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『悪いことっていうのはさぁ、お金になるよね。うん、良く知ってる。世の中のお金持ちの半分くらいは悪い奴だっていう人もいるくらいだしね。私だっていいことしかしてない訳じゃないよ? いいことも悪いこともするし、良かれと思ってやったことが誰かにとっては悪いことになることもある。世の中ってそういうものだよね? だから結局はさ、流れを見る能力だと思うんだ。うまく流れに乗ればいいけど、駄目なら悪事が露見して飛んでもないことになる。流れを操れるか、それをよく見極めて船を出すことこそ企業家としての最大のお仕事だと思うんだ? おや、返事がないね。聞いてる?』
 電話の向こうからは酷く軽やかな声がする。まるで友人と世間話でもするかもような軽い口調だ。声に残る幼さと相まって、あまりにも緊迫感がない。けれど、これが死刑宣告であることを男は理解していた。
「聞いて……おります……」
 自分の娘よりも年下の少女である電話相手に向かって、振り絞るように男は言った。男の座る豪奢な椅子と重厚な机の周りには美術品が品よく並んでいる。しかし、室内の荒れた空気はどうしようもない。人の気配ももはやほとんどない。
『元気ないよね。ああ、当たり前か。詐欺未遂が発覚したせいで融資してた銀行はみーんな引き上げちゃって、従業員もだいぶ逃げちゃったもんね。困ったねぇ。どうする? どうしようか』
「貴女がおやりになったのでは?」
『私? 私は何もしてないよ。私はね。ただそう思うってことは後ろめたいことでもあるのかなぁ。例えば、ミューズかヴィーナスでも誘拐した?』
 芸術の神々の名前をあげて少女は軽快に笑った。どこまでも笑い声は明るく、ほの暗い。
 男の額を嫌な汗が流れおちる。だが、それでも男は自分を落ちつけようと大きく息を吸った。確かに世界的な鑑定士の拉致監禁はあきらかになり、会社は破たん寸前ではある。だが、実行犯が死んでいる以上、彼自身が指示を出した証拠はなく、また個人資産を考えれば再起のチャンスはいくらでもある。ここで挑発や圧力に反応するのは得策ではない。
「さて、特に御用がないなら私はそろそろ」『そうだったね。本題を忘れていた』
 無邪気な声が続ける。
『命乞いするなら今のうちだよ。私、優しいから忠告してあげる。今すぐに、それこそ全財産投げ出して彼女に許しを請うた方がいい。そうすれば、まあ、命くらいは助かるんじゃないかな』
 クスクスとおかしそうに電話の向こうの少女は笑う。脅しにはとても思えない。
「きさ……貴女に許しを請えと? ですが、本来、貴女はこの一件とは無関係。ただ冷然神無の友人というだけで」『友人だからだよ』
 ゆったりと少女は言った。
『世の中の恨みつらみっていうのはだいたい金か暴力で片がつくもの。法律だけじゃどうしようもないこともあるんだよ』
 ぎしりとどこかで床が軋む音がした。冷たい汗がじっとりと服を濡らしていく。
『私は何もしない。だってね、私が何もしなくても私が憂いていると一緒に嘆いてくれる人たちがいるの。だって魔女は一心同体の使い魔たちを連れているものでしょう? それに今回は特に。私よりずっと怒っていて悲しんでいる人がいるなら、そちらに花を持たせるべきでしょう?』
「れ、冷泉神無はそんなに」『神無ちゃんはいい子。そんなことしないよ。私たちと違っていい子。血の臭いのしない、いい子』
 どこかうっとりとした声で彼女は言った。
「そう。神無のおねえちゃんはいい子」
 声がした。肉声ではっきりと聞こえる。電話の向こうで『魔女』がくすりと笑った。
『残念。時間切れ。でもほら、アレだ。日本画のいいのとか、古い水墨画とか、細密画のいいのがあるなら今すぐ差し出して許しを請えば、気が向けば許してくれるかもよ? 一応、美術館経営者でしょう? 隠し財産あるんじゃないの? 戦中に行方不明の作品とか』
 けらけらと笑い続ける電話の声はもう耳に届かない。実態ある破滅の足音に男の手からゆっくりと力が抜けた。


**


「大変でしたね、冷泉先輩」
「何が大変って、脱出時が一番大変だったけどね。罰として三人はしばらく水葉庵出入り禁止」
「殺人鬼に出入り禁止とか……神無ちゃんは強いな」
「戒さんは落ち込んでたけど、陽狩さんはけろりとしてる。どうせあの人、思い出したようにふらりと来るだけだしね。主に夏羽さんと顔合わせたくない時に」
 午後の日差しをパラソルで避けて、三人の少女が円卓に座っている。それぞれの前に置かれているのは凝ったつくりのスィーツだ。
「篭森先輩と空多川先輩も来られればよかったんですけど」
「色々忙しそうだよ。篭森ちゃんは、南米で開かれた某軍事会社の会長誕生日に――――TPO完全無視で着物風のドレスというとんでもない格好で、しかもイケメンホスト集団引きつれて現れて大騒ぎになったらしいし」
 プリンをスプーンですくって、上位ランカーの一人、矯邑繍はため息をついた。神無は笑う。
「北区のホストクラブを丸ごと雇って連れて行ったらしいね。でもおかげで、あっちのほうの軍縮問題でぎすぎすした空気だった会場は、一瞬にして篭森ちゃんの奇行に関する談義にすり替わったらしいよ。唯我独尊な振る舞いはお手の物だね」
「……あれ、『篭森』じゃなかったら許されないよ」
「というか、篭森珠月先輩だから許されるんだと思いますよ。普段から突拍子もない傍若無人だってみんな認識していますから」
 器用にマカロンタワーからマカロンをつまんで、村崎ゆき子は言った。世界を股にかけるパティシエからみてもそのマカロンは出来がよかったらしい。嬉しそうに、ゆき子は目を細める。
「まあ、篭森壬無月さんがやったとしたら驚愕どころじゃ済まないだろうけど」
「契ちゃんもこの前、どっかの秘密クラブの会合で見たって人がいたな。身体のラインが出るドレスを着て、こっちはどこぞのホステスを率いて現れたらしい。華やかさに会場の話題は一人占め」
「二人とも、宣伝効果の意味をよく知ってるよね」
 しみじみと繍は呟いた。
「そうやって話題集めて、さりげなく情報操作してるんだろうね。その演出でいくつの会社が出世して、いくつの会社が傾いたやら」
「そういえば、冷泉先輩を誘拐した会社倒産しちゃいましたね」
 思い出したようにゆき子は言った。あっさりと神無は頷く。
「うん。賠償金は払いすみだからどうでもいいけど。なんかね、強盗が入ったらしいよ。商品ごっそりやられたって。社会的信用失墜してるところに強盗が入ったとか。天罰かな」
 おっとりと神無は言った。誰も深くは追求しないし、考えない。つつけば蛇どころか鬼が出ると互いに分かっている。
「まあ、こちら側で損した人はいないから別にいいよ。救出にかかったお金も賠償金で返したし。現金受け取らないから、個々人に物品で返したよ」
 新しい紅茶がカップに注がれていく。
「あちらは因果応報だよ。せいぜい、来世では頑張ってもらいましょう」
「挑戦とギャンブルは違うからね。負けたならそういうこともあるよ。だから私は賭けごとは嫌い」
 神無の言葉に、繍は意味ありげな笑みを浮かべた。
「賭けごとはともかく、駆け引きはいるかもよ。神無ちゃんも場合。そっちはチャレンジしてみないの?」
「駆け引き? 商売はいつだって駆け引きだよ?」
 ことんと神無は首を傾げた。繍は苦笑を深くする。
「そっちじゃなくてさ……こりゃあ、駆け引き前に負けてるね。あの殺人鬼どもは」
「何が?」
「なんでもないよ」
 繍は笑ってカップを傾けた。


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「戒が有給使うのは珍しいね。君は少し働き過ぎだから休みを取ったほうがいいと僕は常々思っていたんだ」
 来月から一斉に店頭にならぶ新商品を試食しながら、戒の上司であるエドワードは言った。言いながらもきっちりと味の感想はメモしている。どういう脳の使い方をしているのだろうと、戒は不思議に思った。
「知人がトラブルに巻き込まれて」
「いい傾向だね。君が僕以外の人間に興味をもって積極的に関わろうとしてくれることを嬉しく思うよ。人間っていうのは群れで生活する生き物だからね。君はもっとたくさんの人に関わるべきだと前から思っていたんだ」
 かすかに戒は表情を暗くした。それに気づいたエドワードは表情を緩める。
「君をいらないと言っているわけじゃないよ? 僕は部下たちを大事にしているし信頼しているけれど、それでも全力で命を預けられるのはメリーと君だけだ。君は代えのきかない大事な人だよ。だからこそ、君はもっと世界と人生を楽しんだほうがいい」
「エドワードがいれば俺の人生は十分楽しい。痛くないし、寒くない」
「そうだね。君は僕を変な意味じゃなくて好いてくれる。まるで春の海のような穏やかな関係だと思うし、それはとても素敵だと思う。でも人間ってそういうのだけじゃないだろ? 激しく荒れてぶつかり合うのも人間関係だ。そういう辛いものを飲みこんで、それでも一緒にいて楽しいっていう感覚を学んでみるもの人生さ」
 まるで老人のように悟った口調でエドワードは言った。
「飛びこんでみるのも悪くないよ。飛び出すのは馬鹿のすることだけどね」
「エドワードもそういうことが?」
 エドワードは表情を崩した。格好悪い、けれど心底楽しそうな笑みが浮かぶ。
「そりゃあもう。僕はメリーを愛しいているからね。彼女が幸せになれないなら、世界なんて滅びるべきだ」
「それは世界のほうも理不尽だろうな」
 この場合、滅ぶべきはエドワードの脳内であることは間違いない。なぜ自分はこれに忠誠を誓っているのか。戒は遠い目をした。
「ま、それくらい素敵な関係になれそうな人を見つけることだね」
「そんな物騒な台詞が出てくるようなものを愛というなら、それは人生において関わらないほうがいい類のものだと思う」


**


「まだ不機嫌なんですか? 仕方ないですね。分かりました。謝ります。神無さんはただの遊び。本当に愛しているのは貴方だけ。どうか私の気持ちを分かってください」
「てめえ、謝る気はなからねえだろう!?」
「ええ、ありません。あるのは貴方への愛だけです」
「棒読みで叫ぶんじゃねえええええええ!!」
 薄暗い建物に金属音が響く。一瞬、住人達は音の下方向を見やるが、すぐに興味をなくす。ここはアンダーヤード。非合法こそが法となる街だ。
 対として語られる二人の殺人鬼、陽狩と夏羽は激しく刃を打ち合わせた。
「まったくそんなに怒って。やきもちですか? 嫉妬深い男は嫌われますよ?」
「殺す。その減らず口を今すぐに塞いでやる!!」
「ああ、ここまで怒ってくれるとは流石は夏羽。私の意図をよく汲んでくれますね」
「ああああああああああすげええムカつく! 乗せられると分かるからなおムカつく! もう死ね。今すぐに死ね。ここで死ね!!」
「まだ死ぬのは嫌ですから、お断りします」
 振り下ろされる斬撃を陽狩はすべて受け止める。しかし、反撃するほどの余裕はない。常人では追いつけないほどの速さで刃が交差する。
「死んで地獄で閻魔大王とでも戦って来い」
「すばらしいチャレンジ精神ですね。でも、それでは貴方が地獄に来た時の楽しみを奪うでしょう? だから――――貴方が先にいって地獄の戦争でも引き起こしてください。僭越ながら、私が見送りをしましょう」
「死ぬのはお前だ」「貴方ですよ」「ぶっ殺す」「死んでください」
 同じ笑顔を浮かべて二人の殺人鬼は大きく踏み出した。


おわり