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 ユキヤナギが咲いている。そのむせ返るような甘ったるい匂いの中、【ジャック・ザ・リバー(闊歩する自由)】崇道院早良は立ち尽くす。
 プルースト効果。艶やかな匂いに包まれて、思い起こすは旅立ちの記憶。
更に思い出す。それ以前の幼い頃、あの閉じていて閉じていて閉じていて閉じていた息の詰まるような日々。
 学園に来る前、彼は飼い殺された青い鳥であった。

 国家という枠組みが崩壊して久しい世界、強くなくては生き残れない世界。弱いことは罪ではないが、それに対して当然のように罰が与えられる時代。誰も皆、我が身のことで精一杯という世の中で、確かにその仕事は褒められるべきことなのかもしれなかった。しかしながら決して賢いと称えられるものではなかった。
 人に笑いを与える仕事。
 むしろ愚かと罵倒されかねない仕事。その中でも全くもって稀少である話芸を扱う仕事。
 早良はそんな仕事を生業とする家系の跡継ぎとして生まれた。

 物心がついたとき、それは既に始まっていた。
 こんな時代、極々幼い時分から徹底した教育を施すことは非常にポピュラーなことだ。至極簡単、全ては生き残るためである。合理的な愛の形であろう。
 だがしかし、「人に笑いを与える」という今の時代においては大変非合理的な家業の全てをその身に詰め込むために生まれ落ち、そのための教育を鬼のように施されることは果たして合理的な扱われ方なのであろうか。
 人に幸せを与えるために自らの幸せを殺し、奉仕につぐ奉仕を叩き込まれる。そんなことは果たして……

 父は頑固で厳格な人だった。父はまさに絶対的な要であり、父次第で一族はまとまりもするし四散もするような、船で言うところの竜骨のような人だった。
 父の理想はそれはそれは素晴らしいものだった。それは今でも断言できる。
 「今、こんな世の中だからこそ世界中を笑いで満たしたい」
 それが父の理想だった。音楽をやる人たちも似たような理想を持っているのではないだろうか。
 理想は良い。ところがその理想のためには徹頭徹尾、己を殺しきることも辞さないし、それを一族郎党に強いることもためらわない。そこが悪かった。だが、それに疑問を浮かべるような余裕は実際のところ、僕には与えられてはいなかった。
 落語、漫談、講談などの稽古。父らが演じるそれらの演目の鑑賞。資料の読解。笑顔の”練習”。日本語以外の言語の習得とそれによる話芸。一族の口演に付き添い、旅から旅の見取稽古。その他、話芸に必要なことはどんな些細なことでも何でも叩き込まれた。他の選択肢はなかった。だから僕の世界は狭かった。
 人に幸せを与えるためだけに、その術を詰め込まれるためだけに、それを伝えていくためだけに存在している。それに疑問を挟まずに人々の笑顔を見るのは気持ちが良いし、楽だし、幸せなことだと思っていた。だけど自分が楽しむのはお門違いで、分不相応なことだとも思っていた。他人が第一、自分は二の次。そう思っていた。
 だから父との関係は良好、少なくとも凪の状態ではあった。

 ある日、いつものように口演についていっていた時の事。
 僕は気付いてしまった。客席に僕と同じくらいの年頃の子どももいることに。彼らがけらけらと楽しそうに笑っていることに。自分はあんなにむき出しで楽しさを示したこともなければ、示せるほどの楽しさもさして感じたことがないことに。
 それまではそんなこと何でもなかった。でも、ふと考えてしまったらもうそこから抜け出せなくなった。何故僕だけが。自分はないがしろで他人を優先するなんて。そして虚ろになっているところを父にぶちのめされた。
 日々稽古だ、人の演目を見るのも当然稽古、その口演の最中に呆けるとは何事だ。そんなようなことを言っていたと思う、よく覚えていない。
 父との関係は凪の状態のままだったが、確実に嵐の前の静けさと言った方が適確であろう状態となった。

 自由。それは一体何だろう。どんな状態のことを指すのだろう。
 単語は知っている。だけど、わからなかった。
 でも確実に憧れていった。着実に惹かれていった。

 しばらくは物思いに耽る日が続いた。稽古などの最中も常に自由について考えていた。
 人に笑いを与えるという家業が鎖なのかと、これを断ち切れば自由になれるのだろうかと考えたけど、それは違う気がした。では、この一族こそが僕を捕らえている檻なのかと、ここから逃げ出せば自由になれるのだろうかとも考えたけど、やっぱり違う気がした。
 人が笑っているのを見るのは楽しい。それには気がついたから。逃げ出してしまえば台無しになる気がしたから。
 でも、自分を殺して滅して無いものとしてまで他人に娯楽を与えて笑わせて楽しませるなんてナンセンスだと思った。まるで飼い殺しにされてうっちゃられてしまった青い鳥のようだと。

 そして遂に思案の末、自由を探しに行くことにした。必死に必死に求めなければ見つけられないと思ったから。自分のやり方で人に笑いを与えることが出来れば何かわかるかとも思って、そのためには旅立つ必要があると考えて。
 行く先は噂に名高い極東の学園都市、「トランキライザー」とした。自由を探すため、自分なりの方法を探すため、命を投げ打ってでも自分を鍛え上げ磨き上げる必要があると思ったから。
 ある日の早朝。父は勿論、一族の皆には内緒で僕は旅立った。
 ふと鼻に絡みつくような甘い匂いがして、目を向けた先には朝露に濡れたユキヤナギがあった。
 ユキヤナギ。自由、気まま、なんていう花言葉もある白く小さく可憐なかぐわしい花。きっと僕を応援しているのだと、勝手に思った。

 結論から言えば、僕はトランキライザーに来て良かったと思う。
 最初こそ死に物狂いで自己研鑽をする気だったけれど、それが間違いだとわかったから。それだと結局自分を殺していて楽しめてなくて自由ではないと気がついた。話芸の道を志すことを変なんじゃないかと恥じていたこともあって、僕はとっても縮こまって固くなって面白くないヤツだったと思う。でもアルシアに出会ったんだ。
 アルシアは僕のガチガチの衣を吹き飛ばしてくれた。変でもいいと教えてくれたし、真っ先に自分が楽しんで楽しんで楽しみつくさなきゃ損だと、そうでなければ楽しませられないのだと気付くきっかけをくれた。
 そうして生まれ変わったようになったとき、もっと沢山のことがわかった。
 ガチガチになっていた自分は、自分から檻を作り出していたこと。鎖とは固定概念や諸々のしがらみなどだったのだということ。
 父は不器用な夢追い人だったのだということ。彼らは観客の笑顔や楽しみを自らの幸せとしていたのだということ。自分でそれを生み出す力を僕にくれようとしていたこと。それは鎖や檻から飛び立つための、自由のための力であったこと。
 これらのことはわかったというより“そう理解・解釈した”と言った方がいいかもしれない。これが真実である保証はないから。

 まだ気付いたことがある。自由はきっとそれぞれ違う形だということ。
 僕の自由は「何ものにもとらわれず、自分自身も楽しんで、自分の方法で人を楽しませる」という形なんだろう。多分そう。
 あの日のユキヤナギは確かに僕を後押ししてくれた、僕はそう解釈する。今でもあの匂いはたまらなく好きだ。場所を問わずあちこちにユキヤナギの花のように小さな幸せを沢山たくさん咲かせられるような人になって、その匂いで幸せになること。僕の自由はそんな形なんだろう。

 誰よりも楽しんで、誰よりも楽しませる。そして誰よりも自由であること。
 ただそれだけが【ジャック・ザ・リバー(闊歩する自由)】崇道院早良の目標だ。
 学園に来て、彼は自由気ままに闊歩する天狗となった。


 ‐終‐