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 「Cooking」
 

 北区画、不夜城。戒がエドワードに呼び出されていたころ、この不夜城の一室でも、とある会合が行われていた。
 「……ということで、全区画的に見ても結構な数の行方不明者が出ているようです。特に多いのが、北区画のスラム街の住人で、今月に入ってもう二十名近くが襲われています」
 ランキング20位、【ミスティムーン(濃霧の月)】異牙・霧戒は手にした報告書を一通り読み上げ、眼前に座った不夜城の主を見下ろした。
 その主、北区画管理人のランキング12位、【グレイトフルナイト(偉大なる夜)】時夜・夜厳は、身体を深く椅子に預けたまま黙ってため息を吐いた。
 「これだけ行方不明が出ているというのに私たちの目には一切留まらないとなると……一体どういうことなんでしょうね?」
 「単純に攫われたんダトスレバ、周囲の状況からシテモ犯人は穏便に被害者を捕らえてイルということになりマスねぇ……。異能力ダトスレバ、ミスティックか、サイキッカーか……」
 霧戒の疑問に夜厳は片言交じりに答えた。最も、その声に覇気はなく、明らかに興味を欠いている様子である。そんな彼に霧戒は怒ったように言った。
 「そんなアバウトな情報じゃ犯人を特定できませんよ。ミスティックもサイキッカーも、この学園には五万といるんですから」
 そんな彼女に、夜厳は観念したように両手をホールドアップして続けた。
 「分かってマスよ。しかし、俺たちに何が出来ルと言うんデス?決定的に情報量不足デスヨ。俺たちに出来ルコトと言えば、『若い娘は夜間外出を控え、人通りの少ないところを通らない』と忠告を出すコトだけデスヨ」
 「それでは根本的な解決にはなりません」
 現状ではどうにも動けない。そう突きつけられてなお、異牙は食い下がる。
 「しかし、現状で出来るコトハそれダケダ。もちろん今だってフィフスエレメンツやボアにも夜間の巡視ハしてもらってイル。それに全学的な事件ナラ、そろそろもっと上の連中が動くデショウヨ。俺たちに出来ルのは、最大限の防犯対策を採るコトだけデス」
 最も、と夜厳はテーブルの上の書簡に目を落とす。学園上層部から与えられた対策は、今夜厳が言ったことと大差なかった。この文面のどこまでが真実かは分からないが、学園全体が手を出しかねていることは明白である。
 黙ってしまった霧戒に、夜厳はねぎらうように言う。
 「貴女の心配も最もデスヨ。ダガ、俺も含めて各区画の管理者たちも、このママ黙っていルつもりナンテ無いってことを覚えておいてクレ」
 事の重大さは十分承知している、と言う夜厳に、霧戒は黙って頷いた。


 霧戒と夜厳が真剣な話し合いをしていたころ、不夜城の庭に面する一階のテラスで、どこから見つけてきたのだろうか、ビーチチェアを引っ張り出してのんびりと昼寝をしている人物がいた。つややかな輝きを持つ銀髪を短く切りそろえ、清潔感のある白いシャツとエプロン、襟に巻いた真紅のスカーフがさわやかなアクセントを加えている。椅子の傍に置かれたテーブルには無造作にカバンとコック帽が放り出されていた。規則正しく寝息を立てている、同姓でもハッと息を呑むほど美しい女性。ランキング290位、不夜城の料理長を務める【デビルシェフ(悪魔的調理人)】マリア・レティシアである。
 すーすーと可愛らしい寝息を立てながらも、時折、
 「くふふ……くふふ……」
と寝言で笑っているのが不気味だ。
 不夜城の手入れが行き届いた庭にはマリア以外の姿は見えず、町を騒がせている不気味な噂などが夢であったかのように朗らかな風が吹いている。急に強まった暖かな風にマリアの前髪が巻き上げられたとき。
 「くふ」
 今までぐっすりと眠っていたのが嘘のように、マリアがパッチリと目を開いた。寝起きを感じさせない様子できびきびと状態を起こし、大きく伸びをする。
 「くふふ……良く寝た」
 笑い声とともに、無感動な呟きを漏らす。たった今から彼女の様子を目撃した人物がいたとすれば、一瞬前まで彼女が寝ていたなど露ほども思わないだろう。
 と、不意にマリアはひくひくと鼻を動かし、再び穏やかになった風を大きく吸い込んだ。
 「くふふ、いい匂いがする。くふふ、おいしそうな匂いだね」
 それは何気ない一言。彼女を知らない者ならば、風の中に混じったどこかの厨房の匂いを感じ取ったのだと思うだろう。しかし、彼女が発することによってその言葉は別の意味を孕む。
 「若い女の子が……十人くらいかな?くふふ、それに男の子が一人。こっちの方がずっとおいしそうな匂いだ。くふふ、くふふ」
 彼女は、たとえそれが人間であっても「おいしそう」だと思えばそれを食材と見なす悪癖の持ち主である。別段人肉食主義などの性癖を持ち合わせているわけではなく、単に人間と食材を同列に見なしてしまうだけで、それ故の悪癖なのだが、決定的に危険なのは、それを彼女が実際に行動に移す点である。
 「どんな料理に向いてるかな?やっぱり実際に見て考えないとね、くふふ」
 そして今も、彼女は脇のテーブルに脱ぎ捨てていたコック帽を被り、愛用の調理道具が納まったカバンを背負って立ち上がっていた。もちろん、プロの料理人が市場に出向いて食材を品定めするかのように、彼女にとっての「食材」を検分するためである。
 「くふふ、お夕飯まではまだ時間もあるし。くふふ、今夜の献立は何にしようかな、くふふ、くふふ」
 既にその目はいつものいたずらっ子の笑みから、料理をするときの恍惚とした笑みに変わっている。
 意気揚々と不夜城の城門を抜けていく彼女を、門番のルーシーとブリギッタは黙って見過ごした。というより、見ないふりをしたのだ。あの状態のマリアに下手に絡むと、場合によってはその日の膳に饗されかねない。
 「最近物騒みたいだけど……まぁマリアさんなら大丈夫よね?」
 「そう簡単にくたばるような奴じゃないしね……残念なことに」
 ブリギッタとルーシーは互いに誰に言い訳するでもなく呟いた。結果的に夜厳や異牙にとってもプラスとなる事態をマリアが引き寄せることになるのだが、とりあえず今の彼女たちにそんなことが分かるはずもなかった。
 「くふふ、くふふ。おいしい『食材』、見つかるといいな。くふふ!」
 奇妙な料理人が、スキップでもしそうな勢いで北区画の往来を行く。人々はよくも悪くも彼女を良く知っているため、彼女の道を遮るようなまねはしない。逃げるように道を開ける人々など全く眼中になく、【デビルシェフ】は食材の『買出し』に出かけた。