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First contact
ブルーローズ 毎熊匠&雪城白花


 ブルーローズのケーキはすごく美味しい。あれを食べたら、スーパーで売ってるケーキなんて食べられない。まさしく、プロの技だよ。

 本科二年目。そろそろ自力でリンクを作る計画を立てていた毎熊匠のもとにそういう噂が飛び込んできたのは、暖かな風が吹く初夏のことだった。
「ブルーローズってあれだろ? なんか篭森珠月と朧寺緋葬架が道楽で作った」「違う!」
 飛んできた灰皿を隣に立っていた熊のモンブランが空中で叩き落す。モンブランは匠が何より可愛がっているペットだ。ペットというにはやや怖い姿(ヒグマ)をしているが、それでも彼にとって最愛の熊であることに代わりはない。
「危ないだろう。モンブランに当たったらどうするんだ?」
「いや、その熊は平気だよ。避けるだろうし」
 凶器を投げつけておいて、平然とした表情で友人の大豆生田桜夜楽は答えた。彼女は、予科生時代からの友人であり、現在は校内最大のリンクのひとつ、【ダイナソアオーガン】という警備保障会社に籍をおく。
「そう……匠、経営者、の、くせに……わりと強い……平気」
「せめて一文しゃべり終えてから寝ろ」
 その隣では、同じく友人で現在では四十物谷調査事務所に籍を置く御神本揺蘭李が、睡魔と闘いつつ批難してくる。サイキッカーである彼女は、サイキック能力に持てる力を集中させるために、普段から使わない部分は電源オフになっている。そのせいで、いつも眠そうだ。眠いなら他人の批難なんかしないで寝て欲しい。
「だって、有名人が道楽出資した店だろう? 期待できな」「分かってないな!!」
 いっせいに甘党の友人たちからブーイングが上る。
「滅茶苦茶美味しいんだって。確かに出資者は篭森さんだけど」
「あの人、借金して出資……将来……きっと、先行投資……それくらい、すごい」
「俺、篭森珠月、嫌いなんだけど」
「嫌うほど知り合いでもないくせにぃ」
 篭森珠月の部下である桜夜楽が、口を尖らす。同じく知人であるらしい揺蘭李も、こっくりと頷いた。
「だって骨格標本を楽しげに持ち歩いて名前までつけてる女が、まともな人格だと思うか!? 不思議ちゃん通りこして怖いんだよ!」
 篭森珠月という人間は校内でもトップクラスの優秀な生徒であるが、トップクラスの奇人でもある。常に漆黒のゴスロリ服を着て、手にはなぜか人間の骨格標本を持っている。噂だと、本物の人骨じゃないかという説もある。
「何言ってるの!? この学校はそんな人ばっかりじゃん」
「不思議ちゃんは瞑獄鞍螺だけで十分なんだよ!!」
「くららちゃんのファンクラブに殺されるよ!?」
 瞑獄鞍螺とは、元西区画のトップで現在でも【ザンスキングダム】というリンクのトップとして、広い支持を得ている美少女である。
「あいつらは存在が理解できねえんだよ!」
「篭森さんは道楽の塊というか気まぐれ全開なひとだけど、いい加減なことはしないわよ。料理上手だし。確かにいつも四十物谷さんとかエドワードさん虐めてる気もするけど、それは多分愛情表現が微妙なだけで」
「珠月さんは、変。でも、たまに……優しい。あと、頭……すご、く……いい」
「この際、篭森さんは脳内から追い出していいよ。本当にすごいんだって、雪城白花!」
 ぐるりと一周して話が元に戻った。
「クリームは滑らかで甘すぎず上品。複数の香料を絶妙な割合で混ぜ合わせ、見えないスポンジ部分までぬかりはない。チョコレートはとろけるような美味しさで、フルーツは果肉たっぷり。しかも見た目も芸術品のように美しい」
「……甘味の女王様。天才、パテシエ……友人、と、して……誇らしい」
「ふ~~ん」
「信じてないでしょ」
「いや。うまいんだろうなっていうのは伝わってくる。すごく」
 棒読みで匠は答えた。
正直な話、ちょっと腕のいい職人などこの学園にはいくらでもいる。この学園は世界に通じるあらゆる人材を育成するためだけに存在するのだから。勿論、料理人関係も多い。有名どころでは、アラビア人の中華料理人という矛盾した存在のモハメド・アリや最近有名になってきたマリア・レティシアがいる。どちらも一流の料理人であり、一級の変態である。
 他人に出来ないことをするクリエイターはどんな部門でも貴重な存在ではあるが、それだけでは中々うえに這い上がることが出来ないのも現状である。現に、これら調理人の多くはどこかのリンクの傘下に入るか、経営を拡大せず個人経営を貫いている。
「これはもう、口でいっても伝わらないね」
「……食べ、に、行く」
「いや、いいって」
 匠の拒絶は受け入れられず、かくしてこれが彼の運命を変えることになった。


 友人特権というよく分からない権利を行使して、長蛇の列に並ぶことなく店内に入った三人は奥まった場所にある席に通された。
「このチョコレートケーキがおすすめ。甘すぎず、シンプルながらに味わい深い」
「もうなんでもいい……」
「じゃあ、チョコレートケーキと抹茶のシフォン、それと自家製プリンに紅茶三つで」
「かしこまりました」
 アルバイターと思しき店員が、注文を聞いて奥へ引っ込んでいく。
 店内は、清潔感のあるシンプルな家具と楽しげに菓子をつつく客で占められている。見た感じ、特に特徴のない店だ。営業努力はしているのだろうが、あきらかに人手が足りていない。花は造花だし、スタッフもややドタバタしている。
「……経営者としては並かそれ以下だな」
「厳しいな、毎熊は。優秀な君と一緒にしちゃだめだよ。それとも、何か変なの?」
「いいところがないところが悪い。悪いところもないけど」
 うーんと揺蘭李と桜夜楽は首をかしげた。
「そうかな?」
「間違って……ない。たし、か……スタッフ、す、くな、い。人手……不足」
 丁度その時、ウエイトレスがワゴンを押して戻ってきた。
「お待たせしました」
 置かれたケーキを見て、匠は微かに目を見張った。
 見た目は、チョコレートクリームとスポンジを重ね、上からチョコでコーティングした、ごく一般的なものだ。だが、良くみるとコーティングした上からカカオの割合の違うチョコレートで細かな模様が描かれている。しかも切る際にそれが壊れた形跡はない。
「腕はいいみたいだな」
「見聞してないで食えよ」
 桜夜楽たちは、すでに食べだしている。匠はフォークでケーキを小さく切ると口に入れた。
「…………」
「美味しいでしょ? くせになるでしょ?」
 わくわくしながら桜夜楽は、身を乗り出す。しかし、返事はない。
「おーい、毎熊匠。どうしたの?」
「……まずい?」
「…………」
 匠は無言で立ち上がった。
「……匠?」
「どうしたの? なんか変よ」
「すみません」
 友人の言葉など聞こえない様子で、匠は通りかかったウエイトレスに声をかけた。
「雪城白花さんはどこにいますか?」
「え? はい、店長でしたらただいま、奥におります。来客中でして」
「分かった」
 匠はウエイトレスの視線の先を追った。そして、いきなり走り出した。
「匠!? クレーム……?」
「何? まずかったの!?」
「お客様!? そちらは関係者以外立ち入り禁止」
 全てを言葉を無視して、匠は奥へ走りこんだ。にわかに店内は騒然となる。
とめようとする友人たちを振りほどき、ほとんど蹴破るように匠は『staff』と書かれたプレートの下がった部屋を開けた。中にいた人物が、片方は驚いた様子で、もう片方はゆったりとふり向く。
「何ですか?」
「あれ? 桜夜楽と揺蘭李じゃない」
 先に口を開いたのは白服の少女。後から声をあげたのは黒服の少女。黒服のほうの顔は、匠は見覚えがあった。では、白服が雪城白花かと検討をつける。
「お前が雪城白花か?」
「自分で名乗りもせずに失礼だよ」
 白服の少女ではなく、黒服のほうが不機嫌そうな返事を返す。空気が張り詰める。
 匠は口を開いた。

「てめえ、なんだあの経営の仕方は!?」

 空気が凍りついた。
 白と黒の少女たちも追ってきた友人も、困惑を顔にはりつけたまま止まる。
「なんで怒られるの?」
「黙れ、篭森!! お前がついていながら、あの杜撰な経営は何事だ!?」
「あの篭森さんを呼び捨てした!?」
 桜夜楽はまるで匠が死んだかのような顔をした。しかし篭森珠月本人は、怒るどころが笑い出した。
「桜夜楽、揺蘭李。お友達?」
「えーと、一応」
「シカトするんじゃねえ!」
 珠月は人の悪い笑みを浮かべて、視線だけを匠に戻した。
「なにかな? 杜撰な経営をしたつもりはないよ。ちゃんと黒字。ただ、まだ細かいところに目が届いてないのは認めるけどね」
「当たり前だ! あの平凡すぎる店内、質の悪いスタッフ、ほとんど出しもしない宣伝、人の誘導の効率の悪さ!! 貴様、経営をなめているのか!?」
「うん。人員確保できなくてさ。私は私で、いろいろとお仕事があるし」
「死ね!! あれだけいい物が作れるくせに、なんで経営とサービスががたがたなんだ!?」
 インダストリアリスト、あるいはサービスマンとしての匠の中の何かがぶち切れた。
「しかもあの紅茶、いい茶葉使ってるくせに入れ方がおかしい。お茶いれの手際が悪い! 貴様、この店を潰す気か!? 勿体無いにもほどがある!」
「いっそ清々しいな。ここまで悪口を言われると」
 感心したように珠月は頷いた。その横で白花は、ぽかんと口をあけてなりゆきを見守っている。
「紙袋も包装容姿も平凡。建物も普通過ぎる! お前ならミヒャエル・バッハでも鹿山製紙でもごり押しで使えるだろうが!」
「私を何だと思ってるんだ? どんだけ暴君だよ」
 ミヒャエル・バッハとは校内屈指の建築家であり、鹿山製紙とは製紙・印刷を手がける校内でも有名なリンクである。確かに珠月は多くのランカーや有名リンクの関係者と顔身しだが、別に誰かを使役できるような能力があるわけでも、自分のリンクを持っているわけでもない。それに流石に自分のためだけに誰かの都合を無視するほど、珠月は非常識ではない。たまに非情だが。
「せめてスタッフくらいきちんとそろえろ!」
「だって出資したから、お金なくなったんだもん」
「無計画な出資してんじゃねえ!!」
「じゃあ、白花の才能を時がくるまで死蔵してろと?」
「それは駄目だ」
「私だって大リンクの幹部なんだから、こっちばかり構ってる暇ないよ。そんなに言うなら、貴方がやる?」
「ああ、やってやろうじゃないか! こんな美味いものを作れる店をこんな二流店のまま終わらせてたまるものか!!」
 大声で叫んで匠はやっと落ち着いた。いつの間にか、周囲をスタッフと客が取り囲み、固唾を呑んでなりゆきを見守っている。
 珠月は、目を丸くしてやりとりを見守っていた白花を見て、にこりと微笑んで見せた。
「やったね、白花。飛んで火にいる夏の虫だよ」
「その慣用句は間違いだと思います。篭森先輩」
「そうだね。ブルーローズを火なんて言っちゃ駄目だよね」
「まず、彼を虫扱いするほうが問題ですよ」
 全力で暢気な会話が匠の脳を、右から左にすり抜けていく。
 正気に戻ると同時に、思わぬ展開に話が進んでいることに匠はやっと気づいた。
「それはどういう……」
「君、今日から副店長ね。経営頼むよ」
「は?」
「やるんでしょ? 経営」
 周囲から感嘆の声が上る。小さく拍手すら聞こえるのは気のせいじゃない。
「………………マジ?」
「だって今やるって宣言したじゃん。いや、よかった。白花は調理で手一杯で経営の補佐が必要だから、どっかから探してこようって相談してたんだ。最悪、ブラックシープ商会の傘下に入れることも考えてたから、本当によかったよ」
 立ち上がった珠月に、匠は肩を叩かれた。
「と言うわけで、白花を頼む」
「…………馬鹿すぎる。そんな経営ありえない」
「んー、だって君、毎熊匠でしょ? 桜夜楽からいつも話聞いてるよ」
「話?」
 視界のすみで桜夜楽がそっと逃げ出すのが見えた。
「頭はいいくせに口と態度が悪く、たまに趣味がおかしいから人が中々ついてこなくて、あきらかに補佐用の人格してるくせに、自分でリンクを作ろうとしてるって」
「桜夜楽ぁ!!」
 桜夜楽はすでに逃亡している。
「でも、めちゃくちゃ優秀だってことも聞いてるから、そんなひとが白花の面倒みてくれるなら、私も安心だよ」
「いや、これはそのあまりにも気になったからクレームつけたというか、その本気じゃ……」
 その時、ずっとおとなしく座っていた白花が静かに立ち上がった。白い服は落ち着いてみると料理人のお仕着せだ。
「雪城白花です。これからよろしくお願いします、毎熊匠さん」
 幼さが残る、どちらかというとおっとりした顔立ち。はにかんだ笑みが初々しい。落ち着いて間近にみた『天才パテシエ』は、めちゃくちゃ可愛い女の子だった。
 その顔を見た瞬間、匠の頭から断るという言葉は消えた。


 そして、二年後の現在。
「ブラックシープ商会から取り寄せるのは、先月と同じ量で。工場? そっちの青いファイルにリストがあるから、その通りにしろ。それと今月からダージリンの産地が変わった。前のものと一緒にしないように」
 匠が入ってブルーローズは激変した。味はそのまま、混雑を避けるために予約制を取り、内装はエンジェルエッグに依頼して(美しくするためといえば、インテリアコーディネイトも喜んでしてくれる)、華美すぎない程度に優雅さを演出したものに。持ち帰り用の箱のデザインも一新された。
 経営が軌道に乗ってからは、白花の発案で通信販売やレシピの販売も開始。勿論、実際に手配をしているのは匠である。そのかいがあって、ブルーローズはトップランカーを有するリンクの一つにまでなりあがった。
 だが、新たな問題もある。経営の問題ではなく、個人的な問題だ。
「今日で店ができて二周年ですね」
 幸せそうな顔で、白花は微笑んだ。二年前と今、彼女が自由にできる金銭も権力も取り巻く環境も大きく変わった。しかし、彼女は驕ることも萎縮することもなく、依然とかわらぬやわらかな笑みをたたえてそこにいる。
 匠が目を奪われた、あの日と同じように。
「白花、今日は渡したいものがあるんだ」
 差し出したのは小さな箱。白花は目を見開いた。
「え? ひょっとして二周年記念の贈り物とか? どうしよう、私、何にも用意してませんよ?」
「いいから、開けてみてくれ」
 丁寧に包装された包みを開くと出てきたのは小さなネックレス。プラチナの鎖に、同じくプラチナで出来た小さな指輪がかかっていて、先にはダイヤモンドが付いている。それほど大きな石ではないが、世界的に有名な宝石商と細工人のリンク【ブリリアントスター】の、しかも序列199位【アボイタカラ(青生生魂)】ヘルムート・ハルデンブルクに訳を話し、拝み倒して作ってもらった一品だ。世界中のアクセサリーコレクターが涙を流してありがたがってもおかしくない。顔見知りでしかも恥外聞なく拝み倒さなければ、匠が手に入れることなど不可能だっただろう。
「調理中に指輪をつけることはできないから、ネックレスにしたんだけど」
「すごい、綺麗……でも、これすごい値段するんじゃないかな? ブリリアントスターだよね」
 不安げな顔で白花は匠を見上げた。そんな顔も可愛いと思えるあたり、自分は相当おかしいと匠は思う。
「白花」
「ん? なに?」
「好きだ。俺と一緒に暮らしてくれないか?」
 一世一代の大告白




 のはずだった。
 口を少しパクパクさせて、白花は首をかしげた。
「えーと、今日残業ってことですか?」
 なにをどうしたらそんな結論が出るのだろう。
匠は、昔の絵文字のようにがっくりとうなだれ膝をついた。
「あれ? 違います? えーとじゃあ、どういう意味なのかな?」
 本気で悩まれている。その事実がさらに匠を打ちのめす。
「白花……もう一度言う。俺はお前のことが好きだ」
「えへ、ありがとう御座います。私も好きですよ。匠さんがいてくれるから、これだけ店が大きくなってもどうにかやっていけますし、嫌なことがあってもみんながいてくれるから頑張れるんです」
 皆と同じレベルなんだ…………
 いっそこのまま砂になって風に消えていきたい。匠は一瞬、本気でそう思った。
「匠さんには、いつも申し訳ないと思ってるんですよ。店舗上の住居部分に住み込みでお仕事ですし、本当にある意味、生涯を共にする感じですよね。あ、そうか、これからも一生、仕事仲間でいようって言ってくれたんですね!!」
 違う。
 静かに燃え尽きつつある匠に気づかず、白花は続ける。
「そっか。指輪は魔よけとか縁って意味もありますもんね。ありがとう御座います。大丈夫、私たちは一生はなれることない大事な同僚です」
「………………ありがとう」
「お礼を言うのはこっちのほうです。そうだ、今日は晩御飯一緒に食べにいきましょう!」
「……いや、ごめん。今日はちょっと先約があるんだ。じゃあ、プレゼント渡したから」


 翌日、毎熊匠(超真面目副店長)は二日酔いで遅刻した。前の晩にブリリアントスターの職人たちに慰められながら、モハメド・アリの中華料理店で酔いつぶれていたという報告もあるが、うらに潜む事実を知るものはごく一部である。