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勇太郎と夜巖の二人がトップ争いをしている間、後方のグループでもざわめきが起こっていた。
「ん? んん? 報告入ったよ! ええっとダンゴ状の下位チームの中で飛び出した二チームは……うわぁ」
 心の底から残念そうな溜息に、何事かと手元の液晶画面を切り替える生徒たち。
「前を行く生徒たちをなぎ倒していくのは、チーム【太陽の牡牛】。乗り物は牛車じゃあなくて馬車だよ! うん、物理的に薙ぎ倒してるね! 三馬力なんだけど体感的に100万馬力って感じじゃないかなあれ!」
 黒馬、白馬、そして赤毛の馬を巧みに操るのは、ランキング73位【ファラリス(燃え滾る雄牛】バーンハート・ジェンキンス。そしてその後ろ、オープンカー仕立てのクーペに乗るのは124位【グレートマザー(大地母神)】伊佐波命。
「ハッハハハハハハ! どうだよ命、俺のチャリオットの乗り心地はよ!」
「一言でいうと最低なんだけども。もう少し、乗せられる側の待遇も考えてほしいわねぇ。それと形式的にチャリオットじゃなくクーペでしょ、これ?」
 ガタガタと上下に揺れる馬車は、贔屓目に見ても乗り心地がいいとは見えない。
 それは馬車が悪いというわけでもない。バーンハートの腕が悪いという訳でも、彼の御者としての腕が悪いという訳でも決して無い。
 第三次大戦から第一次非核大戦によって荒廃した世界には、未だにその傷跡が数多く残る。特に米露中の上陸戦に見舞われた旧日本の国土は、大半がまだまだスラム以下の廃墟状態。
 旧ロシアの実験場となっていた北海道、同じく中華大陸によって占拠された沖縄と九州地方。これらの地方は現在、企業によって大小のドームシティが建造されて修復されている。
 旧東京には言わずとしれたトランキライザーの学園都市、またトランキライザー本社のある旧日本国首都名古屋。病葉古鉄会が治めている独立領関西などの発展度合いはかなりのものだ。
 しかし、それ以外。例えばアメリカに襲われた関東・四国地方、ロシアよって蹂躙された東北地方、中国に攻めこまれた地域は、近代文明を名残でしか残さないという崩壊具合。当然、街路が補修されている訳がない。
 下手をすれば中世期以下の道を走っていたら、乗り心地がよくないのもやむを得ない事だろう。
「まぁ、手弱女気取るつもりもなし。こういう荒々しい攻めもたまになら悪くないわ」
 艶やかに笑み、両腕を広げる。それぞれの手に持っているのは、1メートルはあろうかという大扇。
 それだけのサイズならば重量も大きく、間違っても女性が片腕で持てるものではない。当然、馬体にかかる負荷も大きくなる。そう考えるのが当然だ。
 けれど、彼女の持つ扇は紙のように軽い。それでいて、決してその形を曲げたりはしない。
「バーン。貴方は走る事に専念しなさいな。それ以外は私がどうにかしてあげるから」
「男を立てるってヤツか!? いいねぇ、これがヤマトナデシコの心意気か!惚れるぜ!」
「冥府の底までついてこれるかしら? まずはそこから語り合いましょうね」
 笑う二人の馬車に、後方から無数の銃器が向けられている。
 誰も集団から抜け出さなかったのは、何も馬力が伯仲しているからではない。それよりも、飛び出た杭は撃たれやすい。その理由が大きい。
 それがトップランカーであっても例外ではない。一際目立った二人は、一際強く狙われる。
 バーンハートは、クラス申請こそしていないが強力なグラップラー。けれど、いかに強いとは言え、馬を操りながらではどうしようもない。その肉体は銃弾を耐えきるかも知れないが、馬を狙えばどうにもなる。
 命も同様、彼女の本職は統合的経営であり戦う事ではない。誰もがそう考えたから、迷いなく引き金を一斉に引いた。
「これじゃ黄泉平坂行路にもイケないけどね」
 蠱惑的で魅力的、妖魔の如き妖しさと得も知れぬ色気を振りまき、命は安定感のないクーペから立ち上がる。扇を広げ、緩やかに廻るは舞踊の足取り。
 その舞踊の回転に合わせ。正確には扇の動きに合わせ、全ての銃弾が逸らされ、或いは弾き飛ばされていく。
「……ありえねぇっ!」
 叫ぶ。幾ら何でも無茶苦茶だ。
 不可能と無理と常識外を否定する連中だらけのトランキライザーの生徒たちが、あまりの衝撃に驚き叫ぶ。
 これが重力を無視する万里小路翔の鉄扇であれば納得しただろう。しかし、命は何かの能力を使ったということでもなく、一見してただ巨大なだけの扇を使って銃撃を全て弾き飛ばしたのだ。
「あらあら、私を誰だと思っているのかしら? 私が誰の上にいると思っているのかしら?」
 左右から来た、恐らく参加者のパートナーが狙撃してきたのだろう。弾丸を同じように叩き落す。
「ウチの照子と月夜が創りだした、フェムトファイバーで編み込んだ"稚日女の扇”よ? 須臾の連続は決して途切れはせず、その形を崩しはしないの。分かる? 時が時なら宝具に叙されてもおかしくはない、軽く大きく変わらないこの扇。貴方達に破れるかしら?」
 大人の色香というのだろうか。余裕を振り撒く命に隙はなく、威圧感さえ纏っている。
 銃弾の嵐を実際に凌ぎきって見せたのだから、その言葉に嘘偽りはないのだろう。その艶然とした態度を見せつけられ、そして魅せられ、攻撃の手が止まる。
「さ、バーン。気にせず行きなさいな。雄々しく猛々しく、外では獰猛に。けれど内では従順に。それが良い益荒男ってものよ?」
「俺は中でも外でも牡牛のようにありたいんだがなぁ」
「夜ならね? 牛飼いに御されていると知らないまま、ただただ猛くってのも若くていいわ」
 薄い紅を塗った唇を、血のように赤い舌で舐める。その動作は、美しいを通り越して恐ろしい。
「……前々から思ってたが、女ってのは怖いなぁ」
「あら、やっと気付いたの?」
 コロコロと笑う命は、先ほどまでとは打って変わって可愛らしい。けれど、その表情もどこまで本当か。先程の蛇のような顔を見た後では空恐ろしい。
「ああ、遅まきながら、だ! やっぱり俺は可愛い家族と共に暮らすのが性に合う!」
 叫びに合わせ、三頭の馬が歓喜の嘶きを上げる。
 馬は賢い。一度認めた飼い主には最後まで忠を尽くすという。古くから戦いの友として馬が使われていたのは、何も乗機として優れていただけではない。
 そして、バーンハートという男は、誰よりも家畜を愛し愛される男だ。彼になら、馬たちも全力を尽くす。
「行くぞ、セキト! コクダン! ハクホウ! 」
『ヒヒィィィィィン!』
 高らかな叫びをエンジン音の代わりとし、馬車がグングンと速度を上げる。六肢のスレイプニルのように野を駆け、ドンドンと順位を上げていく。
 その様子に驚愕や歓喜、絶望や呪詛といった様々な感情を投げかける生徒たち。
 けれど、彼らがそんな生温い感情を浮かべていられるのも今だけだ。そう、愛は言った。抜け出したのは、二チームだと。
「ヒャッハハハハハ! ラァァンラァァンルゥゥゥゥゥゥ!」
 特徴的なその笑い声を聞いた瞬間、全てが固まったように思えた。参加者の生徒も、傍観者の生徒も、時間さえもが完全に停止したかのような感覚。
 ここに来て、"ある意味で”最狂最悪の上を行く男。まさかの死神、ドナルド・ワクダネルの登場だ。
 日の当る道を歩いていた、真っ当な生徒たちにとってはただの、というには過小評価に過ぎる、とてつもなく変な奴。一部の事情通からすれば、言葉にするのもはばかれる恐怖の権化。
 見るのは怖い、だけれど見ないわけにもいかない。魔法にかかったかのように、観衆の生徒も参加者の生徒も、それこそトップグループにいる連中さえもが、備え付けの液晶でその男がいる集団にチャンネルを合わせる。
 そこに映っていたのは、何の変哲もないスケードボードで風の如く疾走する道化師の姿。
『ありえねぇ!』
 先程以上の大音量。満場一致の叫びが上がる。
 エンジンを積んでいるような様子もない。見た目は間違いなく、市販品らしきスケートボード。更に完全無音で滑るように走るソレは、一切の手が加えられた様子はない。
 それなのに、下手をしなくとも時速100kmは軽く超えているのだ。叫ぶのも仕方のない事だろう。
「どうなってんだ! どうなってんだアレ!」
「俺が知るか! どけ、道開けろ! アイツの前に立ちたくねぇ!」
「うるせェ、そっちがどけよ!」
 喧々囂々、ドナルドの周囲を走っていた生徒たちがモーセの十戒のごとく割れていく。それも確かな事だろう。恐怖の代名詞とさえ言われる道化師に背後から追われるプレッシャーといえば、生半可なものではない。
「ヒャハハハハ! 皆仲良く、ドナルドの後ろについておいで!」
 嫌だ。誰もがそう思った。罷り間違えてもついてはいくまい、と。
 けれど、生徒達の考えはまだ甘かった。成程、半身で腰を落とし、綺麗なフォームでスケボーを滑らせるドナルドは確かにホラーだ。その動力すら不明な速さは謎だけを深まらせるが、言ってしまえばそれだけ。彼はただ走っているだけ。
 誰もが口を噤まざるを得ない異変は、ドナルドが走っている所ではない。より前、チェックポイントで起きていた。
「もしもし、こちらドナルド。マシンの交換準備をお願いするよ」
『もしもし、こちらドナルド。ヒャハハ、マシンのメンテは完璧だよ☆』
 チェックポイントでスケートボードの整備をしていたのは、赤いアフロウィッグの道化師。見まごうこと無く、ドナルド=ワクダネルの姿。
「……は?」
 生徒達の目が点になる。液晶の画面を何度も切り替えては、何度も何度も見直した。けれど、どこからどう見ても。チェックポイントにいるドナルドと、スケートボードで走るドナルドは同一人物だ。
 そもそもスケードボードを交換する意味があるのかとか、メンテナンスってなんなんだとか、そんな些細な事はどうでもいい。問題は、どうしてドナルドが二人いるのか、ということで。
「うーん。前輪を変えておきたいかなぁ? ドナルド、前を持っておいてくれないかい?」
「ヒャハハハ、分かったよドナルド。これでいいかい?」
『……………!?』
 ピット周辺の生徒達が絶句する。何せ、客席から三人目のドナルドが登場したのだ。何がどうなっているのか分からない、というのが衆目の一致する所だ。
「どうだいドナルド? 新しいタイヤにしたほうがいいかなぁ?」
「うーん? まだちょっと分からないけど、大丈夫さぁ。いってみよう!」
 同じように、群衆の中からドナルドが現れる。その数、実に三人。
 四人のドナルドがピットクルーとなって作業し、一人のドナルドがレースする。実際に見ている生徒達でなければ、何を言っているか分からない事だろう。しかし、ソレ以外に言いようがない。
「待て。ちょっと待て」
 そこで登場するのは、【パラダイムフィクサー】世都母比良坂だ。
 ギルガメシュに一時的な審判として雇われている彼としては、ここは見逃してはいけない所だろう。
「反則だ。ドナルド=ワクダネル。審判役としてジャッジを下す」
 頷く観衆たち。そして参加者たち。
 無関係な観衆は良識と常識に則って。参加者は自分たちの魂の叫びとして。
 安全に、とは言わない。せめて、生きて帰れるようにしてくれ、という心からの思いだろう。
「え? 先生、ダメですか?」
「ドナルドマジック禁止ですか?」
 比良坂の言葉に答えたのは、観衆の中からぬっと歩み出てきた、新しい二人のドナルド。
 もう生徒達は言葉もない。あえて言うとするならば、悪夢よ去れ、だ。
「先生」
 新たに歩み出た一人が、体を半身にして両手を伸ばす。角度は斜め下80度。視線は比良坂の瞳ではなく、やや下を向いている。意味不明な、漫画表現的な格好いいポーズ。実際にやると笑いが大きくなるポーズで、ドナルドがやるとシュールさだけが溢れ出すポーズだ。
「反則ですか?」
「ドナルドマジック」
「ダメですか?」
「ドナルド一人だけど」
「ルール違反ですか?」
「どうでしょう? ヒャハッ」
 ピットから出てきたドナルド達が次々と、一列に並んで同じポーズを取る。もはやホラーとすら呼ぶのもおこがましい。
 なお、比良坂の忠告を受けたその時から、スケートボードは止まっている。ドライバーのドナルドはボードの上にうつぶせになっていた。本人的には至って真面目にルールに則っているようなのだが、周りの参加者からすれば何が起きるのかという恐怖しか呼び起こさない。動いていても止まっていても恐ろしい男だった。
「ふ、む……」
 考え込む比良坂。皆が祈るような思いで、彼の判断を待っている。
「確かに能力であると考えれば、ルールには違反していない、か……」
 ちょっと待て。誰もがそう思ったが言えない。比良坂に口を出すのもはばかられるし、同時にドナルドを万が一にでも敵に回すというのも恐ろしい。というよりも。
(いいのか!? あれを能力で片付けていいのか!?)
 ドナルドたちはどこからどう見ても自分の意識を持って自立している。本人が操っているという感じでもない。あえて言うのならばドッペルゲンガーを生み出すような能力なのかも知れないが、どの生徒もドナルドがそんな能力を有しているとは噂ですら聞いたことがない。
 見物に徹している佐伯を筆頭とした情報屋集団すら苦笑している事からも、それが殆どの人間にとって初見であるということが分かる。
 そもそも、ドナルドの言うところのドナルドマジックがどんな能力なのかすら不明なのだ。もしかしたら手品という可能性もある。比良坂としても判断に迷うところだろう。
「……まぁ、いいか」
(いいのかよ!?)
 戦慄した。世津母比良坂、学園に関わらない部分では割とアバウトである。
「ただし参加は二人が基本原則だ。三人目からは反則とみなす」