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Baa,Baa,Black sheep(めえ めえ 黒い羊さん)


「困ったことになった」

 ライザー学園イーストエリア。
 ビルの立ち並ぶその中心部、ビジネス街のど真ん中にブラックシープ商会本社はある。その24階、大きな窓を持つ会議室に十数人の男女が集結していた。
「忙しい中、わざわざ集まってもらってすまない。用件は分かっていると思うが、最近、我がブラックシープ商会傘下の商店や営業のため外に出ていた職員が何者かに襲撃される事件が起きている。幸いまだ死亡者は出ていないが、多くが現在も入院中だ」
 窓を背に立つ青年は、この巨大リンク【ブラックシープ商会】のトップにして生みの親、序列201位【ファンタスティックキャラバン(幻想暗黒商人)】エドワード・ブラックシープ。そのエイリアスの由来は、彼がまだ商社のみを経営していたとき、企業同士の紛争が勃発した地帯から不可能と言われたキャラバンを率いての脱出劇を果たしたエピソードに由来する。
 勿論、運だけで戦火を潜り抜け、人員と商品を運び出すことなど不可能。彼は、双方にこっそり手を回し、どちらも動かない時間帯を調べだしてそのタイミングを逃さず、商隊を出発させたのだ。荷物と人をバラバラに輸送するほうが都合が良かったなら、彼はそうしていただろう。だが、その場であえてエドワードはキャラバンを作り、紛争地帯――それも砂漠を突破することを選んだ。その判断力と柔軟性こそが、エドワードという人物を今の地位に導いたのだろう。
「被害者はすでに八名。そのうち二名が現在も意識不明の重体です」
 エドワードの隣に座った少女が続きを口にする。エドワードの黒髪と対極な、銀色の髪の少女は、序列257位【レディポイズン(毒の小公女)】メリー・シェリー。ブラックシープ商会副社長にあたり、エドワードは黒の羊、メリーは白の羊と呼ばれている。
 その二人から下座に向かって、これもそうそうたる顔ぶれが並んでいる。
 小売部門責任者、序列307位マルセラ・オリベーラ。
 ブラックシープ商会直営店店長、序列158位【レッドラム(赤い羊)】法華堂戒。
 製造部門担当で序列366位の古屋敷迷と運送部門担当の450位のハールーン・アルマリク。その他、宣伝広告、マーケティング、会計経理、警備など様々な管轄の責任者が一同に顔をそろえている。普段は学園内外を飛び回る彼らが同じ部屋にいることなど、年に数回もない。
 それだけの非常事態なのだ。
「現在のところ、各店の警備強化と外回りの社員に対し、ひとりで歩かないように注意をしている。一人暮らしの社員は一時的に寮に移ることも考えているが」
「社長、それではあまりにも消極的ではないでしょうか?」
 ゆったりと古屋敷迷が口を開いた。口調こそ丁寧だが、表情の奥に苛立ちが見える。
「我々は商人です。故に、我々がもっとも苦手とすることは暴力。真っ向面からTOBかけてくるなり、商売で争ってくるならともかく、問答無用で弱点をついてくるような相手を放置しては、経営陣への信頼が下がります。しかも標的になっているのは、末端社員や系列店。もともとブラックシープ商会という仲間意識が薄い連中です。このままでは、端から組織が瓦解しますよ」
「おちつきなさいな、古屋敷。それくらい、社長も副社長も分かってるわよ」
 段々口調が早口になる迷を、マルセラがいさめる。他の幹部たちは、それぞれ難しい顔をして考え込む。
「アルマリクさんは? 運送部門は常に外にいるのだから、危険が多いのでは?」
 下座のほうから、声が上る。いつもどおり、砂漠の民の民族衣装でゆったりと椅子に腰掛けていた彼は、不敵な笑みを浮かべた。
「それは平気だ。うちは、基本的に風となって散っても悔いがないような連中。流通のためなら、銃弾の嵐の中でも飛び込んでいく。仕事の邪魔をされて怒り狂っているやつらこそ多いが、怯えてる輩などほとんどいない。すでに不安を訴えてきた部下には、特別休暇を与えて保護してある」
「それはそれで、貴方の部下に不安を覚えますが」
「風になるのはともかく、散ってどうする?」
 冷静なツッコミを、ハールーンは笑みで受け流した。
「そっちはどうだ? 法華堂」
「……店内は平穏。だが、外回りの連中が何人か。客はともかく、店員が動揺してる」
 たんたんと戒は答えた。だが、瞳の奥でちらちらと殺意に似た光が走る。
「誰だか分かれば、さっさと殺しにいくのに」
 かつて学園の夜を震撼させた殺人鬼の呟きに、一瞬、室内の空気が凍りついた。
「……法華堂、見つけてもすぐには殺すな。目的を聞き出さないと駄目だからな」
 呆れ顔でエドワードが釘を刺す。こっくりと戒は頷いた。
「分かってるよ、エドワード。口と喉と舌、それに意識と脳みそと心臓が無事ならいいんだろう?」
「……まあ、いいか。ただし切り刻むなら、汚れても構わなくて人目につかないところにしてくれよ? それと死体は放置せずに、処分業者に引き渡すこと。衛生上悪いからね。掃除もしておいてくれよ?」
「分かってるよ」
 平然とかわされる残虐な決定に、反対意見は出ない。商人リンクとはいえ、平和主義者のリンクとは限らないのがこの学園だ。
「それで、私たちはいったい何のために呼ばれたのでしょうか?」
 タイミングを見計らって、声が上った。土地開発という、進出する地域の事前調査をする部署の担当者だ。エイリアス持ちではないがランカーで、名前は風見原未織(かざみはら・みおり)。
「そのことなんだが、この一件、校内のほかリンクの仕業である可能性が高い。知っているように、ブラックシープ商会は特に校内での力が強いリンクだ。もし、どこか他のリンクが校内で専門に特化しないスーパーや百貨店などの流通業や総合商社をしようとした場合、真っ先に邪魔になるのがうちだ」
「ライバル潰しだってことですか?」
 ざわりと空気に動揺が走る。
「おそらく、目的は我々の足並みを乱し、その隙にリンクを乗っ取るか、ばらばらになったところで個別攻撃を仕掛けて会社自体を消滅させることだろう。僕たちは決して無能ではないが、ただ一人で大成功できるほどの突出した能力も持っていない。まさしく羊の群れのようなもの。それを狩るには、羊をばらばらにするのもいいが、それより羊飼いを殺すほうが手っ取り早い」
 言いたいことを察して、室内の空気に緊張が走った。
「今は大きな音を出して羊を驚かし、ばらばらにしてしまおうとしている。だが、すぐに気づくはずだ。羊飼いがいなくては、羊は整った動きができないと。だから、君たちは十分に気をつけてほしい。羊飼い諸君」
 社員と幹部を羊と羊飼いに例えて、エドワードは微笑んだ。しかし、その目は暗い。
「当面は、君たちは社員を守り動揺を抑えることに、全力を尽くしてほしい。犯人捕殺についてはこちらでやる」
「でも、社長」
 マルセラが声をあげた。
「リンク同士の戦争になったらどうするんですか!?」
「しないよ。そんなこと」
 おかしそうにエドワードは笑った。
「うちは商人リンクだよ? 戦争なんてするわけないじゃないか」



「そう、戦争なんてしない」
 メリーと戒。二人の腹心を除き誰もいなくなった会議室で、エドワード・ブラックシープは微笑んだ。その黒い笑みに、二人は何の反応も示さない。
「戦争する暇もなく、一撃で叩き潰してやる」