園に送って、そのあと自殺したそうだよ。だから僕は、いつも怖いんだ。いつか僕もああいうふうに死んでしまうんじゃないかと、怖い」
 淡々とした口調と表情で、エドワードは語る。
「それに僕には部下がいる。彼らを路頭に迷わせるわけにはいかないからね。そのためなら、僕はどんなことでもする」
 怖い。
未織は背筋が寒くなった。
 エドワードの言っていることは一見、正しい。だが、言い方を変えるならば、自分自身の恐怖を抑えるためならば、殺人だろうと拷問だろうと手段は選ばないと宣言しているに等しい。それはすでに普通の人間が持つ不安に対する恐怖を超えて、狂気を帯びている。
外見がどんなに普通に見えても、彼はランカーでリンクのリーダーなのだと未織は思い知った。恐怖を起因として、彼もまたこの学園の生徒らしく狂っている。ただその狂気のすべてが内側に向いているため、誰も気づかないだけなのだ。
 エドワードは窓の外に視線を向けた。沈みかけた太陽で、空は赤い色に染まっている。
「さて、ジェイル君が仕事を済ませた頃かな」
 唐突に出てきた名前に、未織は眼を見開いた。
 ジェイル・クロムウェル。彼は、エドワードの保証人である篭森珠月の天敵であり、それゆえエドワードでも繋がりは強くなかったはずだ。
「なんであの人がこっち側にいるの!?」
「え? 雇ったから。掃除屋の不死川君たちでもよかったんだけど、やっぱり、無所属住所不定のほうがいざという時リンク同士や区画同士のいざこざにならないだろ?」
「違う! なんでそんな人を雇えるのかって言ってるの!? だってランカーで部外者よ?」
「……ふむ、君は幹部のくせに、どうしてうちが大規模戦力を持たないのか、まったく知らないようだね」
「そんなんで、よく今まで幹部が務まったな」
「扱いやすいといえばそれまでですが」
 両脇にひかえた戒とメリーが同時に蔑むような視線を向ける。未織は沈黙した。
「エドワード、俺が説明してやるべきか?」
「いや、いい。僕がしよう」
 エドワードは、未織に向き直った。
「人間は狼を狩る。狐を狩る。なぜか? 狼や狐が危険だから。人間は滅多に羊を狩らない。なぜか? それは羊が危険ではなく、食肉の場合を除いては生かしておいたほうが利が大きいからだ。世の中は弱肉強食なのに、草食動物たちはなぜ身を守る角や毒を持たなかったのか? それはそちらのほうが生き残るに都合がよかったからだ。僕らもそれと同じなんだよ」
 エドワードは、楽しげに喉を鳴らした。
「武力を持てば、それだけ他のリンクに警戒される。しかし、武力を持たずしかも利益を授けてくれる存在ならば、他のリンクは守ってくれるだろう? だから僕は、牙も爪もあえてもたないことにした。代わりに、他のリンクや個々人に牙や爪になってもらうことにしたんだ」
「お前、このリンクの幹部メンバーの序列が異常に低いと思ったことないか?」
 黙っていた戒が口を開いた。
 確かにブラックシープ商会のメンバーのランキングは、会社規模から考えると低すぎる。ほとんどが200番代以降で、他の同規模リンクリーダーと比べてあきらかに低い。それは一般的には戦闘能力の低さのためといわれているが――――
「わざとランキングをおさえてるんだよ。他に目をつけられないようにな」
「強くなれば警戒されるからね。ハールーンに関しては、素であのランクだけど。彼は商売無視して、風になることに命懸けてるから」
「あの方は、たまにそのまま風になって帰ってこなければいいのに、と思います」
 ぼそりとメリーがぼやいたが、未織の耳には入らない。
「【レッドラム(赤い羊)】の俺だけ順位が上なのは、強盗よけ。弱すぎても目をつけられるからな。そして、社長と副社長の順位があまりにも低いのは――こいつらが給料を最低限にしか受け取っていないからだ。いくら知名度があっても、戦闘能力がなく収入も低いんじゃ話にならない」
「は?」
 思わず呆けた声が出た。社長と副社長が最低限の収入しか取ってない? そんなこと、会社としてあるのだろうか。
「だって僕とメリーは、本社が家で、食事は無料の社員食堂でご飯食べてるから、食費と家賃いらないんだよ。だからその分の給料は受け取らずに、他に使ってる。ランキング上昇防止にもなるしね」
「他の事って言うのがこれだよ」
 うっすらと法華堂は笑った。
「上位ランカーや他リンクに贈り物をしたり、頻繁に会食を開いて友好関係を保ち、いざというときはこっそり人員や資金を借りる。そのための資金だ。特にスナッチの佐伯とは仲良しだぜ。こちらに不利な証拠を流さないでくれるように、いつも莫大な金払ってるからな」
「噂ならとぼけられるけど、彼のところの場合、証拠もそろえられるからね。だからその証拠が買われる前に、より高い金額で僕らが買い取ってるってわけだよ」
 ニコニコとエドワードは笑う。生臭いことを話しているのに、表情はいつものおっとりとした社長の顔のままだ。
「羊飼いが羊を守るのは、羊が毛をくれるから。そう、つまり僕ら(弱い羊)は、羊飼い(他リンクや強者)に羊毛(利益)を与えることで、彼らに狼(敵)から身を守ってもらっているんだ」
「そんな……それじゃあ…………」
 未織は、完全な敗北を悟った。
 勝てるわけがない。公私にわたり張り巡らされたコネをすべて切断することなど、絶対に無理だ。狐は、羊を倒すことはできても羊飼いを倒すことはできない。同じようにブラックシープ商会だけなら倒すことはできても、それをすればブラックシープ商会が持ち出してくるであろう無限の資金とコネには勝てない。
「はは、本当の羊飼いはあなたじゃなかったのね」
「僕はブラックシープだよ。確かに外部のひとは、僕たちが羊飼いだと思っているようだし、わざとそう思わせているけど、本当は違う。僕らは偽りの羊飼いだ」
 クスクスとエドワードは、笑った。
「羊は臆病者。赤い羊は殺人鬼。そして、黒い羊は――知ってるかな? ブラックシープは、放蕩息子、ひねくれ者、あるいは異端者って意味があるんだよ」
 もう話が終わりに近づいているのを感じて、戒が武器を構えたのが未織の視界の端に移った。すでに抵抗する気力もない。それくらい完璧に、自分はこの羊に敗れた。
「ずっと言ってるじゃないか。僕は『ブラックシープ』だって」
「知らないわよ……そんなこと」
「では、こういうのはいかがでしょう」
 淡々とした口調でメリーが口を開く。
「ギリシア神話というものをご存知ですか? その中に、金の羊が出てくるお話があります。その金の羊は富と幸運の象徴だとも言われるのですが、あるとき、イアソンという若者が王位継承の条件として他国の王が所有する金の羊を持ってくるよう命じられました。羊の持ち主である王は、羊を譲りたくなくて様々な試練を課します。イアソンは窮地に立たされますが、王の娘メディアの裏切りにより、羊の奪取に成功します。ところがその後、彼は幸せにはなれませんでした。色々あってイアソンは王位をあきらめ、しかもメディアも捨ててしまいます。怒りにかられたメディアは、イアソンとその花嫁、自分とイアソンの間の子供、花嫁の父親を殺して逃げてしまいました。富と幸運の羊は何の役にも立たないどころか、まるで呪のように死と不幸をばら撒いたのでした」
「それが、なに?」
 ふふと天使のような笑みでメリーは笑った。
「私たちに手を出すからには、この羊くらいの呪は覚悟してもらわないと」
「まあ、そういうことだね」
 羊たちは笑う。愚かな狐をあざ笑う。
「もういいな」
 戒がトライデントを構えた。三又の凶悪な武器が、窓から差し込む日光できらりと光る。
「元仲間への情けだ。一撃で殺してやるよ」
 未織の視界は真っ赤にそまった。