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あの人とおしゃべり お茶会編

 お茶がカップに注がれる音というのはどうしてこんなに素敵なのだろうか。甘いお菓子と友達のおしゃべり。それだけできっと女の子は永遠に生きていける。勿論、それは気のせいなのだろうけど。
「甘いお菓子とおしゃべりがあれば、女の子は何時間でもお茶ができるらしよ」
「それは素敵。お店でやったら迷惑だろうけどね」
 思考に割り込むように声がした。くすくすと同調する笑い声が響く。村崎ゆき子は思考を止めて顔をあげた。冷たい風が窓ガラスをかたかたと揺らす。定休日のル・クルーゼは静まり返っていて、この部屋以外からは何の音もしない。
 ゆき子は微笑んで視線を巡らした。目の前のテーブルにはたっぷりの紅茶の入ったカップが人数分と、様々なお菓子が用意されている。お茶といえば英国式だが、今日は違う。単に好きなお菓子を用意して、好きな飲み物と一緒に食べるというごくごく一般的なお茶の風景だ。
 向かいに座る冷泉神無は、いつも通りマイフォークを持参して抹茶のタルトを食べている。フォークのくせに漆塗りのそれは、遠目に見ても職人ものと分かる。骨董商という職業に相応しい品のある持ち物だ。
 その隣の矯邑繍は宝石のような木イチゴが乗ったタルトをフォークで削っている。頭を動かすと細く伸ばした銀を編んで作った細工の簪が髪とともに揺れる。冬の雪のような冷たい色のデザインだが、可愛らしいというよりは凛々しい顔つきの彼女にはよく似会う。
 反対側では寒い季節だというのに胸もとと足を惜しげもなく露出した空多川契が、紅色の紅茶にゆっくりとブランデーを注いでいる。胸の下から腹部にかけて何重にもベルトで拘束したような独特のデザインの衣装は、彼女の整った身体のラインを際立たせている。しかし、どうやって着るのだろう、あれは。
 そして契の神無とは反対側の隣、つまりはゆき子の隣に座る篭森珠月はチョコレートを食べている。今日も黒いドレスでドレスの前の部分だけがミニ丈になっている。そこからのぞく白い脚は、凄まじい職種に相応しくなく妙に白くて傷一つない。
「私は、先輩方と過ごせるならずっとこの時間が繰り返してもかまいません」
 ゆき子は満面の笑みを浮かべた。四人は一瞬きょとんした顔でそれに答えるが、すぐに顔を崩す。
「嬉しいことを言うね、ゆき子ちゃんは」
「私たちも可愛い後輩とすごせて嬉しいよ」
「うにぃ、可愛いのです。嫁にほしいのですよ」
「うんうん。ゆき子ちゃんは可愛い。半端な男には嫁にやれないね。ゆき子ちゃんと付き合いたいなら、まずは私たちを倒してもらわないと」
 かなり無茶苦茶なことを言って、神無は笑った。だが、現実問題としてそれを実施するとすればかなりの難問になることは間違いない。
 神無は鑑定と修復のスペシャリスト。その審美眼は最新の科学調査すら時に凌駕する。しかもオークションや査定に携わっているだけあって、駆け引きがうまい。その上、その独特の人格から思わぬコネクションがある。
 繍は世界的に有名な経済学者で日本国文学や社会学など幅広い学問に精通した、天才スカラーだ。純粋なる知識量で彼女に勝る人間は学園ではごくごく少数だ。しかも学生でありながら非常勤講師の資格を持ち、生徒の成績判定にも関わっている。
 契は素性こそ定かではないが、いわゆる裏社会の人間だ。本人も生身の女性としては例外的なほどの身体能力を持ち、人間を殺傷することも厭わない。また、おそろしく強力でしかも防ぐのが難しい、運命干渉系の異能を持ち一定条件である人に起こる出来事の確率を引き上げるまたは引き下げることができる。直接戦闘以外の戦闘では非常に厄介だ。
 珠月は学園の有力者であり、世界的に有名な両親を持ついい所のお嬢である。本人も様々な事業に首を突っ込んでおり、敵にすると予想外のところから攻撃がくることになる。権力の使い方をよく知っている厄介な人物である。また本人の戦闘能力も高く、しかも陰湿だ。
 つまるところ、これらに勝つには、知力、体力、戦闘能力、人脈、交渉力、権力、頭の回転の速さに加え膨大な運が必要になる。
「あはは、先輩方を倒せるひとなんてそう沢山はいませんよ」
「勿論、大事なのは人としての器だよ」
 平気な顔で神無は嘯いた。そういう彼女はかなりの面食いだ。骨董商なんてしてるとそうなるのかもしれない。
「うーん、確かに冷泉先輩のお友達は強そうな人が多いですよね」
「強そうというか、ヤバそうというか……」
 あまり友人を選ばない――というよりは、友人を選ぶ基準点が自分とその周りへの被害度というかなり限定的な制限しかない――神無の性格を知っている繍は、頭痛をこらえる顔をした。契は頬を膨らませる。
「強かろうとなんだろうと、あんな雑魚とカマキリ、神無には相応しくないのですよ」
「それって戒さんと陽狩さんのこと!?」
 学園でも300人しかいないトップランカー、それも戦闘能力と容姿に関して定評がある人物を魚と虫として評価した契に、繍は驚きの視線を向ける。珠月は淡々と頷いた。
「ああ……法華堂戒はホッケ(魚)で、陽狩は刃物使いだからカマキリか。では、早良も魚になるのかな」
「篭森ちゃん、淡々とし過ぎだよ」
「まあ、いいじゃないか。告白されたわけでもないし、ありえない出来事を考えることは空想だ。何を考えたっていいじゃないか」
 珍しく落ち着いた物言いに、ゆき子は小さく首を傾げた。
「じゃあ、告白されたらとしたら」
「当人の自由意思ではあると思うよ。私は反対するけど」
 きっぱりと珠月は宣言した。そういう彼女は、十年以上張り付いているストーカーがいる。そちらも関係にあらゆる意味で進展は見えない。
「あー、そういえばこの前、無謀にもさっちゃんに告白した勇者がいるらしい」
「へえ。沙鳥さんですか」
 中央区の権力者の名前に、全員が興味を引かれたように珠月を見つめる。珠月は口元をつり上げた。
「万具堂に出入りしてた業者さんらしいけどね。告白の台詞は中々傑作」
「えーと、先輩方がされたという『僕を思いきり踏みつけてください!』とかより面白いですか?」
 ゆき子のおっとりした台詞に空気が一瞬凍りついた。だが、珠月はすぐにそれをなかったことにする。つまりは無視した。
「それがさぁ、『うちの商品は金を出せばどなたでもご購入できます。ですが、私の心を手に入れられるのは貴女だけです!』って言ったらしいの」
「して、返答は?」
 珠月は両手をあげて見せた。笑みを浮かべて言葉を続ける。
「勿論、予測の範囲内。『え、別にいらないよ?』と一言」
「ああ、沙鳥さんっぽい」「というか告白されたことすら、さとのお姉さんは気づいてないと思うのですよ。その男は馬鹿です」
 学園にはアイドル的な人気をほこる人間が複数存在するが、何故か総じて恋愛ごとに疎い人間が揃っている。人によっては、好意を寄せてくれている異性と一晩同じ部屋にいたのに何もなかったというとんだお馬鹿さんすらいるというから、これはもう神様が何かの調節を間違えたとしか思えない。
「で、そいつのその後の運命は?」
「ん。『あはは、沙鳥がいらないなら僕らが買おうか』って微妙に怖い笑みの女王騎士団に連れて行かれたよ。まあ、死んではいないんじゃない?」
 それを見ていた癖に止めないあたり、珠月もひとが悪い。だが、止める義務があるかというとそうでもない。珠月は自分の関知と責任の外にある物事に関しては、とことん酷薄だ。
「女王騎士団……沙鳥さんの護衛ですね」
「護衛っていうか部下って言うか保護者っていうか、まあ微妙な人々。騎士団なんてちょっと格好いいけど、騎士っぽいところはあんまり見たことないなぁ」
 珠月は答えてチョコレートを噛み砕いた。どろりとした黒い塊が赤い舌の上で溶ける。可愛らしい光景のはずなのに、どこかグロテスクだ。ぐちゃりとチョコレートが舌で押しつぶされる音が聞こえる気がする。
「渡り鳥は優しいから、私のところみたいに殺される心配はないでしょう」
 一瞬だけぞくりとするような笑みを浮かべて珠月は言った。誰も否定はしない。
「まあ、冷静に考えると何故、愛の告白で命の危機に立たされないといけないのかというね。うん」
「相手が悪かったんですよ。南の帝王をごらんなさい。片思いの糸が絡まり合って、複雑なカオス模様を描いているじゃありませんか」
「ああ。私も南王の死因は痴情のもつれだと思う」
 自分の友人に対して酷い評価を下して、珠月は冷めた紅茶を一気に飲み干した。神無は新たにシュークリームに手を伸ばす。
「ライトノベルの主人公気質だからね。南王。そのうち世界の敵とかと戦うじゃないの?」
「世界の敵とか、すごく中二病です」
 契は伸びをした。見事なボディラインは女性からみてもかなり羨ましい。
「大丈夫。この学園はそんなやつばっかりだから」
 何の慰めにもならない言葉を吐いて、繍は首を振った。ちりんと簪の飾りがぶつかり合って音を立てる。
「あ、そういえばこの前、即売会で弓納持さんにあったのですよ。進化してました」
「進化?」
 弓納持はある意味学園最悪の腐女子である。学園内の男同士のコンビを勝手にカップル認定して、その同人誌を勝手に売りさばくことで有名である。過去、それが原因で何度も乱闘騒ぎになっている。
「うに。成人指定同人誌から、成人指定同人BLゲームにレベルアップしてたですよ。モデルは不死コンビだと思うのです」
「貸して」「私も」「え……私はどうしよう」
 速攻で食いついた珠月と神無に、繍は戸惑った顔で勘が混む。ゆき子はおっとりと笑った。
「先輩、BLゲームって何ですか?」
 空気が凍った。涙をぬぐうように繍は目元に手を当てる。
「ゆき子ちゃん、世の中には知らなくていい知識があるんだよ……」
「え? 世の中に無意味な知識なんてありませんよ!」
「いや、ある。知らないほうがいい世界っていうのは無数にある」
 ゆき子以外の全員が深く頷いた。ゆき子は不満げな顔をするが、それは黙殺される。
「後の新刊は、葬儀屋と篭森ちゃんとこのわんこ達でしたよ」
「マイブームなんだろうねぇ、弓納持の。葬儀屋はどうでもいいけど、部下をネタにされると微妙な気分だよ。緋月は気にしないだろうけど」
「緋月さん、遠君の体調と篭森ちゃんの命令以外のことにはほぼ無反応だよね」
 新しいお茶をカップに注ぎながら、神無は言った。
「あ、でも先日、不死コンビと街頭でもめたらしいね」
「あら、誰に聞いたの?」
「不死コンビの陽狩さんのほう」
 微妙な情報ルートに、全員が微妙な顔をした。神無は気にしない。
「今度、クラッシュチョコレートが美味しいお店で奢ってもらうんだ」
「……………………女に貢がせまくってる、あのまるでどうしようもない男に奢らせるって、神無ちゃんどんだけつわもの!?」
「この前、店内汚したお詫びだよ。まったく、汚れた格好のまま他人の店にくるなんて」
 その汚れが何によるものかを想像して、全員が押し黙った。間違いなく、どこかで誰かと争ったあとの返り血に決まっている。
「そういえば、ブラックシープ商会傘下にショコラハウスが出来たらしいよ」
「着々と事業を展開してるな。あそこは」
「黒羊さんたちは可愛いのですよ。あれであの馬鹿羊がまともだったら、超優良企業なのですよ」
「馬鹿羊って社長のエドワード?」
「ロリコン羊です」
 社長のエドワード・ブラックシープは、少女崇拝者である。そして彼の自称運命の人であるメリー・シェリーは若干十三歳。指一本でも出せばただちに犯罪になるレベルである。
「ロリコンって噂が独り歩きしてるせいで、小さいお子さんのいる取引相手は、エドワードと対面するとき一様に警戒するらしいよ」
「メリーちゃんと出会ってからは、ほぼ彼女一筋なのにねぇ。まあ、少女に対してはフェミニストだけど」
 ちなみに彼の中の少女定義はかなりあいまいで、基本的に年齢に関係なく『少女っぽく見えるか』という点で判断される。あらゆる意味でどうしようもない。だが、この学園の有力者というものは基本的に人間としてはどうしようもない部分を持っている人間が大多数なので、スル―されている。
「うちの学園はどうしてこう甘味所が多いんだろうねぇ。別に食物関係の専門知識を教える学科があるわけでもないのに」
「儲かるからですよ」
 身も蓋もない言い方で契が答えた。幸せそうに薄く伸ばしたチョコレートの板を口に含む。
「どういうわけか、この学園の成績優秀者は甘党が多いのですよ。そして彼らはだいたいがお金持ちで趣味に金を惜しまない。成績なんか考えず、調理人としてただ食っていけばいいならばスィーツは悪い選択肢じゃない。砂糖を使ったものは保存が効きやすいから、学園にいながら世界中に通信販売もできますしねぇ。はあ、幸せ。だから、おねえちゃんたちは美味しいものが食べられるのですよ」
「……うん、トランキライザー産ってだけですでにブランドに成り始めてるしね」
「青田買いのスカウトマンが学園に出入りすることも増えた」
「ま、新人スカウトマンはだいたい数回目までは酷い目に遭ってるけど」
「ラジオの車に引かれたり」「変なもの売りつけられたり」「赤いピエロさんに店に引きこまれたり」「銃撃戦に巻き込まれちゃったとか」「血まみれの刃物持って追ってくる殺人鬼とか」「運が悪いと本当に死んじゃう」
 顔を見合わせて少女たちはクスクスと笑った。悪意のない笑顔だが、会話の内容は毒に満ちている。
「そっちのクッキーもらっていい?」
「パイも美味しいよ」
「あー、でも太っちゃいますね」
「脳で消費すればいいよ。難しいことを考えるんだ」
 まるでそんなこと信じていない顔で、けれど真面目な口調で繍は言った。ぶっと神無が噴き出す。
「あきらかに脳使ってないよ、その台詞」
「ばれちゃったか」
「そのうち使えばいいと思うよ。お茶のおかわりをどうぞ」
 あきらかに人数よりはるかに多い量のお菓子は一向に減る気配を見せない。
「東区がショッピングモールの開発やるんだって?」
「うん、もうすぐ完成。折角だから豪奢にしようとしたら、東区の景観条例に引っ掛かってひと悶着あったよ」
「…………その条例作ったの、篭森ちゃんだよね?」
「そうそう。観光用に一部地域に制定した条例に自分が引っ掛かるまさかの罠」
 まさかの罠というか、まさかの馬鹿である。
「最近、南の方で物価が下がってるようですよ。金属とか木材の」
「新しい貿易商がいくつかできたからね。競争激化してるんでしょ。でもそろそろ介入しないと、共倒れされたら目も当て当てられない」
「北は治安維持計画が成功して、今月の犯罪件数は前年度割れらしいですね」
「まあ、治安維持組織による器物破損増えてるけどね」
 繍は肩をすくめてみせた。
「そういえば、この前月刊ムートンの企画もので『あえてきいてみた』ってコーナーあるじゃん?」
「ああ、あのわざと誰でも分かる問題を出して、生徒の反応を見るって企画ね」
「それで『攻撃の対義語はなんでしょう?』って問題出したらしいんだよ」
「『守備』考えようによっては『防御』でしょうか?」
 ゆき子が答えた。平均的な回答だ。
「それが、回答者の四割は『迎撃』、二割は『反撃』、一割は『先制攻撃』って答えたらしいよ」
「なんてアグレッシブな…………」
「それ、絶対わざと答えてるよ」
 だが、納得の回答ではある。
「猛毒でないと毒が制せないのはこの学園の理なのですよ。ラム酒は?」
「まだ残ってる。そろそろワインを出してこようか」
「夕食食べられそうにないよ……」
「そういえば、九龍城で爆発騒ぎがあってね」
 女の子の会話はメリーゴーランドに似ている。キラキラして楽しくてどこにも行きつかないから終焉がない。くるくると、きらきらと、ふわふわと回り続ける。
 新しいお茶がカップに注がれた。時間君と喧嘩してしまったために永遠にお茶会を続けるいかれ帽子屋と三月兎の悩みは汚れたお皿だったというが、ここでは給仕が皿を下げ、足りなくなったお湯を足していく。だから困らないし、終わる必要もない。
「空気がお砂糖のにおいですねぇ」
 ゆき子は微笑んだ。
「ビブリオマニアスクに書籍が大量に入ったらしいよ」
「この前、深紅さんが女性を連れて歩いていたっていう目撃談が」
「フリーマーケットでね……」
「最近、カフェのメニューが値下がりしているの。特に南区では供給過多で」
 噂話が飛び交う。
 女の子のお茶会の空気は溶けるように甘い。そしてちょっぴりの毒と秘密を含んでいるものなのだ。

おわり