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『Piacere!』


 別に、話さなかった事に深い意味がある訳ではない。
 ただ、この少女がどういう反応をするのかが知りたかったのだ。
 例え、そうする事によって政姉を傷つけたとしても。
 俺は丈之助のように素直に感覚だけで信じたりは出来ないから。
 何かの証拠みたいな物が欲しかったのだと思う。
 それに、政姉は可哀想な事にその手の反応には慣れている。
 表面上は困ったように笑うだけだろう。
 そして、俺はその手の事で傷付いた政姉を慰める事に長けている。
 彼女がどんな反応をしようと、大きな問題が起こる事はないだろう。
「ここが二人のお姉ちゃんのいる所?」
「そう。……あんまり巻き込みたくないんだけど、他に頼れるところもないしね」
 俺たちの怪我は、素人の応急手当だけで放って置いて良いほど軽くない。
 少しでも早く信頼出来るような医者に診てもらう必要があった。――それも、確実にあの人の手が回されていない医者に。
 丈之助は政姉の事もよく覚えていないのだろう。辺りを見渡しては必死で自分の記憶と照合させていた。
「あの家だよ。知り合いと一緒に暮らしてるって……」
 俺らの「姉」を早く見たいのだろう。沙鳥は嬉々として駆け出した。
「ごめんください! あ、貴方が丈之助と藤司朗のお姉さん?」
 中にいたのは二人。
 沙鳥は疑いもなくその内の一人にお辞儀する。
「はじめまして! 沙鳥っていうの! 二人と一緒に来たんだけど……連絡より先に着いちゃった? 鳩さんに何かあったのかしら……」
 反応のない二人に、沙鳥も次第に不安になったのだろう。語尾が自信なさ気に揺れる。
「だ、大丈夫よ……鳩ならちゃんと奥でお食事中だから……だけど」
 困惑するように目を泳がせて、入り口に佇む俺と丈之助を見つける。
「藤司朗ちゃんと丈之助ちゃんから私の事、何か聞いてたの……?」
「うん! 二人の腹違いのお姉ちゃんなんでしょう? 日本人同士の子だって! えっと……純日人? 多分本物見るのはじめましてだ!」
 政姉から伺うような視線を向けられ、それ以外の事は説明してないと無言で頷く。
「じ、じゃあ、どうして私がそうだって分かったの……?」
「だって、二人とそっくりだもの! すぐ分かったよ!」
 自身満々に沙鳥が胸を張り、それより20~30センチはでかいであろう少年は、その横で傍観していた少年に縋り付くようにして泣き出した。
「えっと……私また何かうっかり間違えちゃった……? ごめんなさい?」
 自分より明らかにごつい少年に縋り付かれた少年は、懸命にバランスを取りながら戸惑う沙鳥の頭を撫ぜる。
「正解ですよ。……ありがとう」
 そう。沙鳥は正解した。
 女でない事を責められ傷付けられて来た政姉が、一番欲していた言葉を与えたのだ。無意識で。
 俺まで無性に泣きたくなった。
 この小さくて弱いはずの少女が、俺たちをあの忌まわしい呪縛からいとも容易く解き放ってくれるのではないか――なんてあり得ない期待のせいで。


<蛇足>

「あぁ、政宗だ」
 唐突に丈之助がぽつりと呟いた。
「え……?」
 一同の視線が丈之助へと集中する。
「政宗でしょう? 姉ちゃんの半月政宗。それと、幼馴染の佐々鈴臣。違う? どうしてこんな所にいるの?」
 前後の会話など飛んでいるのか、それでもはっきりと二人の事は認識している。
 あえて、きちんと二人の名前を告げるような真似はしなかったのに……
「覚えてるのか、丈之助」
 頷く丈之助に、政姉はまたしても泣き出して、支えていた鈴臣がとうとう押し倒された。