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Baa,Baa,Black sheep Ⅱ


めえめえ黒い羊さん
毛皮のウール お持ちだね
はいはい 袋に三つ
ご主人様に一つ 奥方様に一つ
もう一つは小道の奥の一人ぼっちの子どものために



 学園内某所
 ブラックシープ商会の幹部会が開かれていたのと同じ頃、まったく別の場所でも複数に人間が同じように顔をつき合わせていた。
「そろそろ、動揺が広がり始めたころかな」
「ええ。内通者がわざと経営陣への不審を煽っているはずです。このまま犯人が見つからなければ、ブラックシープ商会への忠誠心は落ちる。そもそも、あのリンクは専門的な能力が低い。誰にでもあれと同じことをすることくらいできる」
 学園内には、複数の商人リンクがある。
 例えば、〈ブリリアントスター〉 校内最大の細工師と鍛冶職人のリンクで、その品質は他の追従を許さない。
 例えば、〈伊座波農林水産協会〉 校内どころか世界の食糧事情にも関わる農業リンク。
 例えば、〈ファラリス畜産協会〉 食肉に関しては世界トップクラス。
 いずれも専門に特化して能力を伸ばしたリンクだ。だが、ブラックシープ商会は違う。ただひとりでは資金的あるいは能力的な不足により、巨大ブランドを立ち上げることのできないワーカーやインダストリアリストを集め、丁度空白地帯だった流通業に目をつけて力を伸ばした会社、それがブラックシープ商会。他のリンクとの最大の違いは専門的かそうでないかというところ。つまりブラックシープ商会の仕事は、別にブラックシープがしなくてもいいのだ。
「能力さえ足りていれば、誰でも取って代わることが可能。ブラックシープ商会がでかい顔をできているのは、単に今までの信用の積み重ねがあるからにすぎん」
 すでに流通経路を確保し、信用もノウハウもあるから、学園内の流通のほとんどはブラックシープ商会の独占状態にある。そして、その実績ゆえに学園外部においても通常企業と同等の力を持つ。また、この学園という特異点を押さえているがために、他の企業に入手できないものも入手できる。言い換えれば、ブラックシープ商会の地盤はこの学園内部の流通を完全に抑えていることだけにある。
 それさえ壊れれば、壊すことも買い叩くことも難しくもなんともない。
「そう。だが、信用と言うものは」
 男はわざと手元のグラスを落とした。空のそれは、床に激突して粉々に砕け散る。
「もろく、壊れやすい。何年もかけて築き上げても、壊れるときは一瞬だ」
「所詮、やつらは弱い動物が群れているにすぎない。統率が揺らげば、敵ではない」
 不敵に彼らは笑う。
「さて、どう対処するかな。あの草食動物の群れは。そして、羊に紛れ込ませた狐どもは」



 ばさりと置かれた封筒の厚さを見て、エドワード・ブラックシープは顔をしかめた。
「おい、なんだこれは」
「何って、君がほしがってたものだよ。エドワード」
 対する少年はにこりと微笑む。始めに目に付くのは顔の半分近くを隠してしまっている、艶やかな長い髪だが、それ以上に気になるのは背中に背負った巨大な斧。彼は、序列62位【ホーンテッドアックス(怪奇斧男)】四十物谷宗谷。校内でも五指にはいる調査会社〈四十物谷調査事務所〉の所長である。
「っていうかさ、君たち、潜在的な敵が多すぎるんだよ。ついでにほかの敵もリストアップしろって言うから、その量になったんだ。まったく。これだけ商売敵がいてうまくやってる君の手腕には、恐れ入るね」
「金も時間も裂いてるからね――自分の保身に」
 それを聞いて宗谷は鼻で笑った。
「それは違うな。君の保身ではなく、リンクの保身だろう? 君のキャリアアンカーが安定型だってことは知ってるさ。君はいつだって、身を守ること――崖っぷちに到達するまでの時間を考えている」
「それはそうだ。僕は、ブラックシープなんだからね。羊は、臆病なものだよ」
 意味深に、エドワードは微笑んだ。宗谷もそれに笑みで答える。
「それにしても、僕なんかに相談してよかったのかい? 外部に重要事項漏らすなんて、社長失格かもしれないよ?」
「恩なら売ればいい。僕は、一番僕の望みに近い結果が出る手段を利用するだけだ」
「嫌な言い方するね。そんなことしたら、僕は学園内で好きなものを入手することができなくなるじゃないか」
「趣味で拷問用具(アンティーク)を購入している時点で、うちの社員からの評価は最悪だがね。他にもホラー映画だの心霊写真だの」
「入手してきてくれるその手腕は、とても評価してるよ」
 宗谷はにっこりと笑った。彼は何でもこの笑みで誤魔化してしまう。エドワードは、ため息をついて書類を封筒から引き出した。その一番上を見て眉をしかめる。
「〈フォックスグレーシア〉……武闘派リンクか。しかもウエストヤードとなると、迂闊に手は出せないな」
「本業は投資ファンド。グレーソーンのね。戦力だけならブラックシープ商会の倍。しかも、誰の仕業か分かっていても証拠がない以上、こちらから攻め込むわけにもいかない。そんなことをしたら、他のリンクも介入しての大戦争になるだろうね」
「このまま黙っていても、攻めても、うちのリンクは瓦解するというわけか」
 宗谷は返事の代わりに底の見えない笑みを浮かべた。エドワードは小さく唸る。
「ま、簡単に言うと向こうの作戦はこうだ。まずは適当に数人襲って恐怖を植え込む。で、動揺した隙をついて経営陣への不安と不審を煽って、連携した動きが取れなくなったところでばくっと食べてしまおうってわけだ。一気に来ないのは、上位ランカーを警戒しているせいと他のリンクの反発防止だね。弱らせてから、他が反応しないうちに一晩で滅ぼしてしまおうって魂胆だ。実際の行動はその辺の生徒雇ってやらせてるみたいだから、実行犯捕まえても何の情報も出ないと思うよ」
「打つ手なしだね」
 あっさりと言ったエドワードに、宗谷のほうが苦笑を浮かべた。
「でもいい加減どうにかしないと、社員の不満がたまる前に法華堂が暴れだすよ? 彼、君のことに関してはあまり気が長くないから」
「戒は、たまにどうしようもない。釘は刺したけど」
「でも、君の忠臣だ。きっと法華堂は、君が無一文になって放り出されても付いてきてくれるよ。今だって、ランキングは自分のほうがずっと上なのに、嬉しそうに君の後ろついて回ってるし。しかもエイリアスは【レッドラム(赤い羊)】」
 校内において、黒羊はエドワード、白羊はメリーを示す言葉である。
 ブラックシープ商会には沢山の生徒が籍をおいているが、羊と呼ばれるのは今のところこの三人だけだ。それだけ、エドワードにとって信頼のおける腹心であると見なされているともいえる。
「いいな、そういう部下。うちは問題児を集めたようなリンクだから、団結はあっても上下はないんだよ」
 嫌味ではなく本当に羨ましそうに宗谷は言った。エドワードは彼にしては珍しく、照れたような困ったような笑みを浮かべる。
「男に好かれても嬉しくもなんともない。それに、彼の羊は僕の羊とは意味が違うんだよ」
 Sheepとramは別物だからね。とエドワードは呟いた。
「僕は臆病者のsheep(羊)さんだけど、彼はram(羊)だ。Ramは雄羊のことだが、同時に破城槌や衝角のような、相手を力ずくで破壊する武器のことでもある。レッドラムは、赤い羊であると同時に常に戦闘に立って返り血を浴びる突撃者の意。さらにもう一つ、レッドラムは、音は同じままで意味を変えるとred rumになり、それを逆さまにするとmurderとなることから『殺人』の隠語でもある。彼は臆病な羊なんかじゃない。人殺しと破壊が、そのまま戒のエイリアスなんだ」
「へえ、意外と深い意味があったんだねぇ。知らなかったよ」
 僕はどうも英語は苦手でと、日系イタリア人の四十物谷宗谷はぼやいた。
「奴のエイリアスなんてどうでもいい。それより最近、メリーがかまってくれないことのほうが僕には不安の種だ」
「あ、うん。君ってペットとか可愛がりすぎてウザがられるタイプだよね。心配しなくても、ちょっと距離置いたら向こうから擦り寄ってくるよ」
「メリーと離れるなんて嫌だぁあああ!!」
「…………」
 宗谷は、遠い眼でため息をついた。
「なぜ仮定の話で泣きそうな顔になるんだい? 頼むよ、エドワード。もっと落ち着きと程度というものをもってくれ。メリーに関して」「無理」「即答!?」
 宗谷は深々とため息をついた。
「ま、人の趣味に首は突っ込まないけどね」
「お前こそ、その怪奇趣味を直せ」
「何言ってるんだい? 性癖は直らないものなんだよ?」
「……色々とこっちも突っ込みたいところがあるんだが、それはこの際、おいておこう」
「ああ、それが建設的だと思うな。で、どうするんだい? 打つ手なしなんて言ってるけど、絶対になにか手は考えてるはずだろ? 僕にだけはこっそり教えてくれよ」
「断る」
 すげなくエドワードは断った。指先で書類を整えて元通り封筒に戻す。
「お前に心配してもらわずとも、うまくやる。誰にも気づかれず、最小のリスクで速やかに美しくね」
「最後のはいらないんじゃないか?」
「こっちはこっちで色々と事情があってね」
「だろうねぇ」
 にやりと宗谷は笑った。
「君の部下、裏切ってるよ」
「知ってる。外部のものがここまで性格に社員の行動を読んで襲撃することなんて、できない」
 冷静にエドワードは答えた。宗谷はつまらなさそうな顔をする。
「なーんだ。知ってたのか」
「ああ。だから、君を使ったんだよ。外部の敵を倒せても、獅子身中の虫が残ってはどうしようもない。この際、膿を出させてもらおう」
 読み終わった封筒に、エドワードはライターを近づけた。たちまち紙は燃え上がる。
「一刀両断にね」
「それはいいけどさ、エドワード」
 宗谷は小さくため息をついた。
「ここでもの燃やすと火災探知機が反応するんじゃないかい?」
「あ」
「君、相変わらず商売に関係ないとこだと螺子一本足りてないな」


 直後、ブラックシープ商会本社に警報が響き渡り、エドワードはメリーと迷に散々怒られた。