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兵士のケジメ

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tokiya

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ヴォルフガングがトップを殺害。
「すべての戦友に謝罪を。これがアームドアルティメイタム(武装による最後通牒)だ」



「来ましたか、マッカーサー大尉、猪口大佐。雪之錠少尉は外ですかな」
自分の上司の死体を見ても、アーセナル・サンダースは顔色ひとつ変えていない。まるでこの展開を予想していたような。
「来たとも、サンダース大佐。我らをアイテム(道具)として使い、彼らをエクスペンダブル(消耗品)として捨てた奴らに。ちっぽけな金や意地で無様にバッドカンパニーを使い潰した彼らに、思い知らせてやる為に」
言って、ヴォルフガングが銃を向ける。
手に持った銃、ではない。肩口から、腕から、腹部から、首から。三流のSF映画でもお目にかからないような姿。体中の各部から銃器が生えている。埋め込んだのではなく、融合している。接合部分は肌色と鈍色が混じる。
「若い、ですな。ひどく若い。それゆえに、ひどく羨ましく、ひどく、愚かしい」
「ナル。いくらアンタでも、もうどうしようもないよ。何てったって」
「幕僚長以下、全兵士のゆうに四分の三。中佐階級以下の兵達に至っては全員、そう、全員がそちらに加わり、今はここを包囲している、ですな」
実年齢と大きく隔たった顔が、今この時にはふさわしく見える。
サンダースは学園生徒。しかしその外見は、60代の老人にしか見えない。アウラーとしての道を極めんが為、多くの実験に手を出した。その結果、テロメアが暴走、ありえないほどに早く老化が進んでしまった。元々の性格も相俟って、サンダースは達観した雰囲気がよく似合う。
「分かっているなら話が早い。……大佐、そこをどいてくれ」
これは粛清だ、と。ヴォルフガングは息巻いている。
サンダースも話には聞いている。半年前のアフリカ戦線。そこでの、ダイナソアオーガンによる圧倒的な虐殺による敗戦。新兵とそれを率いた兵士達のみが生き残り、数多くの勇将達が散らされた。
元々から、不利な戦だった事はサンダースも承知している。当時、サンダースはアメリカに出向していたからどうしようもなかったといえばそうだが、そもそも敗戦が濃厚な戦で無駄な犠牲を出すというのが長期的に見てプラスになる筈が無い。それなのに撤退を許さなかったのは、間違いなくトップのミス。
それだけでも、マッカーサーが叛旗を翻す理由には充分だというのに。終結後、彼の上司である"元”元帥は、よりにもよってこう言ったのだ。『弱卒故に敗北した』と。
そんな言葉が許される筈がない。その場に出向かなかったサンダースでさえそう言ったのだ。その場で、戦友を失う地獄を見たマッカーサーがどういう行動に出るのか。いや、上層部の決定による責任を、死者たちに押し付けるような組織に対して、当の兵卒がどういう感情を抱くのか、想像するのはあまりに容易い。
それを決定したのは、玉座にしがみつくような形で死んでいる男で。それを止められなかったのは、彼の背後にいる幕僚達だ。
今、サンダースがどけば、彼は間違いなく粛清を実行するだろう。多くの兵士達もそれを望んでいる。生き様を、駒ではない、兵士としての尊厳をチップスのおまけ程にも感じていなかった上層部の首は、全てそぎ変えてしまえばいい。そう考えている事だろう。
「そういう訳にはいきませんな」
けれど、サンダースは退かない。マッカーサーには、従わない。
「何故だ、大佐! 貴方は、ころね大佐と貴方は、我々の側だろう!」
「落ち着きな、ぼーや」
トップを殺害したばかりで、熱くなっていたマッカーサーが激した。それをころねが諌める。
「ナル。アンタだってわかってるだろう? この木はもう、見栄えはよくても中は腐っちまってる。だったら、
切り倒してそこから新しく芽吹かせるのが一番だって」
八大巨頭にも数えられた、この『アームドフォースへブン』。ソルジャーリンクとしては最大規模で、同時に学園創設期からの歴史も持っている。
そして、サンダースもころねも、創設期からここにいる。だからこそ、組織が緩やかに、確実に、頭から変わっていった事は感じている。
それを復活させるには、どうすればいいのか。文字通り、生まれ変わるしかない。
「勿論です、猪口大佐。だからこそ、彼の死には眼を瞑った。望む望まないに関わらず、責任はトップが取らなければなりますまい」
白い髭を撫ぜ、サンダースは死体に眼をやる。
古い付き合いの相手だ。かつては、彼もマッカーサーのようだった。兵士を第一に思い、仲間を自分以上に尊び、兵を無駄遣いするような命令には立ち向かっていった。実力もあり、必要であれば心を鬼にして兵を死地に向かわせる事も出来たが、その後で全ての犠牲者の墓を造り涙するような、そんな男だった。
だからこそ、彼は元帥となって、その命令に兵士たちは従ったのだ。例えその先が死であったとしても。
それが変わったのは、いつからだったろうか。元帥として、自分に都合のいい事ばかりに目をむけるようになったのはいつからだったろうか。刃向かう忠臣を遠ざけ、諂う叛臣を近づけるようになったのはいつからだったろうか。自分を第一に考え、兵士を見なくなったのはいつからだったろうか。
「そう、そうだ、大佐。彼らは責任を取らなくてはならない。戦友の死に、報いなければならない。だからもう一度だけ、もう一度だけ言おう大佐。これが最後通牒だ。……そこを、退いてくれ」
マッカーサーの体から生えた武器が、サンダースを狙う。
それでも、サンダースは微笑で首を振る。
「…………ファイア!」
マッカーサーの体という体に生えた銃口が一斉に火を噴いた。一瞬で硝煙がもうもうと立ち上り、視界を奪う。
百人の一斉射撃よりもなお強烈な攻撃。尊敬する男の死を確信し、彼は僅かに眼を伏せた。
「……ぼーや、何をしてる!」
その行為を、ちょこが強く窘める。
マッカーサーにしてみれば、目礼のようなもの。上司に送る最後の手向け、その程度。
けれど、その動作は、本来ならやってはならない行為。【ライジングイーグル(不屈の大鷲)】と称される男に対して、見せてはいけない隙だった。
「……ぐっ!」
マッカーサーは、思わずその場で膝をついた。ころねでさえ、一歩下がる事を余儀なくされる。
「教えた筈だ、大尉。鶏の首を絞めたからといって油断はするな。首を切ってもまだ足りない。切り刻みフライにしてチキンはやっと足を止める。そう、相手の死を確信するまで決して油断はしてはいけない」
煙の中のサンダースは、声が変わっていた。
声だけではない。老人の姿だった筈が、若々しい肉体に変化している。筋肉が盛り上がり、肌は艶を持ち、皺が消える。ただ、理知的な瞳の光と白い髪だけが面影を残している。
サンダース、真の姿。体内のテロメアを始とした遺伝子が暴走している彼が、その人間離れしたオーラによって活動を自在に操る。巡る闘気が、自らを戦うに最適な体へと引き締める。
そのオーラは、もはやそのものが武器。漏れ出ただけの気功を受けただけで、並の兵士は卒倒する。
「己を強く持て、気を開放しろ。―――でないと死ぬぞ」
「……抗うか、大佐!」
「そんな気はない」
サンダースはおもむろに手先へと気功を集中する。
そのオーラは濃すぎて可視化し、手先から刃のように伸びているのがマッカーサーにも見て取れた。
それに思わず体が反応し、第二撃を放とうと動く。
「待て、ぼーや」
それを制止するころね。此処に来て、彼女にはサンダースの行動、その理由が分かった。
馬鹿な男だ、そう思う。それでも、自分はそういうバカが嫌いじゃないと薄く笑う。
そう、ころねが思い笑ったと同時だ。サンダースが、自分の片足を切り落としたのは。
「……この、アームドフォースへブン大佐、【ライジングイーグル】アーセナル・サンダースの足一本。これをもって、私以下幕僚13名の除隊へのケジメとしたい」
「……大佐っ!」
ここにきて、初めて後ろの幕僚達が動いた。
元々、このままでは彼らはマッカーサーによって粛清されている相手だ。除隊など出来るはずもない。
そこを、サンダースは曲げようというのだ。戦えば、例えマッカーサーところね二人を相手にしてもそう簡単に負けはしない。そもそも、大人しく膝を屈せば新生するアームドフォースへブンでも変わらない、或いは今以上の立場になる事もできる筈なのだ。
サンダースはそれを蹴り、足を捨ててまで、仲間たちを生かすように頼んでいる。それが分からない男達ではない。
「足一本では足りないなら、もう一本も差し出そう。必要ならばこの両腕も、例え首であろうとも。だからヴォルフガング・マッカーサー大尉。猪口ころね大佐」
サンダースは、周囲を圧倒するオーラを発しながら、地に這い蹲る。
「頼む。彼らに、道をくれ」
そして、不屈の大鷲が。地面に頭を擦りつけた。
「……何故、そこまでするのです」
その理由が分からず、マッカーサーは問いかける。
顔だけを上げ、サンダースはマッカーサーの瞳を見据える。若々しい力強さと、年季を経た落ち着きを同居させた瞳で。
「彼らとて、命令される側だったからだ」
断言する。
そう、この幕僚達も同じだ。決して、兵士たちを無駄死させたかった訳ではない。そうさせない為に、水面下で必死の工作をしていた。前線ではない戦場で、綱渡りしながら戦っていた。サンダースは、その事を知っている。
それでも、彼らはソルジャーで、アーミーだ。どれだけ必死に意見を集めてどれだけ決死で上告しても、最終的に出た命令には従う。堕ちゆく組織と知りつつも、軍隊としての矜持に従い、決まってしまった命令には従い、果たす為に再度決死を尽くす。彼らもまた、バッドカンパニーなのだ。
責任がないとは言わない。言わせない。けれど、彼らのそれは弱さ故の、止めることができなかったという点に関しての責任だ。
前線でミスによって仲間を危険にさらせば、当然ながら刑が待つ。けれど、それだけで死罪とするには重過ぎる。裏切りによって危険に陥らせたのとは違う。最善を尽くした上でそうなってしまったのは、ミスとさえ言い難い。
だからこそ、サンダースは身命を賭けて助命する。その行為は、アフリカでマッカーサーが行ったのと同じ意味を持つ。
「……興が削がれた」
十秒か一分か、ソレ以上か。長いような短いような沈黙の後、マッカーサーがサンダース達に背を向ける。
「アーセナル・サンダース以下十三名は、アームドフォースヘブンから永久除名処分とする。……どこへなりとも行くといい」
それだけ告げて、マッカーサーは足早にその場を後にした。
怒りが消えた訳ではない。それでも、サンダースに敬意を評した。だから、さっさとこの場を後にしないと、炎が渦巻いて漏れ出してしまう。
(……俺は甘いのだろうか)
亡くなった戦友たちに問いかける。
マッカーサーが思い浮かべた彼らが何かを答える筈もない。けれど、彼らはそれでいい、と。それでこそ大尉です、と笑いかけてきたような気がした。



「大佐、我々の為に……!」
「申し訳ありません、大佐……!」
サンダースは兵士だ。だからこそ、足を失うという事は決して軽い事ではない。普通ならば、兵士としての道を絶つ道だ。彼ならばそれでも戦う事はできるが、重荷を背負う事になったのは間違いない。
「気にしなさるな。私とて、納得済みのことですからな」
涙を流して頭を下げる仲間に、老人の姿に戻ったサンダースが微笑みかける。
足を失った事に対する悲しみなどは欠片もない。元より、命を賭ける心づもりだったのだ。寧ろ安くすんだとすら思える。
「全く、バカな真似をするねぇ」
気安く笑みかけるころね。
元幕僚となった十三人は、反射的にころねとサンダースの間に割って入る。
先程まで、自分たちの命を狙っていた相手だ。それを理解した上で、サンダースを庇うように立つ。
「ほっほっほ、私もまだまだ若いと言う事です」
サンダースもまた、気安く笑い返す。十三人に、心配はいらないと下がらせる。
「足を切るだけなら、そのままでも良かったろうに」
「ああしないと頼む前に死んでいましたからな」
「よく言うよ。迷いのあったぼーやの射撃なら、そのままでも充分だったろ」
「ほっほっほ」
ジト目になったころねに、笑ってごまかすサンダース。
実際、問題は無かった。老人の姿をしているし、実際に体も年齢相応だ。けれど、それは劣っているという訳ではない。その年代として、最高の肉体を維持している。若い肉体に戻した方が強いが、そのままでも充分に戦える。
「誠意と実利の両方ってとこだね? 全くアンタも食えない馬鹿だ」
「ほっほっほ、大佐にはかないませんな」
実利と言うのは、もしもマッカーサーが頼みを聞かなかった場合の事だ。
その場合、サンダースは、二人と戦って、最悪の場合は打倒して言う事を聞かせるつもりだった。足を切り落としてもイエスと答えないようなら、殴りつけてでも従わせる心積もりだったのだ。
ただし、もう一本の足や両腕を落として見せると言ったのはポーズではない。実際に、もしもそれでマッカーサーが悩み、答えを出さないようなら切り落とすつもりだった。明確な否定がでれば戦うつもりだったし、曖昧な否定であれば揺さぶるつもりであった。どちらにせよ、命を賭けるというのは何の比喩でもなかったという訳だ。
そして、もう一つの理由。ころねの言う誠意とは。
「ナル、アンタ……今ので何年削ったんだい?」
サンダースの、自分を実験体にした気功研究の代償。
それは、老化だけではない。寿命もまた、削られているのだ。
サンダースが気を開放する事で、細胞の活動を活性化させて若返る。その行為は、まさしく自殺行為。オーラによって強制的に活性化させられる事で、反動としてサンダースは更に症状を悪化させてしまう。つまり、全力を出す度に寿命が短くなっていく。
「半年か一年、と言ったところですかな」
戦っていないからと言って関係はない。気を開放した、それだけでアウト。
一切の外的要因を用いず、アウラーとしての力だけで若返る程のオーラというのは凄まじい。だからこそ、気を開放しただけで大抵の相手を圧倒する事さえできる。けれど、それと寿命との引換というのは果たして天秤が釣り合っているのかどうか。
「ま、今回の事はアンタにとっちゃ丁度良かったのかもね」
「一足早く隠居生活と洒落込みますかな?」
ひとしきり笑い合い、それが別れの合図。
「さて、んじゃアタシも行くかね。これからどうするんだい?」
「そうですな。店でも開きましょうか」
「お、いいねぇ。うまいもん作っておくれよ」
「ほっほ、その際には皆をご招待しましょう」
「楽しみにしてるよ。じゃあ、ナル、またな」
「ええ、また会いましょう。コロネ」


その翌日。ソルジャー組織のトップを容易く殺害した彼は、それ以後、【アルティメットジェネラル(究極大元帥)】の名で呼ばれることとなり、世界にその名を轟かせる。
その裏でひっそりと、サンダースと十三人の戦友たちによってファーストフードリンク『ヘルターキー』が創設された。当時は誰も知らないようなリンクだったが、瞬く間に人気を博し、数カ月後にはクラウンのバーガールドと並び称される事となるのだった。
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