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速度の王

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tokiya

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「さぁて盛り上がってきたよ! レースは中盤、現在は旧ヤマナシとシズオカの境界あたりを爆走中! だけど報告とこっちに入ってくる映像によりますと、どうやら先頭集団で次々に脱落者が出てる模様だよ! 何があったんだろうね!?」
 カメラがズームされたその先には、確かに死屍累々と横たわるものが数多くあった。
 それはタイヤがパンクしたバイクであったり車であったり、自慢の足を砕かれたサイボーグであったり、マシンを操作するための腕に銃痕を残していたりと様々だ。
「どういう事かな!? ねぇギル様、どう思うのこれ!? ルートは最初から決まってた訳じゃないから、先にトラップ仕掛けたり待ち構えたりとかはルール上アウトだよね!? 高速機使ったとしてもアウトだけど、そもそもそんな映像こっちに来てないよ!?」
「はっはっは、簡単なことであるよ」
「え!? ギル様もしかして既に謎は解けた感!?」
「無論だよ。この程度、余が分からぬ筈がないではないかね」
 高らかに笑い、帝王は画面を変える。
 それは、先頭集団よりおよそ10kmは離れた場所。どうにか倒壊を免れた廃ビルが立ち並ぶ廃墟。
 そこに佇むのは、大鷲のような雰囲気を持つ青年、【スナイピングイレイザー(殺し屋)】ジョニー・タナトス。死神の名を持つ男。
「奴ならあの距離、鴨撃ちのようなものであろうよ。あの男の両腕は、諸君が思う以上に長いぞ?」
 それを証明するかのように、画面上のジョニーがトリガーを引くたびに先頭集団が崩れていく。
 表情ひとつ変えずにスナイプを決めていく姿は、圧巻の一言に尽きる。
「あれれ? でも結局、アウトなんじゃ……?」
 首を傾げる愛。正体は分かったが、原因は分かっていない。一体どうやってジョニーが、最速の先頭集団よりも前で準備を完了していたのかを。
「くくく、まだまだ甘いの。儚き電波の少女よ、これを見ると良い」
 言って、再度スクリーンの画面を変える。
 それは後方集団の最後尾、もう誰も注意を向けていないポジション。
 見るべきもののいない筈のポジションに颯爽と現れたのは、風よりも早い男。

「コレは、してやられマシタねぇ……!」
「会長、どうやら遊んでいる場合ではないようです」
 夜の王と黒猫の少女は、弾丸の射線から巧みに外れつつ思考し。

「ハッハァ、どうだよ! やっとフェスタじみてきたじゃねぇか!」
「イイトコ見せてね、撮影はバッチリ任せて!」
 溝鼠の王と最上位の少女は、一撃必中の弾丸を辛うじて免れながらも笑い。

「飛ばすぜ、ユウ! 今のうちにぶっちぎる!」
「頼むよ! 銃撃は僕が何とかする!」
 血界の少年と銃王の少年は、さらなる高みへ登り続けるために全力で進み。

「オヤジさん! 今こそコイツの真価を見せるときっすよね!」
「おう! やってやれや雷都、ライダーの心意気見せたれ!」
 ヒーロー志望の少年と狂気の王は、自信を漲らせてテンションを上げ。

「前からは長いのが、後ろから早いのが来るなぁおい!」
「面白い組み合わせよね。体と頭があれば完璧ってところかしら」
 雄牛の主と大和の姫は、余裕を漲らせて知己へと想いを馳せ。 

「ヒャッハハハハハハ! これだから、これだから世界は面白い!」
「さぁ、皆も一緒に楽しもうよ! ラァァンラァァァァンルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
 狂い道化師は、ただひたすらに哄笑する。

 一足早く気づいたトップに遅れ、次々に参加者たちがその足音を聞く。
 最後方から最後の最後にやってくるのは、さながら花形の役目と言わんばかりに。
「ハハハハハ! いーーーーーやぁ待たせたな諸君!」
 来た、と油断しない者たちは思った。
 ついにか、とスリルを求める者たちは感じた。
 忘れていた、と大半の生徒が注意力と推理力の低さを反省した。
 そう。ここに来てようやく、学園最速と名高い【ゲッタウェイドライバー(逃し屋)】杞柳道 風刃(きりゅうどう かざは)。満を持してのご登場だ。
「プロローグはこれにて終了だな皆の衆! さぁ! これからが! 俺の現世風靡の時間だ!」


「え? どういう事? 愛ちゃん混乱してきたよ! 大混乱! 大混乱! ダイコンらんらんるー!」
 洗脳されてやがる……!と戦慄するリスナーたち。そんな反応は放っておいて、トップ集団は次々に撃破されていっていた。瞬く間に乗機を壊され、或いは競技続行不能なまでのダメージを受けてギブアップせざるを得なくなっている。
 その間に、例えではなく大地を抉る速度でトップ集団に肉薄する風刃。その速度はまさに風。
「あ奴は真っ先にあの地へジョニーを運んでいたぞ? 他の参加者に気付かれぬように裏道を使ってな」
「へ? でもそれってルール違反……あ」
 気づき、愛は納得の頷きをみせる。
 考えて見れば簡単な事だった。確かにシュシュは『決められたルートを経由しなければゴールにはならない』とは言ったが、『決められたルートを外れてはいけない』とも言っていない。
「そうなのだわ。杞柳道は、ジョニーを運んでから、スタート地点まで戻ってきて再出発したのよ」
 観衆からざわめきが起こる。そんな事が可能なのか、と。
 確かにルール上は問題ないと納得した。けれどそのやり方では、単純に考えて圧倒的な不利を呼ぶ。そんなやり方を成功させられるのならば、最初からまともに走っていれば簡単に勝てるのではないか。
「って考えるのはまだまだルーキーちゃんだよねっ。愛ちゃん真っ先にそう考えたよ、ホントダヨ! だって若いから!」
「後半は無視するけれども、概ね言う通りだわね」
「ククク、庶民にはやむを得ないことであるぞシュシュ!」
「あっれギルさんのテンションで愛ちゃんが薄く……! ともあれ真面目に仕事すると、もし風刃さんが最初から踊りでたら真っ先に潰されるよね、全員から」
 出る杭は打たれる。その言葉が全てを物語る。
 それでも逃げ切れたかもしれないが、参加者の中には実力者も数多い。それならば、数を減らしてからチェイスを仕掛けた方が勝率が高いと判断したのだろう。
 杞柳堂のスピードは最大で高速機をも凌ぐ。いくら参加者たち自慢の乗り物だろうが差は歴然。原付バイクとF1カーとの勝負ほど開きがある。例え全行程の半分だけ差があったとしても、丁度いいハンデでしかない。だから、邪魔者を消す作戦に出た。
 そして、結果的にその策は成功している。トップの集団は九割近くのチームがギブアップ、続く中盤も七割、遅れる後方集団も五割程度が減らされている。風刃が追いつく頃には、全チームの八割か九割は消えていると考えていい。
 だからこそ、そこからが勝負。死神の腕から逃れるだけの猛者だけが残ってからが、本当の勝負というわけだ。
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