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After Day

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   「After Day」 

 翌日。出張から帰ってきた澪漂・二重はアルフレッドからの報告を聞いてため息を吐いた。
 「なるほどな……形はどうあれ、一応の解決を見たわけだ。そういった点ではご苦労だったな」
 言葉少なにしかししっかりと労いの言葉をかける二重に、アルフレッドは軽く会釈をして答えた。
 デスクに座った二重の視線は、アルフレッドの斜め後ろに立つ二人の人物に向けられる。
 「そっちの二人も協力感謝する。少なくとも法華堂がいなければ、事件解決までの成果は望めなかっただろう」
 二重に声を掛けられた二人――東区画王の【ドラグーンランス(竜騎槍)】の狗刀・宿彌と、法華堂に仕事を依頼したエドワード・ブラックシープは、意外にも二重の口から感謝の言葉が出たことに驚いた風である。
 「……君が憎まれ口や皮肉を叩くことはあっても、感謝なんて言葉が出るとは正直思ってなかったよ」
 「私を何だと思ってるんだ、宿彌。私だって最小限の謝意は返すさ」
 宿彌はさして表情を変えることもなく肩を竦めた。
 「そうかい。けど、エドワードだって誘拐魔を捕まえようとしてたわけじゃない。ただ、メリーを助けようとしてただけだ」
 「理由はどうであろうと、結果的には誘拐魔の捕殺に貢献したんだ。それだけで十分だろう?」
 それに、と二重は僅かに笑みを見せた。
 「『その気持ち』だけは、分からんでもない」
 「……君が笑うと気持ち悪いな」
 二重はとたんにいつもの無表情になると、フン、と鼻から息を抜いた。
 「さて……では犯人について分かったことを説明してもらうか。佐伯」
 二重は彼から見て右側の壁に寄りかかっていた人物――学園屈指の情報屋である【ワイヤードジャック(電子掌握)】の佐伯・裕太に声をかけた。佐伯はふむ、と頷くと手元の資料を見ながら喋りだした。
 「今回の一件――学園都市全域で総勢三十八名に昇る十五歳以下の少女誘拐事件の犯人についての情報だ。犯人の名は城之崎・若葉。五十年度入学で予科程五年修了、本科一年目の十四歳だ。ランキングは5876021位、クラスは分かっての通りミスティック。シングルクラスのようだな」
 裕太はそこまで言って二枚目の紙に視線を移す。
 「気になる能力だが……なるほど、カヴン・サラバンドに所属していただけあってあまり実用性のない能力だね。正直今回ほどのレベルで使いこなすとは思えん」
 「お前の感想なぞ聴いておらん。さっさと喋れ」
 裕太は再びふむ、と一息置いて続けた。
 「ならばさっさと本題に移るが……彼の能力は、言ってみれば『刷り込み』を行う能力だ」
 『刷り込み』――鴨などの雛が卵から孵って最初に見た動くものを親だと認識する生物の反応。
 「能力行使の条件は、対象となる生物が眠っている――これはおよそ意識を失っていると同義と取ってもらってかまわないが、その間に自分の血液を摂取させることと、対象が意識を取り戻したときに最初に自分の姿を見せることだ。彼はこの能力を【マザーグース(雁がねの母)】と呼んでいたようだね」
 「その能力が人間にも影響を与えるということか?」
 結論を急ぐ二重を「まぁ待ちたまえ」と片手で制する裕太。
 「私は『刷り込み』という表現を使ったが、この能力は自分を絶対的な主として認めさせるものだったようだよ。自分の血液を摂取させるのは、単純に自分のエーテルを対象に与えることで能力の効率を上げるためのようだ。――最も、この能力は澪漂が言うとおりそもそも人間には通用しないはずだった」
 「なぜだい?」
 宿彌の問いに裕太はまたふむ、と呟く。どうやら話の腰を折られるのが好きでないらしい。
 「まぁいい。そうだな、結論から言えば人間には自我があるからだ。だから所詮『刷り込み』ごときでは操ることなどできんのだよ。『刷り込み』ではな」
 そこで裕太は一旦言葉を切った。何か反応を待っているようだが、タイミングよく相槌を打てるタイプの人間は残念ながら集っていない。
 「……まぁいい。ともかく犯人である城之崎がこの能力をどう誘拐に利用したかだが……単純な話、重ね掛けだ。一度で効かないなら二度三度と、『刷り込み』を行っては再び麻酔で眠らせることの繰り返し。数度も繰り返せば、それなりの者であっても精神が参ってしまうだろうな。年端もいかない少女ならなおさらだ」
 そう言って裕太はちらとエドワードの方を伺った。黒羊は黙って眼を閉じている。
 「そうして彼は手駒を増やしていったわけだ。さすがに目的までは分からないが……これが今回の真相、といったところだな」
 自分の話は終わったとばかりに二重に視線を送ると、裕太はさっきまでと同じように壁によりかかる。二重はああ、と頷いてその後を受けた。
 「というわけだ。この件に関して現時点で分かっていることは以上。おそらくその内学園やユグドラシルの方からも関係者に接触があるだろうが……。あぁ、アルフレッドと法華堂はそれがなくとも学園方に申請することを薦めておく。多少のポイントにはなるだろう」
 「後始末まで任せてしまう形になって申し訳ないね、二重」
 軽く頭を下げた宿彌に二重は首を振って答えた。
 「何、どうせ自分の管轄化で起こった捕り物だ。むしろ後始末をつけるのが当然だろう? それはそうと、わざわざ西まで足を運んでもらって悪かったな。どうしても外せない所用があった」
 「あぁ、それじゃあ僕たちは帰るとしよう。僕も僕でメリーや法華堂に事情を訊く必要があるからね」
 短いやり取りの後、宿彌はエドワードを伴って二重の執務室を出て行った。アルフレッドもそれに続いて下がる。後には二重と、いまだ壁によりかかったままの裕太が残された。


 「まったく、何が『分かっていることは以上』だね? 犯人の所属リンクや定住地など、いくつかの情報を意図的に伏せていたくせに」
 裕太の皮肉っぽい科白と視線を受け流し、二重は煙草を一本咥えると旧世紀のアンティークなジッポーで火を点けた。紫煙と共に言い訳めいたことを吐き出す。
 「はっ、時夜の手の上で踊らされるのは不愉快だがな。だが、北区画の厄介ごとに首を突っ込むほど私も物好きではない」
 唐突に二重の口から出てきた北王の名。別にそれが聞こえたからではないだろうが、一人の人物が新たにドアを開けて入ってきた。
 「はてはて、一体ドウシテ俺はここに呼ばレなくテハならないんデショウ? マリアの件デハ当然謝りマシタシ、ウルスラさんの件にシテモ、勇太郎には復興金の一部を負担スルよう言いマシタ」
 言いながら彼――時夜・夜厳は一歩一歩二重の座っているデスクに近寄ってくる。二重の咥えた煙草を掴み取ると一口吸って、夜厳は澄ました顔をしている二重にずい、と顔を寄せた。
 「テメェ、どこマデ探ってやがル?」
 二重はやはり涼しい顔で新しい煙草を取り出して火を点けた。
 「知っていることを述べるなら、『城之崎が北区画に住んでいたこと』、『城之崎がカヴン意外に北区画のとあるリンクに所属していたこと』、そして『事件解決の夜、そのリンクが詰めていた事務所ごと、そのリンクが壊滅したこと』。まぁあえて言うなら、『そのリンクが壊滅させられる前後、事務所周辺で真夜中子飼いのフィフスエレメンツが動いていたこと』というのを加えてもいい」
 夜厳ははん、と鼻で笑って二重から奪った煙草をもみ消した。
 「昨日マデ大陸の方にいたクセニ、やたら耳が早いデスネェ……。デ、目的は何デス? マサカそこマデ知的好奇心が旺盛というワケでもないデショウ?」
 「私としては別に興味があるわけではないんだがな……むしろ知りたがっているのはそっちの佐伯の方だ。まぁ正直な話、貴様のその情報を引き出すことが今回の情報料ということになってな。協力を頼みたいのだが」
 「…………ハァ、仕方ないデスネェ。マ、別にそこマデ隠し立てするようナことでもナイデスシ」
 そう言って夜厳は観念したように口を開いた。
 「城之崎が所属してリンクは、マァどこにでもあるヨウナ傭兵派遣会社デスヨ。イヤ、正確には暗殺者派遣会社、デスカネ」
 「暗殺者?」
 「エェ。城之崎の同期が創設シタ、去年できたばかりのリンクデス。元々はソイツ――櫻田・要次郎トイウ男ガ、周辺のグラップラーをかき集めて作ったようデスネ。で、櫻田が城之崎の異能に眼を付ケタ、ト。確かニ、年端も行カヌ少女たちがマサカ暗殺者だトハ思わんデショウからネェ」
 「なるほど、連続した誘拐事件は『売り物』を集めるためのものだったのだね」
 相槌を打つ裕太にエェ、と頷いてみせる夜厳。
 「俺とシテモ、ギリギリアウトな商売をいつマデモ放置しておくワケニモいきませんデシタガネェ……どうニモ尻尾が掴めなクテ手を出しかねていたんデスヨ。ソコニ今回の件ダ。コレハ間違いないと踏んで、行動に移させてモラッタというワケデス」
 「行動に移したね……それにしては随分強引だな。丸ごと壊滅させるとは」
 「別ニ殺すつもりハありませんデシタガ。シカシ向こうがいきなり襲ってくるトハネェ……コレハ応戦せざるを得ないじゃナイデスカ」
 あくまでも悪びれず言う夜厳に二重はため息を吐いた。
 「まぁ事情は理解した……しかし、やけにあっさり喋るな。何か企んでいるんじゃなかろうな?」
 その上で疑いの視線を向ける二重に、夜厳はやや挙動不審になりながら言った。
 「イヤ、別にやましいコトガあるわけじゃナインデスガ……ソノ、実はウチの区画だけダト思っていたリンクの構成員ニ、西の方がイラッシャッタみたいでシテ……マァ何とイウカ、ついウッカリ巻き込んで殺しチャッタんデスガ」
 「…………貴様」
 「イヤイヤ、俺ばっかりが悪いトハ言わせマセンヨ? ウチの区画で悪さシテタのは事実デスシ」
 腹黒い笑みを見せる夜厳に、二重は煙草の煙と共に大きなため息を吐き出した。
 「ふん……まぁこちらの非もあるだろう。そこを取って不問にしておいてやる」
 「クク、ソウシテもらえるとありがたいデスヨ」
 嫌味らしく笑って、夜厳は仕事は終わりと大きなあくびを残して立ち去った。裕太も二重に「今後ともごひいきに」と捨て台詞を残して部屋を出て行く。
 二重は最後に一口煙草を吸って、灰皿に吸殻を押し付けた。紫煙と共に独り言を呟く。
 「まったく、管理者としての仕事も半端に事件の顛末だけをまとめることになるとはな……ほとほと私も『無能』という奴だ」


 こうして学園都市を騒がせた一連の誘拐事件は一応の閉幕を見ることとなる。被害にあったメリー・シェリーは無事に意識を取り戻し、もちろん他の生存していた被害者たちも無事にそれぞれの日常に帰っていった。
 ただ、一部の少女たちの消息が不明となっており(もちろんウルスラに殺害された者たちだが)各区画管理者たちはその始末にしばらく手を焼くこととなる。
 事件解決に貢献したとして、アルフレッド、戒、モニカの三名はポイントを加算、結果ランキングが多少上昇した。

 ちなみに、マリアが持ち去った城之崎の死体についてその後を知るものは誰もいない。ただ一つ確かなのは、その日北区画不夜城の住人はそろって外食をしたということだ。
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