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彼女の首を絞める夢を見た。
薄い透き通る肌色から紫へ、そこから更に蒼白へと変わる顔色が綺麗だ。

「……ッ!?」
思わず飛び起きて両手を見る。手はここにあり、血にも染まっていない。あまりにリアルで嫌な夢だ。
背中に脂汗が浮かんでいるのを自覚する。それ程に、忌避すべき感覚が手に残っている。
「ん……うぅ……」
「……全くコイツは」
横で寝返りを打つ、長い黒髪の女性。艶やかなその毛がベッドの上に広がっている。
どうやら、起き上がった衝撃で転がったようだ。恐らく、夜識が起きるまでは彼女の腕なり髪なりが彼の体の上にあったのだろう。だからそんな夢を見たのかもしれない。
「殺される夢ではなく、殺す夢というのが俺らしい」
自嘲気味に笑い、ベッドから起き上がる。真黒のレザーパンツを穿いているが、上は着ていない。夜識は寝る時には上着を着ない派で、いちいち寝るようの服と分けない派だ。故にかけてある長袖の黒シャツを着込んでいく。
雨月の方は寝間着と普段着を着分けるタイプで、今も普段とは違う服装だ。それを見るのは他の者からすれば新鮮かもしれないが、夜識からすればどちらもよく見たものだ。
「んー……? ……ああ、夜、おはよ……」
「エエ、おはようゴザイマス。ソレニしても、毎度毎度なぜ俺のベッドに来るのデスカ」
「なぜって、理由なんかないわよ……」
寝ぼけ眼で体を起こし、大きく伸びをする。ついでに大きな欠伸も。
「ふぁぁ……。夜は遊ぶのに理由を求めるタイプ?」
「イエ。時と場合にもヨリマスガ」
「それと同じよ。気分気分」
「気分で男のベッドに潜り込まないでクダサイ」
「何よ、夜は私と一緒に寝るのが嫌だっていうの? それは由々しき発言ね。人として間違ってるわ貴方五回くらい死になさい」
「イヤ、そういう事デハ……ッテ危ネェ!? マジで銃撃つか普通!?」
ベッド脇のテーブルに置いてあった銃を掴み、雨月は躊躇わず撃ってきた。当てるつもりは流石にないだろうが、夜識がもし動いたらどうするつもりだったのだろうか。反対に動かなければ。
「普通は撃つわ。……ああ眠い、まだ昼過ぎじゃないの……。夜、もう一度寝ましょう?」
「一人で寝ナサイ。俺は寝なおす気分ではアリマセンので」
半分眠っていたような状態の雨月だったが、夜識のその言葉で少し覚醒した。
夜識は朝、というか寝起きは弱い。だからこそ二人は朝方ウダウダダラダラのんべんだらりとして異牙をキレさせている訳なのだが、その夜識が寝なおす気分ではないなんて、と驚いたのだ。
「……どうしたの? 怖い夢でも見た?」
「エエ。少し、ネ」
部屋の冷蔵庫からバカルディ151を取り出し、瓶のまま煽る。夜識らしくない行動に、雨月は目を柔らかく細めた。
「そう。……私にも頂戴。そうね、サファイア」
「了解」
センスに溢れた青いボトルデザインのジンを取り出す。ボンベイ社のジンは薫り高く、ボトルに見合う格調の高さを感じさせる。最近の夜識と雨月のお気に入りの一つだ。
「何か作りましょうカ?」
「ううん、今日はロック」
オーケーと微笑し、ビンをそのまま投げ渡す。酒にもマナーにもよくない行為だが、それを咎める間柄でもないし場所でもない。
直線軌道を描くビンをキャッチし、雨月も夜識と同じように瓶のまま煽る。
「合わせる必要はナイト思いますケド?」
「馬鹿ね。自然に合うのが私たちよ」
自信満々に答える雨月。その微笑に、夜識は微苦笑で頷き返す。
「ナルホド、確かに」
ベッドに腰掛ける夜識。雨月はベッドに寝転んだまま、夜識の横に転がっていく。
「行儀が悪いデスヨ」
「誰も見てないわよ」
「太陽が見ているカモ知れませんヨ?」
「夜と雨の前には隠れるわ。で、夜。何を見たの?」
視線が合う。雨月の瞳は、夜識を捉えて離さない。
「別段、大した事ジャアリマセンよ」
呟くと、夜識の背中に蹴りが入った。しかもかなり強い威力の。
「イテェ!? 何するノデスか幽那」
「安い嘘をつくからよ。ほらほら、お姉さんに言ってみなさい。ただでさえ夜は弱音を吐かないんだから、こういう時くらい私に伝えなさい」
言葉と同様に、瞳は真剣だった。
夜識は再度適当な言葉を捜し、やめた。浮かばなかった訳ではない。ただ、雨月は彼にとって、そういう事を取り繕わないでいい数少ない相手だからだ。
「皆を殺す夢をミマシタヨ。そう、世界が死ぬ夢ダ」
夜識の表情が薄い笑みに変わる。自嘲と言うには、その笑みは薄すぎる。それ故に、雨月はその自嘲が今までよりも強いものだと察した。
「真っ青なニュークリアエクスカーション。青は白に変わり、朝焼けが全てを消してイクノデス。ソノ中で、俺ではない俺が黒の剣と槍を振るう。臨界が近づき、世界がメルトダウンしていく。ソレヲ見て俺が笑うのデスヨ、美しいと。人も何も焼かれていく中、息も絶える熱の中、融解する世界の中。誰もいなくなった漆黒の真夜中の地で、俺が幽那の首に手をカケル。細くて白い首だ。芸術のようなソレヲ、笑みを持って掴むノデスヨ。そしてもう片方が霧戒の首を掴む。ソシテ俺は恍惚の二文字を持って二人を殺す訳です」
劇の一説を読むようにスラスラと告げる夜識。雨月は目を細め、手を伸ばし彼の頭を撫で、
「……ズバリ欲求不満ね」
「正鵠を射た答えをアリガトウ」
夜識は苦笑するしかない。ありえないとは思うが、0%でもないかもしれない。
「冗談よ。君はそんなタイプじゃないわ」
それに、と加えて。
「私、夜になら殺されてもいいわよ?」
「それは悪い冗談デスヨ幽那」
視線を向けず、雨月の言葉を即座に切る。
「前にも言ったデショウ? 俺が貴女を守る、ト」
「私の死が、私にとっての救いだとしても?」
その言葉に、夜識が動きを見せる。握力のみで、空になっていたバカルディの瓶を砕いたのだ。
割れた破片が夜識の手に刺さり、ダラダラと赤い血を流す。
「……失礼」
「いえ、これこそ悪い冗談だったわ。忘れて頂戴」
気まずい沈黙が辺りを包む。
普段ならば沈黙も二人の時間を妨害するものではなく、寧ろ穏やかにするものだ。ただ、今回はそうではなく。二人とも笑みを浮かべてはいるが、それだけだった。
「悪い酒になってるわね。あーあ、朝から飲むものじゃないわ」
「もう昼デスヨ」
加えて言えば、いつも朝まで飲み明かすような連中が何を言うというところだろう。
「悪い酒のせいにして言うけれど……夜。もし私に何かあっても、君が気にするところじゃないわよ」
「幽那」
「酒の席、よ。私と夜の二人だけの。……酔って眠って起きたら何も残らない、誰の記憶にも残らない。悪い酒ってのはそういうものになるの。嫌な事を吐き出して、全員が酒に呑まれてしまったらハッピーよ。すべてなかった事になる」
空き瓶を振って、次、と新しいアルコールを催促する雨月。
夜識は立ち上がり、新しい瓶を取りに行く。その背中に向けられる声を聞かないように演じるため。
「私たちは、手の届く距離しかカバーできないのよ。それが半径85センチか、半径250センチか5500センチか、それとももっと広い距離なのか。それは各々の差があるけど、距離にはおのずと限界があるわ。その全てを守りきろうというのは不可能よ。ただ手の届かないところにあっただけ」
投げられた瓶を受け取り、喉を湿らせて。
「夜。君は強い。だから、手の届かない所にも手を伸ばす。そしてその手を届かせる。それで充分すぎるのよ。元々手の届かなかった所にあるものは掴めないのが普通。だけど夜はそれを掴んでしまう。いつか、夜の手が届かなかった時、その時に君は自分を責めそうだからね。先に言っておくわ、貴方は何も悪くない、と」
「……幽那、説教は似合いませんヨ」
知ってるわ、と幽那は苦笑する。
「でもね、これだけは忘れないで。夜の手がどれだけ長くとも、届かない時はきっとある。君は私と違って、円の外にまで出るからね」
「そんなガラじゃアリマセンよ。俺は、円の中が平穏無事ならそれで満足、知らぬ誰かがどうなっていようが知ったことじゃナイですね」
それに、と加え。
「俺は自分の欲しいものにしか手を伸ばさないタチなので」
「じゃあ、欲しいものが多すぎるのね」
夜巌の言葉に、幽那は苦笑する。その笑みが何を意味しているのか分からず、夜巌は困惑気味だ。
「相変わらず、あなたは白いものを黒いって言い張りたがるわねぇ」
そういうところが可愛いんだけど、と夜巌の頭を後ろから抱く。香料も何も付けていないのに、涼やかでどこか儚げな匂いが夜巌の鼻孔をくすぐる。
「でも、だからこそ怖い。確かに夜は強いわ。私より、ずっと」
「俺を追い回して追い込んで無理矢理連れ込んだ方に言われると真実味がアリマスネェ」
過去の、今では北区の伝説として語られる夜巌と幽那の”鬼ごっこ”。それを思い出し、二人に普段の笑みが戻る。
「そうね。確かに、戦ったら私が勝つかもしれない。でも、分かってるでしょう? 私は弱いの」
「…………」
「この身は常に幽かな揺らぎで墜ちていく。いつだって怖いわ、何をするにも、こうして夜と話している時でさえも、私が君の重荷になるんじゃないかって怖がっている」
「それは、アナタの優しさがあるからですよ」
「嘘つき」
夜巌より年上の幽那だが、たまに童女のようにコロコロと笑う。普段とは違う、夜巌のように親しい相手だけに見せる、心の奥底からの笑顔。
「それはアナタの方でしょう?」
夜巖も応じて、素朴な笑みを浮かべる。
親しいもの、というよりは世界で妹と異牙、幽那と悠香の四人ほどにしか見せることのない表情。
「知らなかったの? 女の子は誰しも生まれついての嘘つきなのよ?」
「確かに」
二人して笑う。
最初の暗い雰囲気がウソのように消え、なごやかなムードが漂ってくる。
「ま、安心しなさいな。私だって自殺願望はないから」
「それに、可愛い夜に泣いて頼まれたら、ちゃんと生きるしかないわよね」




「全く、本当に女性というのはウソ吐きデスねぇ。ちゃんと生きてくれるんじゃなかったのか?」
北区の奥。北に住む無法者達でさえ、此処に眠る一人の女性に敬意を払って近寄らない場所。
そこには、何も無い。けれど、確かに思いがある。学園都市で最も優く、強い女性と言われた彼女の残滓があるように感じられる。
夕闇に染まり薄雨が降りしきる中、傘もささず夜巖はそこに立っている。
「それとも、あの時……。本当に俺が泣いて頼んでいれば……。……いや、よしておくか、この世界、まして俺にもしもの話は似合わない。そうだろう?」
サファイアのジンを、大地に飲ませる。
雨に混じって染みこんでいくジンを手向けとし、普段とは全く違う口調で。夜巖は、ここにいない彼女に独白する。
「一番近くにあって、一番近くにあったもの。それに手が届かなかった、なんて笑い話にもなりゃしない。安いお涙頂戴のノベルでもあるまいし、このグレイトフルナイトがそんな安っぽい展開にハマるとはね。全くもって度し難い」
雨粒が頬を伝う。ポトポトと雫が落ちる。
肌に伝わる冷たさは心地良い。これを寂寥感と思うかどうかは人次第だが、夜巖は決して悪く感じない。
何故なら、彼女の名に雨があったから。
「約束を破るようだが……、俺ひとりなら、雨の日に来てもいいデショウ? 先にそっちがウソを吐いたんデスカラ、そのくらいの特別扱いは許していただきたいモノですよ」」
呟き、踵を返す。
「また来ますヨ。今度は、アナタの好きな月夜の晩に」