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   第一楽章 音楽家たちの円卓

 アフリカ南部のとある地域。岩肌が所々顔をだしている荒涼とした草地が見渡す限り広がっているこの土地に、澪漂・二重は立っていた。
 この近辺の地域は数年前まで、アパルトヘイトという非合法カルテルが支配していた。現在、企業が国に変わって人民の上に立つ、この世界の大部分に影響力を持った経済界のトップ、黄道十二宮協会――ゾディアックソサエティに協賛することなく独自の手法で統治を行っていたアパルトヘイトは、ほんの数年前に壊滅させられている。それによってこの地域は一般の企業や自治体に分割されているわけである。そのアパルトヘイト壊滅事件に、二重も籍を置く学園都市の生徒の一人が関わっているということを彼もよく知っていた。
 その生徒の名を【ナイトメア№7(悪夢七号)】蔡麻勇太郎というが、二重は別にそのことに関して勇太郎をとやかく言うつもりはない。ただ、と二重はこの『戦場』と化した荒野を見てため息を吐いた。
 「気まぐれだったのかどうかは知らんが……その不始末で私がこうしてここに駆りだされていることを考えると、少しは文句を言ってやりたくもなるな」
 当時勇太郎は、見返りもなければ事後処理もなく、ただ独裁統治をしていたアパルトヘイトを壊滅させただけであった。結果民衆の生活水準は向上したが、それも本当にここ数年のことである。最近はといえば、勇太郎の不完全な革命によって生きながらえた有力者、つまりアパルトヘイトの残骸が徐々に力を取り戻しつつあるようだ。
 その結果がこの戦争だ、と二重は考える。
 一見何もない果てしない荒野のような戦場は、しかし所々戦火の爪あとが色濃く残っている。正確なところは分からないが、この一ヶ月以内にこの辺りでも大きな衝突があったと見える。
 二重はこの戦争について学園都市を出る前に知り合いの情報屋から買った知識を反芻する。まず、と二重は地平線ぎりぎりに見える岩山を見やった。
 「革命軍、あるいは人民軍か。戦力はおよそ一万五千。常識的に考えれば企業側が負けるような兵力ではないが……そこは背景が背景、か」
 そして反対側、先の山ほど遠くはないが、しかしその輪郭が霞む程度のところに見えるドームシティ。しかしこの距離からもはっきり分かるほど寂れているようだ。
 「企業軍――旧アパルトヘイト協賛企業【マリアスコール(恵の雨)】。東欧系の兵器開発企業で、近年頭角を現してきているようだが……よくもまあ先の『革命』の段階で潰れなかったものだ」
 話に聴くところによれば、【マリアスコール】はアパルトヘイトトップのネルソンが勇太郎に殺害されるとすぐに人民に取り入る策を打ったということだ。それによって数年の安寧を得ることにはなったが、そこはやはり元独裁者の一つ。そんなおべんちゃらが数年も続けばいい方だった、ということだろうか。
 いずれにしても、と二重は腕組みをする。
 「私たちの仕事は一方への加担ではない。私たちの仕事は、殲滅だ。善悪の判断など障害にこそなれ追い風にはならない。一から十まで完膚なきまでに殲滅してやろう」
 気になることはいくつかあるが、そこは追々考えていけばいい。二重は踵を返すと、自分が立っている小高い丘の反対側にある――そこは丁度両陣営から死角になっていた――大型のテントへと戻っていった。


 「お、二重。どうだったよ?」
 テントに戻るなり体格の良いむさくるしい男が飛びついてきたので体重差と勢いを利用してそいつをテントの外に放り投げながら二重はふん、とつまらなそうに言った。
 「どうだったもこうだったも、全く音沙汰なしだな。両陣営とも、全く動きがない。私の半日を返して欲しいくらいだ」
 「互いの……出方を……伺っている…………のでしょうか?」
 「はん、つまんねー奴らだ。二重、暇つぶしに殺し合おうぜ」
 切れ切れに、まるで覇気のない声で呟くのは病気持ちかと思うほど蒼白な肌の女性だった。折れそうなほど細い身体を黒のスーツで固めている。二重が針金ならばこちらは絹糸かというくらい繊細な印象を受ける。腰のベルトには二つのホルスターがついていて、腕より太いくらいの無骨なナイフが入っていた。
 一方の、さっき二重に投げ飛ばされた男はどこか岩にでもぶつけたのだろうか、頭から血を流しながら帰ってきた。にも関わらずどこか楽しげに物騒なことを言う様子からは筋肉馬鹿のような印象を受けるが、体格自体は引き締まってはいるがそこまで筋肉質ではない。半そでのTシャツに穴の空いたジーンズと女性とは対照的なラフな格好であるが、そのむき出しの左腕に螺旋状に彫られた楽譜の刺青が印象的である。色素の薄い髪をオールバックに撫で付けているが、整え方が悪いのか所々ぼさぼさと乱れている。
 「ふむ、まあそんなところだろうな……いや、殺し合いを承諾しているんじゃない。少しは行間を読め【無能】が」
男の名は澪漂・二十重(はたえ)。女の名は澪漂・十重(とえ)。それぞれ【フリーダムコンダクター(自由の指揮者)】と【アンブレイカブルシティ(鉄壁の摩天楼)】のエイリアスを持つ、澪漂第三管弦楽団の団長と副団長である。
 二重の冷たい視線にさらされ、「二重が反抗期だ……」などと呟きながらもしぶしぶと二十重が十重の隣に腰を降ろしたのを見て、その反対側に座っていた女性が声を上げた。
 「まったく、弟分と遊びたいのは分かるけど、アタシたちは遊びに来てるんじゃないの。少しは状況をわきまえなさい」
 燕尾服やらスーツやら、洋装が多い集団の中にあって、一人黒の道着に黒の袴という武芸者のような和装に身を包んだ彼女は、軽薄な表情を浮かべる二十重にギロリと険のある視線を向けた。組んだ腕の間には身長ほどもある杖を抱えている。
 「状況くらい分かってるって。それより、そんな怖い顔してるとファンが減っちまうぜ?」
 しかしそんな視線にも負けずに二十重が軽口を返す彼女は、澪漂第七管弦楽団団長の【デスペラードコンダクター(無法の指揮者)】澪漂・七重(ななえ)である。その背後、テントの天幕によりかかるようにしてもう一人、和装に身を包んだ男が声を上げる。
 「分かってないねぇ、二十重クンは。カノジョのファンたちはそういうツンデレなところに惹かれてるってのに」
 「深重(みえ)、あんまり【無礼】なことを言ってると叩っ斬るわよ?」
 七重とは対照的に白無垢の着流し、肩には浅黄の襦袢を羽織り、白髪混じりの短髪を逆立てている。杖代わりに手にしているのは、和装には不釣合いな異常に大きい漆黒の西洋傘だ。第七管弦楽団副団長の【ボトルズボトム(小瓶の深淵)】澪漂・深重は今度は自分に向けられた視線に「おお怖」と肩をすくめてみせた。眼力のある七重とは対照的に柔和に細められた目からも飄々としてとらえどころがないように見える。
 「仕事をする前から喧嘩するな【無能】ども。全く、これだから二十重と七重が揃うとろくなことにならん」
 ため息をつく二重に、二十重が笑って言う。
 「大丈夫だって、俺たちホントは仲良しだぜ! この前も二人でニューヨーク行ってきたしな!」
 「ちょ、誤解されるようなこと言うんじゃない!」
 急にカミングアウトした二十重に慌てる七重。しかし七重以上に反応した者が二人いた。
 「……どういう……ことで…………しょうか?」
 「ほほぅ、そいつぁちょっと興味があるねぇ。二十重クン、ちょいとばかし教えてくれないかぃ?」
 もちろん互いのパートナーである十重と深重である。澪漂交響楽団の基本的なスタンスとして、各団長と副団長は互いを誰よりも敬愛し友愛し恋愛している者が多い。二十重と十重、七重と深重もまたその例に漏れず、互いに深く愛し合っているパートナーだった。そのため、相方を奪われることには殊更敏感になる。
 「ち、違うわよ。二十重と共通の友人に仕事を頼まれたから個人的に行っただけだからね! そうでなきゃ、誰が二十重なんかとニューヨークくんだりまで行くもんか」
 「何だよー、やっぱり七重はツンデレだな!」
 「だから、どうしてそういうことを言う!?」
 ぎゃーぎゃーと騒いでいる面々を眺め、二重は再び大きなため息を吐いた。と、その耳にからからと笑う声が入る。
 「全く、相変わらず若々しい奴らじゃの。とてもついていけん」
 「万重(よろずえ)翁か……いつの間に来ていたんだ?」
 二重の後ろ、テントの入り口に小柄な老人が立っていた。白のシャツに黒のベスト。髪も口ひげも見事な白銀の彼は、澪漂交響楽団最高齢、第二管弦楽団団長の【リバティコンダクター(解放の指揮者)】澪漂・万重である。
 「ついさっき着いたばかりじゃよ。老骨にこの荒野はちときついわ」
 そして万重は背後に立つ女性を振り返った。
 「それにしてもこの面子、一体どういう曲を団長は思い描いておるんじゃろうな? のう、数重(かぞえ)?」
 その女性は、雰囲気だけならば非常に二重に似ていた。肩ほどまでの長髪に、リムの細い眼鏡、その後ろにある鋭い眼。一部の隙もなく真紅のスーツを着こなしている。以前一重が彼女をして「秘書みたいな人だよね」と言っていたのを思いだし、二重は若干引きつった表情で言った。
 「ん、貴様もきていたのか、数重」
 「ん……ん、万重が行くなら、そこが私の行くべき場所、まさに私がいるのは不確定な座標だね。しかし、本来ならば尊敬語としてあるべき『貴様』という言葉が相手を蔑む意味で使われるのは何故なんだろうね? それによって君が私を敬っているのか下に見ているのかが変わるとなると、これもまた随分と不確定。ま、どうでもいい話だけど」
 本当にどうでもよかった。第二管弦楽団副団長【インフィニティゼロ(絶対不確定数零)】澪漂・数重。二重は彼女が苦手だった。どちらかというと理論派な二重にとって、言葉に意味を見出さない数重は全くもって不確定で不明確。彼女と仕事をすることになるとは、とこのときばかりは師匠たる千重を怨まずにはいられない。
 二重は社交辞令で声を掛けたことを若干後悔しつつ、万重に話を戻す。
 「どうやらもう一組、団長と副団長が来るらしいが……私は第十一管弦楽団の面々とは面識がないからどういう人物か知らんのだが」
 すると万重は苦笑して言った。
 「第十一……帯重(おびえ)と古重(ふるえ)か。奴らは……まぁ会えば分かるじゃろうが、そこで喧嘩してる奴らより数段、妙な奴らじゃよ」
 「こいつらより妙か……なかなかお近づきにはなりたくないが」
 さらに疲れた顔をする二重に万重はからからと笑った。
 と、その時。
 テントの外からなにやら言い争う声が聞こえた。
 「【無理】、無理無理無理無理! 絶対ヤダよぅ! 戦争なんて、怖い人一杯いるんでしょ!? 絶対【無理】だってぇ!」
 「やってみる前から無理なんて言うんじゃありません。大丈夫、存外悪い人ばかりじゃありませんよ。中には菩薩のような人だっているに違いありません」
 「ヤダヤダ、そんなこと言って、この前だって私一人でヤクザな人たちの中に放り込まれたんだよ!? それに『ボサツ』なんて胡散臭い名前の人、絶対信用できないって! 【無理】ィ!」
 否、なんというか、駄々っ子とそれをあやす親のような会話が聞こえてきている。
 「ほぅ、来よったな」
 「個人的には菩薩よりも釈迦の方が胡散臭いと思うけど。そう考えると、宗教なんてすべからく不確定で胡散臭いものね。ゾロアスターなんてどう考えても悪役の名前だし。孔子は……少しは信用できそうね。今度から儒教に改宗しようかしら? ま、どうでもいい話だけど」
 数重が意味の通らない暴言をぶつぶつ呟く間に、その二人はテントの入り口を潜って入ってきた。案の定というべきか、一人がもう一人に首根っこを捕まえられて引きずられる形である。
 相方を引きずっている男の方が、初対面の二重に気づきにこやかに会釈をした。
 「はじめまして、私は澪漂第十一管弦楽団の副団長である澪漂・古重と申します。人によっては【メトロノームビート(固定心音)】などと呼ぶ方もいらっしゃいますがね」
 男――古重は柔和な笑みを浮かべ、礼儀正しく挨拶をした。服装は神父のそれ――武器を隠すことのできない、身体にフィットした裾の長い黒のコートに揃いのつば広帽である。ただ、神父らしからぬ黒の長髪と、視線を隠す丸いフレームのサングラスが似合っていないといえば似合っていないが。
 一方の、引きずられながらもまだ「ヤダヤダ」と泣き喚いている女の方を手で示し、古重は続けた。
 「そしてこちらは団長の澪漂・帯重です。見ての通りですが……それでも私も含め彼女を敬って【マゾヒスティックコンダクター(自虐の指揮者)】と呼ぶ者もいます」
 それは敬っているのだろうか?と二重は疑問に思ったが、あえて追求はしなかった。
 「あぁ、私は澪漂・二重、こっちは相方の一重だ。よろしく頼む」
 とりあえず挨拶を返した二重に、古重はより一層、破顔一笑とばかりに表情を崩す。
 「ええ、よく聞き及んでいますよ。【エターナルコンダクター】、澪漂の鬼才である二重さんのことは。いやいや、頼まれるなんて滅相もない、あなたと共闘できるだけでも十分ですよ。帯重にもいい刺激になるかもしれません」
 なんというか。
 礼儀正しさを通り越して慇懃無礼な感が漂っている。
 それに帯重にしても、見ている限り二重と共闘しようがしまいが、戦争をすることがいい刺激になるとは到底思えなかった。
 二重は今回の仕事をするにあたって、非常に雲行きの悪さを感じていた。しかしもう、こうなってしまえば後は野となれ山となれ、である。とりあえずこの場に相方の一重がいることが唯一の救いにして安寧だろう。

 役者はそろった。
 【悠久の指揮者】【自由の指揮者】【無法の指揮者】【解放の指揮者】【自虐の指揮者】【理想郷の恋人】【鉄壁の摩天楼】【小瓶の深淵】【絶対不確定数零】【固定心音】
 十名の澪漂がそろったことにより、戦争の準備は万端になったといっていいだろう。
 そして十名がそれぞれ顔合わせを終え、テントの中の卓に着いたとき。
 一人の来訪者が、やってきた。


 ところ変わって革命軍、あるいは人民軍がベースキャンプを張っている岩山の中腹。背後には切り立った崖がそびえ立ち、周囲を平地に囲まれたこの場所は天然の要塞としてぜっこうの攻略地帯となっている。
 小さな村ほどの広さの土地に、二重たちが用意したものよりも幾分かは劣るがそれでも住居として十分な用を成す程度のテントが幾つも並んでいる。現在この場所には革命軍の数千名の部隊が駐屯していた。
 そのテントの中の一つ。そこに三人の人間が卓を囲んでいた。
 「ぎはははははは! しっかし分かんねぇなぁ、俺は戦争屋じゃなくて暗殺者だぜ? 何だってこんな戦争に、俺の力がいるんだよ?」
 そう豪快に笑うのは、銀髪を後ろでひっつめた、背の高い男。年齢は二十歳そこそこだろうか? サングラスに隠れた三白眼は加虐的な笑みに歪んでいる。その男の問いを受け、戦場だというのにスーツを纏った男が、行儀悪くテーブルに載せられた三白眼男の足を邪魔そうに眺めながら答えた。
 「ですから、あなたには敵方の要人たちを始末して欲しいのですよ。頭を失って右往左往する凡愚どもを、わが社の新作兵器で一掃する、その下ごしらえをしてほしいのです」
 淡々と無感動に語る男に、三白眼は再び「ぎははははは」と哄笑を上げる。
 「本当ならこんなせこい手を打ちたくはないんだがな……しかし、こちらは所詮素人集団。持久戦に持ち込まれれば不利なのは目に見えている。だからこそ、あんたの協力がいるんだよ」
 そう続けたのは、もう一人、こちらは動きやすそうなツナギにタクティカルベストを羽織った中年の男。その言葉に、スーツの男は不服そうに眉を顰めた。
 「せこい手、ですか。随分と皮肉なことをおっしゃるものですね、アンディさん。その素人集団にボランティアで武器を支給しているのはわが社であるということを、ゆめゆめお忘れなきように」
 アンディと呼ばれた男は、つまらなそうに鼻を鳴らした。
 「へいへい、分かりましたよ、セドリックさん。誰が好き好んで協会の一翼であるゾルルコンツェルンに逆らいますかっての。そっちこそ、人権擁護を傘に着て、新型兵器の試験運用の場をもらおうとしてるってこと、ゆめゆめ忘れるんじゃねぇぜ?」
 スーツの男――セドリックもまた痛いところを突かれたと見え、不愉快そうに眼鏡を中指で上げる。
 ゾルルコンツェルン――黄道十二宮協会の序列十二番目【ピスケス(双魚宮)】にあたる、オーストラリアに拠点を置く大企業である。この雲の上にあるような大企業が、今回の戦争に労働者保護、人権擁護の名目で資金や物資の援助を行っていることは比較的有名な話だ。だが、資本主義のこの時勢、善意だけで動く者などそうそういるはずもなく、その裏にはもっと現実的な目的がある。
 ゾルルコンツェルンは世界で初めて、荷電粒子砲の実用化に成功した企業である。その製作を手がけるコンツェルンの一翼、ゾルルエンジニアの目下の課題は、直線的な攻撃兵器である荷電粒子砲の攻撃範囲を広げることだった。
 即ち、拡散荷電粒子砲の実用化である。最大で十キロ四方を灰燼に帰すことのできる、究極の殲滅兵器。その試験運用器が、この岩山に運び込まれている。無償援助の見返りとしてゾルルが求めたのは、この戦場を新型兵器の試験場とすることだった。
 もちろん、新型兵器などという情報、そうそう漏らしていいものではない。そのための布石として、三白眼の男を呼んだのである。
 暗殺者――それも世界的に名前の売れた、しかしその実体は殆ど不明という謎の男。ただ一つ言えることは、彼が踏み込んだ敵地には誰一人として生存者が残らないということだ。
 その彼は、大人たちの駆け引きなど興味がないかのように楽しげな笑いを浮かべた。
 「ぎははは、いいぜいいぜぇ? 俺を下ごしらえ用に使う奴なんて滅多にいねぇしな。たまにはこういう仕事も面白い。ぎははははははは!」
 そこで彼は不意に笑みを納めて言った。
 「しかし、妙な気配を感じるぜぇ? こりゃあどっかでまみえたことがあるな。んー……誰だったかねぇ?」
 三白眼の言葉を受けて、セドリックはああ、と頷いた。
 「敵方――【マリアスコール】が雇った傭兵じゃないですかね? 数奇なことに、九龍(クーロン)お抱えの部隊を引っ張り出しているようですよ?」
 「九龍? ってことは【影爪行幣(インチャオハンバン)】だな? ひょっとしてその中に死神みてぇな槍使いがいなかったか?」
 男の妙な疑問を受けて、アンディはしばし思案したあと思い出したように頷いた。戦場を縦横に駆け回る、槍とも鎌ともつかない武器を操る男。確か、古臭い眼鏡をかけていたように思う。
 「ああ、いたな。何だ、知り合いか?」
 「ぎはは、知らねぇのかよ? 結構有名な奴なんだけどな。【アンタッチャブルサイズ(不可触民の鎌)】っつーエイリアス持ちでよ? まぁ戦ったことはねぇが、何度か知り合いの兄ちゃんの店で飲んだことがある」
 そっか、アイツも来てるのか、と男は楽しそうに笑った。
 「先にアイツとも殺しあいてぇな。ま、無駄足は踏まねえけどよ」
 「一応言っておきますが、我々は遊びに来ているわけではないんですよ。仕事はきちんとこなしてください」
 釘を刺すセドリックに、男は「ぎはは」と笑う。
 「分かってるって。俺を誰だと思ってやがる?」
 人々は、この男をして恐れを篭めてこう呼ぶ。曰く、【最狂最悪】、あるいは【スカベンジャー(屍肉拾い)】と。

 「俺の名前は骸手・想月(むくろでそうげつ)だ。安心しろよ、頼まれた仕事は十全以上にこなしてやる。何、椅子の上で踏ん反り返ってる親父どもなんざ、遊びの片手間に殺してやるさ。ぎははははははははははははははは!」


                    ♪

 想月が呵呵大笑して見栄を切っていたのと丁度同じころ。
 戦場の反対側、【マリアスコール】が拠点とするドームシティの周辺ではちょっとした衝突が起こっていた。とはいっても、ほんの数名の斥候を一人の傭兵が圧倒しているだけだったが。
 「へぇっくし!」
 くしゃみ一発、勢いよく振りぬいた槍の刃が、一度に三人ほどの首を切り落とした。まさしくくしゃみの片手間程度に三人を殺した男は、振った勢いをそのままに槍を天秤棒のように両肩に担ぐ。
 「何だよ、まったく。折角硬直状態になったから昼寝でもするかと思って外に出てみればこれだ。剣呑極まりねぇな」
 噂をされてくしゃみをするようにセオリーに忠実な、悪く言えば月並みなこの男は、名を三島広・光路(みしまひろこうじ)という。ゾディアックソサエティ序列二番【タウルス(金牛宮)】九龍公司(クーロンカンパニー)が誇る傭兵派遣部門【インチャオハンバン】に籍を置く、生え抜きの兵士である。先ほど想月が言っていた【アンタッチャブルサイズ】とは、他でもない彼のことだ。
 「しっかし、もうちょっとあっさり片がつくと思ってたんだけどなぁ……早く帰らねぇと、また『アイツ』に怒鳴られちまうよ」
 自分に対して「【無能】め」と罵ってくるだろう友人を思い出し、光路は疲れた顔をした。もっとも、そういわれても無理のない状況である。本来ならば一週間程度で片付く程度の仕事だったはずだ。それが蓋を開けてみれば、既に光路がここに派遣されて二ヶ月。一向に事態は改善されない。それもこれも、革命軍の背後に付いているパトロンのためだ、と光路は砂塵の向こうに見える岩山を見やった。
 ゾルルコンツェルン。ゾディアックソサエティのビッグネームがこの戦争に『援助』をしているのは既に公然の事実となっている。九龍もまた傭兵派遣という形で関わってはいるが、所詮それはビジネスの世界の話である。そもそもこの時勢、善意から無関係な集団のために戦争に協力するなどありえないことである。
 光路は独自の考えに基づき、ゾルルにも別の目的があると踏んでいた。そしてそれを踏まえた上で、向こうもそろそろ大局を動かしにくるだろうという確信も持っている。今の斥候がいい例だ。先ほどは「昼寝」などととぼけたことを言っていた光路であるが、百戦錬磨の傭兵として、それなりの計算高さは持っていた。
 「そう考えたら……まぁそろそろ終わらせられるかね? さっさと帰って、読み残した漫画も読まないといけねぇし……」
 別段そんなことに義務感を感じる必要はない。そんな突込みをする者も周囲にはおらず、光路は淡々と束ねた髪を解いた。
 「そろそろ【死神】としての本領発揮と、いかざるを得ないんだろうなぁ……めんどくせ。本当に面倒だなぁ……こういうのは『アイツ』の方が向いてるっつーの。九龍の『親父』さんも、『アイツ』に頼めばいいのに」
 その『アイツ』が今現在同じ戦場に参戦しようとしているなど露知らず、光路は地上の争いなど知らないかのような青空を見上げた。
 「あー……めんどくせ」

                    ♪

 その来訪者はいつの間にか、二重たちが座っている卓の一角、丁度二重の正面に出現していた。
 上から下まで黒のレザーで固めたパンクロックな出で立ち。手指にも耳にも首にも、じゃらじゃらとシルバーのアクセサリーが並んでいる。目元を隠すオレンジの長髪と、薄い赤のサングラスで視線はよく見えない。見た目通りというべきか否か、肩にはエレキギターの形のバッグを背負っていた。
 その男が現れた――否、その男の存在に気づいた瞬間、一同は思わずぎょっとして身体を硬直させた。それは、いつの間にか男が現れたからではない。澪漂に名を連ねる者ならば知らない者はいないはずの、その男の存在に驚愕したのである。
 「…………き、貴様は」
 搾り出すように呟いた二重をぎろりと睨み、男は言った。
 「目上の方に向かって貴様とは何だ、後輩君? それとも、いつの間にかそんなに偉くなっちまったのか?」
 澪漂にあって数少ない「管弦楽団」に所属していない者。しかしそれはその個人の力の低さを示すものではない。むしろ、各団長のさらに上に立つ、「交響楽団」の首席以上に与えられるべき立ち位置。
 誰かが、男の名を呟いた。
 「澪漂…………纏重(まとえ)……」
 澪漂・纏重。【ストーキングヘッド(付き纏う者の首魁)】、あるいは【澪漂の最強】、【切り込み隊長にして殿隊長】と様々な異名で呼ばれる、交響楽団の『四天王』の一人である。その存在感は、同じ澪漂である十名をも圧倒していた。
 「あぁ、そうだそうだ。俺は澪漂・纏重さんだよ。目上の方には「さん」を付けろって教わってねぇのかお前等は……」
 どうやら、見た目の割には礼儀作法に煩い人らしい。
 その登場に他の者と同様完全に飲み込まれていた二十重が、しかしいち早く復活して苦笑交じりに言った。
 「いやいや……まさか『四天王』の一人が出てくるとはねぇ……これじゃ俺たちの出番なんかねぇじゃんかよ」
 その意見には二重を始め全員が全面的に賛成だった。纏重の売りは、「一騎当千を通り越した一騎当億」。その気になれば一人で戦争を始めて一人で戦争を終結させることのできる人物。【澪漂の最強】の名は伊達ではない。戦闘能力だけならば、さすがにかの【人類3KYO】には劣るもののそれでも世界で十指には入るであろう強者である。
 しかし、纏重は二十重のそんな言葉を受けて露骨に嫌そうな顔をした。
 「あぁ? 何で俺がこんな暑苦しいところで仕事しなきゃならねぇんだよ。俺の役目はただの『伝言役』だ。他の連中が出払ってたんで、嫌々俺が来てやったんだよ」
 「伝言役?」
 「おう、千重からの連絡だ。一度しか言わねぇから忘れるんじゃねぇぞ?」
 なるほど、と二重は頷いた。さすがにあの纏重が出張ってくるなら二重たちなど足手まとい以下にもならないだろう。そう思えば、流石に纏重が戦争に関与するということはないだろう。
 「まず、今回の仕事の目的を説明する。依頼者は兵器製造企業【マリアスコール】の下請けである【サハラエレクトロニクス】だ。まぁ下請けとは言っても、【マリアスコール】とは全く仲は良くないようだけどな。獅子身中の虫って奴か」
 つまり、【マリアスコール】と革命軍の間に割って入って――「漁夫の利」「鳶に油揚げ」というわけか。
 「お前等の仕事は、【マリアスコール】側の企業軍と、人民軍の双方を殲滅すること。つまり、この戦争を終結させることだ。――誰も、勝者がいない状態でな」
 もちろん結果的には【サハラエレクトロニクス】の一人勝ちとなるわけだが。
 纏重はそこで言葉を切り、一同を見回した。
 
「と、ここまでが表向きの内容だ」

 やはり、といった様子で纏重はそう切り出した。そもそも九龍と専属契約を結んでいる澪漂がアフリカの小さな企業のために動くなど、本来はありえないことだ。そこは昔取った杵柄というべきか、九龍のことだ、裏があるのは当然のことである。
 「この戦争に、人民軍側の援助者という形でゾルルコンツェルンが噛んでることは知ってるな?」
 そのことは二重もよく知っていた。ゾディアックに名を連ねるゾルルコンツェルンが革命軍に無償援助を行っている、ということは。
 「当然といえば当然だが、ゾルルの側にもどうやら裏があるらしい。俺も詳しいことは聴いてないが、どうも新型兵器の試験運用をしようとしてる、らしいな」
 「………………」
 新型兵器の試験運用――のっぴきならない言葉に数名が眉を顰める。
 「広域破壊兵器ということだが……まぁこれだけの戦場。十分に用を足すだろうな」
 ゾルルコンツェルンは協会の中では比較的クリーンな企業として一般には認識されている。しかしまあ、物事には必ず裏表があるということだろう。むしろ潔癖な者ほど翻って不健康というのはままあることだ。
 「ここまで言えば分かるかとは思うが……九龍公司も軍需産業には力を入れてるからな。ゾルルの動きが気になるんだろう。そこで、だ」
 纏重は再びここで全員を見回した。
 「お前たちに与えられた裏の仕事は、どさくさにまぎれてそのゾルルの新型兵器の試作品の情報を探り、あわよくば破壊することだ」
 「分かったか?」と念を押す纏重に、一同はそろって頷いた。
 「よし、それじゃあ伝言は以上だな。……ったく千重の奴、これだけのために俺をここまで寄越したのかよ……割に合わねぇなぁ。――と、そうだ。おい、二重」
 早々と立ち上がり、テントから出て行こうとしていた纏重は、不意に立ち止まると思い出したように二重に声を掛けた。
 「千重からの伝言だ。今回の戦闘は二十重やら七重やら帯重に任せて、お前は陣頭指揮を執れってことだそうだ」
 「何?」
 「何で千重がお前にそこまで期待してるのか知らねぇが……『今回の戦闘指揮に対する全権をお前に譲る』、だってよ」
 それだけ言うと、纏重は本当にテントから立ち去ってしまった。後には十名の澪漂、中でも複雑な表情をした二重が取り残された。


 さて、『四天王』の一翼、澪漂・纏重の来訪という衝撃からようやく立ち直った澪漂の面々は、そろって二重の顔をまじまじと見つめた。
 「あー……お前と共闘したことは何度もあるけどよ、お前の指揮で動くってのは初めてだな」
 「正直……緊張といいます……か……不安、です……ね…………」
 驚いた様子で言う二十重と、おどおどとしながらも意外と失礼なことを言う十重。それに続いて万重と数重も口を開いた。
 「ふむ、しかしまぁ何事も経験じゃよ。わし等にとっても――二重にとっても、な」
 「ん……ん、これはまた随分と意外、意に外れたことね。まぁ私の意思なんて千重団長の意図には全くこれっぽっちも影響力なんかないから、ここで『意外』という言葉を使うのは些か不明確、不明瞭なことかしらね。ま、どうでもいい話だけど」
 続けて帯重と古重も心中を語る。
 「あ……あの、私は二重さんとは初めましてなので全く何を言えばいいか分からないんですけど……でも、知らない人に指揮されるのって、結構【無理】かもしれないです」
 「あまりそう失礼を言うものじゃありませんよ、帯重。しかしまあ、あなたの技量は結構聞き及んでいますが……この場合はどう判断したらいいのでしょうね?」
 とりあえず、と二重が指揮を執ることに対してめいめい否定的な言葉を連ねた一同に対して、その言葉を振り払うように――切り払うように、七重がそこで言った。
 「まったく、あんたらはどうしてそうネガティブなことしか言えないのよ。文句言ったって、千重団長の決定であり命令である以上、私たちには従わないっていう選択肢はないのよ? ま、ひよっこの二重に指揮されるなんて随分【無礼】な話だけど――そこはそれ、私は澪漂としてアンタに従うわ」
 それだけを淡々と述べた七重に対し、深重もまた「七重はツンデレだなぁ」と苦笑しながらその後を受けた。
 「ま、僕も七重の意見には全面的に賛成だねぇ。正直二重クンの、澪漂最高峰と言われる指揮術には興味もあるし。君らもあんまり二重クンを虐めるんじゃないよ? カレの後ろでさっきから怖い顔してるお嬢ちゃんもいることだしさ」
 深重の言葉に二重が振り向くと、背後に立っている一重は眉根を寄せて一同を見つめていた。
 「……二重の指揮者としての腕は、私が保証するよ。私は今まで何度も二重に指揮されてきたし、その全ての戦争で、二重は勝ちを収めてきたんだ。二重を侮辱する人は……わたしが許さないよ」
 「…………一重」
 二重は右手を軽く一重の頭に乗せて、一瞬何事かを考えていた。しかし、それも所詮一瞬――二重は自分を注視する八名の澪漂を振り返り、声高に言った。
 「よし、それでは千重団長の命により、この戦争の指揮は私が執る。悪いがお前たちには一から十まで完膚なきまでに働いてもらうぞ? ――一重を傷つけた責任、しっかりと負ってもらおうか」
 澪漂交響楽団所属、第六管弦楽団団長の二重は、きっと全員の顔を見据え、戦争という演奏会の開会を宣言した。

 「澪漂の、開演だ」


                     ♪

 さて、革命軍が駐屯している岩山のその麓である。
 今、この場には万近い人々が集まっていた。想月が動きやすいよう、敵方の陣営であるドームシティから敵軍を引きずり出すため、陽動としての攻撃をかけるため、である。
 もっともそんな気遣いは想月には無用なようで、彼は軍隊の最前線でアンディと並んで並んだ人々を眺めていた。
 「折角攻撃をかけるんだ、お前もとっとと準備しなくていいのか?」
 不審げなアンディに対し、想月はお決まりの「ぎはははははは」という笑いで答える。
 「まったく、お前にしろセドリックにしろ心配性だな。大丈夫だっつーの。俺はお前等が動き出した後、のんびり昼寝してから行動しても全然間に合うんだからよ、ぎはははははは!」
 「ふん……そうかよ」
 全く理解できない、とアンディは思った。しかしそれ以上追求することはしない。彼が出来ると言っているのだから、きっと出来るのだろう。彼と出会ってまだそう長いわけでもないのだが、アンディはそう理解していた。
 だから、とアンディは地平の彼方に見えるドームシティを睨みつける。
 「それじゃあ、俺は俺の本分を全うさせてもらうぞ。こいつらは皆、俺を慕って付いてきてくれてるんだ……その期待を裏切るのは、本意じゃないしな。この戦争、絶対に負けられない」
 「ぎははははは! いいじゃねぇか、その心意気! いいねぇ、こいつらは幸せ者だ」
 あくまでふざけた様子の想月だったが、アンディは声高に戦争の再開を宣言した。

 「いくぞお前たち! 長い戦いも今日で終わりにしようぜ! 俺に付いてきてくれる奴には、勝利を約束する。さぁ、【マリアスコール】の愚か者どもに、目に物見せてやろうぜ!」

 アンディの叫びに答え、地を揺るがすほどの鬨の声が巻き起こる。熱を持って動き出す人々の中、想月だけがにやにやとした、楽しげな笑みを浮かべていた。

                  ♪

 ドームシティの門の外。三島広・光路は小手をかざして地平の彼方を見やる。
 「おーおー……感じるねぇ、戦争の気配だ。くくく、さて、俺らもそろそろ仕事をしようかね」
 彼の背後には約五千ほどの兵。その内三百ほどは光路と共に九龍公司に派遣された【インチャオハンバン】の傭兵部隊である。
 その部隊長として今回の総指揮を執る光路は、アンディとは対照的な淡々とした言葉で彼らの士気を煽る。
 「さぁ、今からぞろぞろとやってくる奴らを一人残らず退けるのがお前等の役目だ。全滅できればなおいいが……まぁ今までのお前らの働きを見るに、そこまでの期待はしてねぇよ」
 あえて悪態を吐き、攻撃意識の起爆剤とする。
 「お前らが能無し……いや、あえて【無能】と表現させてもらうが、そうじゃねぇってんなら、それに見合う働きをすることだな。俺たち傭兵や私兵ってのは、仕事ができなけりゃ意味がないんだからよ。さぁて、それじゃあ」
 肩に担いだ槍を天高く差し上げ、そしてその切っ先をかの岩山に差し向けた。眼鏡の奥の普段はあまり見えない瞳が、凶悪に輝いた。

 「戦争の始まりだ。死神の裁きを、奴らに与えてやろうぜ」