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「で?」
 乾いた初冬の空の下、柔らかな日光が降り注ぐサンルームで篭森珠月は珍しい客人と対面していた。否、対面すること自体は珍しくもなんともないし訪ねてくること自体も稀有ではない。ただ彼がおとなしく敵陣で椅子に座っているのが珍しいのだ。まして、珠月は彼に自分がひどく嫌われている自覚がある。
「まあ、概ね穏便に落ち着いたほうだということは了解したよ。介入した以上、治安維持の観点からしても自体が長引くのは避けたいところだったしね。文句があるとするなら、初めから貴方がしゃり出てくるならもっと穏健な方法もあったでしょうに、なんで殺しまくるわけ? 死体処理だけでも一仕事なんだよ?」
「苛立ちはどこかで発散しないと、心の健康に悪いんですよ。カルバニア」
「知るか。もっと合法的に発散させてよ」
「貴方と違って、こちらは殺人免許を所持していませんので」
「正当防衛ねらえば?」
「私レベルになると、にじみ出る格の違いで中々喧嘩を売ってくださる方が少ないんですよ」
「それ、あふれ出る危険人物の気配ってことだよね? やばいよ」
 互いに視線も合わさず、意味もなければ価値もない無駄な応酬を続ける。軽口を楽しんでいるわけでもないのに会話をやめないのは、無言になった瞬間ろくでもない方向に会談の流れが進むという確認が互いにあるからだ。
「っていうかさ、そういうたわいのない話は冷泉とかとすればいいじゃん。なんでここに来るの? いや、来るなとは言わないよ。夏羽もよく来るし。でも来てもなんだか陽狩は全然楽しそうじゃないじゃん」
「嫌なことでもしないといけないことは色々とあるんですよ」
「お前が言うなよ」
 自分の普段の生活態度は完全に棚に上げて、珠月は怒鳴った。そして、疲れたようにため息をつく。
「まったく。珍しく夏羽が暴力使わずに問題解決しようとしてたのに、なんで貴方がいちいち介入してきて代わりに解決しようとするのよ? ほんと、面倒なやつだよ。お前は」
「無理ですよ。あの脳筋に説得だの交渉だのできるわけがありません。だから、私が出てきてあげたんです」
 けろりとした顔で、彼は答えた。珠月は顔をしかめる。
「そんなんだから、あれが成長しないんじゃない」
「その言葉は貴方の二匹の飼い犬に送りますよ」
「遠と緋月のこと? あれはいいの。あれはこれ以上成長しなくても十分に使えるし、無理に成長させようとすると周囲に被害が出るんだから」
 公私ともに取り立てて内外で有名な部下の名前をあげて、珠月は顔をしかめた。
「でも夏羽はアレすぎる。ちょっとは我慢とか駆け引きとか覚えないと、バカってわけでもないのにいつか面倒なことになるよ」
「もうなってます」
「知ってるよ! だからこそ、これ以上なにかされると困るから今回のことを機に暴力以外のなにかも覚えて欲しかったのに」
 珠月は陽狩を似たんだ。陽狩はうっすらと笑みすら浮かべてみせる。珠月はため息をついた。
「なんというか、夏羽は年々、私に迷惑をかける頻度が上がってきているね。やつに伝えておくよ。そろそろ弁えないとそれなりの処置を施すことになるよって。もしもわきまえるのが無理ならそちらから縁を切るように、と」
「言われずとも貴方のような腹黒とは一刻も早く手を切れと、再三申し上げていますよ。カルバニア」
「それはどうも。あと、エイリアスで呼ぶのやめろ」
 珠月は優雅に紅茶を口にすると、相手をにらんだ。向かいに腰かけた不死川陽狩は表面上はおだやかに微笑んでいる。しかし、目の前の茶や菓子には一切手をつけない。露骨な毒物への警戒感は身に覚えがないこともないだけに、珠月もとくに咎めない。それでも一応、言う。
「自宅内で薬物を使ったことは一度もないよ」
「その一度目になるのはいやですから」
「そ。別にいいけど、それよりなにより一番の問題は」
 一端言葉を区切って珠月は意味なく手に取ったスコーンを二つに割った。ふわりと焼き菓子のいい香りが漂う。
「なんでお前が事後報告に来るの? 夏羽くればいいじゃん。お前は愛人宅にあいさつ回りに来る正妻か」
「別に誰がきてもいいでしょう? そんなに夏羽にきてほしかったですか?」
「いや。べつに」
 珠月は無表情のまま、美味しくもなさそうにスコーンを食べ始める。
「ああ、でも陽狩がくるのも珍しいから嬉しいよ? 陽狩は私が嫌いみたいだけど、私は別に陽狩が嫌いじゃないよ」
「そうですか。私は貴方が大嫌いです」
「ふうん。嫉妬?」
「そういう態度が嫌いなんですよ」
 陽狩は面白くなそうに鼻をならした。珠月は無視して残りのスコーンを自分の口に詰め込む。
「私は貴方の顔の造形と頭の良さとそういう弄ると面白いところが好きだよ」
「最悪だ」
「それほどでもないよ」
「ほめていません」
 不毛な会話に嫌気がさしたのか、陽狩はため息とともに立ち上がった。夏羽のように敵陣のど真ん中で暴れるほど馬鹿ではない。たとえ、内心ではどんなに苛立っていたとしても。
「では報告義務は果たしたので失礼します」
「そんなに急がなくても」「失礼します」
 珠月も強くは引きとめない。気だるそうに椅子に深く腰掛けて、ひらひらと手を振って別れを告げる。そして、陽狩が一歩踏み出した瞬間、思い出したように尋ねた。
「そう言えば、夏羽はどうしたの? 陽狩がこっちに報告に来てるってことは、四十物谷んとこかな?」
 陽狩は答えない。ただ少しだけ面倒くさそうな顔をした。それが返事だ。珠月もその態度を予想していたのか眉ひとつ動かさない。そのまま陽狩は珠月の横を通って部屋の扉まで辿りつく。
「っていうかさ、なんで四十物谷は許容範囲で私は許容範囲外なわけ? お友達として。なにが悪いの?」
「全部です」
「へえ」
 にやにやと珠月は笑った。
「私が女の子だからかと思った」
「…………確かに私は小賢しい女は嫌いですね。女はしたたかで、計算高く、自己中心的で悪びれない。せめて可愛らしいお馬鹿さんならまだ可愛げがあるものを」
「ふふ、女というのは計算高い生き物だよ。当たり前でしょう」
 クスクスと珠月は笑った。
「女は母親になるのよ? たとえなにを犠牲にしても、なにがなんでも生き残って子供を守りきらないといけないの。計算高くなくてどうするのよ?」
「ふっ、そういう台詞は実際に母親になってから言ってくださいよ」
「んー、ある意味大きな子供みたいなのは何匹かいるけどねぇ」
 足元にじゃれついてきた猫をかるく足でおしやって、珠月は笑う。
「陽狩は日系なのに、女を邪悪とみるタイプ?」
 古いキリスト教圏の文化では、女と金を悪の元として忌嫌う概念がある。また古代インドや東南アジアにおいても僧侶が女性に触れると積んだ修行が無になるとして、女性を忌む習慣があった。それは欲望に負けやすい人間の責任転嫁であることはあきらかなのだが――――
「知るか。死ね」
 爽やかに言い捨てると、陽狩はさっそうと部屋をあとにした。サンルームには珠月だけが取り残される。
「…………あーあ、これだからあの二人は面白すぎて見捨てられないんだよ。私もまだまだ甘いなぁ」
「それは甘さではなく優しさと呼ばれるものでしょう」
 いつの間に現れたのか、足音も立てずに長身の影が珠月の横に立つ。珠月は振り向きもせずに答えた。
「優しい? ふふ、それを私を知る誰かに言って御覧なさい。大笑いされるよ」
 それには答えず、彼は陽狩が立ち去ったほうに視線をむけた。
「それにしても、彼はこちらに気づかなかったんだろうか」
「気づいていたから悪口を言ったのよ。緋月。本当に可愛げのないこと」
 笑って珠月はふりかえった。緋月は眉ひとつ動かさない。
「そういいながら、貴方の彼らへの接し方はまるで困った子どもの世話を焼く、面倒見の良い乳母か母親のようだ」
「ははは、あれらが息子だったら絞め殺しているよ」
 本気とも冗談ともいえない顔で珠月は乾いた笑い声をあげた。緋月は沈黙を返す。
「ただね、興味があるんだ」
「興味?」
 ティカップが空になっているのに気付いて、緋月は新たなお茶を注いだ。礼も言わずに珠月はそれを受け取る。
「問題、『女よりも悪いものはなにか?』」
「童話のなぞなぞだな」
 平然と緋月は答える。読書が趣味というわけでもないのに、おそらくは周囲と会話を合わせるためのだけに教養を積んだ男の知識量は並々ではない。珠月は少しだけつまらなさそうな顔をする。
「そ。人間は悪いもの。女も男も悪いもの。でも悪魔はもっと悪い」
「悪いものが好きだと?」
 不思議そうに緋月は首を傾げた。珠月は小さく笑って首を横にふる。
「興味があるのはね、殺人鬼だよ。殺人鬼っていうのは人じゃない。ひとでなしの化け物だ。現に他の連中を見てみなよ。揃いもそろって理解できないような次元にいる」
「理解したいとも思いませんが」
 会話をしながら、ごく自然に緋月は菓子を取り分ける。まるで熟練の従者のような仕草だが、珠月はとくにつっこまない。視線で礼を言ってそれを受け取る。
「でもね、あの二人は違う。殺人鬼なのに、アレ以上に人間らしい生き物を私は知らない。だから、私はあの二人がどういう結末を迎えるのか興味があるし、そのためなら生存のための支援もそれなりにはするつもりだよ。人と化け物の境界は私にとってもとても重要なものだから」
「そういうものだろうか」
「でもそれが陽狩からみると、夏羽を囲いこんで首輪とつけようとしているように見えて面白くないらしいんだよね。なんて愉快な展開」
「珠月様、ご自分の命に関わる道楽は推奨しない」
 緋月は真顔で釘をさした。


**


 四十物谷長事務所は調査会社である。
 探偵のまねごとから、様々な商品の性能調査や科学調査、検察のまねごとのようなことまで隠されたなにかを『調べる』ことに特化した調査員集団だ。その中には乱戦の最中に突入するような荒事すらある。そのため、調査会社といってもその戦闘能力は低くない。低くはないのだが。
「そっか。無事に解決して何よりだね」
 ゆったりと笑ってインスタントの緑茶を出した四十物谷宗谷は、間延びした笑みを浮かべた。向かいに座る不死原夏羽は面白くもなさそうにそれを見ている。予科生からの数少ない友人であるはずの二人だが、一緒にいる時の空気はどうもよろしくない。
「で、一応だけど迷惑かけたから事後報告だ」
「わざわざありがとう。それにしても、大変だったね。ストーカー被害はうちでも良く扱うけど、だいたい面倒なことになるものなんだよ」
 ねえと宗谷はふりかえった。しかし、調査員のほとんどすべてが夏羽の訪問とともに部屋の隅に退避してしまったため、その距離は果てしなく遠い。
「…………あれ? 大丈夫だよ。夏羽君も陽狩君もそんな我慢の効かない狂犬じゃないよ」
「お前のいい方が不安を煽るんだ、馬鹿」
 うんざりしたように夏羽は言った。ここにはときおり情報をもらいに来るが、宗谷以外の人間のむけてくる感情はけっしていいものではない。そしてそれが当たり前の反応だ。
「じゃ、俺帰るわ」
「そう。気をつけてね」
 ごくごく自然な態度で宗谷は言った。別に帰り道に気をつけろという捨て台詞の類ではない。純粋なる社交辞令だ。夏羽はライフワーク上、そういう普通の挨拶を聞く機会がほとんどないため、言われる度になんともいえない気分になる。
「そういえば、この前依頼人から大量に御煎餅いただいてね。まだ沢山あるんだけど、少し持ってくかい? 陽狩君と食べるといいよ」
「どうやったら俺と陽狩の野郎が仲良くせんべいかじると思えるのか知らねえが、いらない」
「そっか。美味しいのに」
 残念そうに宗谷は首を振った。夏羽は思わずため息をつく。
「お前は本当に人生楽しそうだよな」
「よい人生を送ることは、人間の最大目標だと思うけど?」
 不思議そうに宗谷は首を傾げて見せた。かなりあれな人間のくせにふとした瞬間に見せる表情は、妙に無邪気でそれでいて的をついている。
「君はよい人生をおくりたくないのかい? 面白可笑しい人生は好みじゃない?」
「はっ、十分面白可笑しく過ごさせてもらってるぜ」
「そう。互いに楽しくてなによりだけど、あんまり他人に迷惑かけちゃだめだよ?」
「俺にそういうこと言うか?」
 あきれ顔で夏羽は無駄にでかい宗谷を見上げた。宗谷はにこにこと笑っている。
「言う必要のない人には言わないよ。殺し合いは、陽狩君だけにしておきなさい」
「陽狩はいいのか」
「いいんだよ。陽狩君は楽しそうだから」
「そういう基準なのか……」
「楽しいことはいいことだよ。楽しみは人生を豊かにする。遊び、食事、買い物、仕事、生活、人間関係――楽しくないなら苦痛の種だが、楽しければすべてが人生の宝さ」
 一般的なではない趣味を嬉々として楽しむ宗谷らしい言い様に、夏羽は思わず苦笑を浮かべた。彼の基準の中では、快楽の詳細までは考慮されていないようだ。
「お前はいいな。簡単で」
「心外だな。まるで僕が単細胞生物のような言い方じゃないか」
「別にお前の生物としての組織構成に関してコメントした記憶はねえよ」
 夏羽はため息をついた。変えると言っているのに中々帰れない。
「そういえばさぁ」
 なにげない口調で宗谷は続けた。
「夏羽は女の子嫌いなの? 告白されてもいっこうにつき合わないよね」
「お前だっていないだろうが」
「いたことはあるよ」
 衝撃の告白に夏羽ばかりか部屋の隅にいた調査員も目をむく。
「はあ!?」
「言っておくけど、珠月でも揺蘭李でもないからね。予科生だったよ。もう学校やめたけど。変な噂流さないように」
「お前、生きている人間に興味あったのか!?」
「ん? そっち方面の嗜好はわりとノーマルだと思ってるんだけど」
「嘘をつくなっ!!」
「陽狩君だって殺人鬼なのにかなり分かりやすい趣味じゃないか。体型の整った玄人が好みだろう? 趣味と性的嗜好は必ずしも一致しないよ」
 平然と宗谷は答えた。
「だけど君の彼女は見たことないから、ゲイなのかなと」
「ストレートに来るな。ちげえよ。俺の好みはおとなしい邪魔にならない女だ」
「清純派か。それはこの学校ではかなり貴重なタイプだね」
 納得したように宗谷は頷いた。そして、余計なことまで言う。
「そういう子は君の事怖がるんじゃないかな?」
「うるせえ。バラすぞ」
 本気の言葉にも宗谷は笑って流した。
「で、本当のところは?」
「キラキラした目するんじゃねえ!! お前、誰になにを吹き込まれた!?」
「今、一番ホットな賭けの種なんだ」
「馬鹿正直に本人に申告するやつがあるかアホ! 迫ってくるな! 俺は普通に女が好きだっ!!」
「女好きだと?」
「当たり前だろう! 女が好きでなにが悪い!!」
 宗谷の視線がくるりと夏羽の後ろをむいた。つられて夏羽もそちらに目をむける。そこには無表情の陽狩が立っていた。
「あれ? お前、篭森んとこにいってたんじゃねえのか?」
「もう終わりました。まだ戻っていないかったので、もめているのかと様子を見に来たんですが、まったくの無駄でしたね。ええ、どうぞそのまま下品な会話でも続けていてください」
 早口で言うと静かに陽狩は部屋を出ていった。何とも言えない空気がその場に漂う。
「夏羽君」
「なんだ、四十物谷」
「追いかけないと変な噂流されるよ」
「っ」
 慌てて上着をひっつかむと夏羽は事務所を飛び出していった。それを見送って、ほっと調査員の間から安堵のため息がこぼれる。
「いなくなった……」「怖かったよ」
「そうかい?」
 宗谷は無邪気に笑った。
「面白いじゃないか。あの二人は」
「殺人鬼ですよ?」
「うん。まあ、悪人だね。どうしようもなく悪人だ」
 さらりと宗谷は答える。
「だからこそ、面白いんじゃないか。通常の人間の歩く人生の枠に入りきらないひとでなしの殺人鬼で悪魔じみた人間なんて、ねえ?」


**

問「女よりも悪いものはなにか」
答「悪魔は女よりも悪い」


おわり