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 その男は、暗い闇で造られている。
 光を知らないような暗い瞳、輝きを否定するような黒いジャケットコート、影を彷彿とさせるその出で立ちは、見る者に等しく恐怖の感情を抱かせる。
 彼こそが、【人類最凶時夜夜神】の異名を有し、【放浪する禍】の忌み名で呼ばれる男その人だ。
 けれど、誰もがその姿を最初に見た時は疑う。本物なのか、と。歩く災厄とまで謳われる男にしては、あまりに歩みが弱すぎはしないか、と。
 強靭にして凶刃、狂妄なる凶暴。狂いに狂った男にしては、表情が弱すぎるのだ。
 その歩みは夢遊病者のようで、その顔に力はない。
 狂人と呼ばれる人間は、得てして顔に力がある。それは独善からくる笑みであったり、愉悦から来る快楽であったり、本能から来る喜びであったりと様々だ。
 恐らく、人が理解出来ない理由で。或いは、理性によって抑え込んでいる本性で。はたまた壊れてしまった心を押えきれなくなって、人は狂人と呼ばれるようになるのだろう。その行動、その表情。そうしたものを読み取って、人々は彼らを恐れる。
 対して時夜夜神はどうだろうか。その噂は狂人と呼ぶことすらおこがましくなるレベル。しかし、その表情はいっそ清々しいほどに何も無い。まるで起きたまま深い夢に落ちているような錯覚すら覚える。
 だから、彼らは勘違いしてしまうのだろう。”これは、時夜夜神ではない”などと。
「おい、兄ちゃん。ここを通るなら、金目のモノを」
 言った瞬間、彼の前に立った男の首が飛んだ。唐突に、前触れもなく。
 宙に舞った首が仲間たちの目と合った。それは自分に何が起こったのか理解できずに居て、僅かに脳に残る血流が自分の惨状を理解させる。した頃にはこの世から消える。
「ヒッ……!」
 喉から漏れた音は、何処から来たものだろうか。
 仲間の死を目の当たりにしてだろうか。謎の力を恐れてだろうか。自分たちの死に怯えてだろうか。時夜夜神が本物だと察したからだろうか。
 そのどれもが正しい答えではない。彼らが恐怖した理由は、夜神の表情を見たからだ。
 彼は何一つとして、変化していなかった。何も思っていないかのような、虚ろな夜のままだった。
 男たちも悪党として、顔色変えずに人を殺せるような人間を幾度も見たことがある。笑いながら残酷に人を殺す狂人も見たことがあるし、当然のように出会った人を殺す異常者も見たことがある。
 その上で、彼らは恐れる。時夜夜神という存在を。自分たちとは決して相容れない、自分たちとは全く違う位相にいるのであろう相手を。どういう手段を使ってか、殺した男の胴体を降れもせずに粉々に圧縮して砕けた事を見たからではなく、【放浪する禍】という存在そのものを。
「化物……」
 男の一人がつぶやいた。それを、内心で仲間たち全員が否定する。そんな生易しいものではないと。
 時夜夜神にとって、自分たちは人間ではないとか、そんなレベルではないのだ。虫を殺すような目で人を殺す女を知っているし、ゴミ以下のものを見る目で世界を見る老人も知っている。他人をなんとも思わない男も知っているし、壊れるところまで壊れた少年も知っている。
 だが、時夜夜神はそれらとは全く違った。それを彼らは理由もなく確信する。
 夜神は、自分たちを空気にしか思っていない。それも、くだらない理由や悪意をもってそう考えているのではなく、心の奥の奥から視界に入れていない。
 当然ながら、夜神は世界全てをそう見ている訳ではない。妬ましい愚弟や憎々しい愚妹、恨めしい二人の養育者。そして敬愛し偏愛し何よりも至上とする女性など、彼が"存在”として認識する相手は数少ないながらも存在する。それでも世界の大半を大気のごとく扱っていれば充分だろう。
 けれど、そんなものはどの狂人であってもそうだろう。例え少数の理解者がいようとも、多数の常人と異なっていれば恐怖と嫌悪の狂人と呼ばれるのは世の常だ。
 更に、狂人には大別して二種類存在する。理解者がいないだけのタイプか、理解してはいけないタイプか。前者は後世に良き名を残すことが多く、後者は後世に悪しき名を残すことが多い。どちらも当時社会の常識と異なるが故の事だが、前者は道を前か後ろに進みすぎている。そして後者は道を横に外れすぎている。
 時夜夜神は間違いなく後者だ。加えて、彼はこの時代において並より少し強く狂っているだけなのに、並外れて強すぎた。それ故に、"最強”でも"最狂”でもなく"最凶”。
「化物? 我が化物? 否、否だ」
 男たちの内心に同意するように、夜神が口を開く。
 表情も態度も変わっていない。男たちを見ている訳ではない。ただ言葉に反応しただけ。声に反応したわけでも音に反応したわけでもなく、キーワードを捉えて答えただけ。
「人に慨し心を害す化と生すが化物。世を壊し身を解す夜と生るが我」
 言葉は男たちに語るものではなく、独り言に近い。彼が言葉を向ける相手など、自分が仮初の家族しかいない。想いを向ける相手に至っては母のみだ。空気に向かう筈もない。
「我は夜、夜は恐怖、恐怖は闇、闇は死。即ち我、時夜夜神の存在こそが死。数多ある夜の中、真なる夜こそ死の権化、即ち我」
 その言葉は、表情とは打って変わって力強い。そして途方もなく不吉だった。
「しかし、足りない。縁の空、夜の果てにある母に見せるにはまだまだ足りない。足りる事など無い。見給うも満たない」
 そこまで聞いて、男たちは気づいた。夜神の目に、闇の炎が宿っていたことに。
 その目線は、10キロメートルほど先にある、彼らの暮らすスラムがあるドームシティが映っている。その先に、彼は誰かを見ている。
「……や、めろ……」
 震える声で誰かが言った。
 ここで始めて、彼らは時夜夜神の中に、彼らのよく知る狂人の色がある事を見た。
 深い闇の瞳に宿る、何かに期待しているような喜び。それを何によって成そうとするのか、彼らは知っている。
「……やめてくれ……!」
 懇願するように誰かが言った。
 "人類最凶”、"放浪する禍”。夜神がなぜそう呼ばれているのかを聴いたことがあれば、予想することは容易かった。残酷なほどに、容易すぎた。
「頼むから……!」
 必死の形相で誰かが叫んだ。
 彼らとて、自分が善人でないことくらいは理解している。そんな事を言う資格もないだろうと理解している。追い剥ぎで生計を立て、必要とあれば殺して奪った。そんな集団が、誰かが命を奪うことを否定するなんて滑稽に過ぎる。
 けれど、彼らとて人なのだ。何かを奪ってでも、守りたいものがある。それこそ、自分の命をベットしてでも。
「やめてくれぇぇぇぇ!」
 スラムには、彼らの"家族”がいる。力を持たないからこそ抜け出せず、けれど溝川を必死て生きている仲間がいる。
 だから、理屈じゃない。ただ、夜神とシティとの射箭上に、男たちは身を投げ出した。
 だからこそ、そこに奇跡は降りてくる。正義の味方は、やってくる。
「彼にやめさせることは難しい」
 その声は、どこまでも美しく澄んでいた。
 悠然と、男たちの更に前。夜神との射箭上に降り立ったのは見目も麗しいヒーローだった。
「だから、今は私が止めましょう。悪の輩に宿る、僅かで尊い正義の為に」
 言葉と同時に響く重低音。世界と世界がぶつかり合うような轟音に思わず目をつぶり耳を塞ぐ男たち。
 もうもうと立ち上る砂煙の中、恐る恐る彼らが目を開いて見たもの。それは、彼らを驚愕させるに充分過ぎる風景画。
「……貴様か。"超人類”」
「私だよ。時夜夜神君」
 ほんの数秒前まで、男たちの前にいた"超人類”こと"人類最強”望月楚羅鳴。それが今は、彼らの見上げる先にいる。そう、現実ではありえない風景。白銀に輝く、見ただけで堅牢風靡な要塞。その上に彼は立っていた。よく見れば、自分たちも要塞の中にいるではないか。
 有り得ない。男たちは率直にそう思う。
 ミスティックとも出会ったことはある。けれども、これを本当にミスティックと呼んでいいのかどうか。そう思うほど、あまりに不条理な力。
 万里の長城に匹敵するような要塞が一瞬で生み出されるなど、世界の摂理に反するにも程がある。
 しかし時夜夜神の力もまた、男たちが想像する以上に不条理だ。
 中に居る彼らには見えなかったが、要塞の端から端まで、壁の半分近くまでに鋭利な傷が残されている。
「何故、俺の邪魔をする」
 言葉は確実に、楚羅嗚に向けられたもの。彼も、夜神が認識する数少ない存在だ。
「それはこちらのセリフ、と言っておくよ」
 飛び降り、要塞の門前に立つ。互いに表情は穏やかだ。かたや虚無、かたや自然。飾ったところも装ったところもなく、極めて凪いでいる。
「何故、俺達を……」
 二人の会話に重なるように、男たちもつぶやいた。
 望月楚羅嗚も噂で知っている。夜神の宿敵と言われる、俗に言う正義の味方。そして、それを決して違わない男。決して独善ではなく、人の倫理観と常識を持ち合わせた正しい青年。
 だからこそ、彼らは自分たちが助けられる理由が分からない。あえて前に出るよりも、自分たちの後ろでドームシティを守った方が良かったのではないか、と。
 その想いを読み取ってか、楚羅嗚は当然のこととして答える。
「困っている人を助ける。それが正義の第一歩です」
 楚羅嗚の言葉に、嘘偽りはない。彼にとって、そこが第一歩だ。
 相手が悪人であろうと何であろうと関係はない。その時点で困っているなら助けよう。悩んでいるなら相談しよう。殺されかけているのなら助けよう。そうして、彼は一歩を踏み出す。
 助けた相手が悪人ならば、その後で諭すなり裁かせるなりすればいい。間違った道へ行こうとするなら助言を与えればいい。殺されるだけの理由があるとしても、殺されないだけの道理もあるかもしれない。
 そういった考えを正しく行動し、実行するだけの実力を持つからこそ"正義の味方”なのだ。悪人だから助けないなど、そんな道理を持ってはいない。
「それに、何かを守ろうとしている人を守れなくて、何が正義の味方でしょうか」
 言って笑う青年は、どこか幼さが見え隠れする。ただ、それは無知ゆえのものとは違い、真っ直ぐさから来るものという印象を強く受ける。
「だから、安心してください。あなた方が命を賭けて守ろうとしたものは、私の命と名を賭けて守ってみせましょう」
 その背に、彼らは間違いなくヒーローを見た。幼い頃、旧暦の時代に流されていたというヒーロー映像。その姿を、望月楚羅嗚に重ねて見た。
「さぁ……止めさせてもらうよ夜神君」
「我は止まらん。二億八千の時を経ても止まらず、776の同胞を殺したとして止まる気はない。我は、世界に出会うまで止まりはしない」
「それでも止めるまでさ」
 楚羅嗚は悠然と笑ってみせる。その想いと力に自信を持って。
「私の幻想伝説は、触れる救える滅ぼせる。君を止めるのは造作もない!」