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羊さんの届け物 


 ブラックシープ商会は校内最大の総合製造小売業である。総合製造小売業とは原材料の生産・入手から始まり、商品の加工、製造、小売販売まで手掛ける総合的な小売業のことである。小売とは言っても、製造業、運送業、商社、サービスの機能を兼ね備えており、場合によってはITや不動産なども自社内で手掛けることもある。ブラックシープ商会の場合、前身が商社ということもあり全商品における自社製品の比率は四割程度だが、それでも食料品や日用品は自社ブランド率が九割弱を占めている。逆に武器や宝飾品、ソフトウェアなど専門性が高く日常的でない品はほとんど生産していない。
 ブラックシープ商会。それは学園の日常生活を地味に支える経済ネットワーク。そんな彼らの日常は、小さな努力の積み重ねである。


**


 ブラックシープ商会製造部門責任者である古屋敷迷は、部下を引きつれて社内を歩いていた。歩いている間も、次々と書類に目を通しては指示を出す。彼はいわゆるトップランカーと呼ばれるような成績優秀者でこそないが、それでも一つのリンクの幹部として忙しい日々を過ごしている。
「食品関係と日用品は順調に推移しているようですね。やや横ばいですが、学園の人口を考えると妥当な数値を推移しています。この調子で問題ないでしょう。娯楽品の低迷が気になりますね。在庫の処分と商品管理の徹底を急いでください。売れそうにないものは見切りをつけてセールか福袋にしましょう。こちらのリストの赤い線が付いているものはすべてです。衣料品は売れているものとそうでないものの差が開いてきましたね」
 次々と出す命令を慣れた様子で部下たちはメモしていく。復唱も忘れない。
 ブラックシープ商会は、中堅以下の職人やそこそこ優秀な企業家などを取りこんで、合併・買収・社内ベンチャーのフル活用によって大きくなったリンクだ。玉石混合だが優秀な生徒も少なくない。中には十分独立起業できる生徒もいるが、ある程度自由をもらって群れの中でのんびり商売するのが性に合っている連中が多いためか、上司に逆らう部下は少ない。
 努力家で優秀な部下たちに指示を出している時、迷は幸福を感じる。頭の良い人間、自分の発言を聞いてそれを先回りして答えてくれる人間との会話とはなんと素晴らしいものだろう。彼らと会話している時、自然と自分の会社の未来は明るいように感じる。だが、
「あ、迷だ」
 それをぶった切るように、迷の機嫌を傾ける人物が現れた。
「景気はどうだ?」
 エドワード・ブラックシープ。
 ブラックシープ商会の社長であり、学園650万中上位300位に入るトップランカーとよばれる成績上位者の一人だ。戦闘能力の低さとインパクトの薄さからトップランカーの中では比較的下のほうの存在だが、それでも一般の生徒からすれば雲の上の存在だ。迷の上司でもある。
 だが、迷は彼が嫌いだった。
「どうも社長。今日もさぼりですか?」
「開口一番にそうくるか……違うよ。見れば分かるだろう?」
 珍しくきちんとスーツを着たエドワードは、手に大きな箱を抱えていた。白い包装紙に蒼いリボンが結ばれている。
「ちょっと出かけるよ」
「さぼりじゃないですか。どうせ『ちょっと』とか言って、定時まで帰らないんでしょう?」
「いや、この前定時までに帰らなかったのは、メリーに似合いそうな時計を見つけて……」「そういうのは、休日にしてください」
 迷がエドワードを嫌いな理由。それは彼が仕事をさぼるためと、現在13歳の少女に心の底から惚れているロリコンだからである。
「いや、これは仕事なんだって。そんなに言うなら、君が代わりに行ってくれるのか?」
 箱をつきだしてエドワードは言った。子どものように拗ねて見せる。迷はため息をついた。
「誰かに任せればいいでしょう? 貴方はまだ仕事があるはずです」
「じゃあ、君が行ってくれ。大事なものだから、その辺の部下には任せられない」
「いいですよ」
 半ば売り言葉に買い言葉で、迷は答えた。
「で、どこにもっていけばいいんですか?」
「セントラルピラー、成宮沁」
 平然とした顔で、エドワードはこの学園都市の支配者の名前を告げた。あまりといえばあまりな名前に、迷は目を見開く。
「…………私、セントラルピラーなんかへの入室許可持っていませんが」
 セントラルピラーは、学園のおひざ元である中央区のさらに中心部、学園のど真ん中にあるまさしく、学園の最深部である。中央には学園の公式施設や校舎が立ち並ぶが、その中でもセントラルピラーは特別だ。入れる人間は限られているし、セキュリティチェックも並々ではない。何より、どこからでもその姿を拝むことができる巨大な尖塔が、こここそが学園の中心なのだと主張している。
「いや、呼ばれてるから受付でID見せて許可取れば入れるよ」
「……リンクのリーダーでもランカーでもない一般生徒でも入れるんですね」
「セキュリティ厳しいけどね。中で問題起こしたらこちらの責任になるから、滅多な人間はお使いに出せないし」
 やれやれとエドワードは首をすくめた。
「心配なら、誰かと一緒に行ってもいいし……あ、深紅」
 珍しく戸惑う迷のことは気にせず、エドワードはたまたま通りかかった人物に声をかけた。通り過ぎようとしていた青年は、面倒くさそうな顔をしながらも立ち止まる。適当に束ねてアップにした髪がひょこんとはねる。
「ん? どうした?」
 鈴木深紅。顔と名前のせいでよく女性に間違われるが、れっきとした男である。ブラックシープ商会傘下の花火と火薬を扱うブランドのトップであり、有名な爆弾魔でもある。
 足を止めて振り返った表紙に、彼が鷲掴みにして持っていたものが目に入った。
「ん? うおおおおおお!?」
 あまり格好良くない叫びをあげてエドワードは飛びのいた。迷は飛び退きこそしないが、顔を引きつらせて身構える。
「ちょっと! 何持って歩いてるんですか!?」
 深紅は髪の長い女の生首を持っていた。
 指摘されて深紅は視線を自分の右手に落した。そして、ゆっくりと手を持ちあげる。
「偽物だ」
「いや、偽物とか本物とかいう問題じゃなくて……」
 本物に見える生首を持って歩いていることが問題なのだ。
「あ、でもお前らが一瞬騙されるなら上出来だな。プロトタイプとしては」
「何の試作品ですか、これ?」
 恐る恐る手を伸ばすと迷は首を受け取った。質感も本物そっくりだが、血の臭いがしないので偽物だと分かる。
「これは部品の一つでな。身代金引き渡しとか銀行強盗対策に使うんだ。これを偽札で作った殻の中に隠してあって、外の殻に触れた瞬間、これが飛び出してから爆発する。すると、真っ赤なインクが飛び散って犯人の目印になる、と」
「ただの防犯用インクボールでいいじゃないか」
「いや」
 深紅は首を横に振った。
「犯罪成功、と思った瞬間にこんなもんが飛び出してきたら、やる気とか心とかぼっきりと折れると思わないか?」
「心と一緒に心臓まで止まりそうですけどね」
「それはそれ。自業自得だ」
 深紅は自分のために何かをする人間に、基本優しくない。
「で、これが気になって声かけたのか? まだプロトタイプだ」
「うん。全然違うよ。君、確か今日あたり納品じゃなかった? セントラルピラーに」
 やっと本題に戻った。深紅はこくりと頷く。
「新作花火の納品な。まだ行ってない」
 深紅は答えると、歩きながら手提げの中に手を突っ込んだ。そして、エドワードの目の前にたどり着くと同時に手を差し出す。そこには手のりサイズの青い豚が乗っていた。
「…………何だい? これは?」
「花火。火をつけると、上に向かって小さい青豚のおもちゃがいっぱい飛び散る仕様だ」
「何を作らせてるんだ、うちの姫君たちは」
「これを百個」
「多いな…………」
「もうちょっと安価に生産できるようになったら、生産ラインに乗せる。万具堂のマスコット青山さんをモデルにしてるから、校内ではかなり売れるだろう。豚は縁起ものでもあるから、祝い事での需要も期待できる」
 深紅は言った。そういうところは商売人だ。
「そっか。納品まだなら、迷と一緒に沁さんのところに行ってきてくれないかな? ご希望の品を届けるだけなんだけど、変な社員には任せられないし、まかせられる相手でも萎縮しちゃってさ」
 深紅は視線を迷に向けた。そして、頷く。
「構わない。今から行くのか?」
 視線を向けられて、渋々迷は頷いた。背後の部下にすばやく午後の指令を出し、エドワードから箱を受け取る。見た目に反して軽い。
「これ、何ですか?」
「ご要望の品ですって言えば分かるよ。ゆっくり行っておいて。またセントラルピラー周辺、色々と施設が増えたみたいだし」
「金ありますよね、うちの学校」
 そしてそれらはおそらく、自分たちが払っている馬鹿高い学費から出ている。少しだけ迷は憂鬱になった。
「嫌なら俺が納品ついでに届けてくるぜ?」
 ぽんと肩を叩かれて、迷は我に返った。すぐに笑顔を深紅に向ける。
「いいえ。ちょっとどのルートで行けば近いかを考えていただけです。お気になさらずに」
「せっかくだから、シータウンストリート通ろうぜ。改装終わって、面白くなってるから」
 誤魔化されたのを知ってか知らずか、深紅は楽しそうに笑った。こうやって人が良さそうに笑っているのを見ると、彼の正体が世界トップクラスの恐怖の爆弾魔だとはとても思えない。
「………………世の中って不思議ですよね」
「は? 何が?」
 不思議そうに深紅は首を傾げた。ブラックシープ商会は色々なタイプの人材がいるが、爆弾魔というかなり凶悪な類のスキルを持つ深紅は、ブラックシープ商会の中では人間的にかなり常識的で善良な類に入る。身内に対してだけは、人のいいお兄さんだ。
「何でもありません。行きましょうか」
 笑みを返すと、迷は荷物を抱え直した。


**


 各区画はそれぞれ特徴のある街並みをしているが、中でも学園のおひざ元といえる中央区は不思議な景観をしている。一言でいえば、時代の一歩先を行く場所と行ったところだろうか。様々な形をした複雑なデザインの摩天楼が立ち並び、その摩天楼同士は空中回路で繋がっている。それでも冷たい感じがしないのは、ビルの側面を這う植物や、どういう仕組みになっているのか、建物の中や空中回路の途中で植えられた花や街路樹のためだ。
「どうなってるんだろうな、あれ」
「ああ、あれは専用のネットやタイル状にした土、あとは溶岩石を使ったプレートを利用してるらしいですよ。どんどん増えてますねぇ。また誰かが新しいプロトタイプの開発に成功したのでしょうか」
 学園の研究成果の試験が行われることが多いためか、街のいたるところに見たことのない奇妙な物体がある。特に目につくのは、清掃ロボや奇妙な形の自動販売機だ。次に気になるのは彫像や現代アートの類だろうか。
「技術力と学芸を全面に押し出してるのは分かるんだけどさぁ……」
「たまに来る外部からのお客様とか入試受けにくる子どもには大好評らしいですよ」
 趣味が合わないのか、居心地悪そうに深紅は周囲を見渡す。迷もつられて視線を右に向けると、スケルトンの壁の中で蠢く歯車が見えた。エスカレーターになっている歩道橋の骨組の一部だ。強化硝子を多用し、わざと鉄骨や歯車が見える作りは、いかにも学問の街らしくて面白い。とはいえ、見えているのは一部だけで一番重要な部分はきちんと隠してあるようだが。
「ま、テーマパークっぽくはあるけど」
「都市によってはもっとメカメカしい作りのところもありますよ。うちの学園だけがおかしいわけではありません」
「メカメカしい……そんな言葉初めて聞いた」
 だが、ニュアンスは伝わる。深紅は天を仰いだ。丁度頭の上にきている空中回路の床に、水面の影が踊っていた。
 シータウンストリートは、学園の海洋生物研究所と海底探索研究施設が向かい合っていることからこの名前が付いた。ついでに周囲には、水質研究機関や液体の流れを研究する施設など水関係の専門施設や研究所が軒を連ねる。それに合わせて、通り自体も水を全面に出したデザインになっている。あちこちのスケルトンの壁の中を水が流れ、立体映像の魚や海洋生物がそこを泳いでいる。聞こえる流水音は、人工的に作られた滝の音だ。夏はこれらの水をイメージした街並みが涼しげだと、生徒に人気がある。
「……いつの間にか立体映像の画像レベルが上がってねえ?」
「ああ、この前どっかの会社が売り出したやつですよ。今までより安価で、画質のいい立体映像を見せられるっていう」
 わざとゆっくりと歩きながら、二人は物珍しげに周囲を見渡した。つい最近の改装のせいで、細かいところが変わっている。
「電車の防音設備も変わりましたしね」
「ああ…………ある朝ふと頭上を見上げたらモノレールが透明なトンネルの中を走っていた時は、何が起こったかと思ったけどな」
「あの透明トンネルが消音効果があるらしいですよ。まだ実験段階ですけど」
 この街は、ここだけ時代が先を行っている。
 おそらくは最新の防犯設備が施されているのであろう自動販売機の前を通りかかって、深紅は足を止めた。合わせて迷も止まる。
「どうしました?」
「うちの新商品出てるじゃん」
 楽しげに、深紅は自動販売機を指差した。その先には、三頭身の可愛らしいキャラクターが書かれた缶入り飲み物がある。どことなく、どこかで見たようなデザインのキャラクターだ。
「ああ、学園トップランカー缶シリーズ第一弾ですね。今回はトップ50の中で、許可が下りた25人ばかりをキャラ化してパッケージに乗せています」
「面白いよな。俺も第三弾くらいで出るんだぜ。ちなみに、中身は煎茶」
「微妙」
 迷は言い切った。自覚があるのか、深紅は苦笑いをする。そして、視線を自販機に戻す。
「面白いな。姫宮沁(ティラッテ)、成美(カフェラッテ)……北王は酒かよ。沙鳥さんはホットチョコレート……甘いからかな。親日家の東王は抹茶。兎熊さんはホットミルクって寝る気満々な飲み物だな、おい。慧さんはブラック珈琲、勇太郎さんは炭酸飲料。遡羅さんはジャスミン茶で、光路さんは烏龍茶か。ん?」
 それぞれのイメージや好物に合わせた飲み物を見ながら納得したり首をかしげていた深紅は、あるところで動きを止めた。
「ちょっと待て。なぜ南王は『おでん缶』なんだ?」
「ああ、南王を何にするかはもめたんですよ。せんぶり茶、青汁、ラーメン缶、乾パンなどの意見もあったのですが、それはもっと相応しい人がいるということで」「飲み物じゃねえもの率が高すぎるだろう。あと、相応しいってことは今後登場するのか!?」
 どう見ても罰ゲームの類である。
「仕方がありません。逆襄さんですから」
「何故だろうな……やつのイメージとも好物とも全然関係ないチョイスなのに、他の誰よりもやつの存在を現しているのは……」
 それがイジメというものです。
 興味深そうに、深紅は自販機を見つめる。
「それと、紅茶が多すぎるだろ!? 西王のアールグレイに始まり、佐伯(アッサム)、篭森(オリジナルブレンド)、東華(ジャワティ)、異牙(ダージリン)、ハト(アップルティ)、トモ(ピーチティ)、ハル(レモンティ)、アサト(チャイ)ってどんだけ紅茶に拘ってるんだ!?」
「今後、ジェイル(イングリッシュブレックファースト)、メリー(ハーブティ)、神無(キリティ)、繍(キームン)、ゆき子(ローズティ)、緋葬架(ロイヤルミルクティ)なども続々発売予定です。名前と名字まちまちなのは、通りがいいほうを商品名にしてるからです」
「まだ来るか!?」
「売れてますから。最近では、これらの紅茶を全部買ってからグラスに移して、どれがどれかを当てる遊びが大流行してるみたいです」
 口をあんぐりを開けて深紅は自動販売機を見つめた。色々と理解に困る世の中である。
「おでん缶も売れてますねぇ、ネタで」
「それはなんとなく予想できる」
 だが、飲み物ではない。一人だけ、飲み物ではない。
「今後発売予定の商品で売れると踏んでいるのは、藤司朗(愛の雫)、契(蠍座の女)、陽狩(ヒ・ミ・ツ☆)、黒雫(カオス)、夏羽(罰)でしょうか」
「すでに食物かどうかすら怪しいネーミングなんだが……」
 深紅としては間違っても口にはいれたくないし、金を出したくもない。だが、確かに売れることは予想できた。なぜなら、人間には怖いもの見たさという感情があるからである。
「藤司朗と契はオリジナルカクテル。陽狩と黒雫はオリジナル清涼飲料水で、夏羽は青汁ですよ」
「お前……また斬られるぞ」
 以前、迷と深紅は夏羽に斬り殺されそうになったことがある。
「けど、思ったより普通だな」
「そんな酷いものは売りませんよ。ちなみに社長は羊のミルクで作ったバター入りのバター茶です。普通でつまらないので、私はハバネロティを推したのですが……」
「それはイジメだ。お前は本当に変態に優しくないな」
 一見するとフォローに見えるが、さりげなく虐められている逆襄やエドワードを変態の一言で斬って捨てている当たり、深紅も相当優しさが足りていない。
「深紅、この世には二通りの人間がいます。優しくすべき人間と、厳しく調教すべき人間です」
「そうか………………まあ、頑張れ」
 深紅は色々なものを投げた。


後編に続く