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 B.Z.43 December


 学園都市から東へ二キロほど離れた廃墟に、少女たちは佇んでいた。
 男がそこを目指したのは、偶然のようなものだ。
 東区画と呼ばれる場所の整備を行なっていた際に、街の東端まで至ったところで、彼の能力がそこにいる子供たちの存在を感知した。
 だが、そこへ向かってみたのは、結局にして、ただの気紛れだったのだろう。


 男が目的の場所に到達し、周囲を見渡す。
 一人だけ、わずかに離れた場所から、他の子供たちを見詰めていた十歳に満たないと思える少女に歩み寄り、声をかけた。
「こんなところでなにを見てる?」
 少女がゆっくりと視線を上げる。この年頃の子供に対して、ぶっきら棒な物言いだっただろうか。そう心配した男の考えとは裏腹に、気にした風もなく、自らの指先を前方の空間に向けた。そこには、どこからか持ってきたらしいスプリングのいかれたソファが置かれ、二つの死体が寝かされていた。
 そこへ、他の子供たちが集まっているのだ。
「わたしの仲間なの」
 愁いを含み、それでも毅然とした態度で呟く。
「なぜ放置している?」
「放置? 違う。アレはお墓なの」
「墓? 野ざらしがか?」
「埋めても駄目なの。人間は意外と鼻が利くから、死体の装飾品を狙ってお墓は掘り返されちゃう」
 なるほどと理解する。このあたり一帯で立派に街と呼べる場所は、最近完成した学園都市だけだ。
 そこにしても、学園内は兎も角、都市部の完成度は、立派と表現するに未だ満たない。
 今以て、治安の乱れが深刻な周辺の死都には、流民が溢れ帰り、スラム街と化した各地の街で、弱者に対する掠奪行為が繰り返されている。
 そんな現実は、死人からすら物を剥いでしまう。
「火葬では駄目か?」
 男の問いに、少女は、緩く首を左右に振った。
「そっちはもっと大変、人間は思ったより燃え辛いの。だから、火力が足りなくて死体はいつも生焼け、そんなのじゃ死人もシラケちゃうわ」
 焼くなら綺麗に焼いてあげたい。埋めるなら二度と掘り起こされて欲しくない。少女はそう呟いた。
「なるほど、それで野ざらし……か」
「ううん、アレは鳥葬なの。鳥が大好きなエッセンスを身体に振って、食べてもらうのよ」
「鳥葬……。チベット密教の葬儀だな。確か、鳥が魂を天に運ぶとか」
 古い記憶を辿るようにして、老成というには煤けすぎている気配を纏った男が、鳥葬について呟いた。
「鳥が? 本当?」
「なんだ。知らずに行なっていたのか?」
「うん、死体は鳥のお腹に入って消えるだけかと思ってた」
「いや、間違ってはいないが……」
「でも、なんで食べられると天に運ばれるのかな? お腹が天国なのかな?」
 その言葉に、男が目を瞠った。正直、考えたこともない意見だった。
 そもそも、天国などという存在を信じたことはなかったし、そんな虚構で救われたがっているのは、死者ではなく、むしろ生者だろうと断じていたからだ。
 少女の意見は男の考えと相反するが、しかし、不思議と否定的にはなれない。きっと、その言葉が、あまりにも優しく響いたからだろう。
「さて、どうだろうか。――しかし、鳥の腹が天国なら、食べられた者は、さぞかし居心地も良さそうだ」
「本当ね」
 男の冗談めかした台詞に、少女は至極真面目に返答を向けた。
「わたしは、そんな風に考えたことない……。鳥に食べさせるのは、無くなって欲しいから……。仲間の死体を放置して先に進めないのは、わたしの我が儘。――せめて、死 体がこの世から無くなって欲しい。そうでないと、その場を離れられないの」
 その言葉に、やはり視線が釘付けになる。
 男は、鳥が魂を天に運ぶなどと信じてもいない。ただ、鳥の御腹が天国なのかと告げた少女の一言が、酷く優しかったから返した冗談だったのだ。
 しかし、少女の心が抱えた痛みに、男は視線を死体へ戻し、思い出すようにして唇を噛んだ。
 男は、この痛みを知っている。少女が語る我が儘を知っている。彼女に渦巻く悲しみを知っているのだ。
「そうか……そうだとも」
「小父さんにわかる?」
「小父………」
「なに?」
「いや、小父さんにもわかるよ。昔は、そうして仲間の遺体に縋りついて泣いたものだ」
「そう、小父さん泣き虫なのね」
「そうさ。小父さんは泣き虫なんだよ」
 眉を八の字に歪め、思い出に涙することを拒むように、男が表現できない苦笑いで少女に告げた。
 そうして眺める死体には、無数の烏が集っている。
「烏か……」
「大抵はあの子たちが食べていくの」
「そうか」
「うん、食べられて、それで、終わり」
「だが、君の云うように、腹の中が天国なら、鳥に食べられて悪いことばかりじゃない」
 こんなことは奇弁だ。それを理解していても、絵空事の救いを口にした。それは、自分自身に対して、何度も信じ込ませてきた死者への安息だ。
「戦後の生態系の変化で、この島に留鳥は滅多にいない。そのどれもが迷鳥として、この島の外へ出て、数多くの世界を見て回る生き物だ。それなら、腹から眺める下界は、 また絶景だと思うがね」
 君はどう思う。そう優しく問いかける男の瞳に、もう悲しみは映っていない。

 ――本当に烏の腹が天国だという話をしてるわけじゃない。これは、残された者への救いで、死んだ仲間への幻想で、自分自身への慰めなんだ。きっと、死んだ者たちには、約束された安らぎが在る。そう信じていたい弱さが見せた幻影なのさ。

 だが、そんな男の内心とは異なって、少女の返答は穏やかだ。
「そうね。わたしも、少しだけ信じてみる。せっかく、お葬式をしてるんだもの」
「それがいい。信じないよりは、信じていた方がいいことが在る」
 その返答に救われたのは、まるで自分だとでも云うように、男が少女に感謝の笑みを向けた。
「小父さんは、ロマンチストみたい」
「そうさ。小父さんは、ロマンチストなんだよ」
 鳥の抱える天国へと、少女の仲間たちが運ばれ、野ざらしの肉が綺麗になくなった頃、彼女は静かに立ち上がった。
「わたし、朝霧沙鳥」
「世都母比良坂だ」
 少女は目一杯に背伸びをして、男は腰をわずかに屈めて、互いの手を取り合って握手を交わした。そして、微笑む。


 これから先、未来を見出すだろう少女と、余命幾許もない老人は、こうして出会った。
 この後、北海道から流れてきた流民の少女が、トランキライザー学園に入学するのは、小さな事件を幾つか体験して、学園都市に馴染み始めた四ヵ月後の話である。