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四十物谷調査事務所事件ファイル ドームシティ崩壊

 黄道暦56年。
 第三次世界大戦および第一次非核戦争から50年以上。国家が消滅し企業が世界を統治するようになった世界は、まさに弱肉強食を体現したようなものへと発展しつつある。
 その中で世界最高峰の教育機関として様々な企業や組織から、称賛と羨望と嫌悪と警戒の声を向けられる学園がある。
 学園都市トランキライザー――――それはかつて日本という国だった時代に東京都と呼ばれた場所に作られた、巨大学園都市である。そこでは日夜世界中からあらゆる分野の才能ある子どもたちが受け入れられ、成長し、そして優秀なものは“リンク”と呼ばれるサークルを立ちあげて、在学中に世界に進出していく。
 四十物谷調査事務所もそんなリンクの一つである。しかし、このリンクは他のリンクにはあまり見られない三つの特徴を保持している。一つは、事務所のほとんどが自ら望んで非正規雇用の契約を結んでいるアルバイターや契約社員によって支えられていること。次に、大きなリンクのほとんどが最上級のものを少しだけ最上級の顧客に売るスタイルなのに対し、彼らの顧客は基本的に中堅かそれ以下の企業や個人であること。そして最後は、利益よりも人脈づくりを優先させるという経営スタイルである。
 そんな彼らだが、他のリンクの幹部同様、大きな仕事に関わらないわけではない。例えば、こんな話がある。その事件は今から2年前までさかのぼる。




 東南アジア某所、製薬会社アンジュ所有ドームシティ中心部のアンジュ本社25階。
 自分の執務室だというのに、なぜか入った瞬間に違和感を覚えた。ゆっくりと室内を見渡す。異常はない――はずだ。
「いかがいたしましたか? 常務」
 前後に立つ護衛がいぶかしげな顔をする。プロである彼らはこの部屋に何の異常も感じていないようだ。当たり前だ。ここは最新のセキュリティで守られた会社の重役室の一つ。何人も彼かあるいは彼の上司の許可なく入室することはできない。
「何でもないよ」
 男は首を振った。疲れているのかもしれない。あるいは良心などというつまらないものが鎌首を擡げたのか。嫌なことを考えそうになって男は唇を噛んだ。
 世の中というものは、金と力とコネクションで回っている。だから、仕方がないのだ。死にたくないならば、ずっと今の生活を続けたいならば――――少しくらいは仕方がない。そうだ。仕方がないのだ。それに別に誰かの命を危険にさらしているわけではないし、飲食物の中に違法添加物を混ぜているような会社に比べれば、害は少ないはずだ。そう。

 ちょっと薬の精度を落として、長い間薬の購入を続けないといけないように細工しているくらい、何でもないことのはずだ。

 なのに小さな病院がそのことに気づいて、こともあろうに聞いたこともない調査会社を使って薬を調査してきたのだ。思い出して常務は顔をしかめる。分析結果は非常に優秀だった。しかし、頭が足りない。すぐにそれを公開すればいいものを、わざわざその病院はその結果一覧をもって乗り込んできたのだ。
 勿論、すぐに対処はした。冷静に、的確に。すみやかに証拠を処分し、調査会社と病院には始末屋を派遣。世界の警察ともいえるユグドラシルには、『薬の効果を制限したのは、効きすぎると副作用は発生するおそれがあるため』とする報告を提出した。ユグドラシルユニットは企業間の争い緩和や和平調停を担う機関である。企業法に抵触するような行為をしたり、あきらかに仕掛けたほうだけに非がある戦争を起こしたりすれば、彼らの保有する調停機関ピースメーカーが出てきてしまう。だが、所詮は企業中心の社会。利益がおおきく損害を上回っている間は、追求を受けることはあまりない。そう。何もかもうまくいっている。
 男は頷くと、机に向かおうとして――――

 銃声が響いた。

 花が咲くように護衛の頭がはじけ飛ぶ。そして次の瞬間、たしかに無人だったはずの部屋の中央に少年が立っていた。まだ熱い銃を構えて、静かに少年は男を睨む。およそ機能的とは思えない服はなんとなく民族衣装を思い出させる。今の時代、民族などに意味はない。しかし、だからこそそういうものを身につけたがる人間も少なくない。彼はその手のタイプなのかもしれない。命の危機に半分麻痺してしまった頭で、男は思う。
「……書類はどこだ?」
 そこでやっと少年が口を開いた。意味が分からず、男はキョトンとする。それに苛立ったように少年は一歩踏み出した。
「お前らの作ってる薬が精度を落としてるって証拠になるやつだよ。詳細な作り方の指示とか書いたやつ、社長じゃなくてお前が持っているんだろう?」
 少年の言葉に、男の顔から血の気が引いた。すばやく視線を走らせる。扉までは三メートル。障害物はない。背を向けた瞬間、撃たれるだろう。
「……お前は誰だ? ここがどこだか分かっているのか?」
 だから男は虚勢を張る。今は絶体絶命の危機だが、ここは男の務める製薬会社所有のドームシティだ。すなわち、この会社こそが法であり統治者。都市のほぼすべてが男の味方だ。その味方さえくればこんな少年、怖くも何ともない。だが、普通ならもう来るはずの警備は現れない。
 どこかで乾いた音がした。男の額を冷たい汗が伝う。本能が警鐘を鳴らしていた。何かが違う。見慣れた都市がいつもとは違う。それを裏付けるように少年は踏み出す。
「誰? 分かり切ったことだろう? それとも俺の名前を聞いているのか?」
 隙のない動きは訓練をうけたもの独特のものだ。感情のこもらない声で、少年は前に出る。移動しても銃の照準が男からずれることはない。
「俺は四十物谷調査事務所の正月聖。これで分かるだろう?」
「あい……ものや!?」
 出てきた名前に男は目を見開いた。出てくるはずのない名前だ。出てきてはいけない名前だ。なぜならそれは――――

 昨日始末を命じた組織の名前なのだから。

 初めに浮かんだのは生き残りがいたという可能性。そしてそれが復讐のために乗り込んできたという可能性。だが、次の瞬間それは消える。
 すさまじい爆音がした。
 高層ビルから見下ろす町並みに火柱が上がる。それが工場のある一角だと気づいて、青ざめていた男の顔はさらに悲壮なものに変わる。
「所長は平和主義だ。自分からは手を出さない。けれど、始末屋まで送られた俺たちが身の安全を保障するためには」
 瞬時に明るくなった夜景を背景に、少年は微笑んだ。ひどく汚れた笑みが、彼の生きてきた背景を映し出しているような気がする。
「そのためには――殲滅するしかない。それが所長の意見だ」
 おとなしそうな顔をしたどこにでもいそうな少年は、平然と判定理由を口にした。
「なっ……き、貴様らっ!!」
「誰も来やしねえよ」
 どこかで乾いた音がする。窓の外は明るい。はるか遠くで爆炎が上がったのがまた見えた。
「このビルも都市もすでに隔離されている。助けは来ない。あきらめろ」




 同時刻、戦慄する都市に乾いた音が響く。
 聖が重役室にて立ち回りと演じているころ、朧寺緋葬架も同じビルのもっと下の階にいた。周囲には生きた人間の気配はない。
「~~~~~~♪」
 鼻歌を歌いながら、緋葬架はスコープを覗き込んだ。狙いをつけて引き金を引く。それだけで面白いように人間が倒れていく。
「まったく数が多いこと」
 だが、人の数はなかなか減らない。また爆音がして建物が倒壊した。少しだけ数が減る。けれどそれ以上に障害が増えて撃ちにくくなる。緋葬架は舌打ちするとあらぬ方向を向けて銃を撃った。わずかな間をおいて、まったく違う場所にいた人物が倒れる。兆弾を利用した間接狙撃だ。誰にでもできることではないが、それだけにできることのメリットは大きい。
 一弾も無駄にすることなく、緋葬架は人間をうち抜いていく。すべてが一撃必殺。どこに隠れていようと関係ない。生身の人間ならそろそろ腕の筋肉や筋に疲労がたまってくるころだが、サイボーク化手術を受けている緋葬架にその心配はない。
 また乾いた音がして人が倒れた。
「はあ、限がない。限がありませんわ。所長ったら、このビルへの援軍防止に私一人を使うなんて、まるで鬼のような所業。いいえ、私が優秀すぎるのがいけませんのね」
 また一人、正面玄関に向かって突撃した相手がばったりと倒れた。裏口や非常階段はすでに破壊して塞いである。罠と分かっていても、ビル内に入ろうとするなら正面に回るしかない。
「っと、あらあら」
 街の一角からヘリが飛び立ったのを見て、緋葬架は目を丸くした。
「全部壊したはずなのに……まだ隠していたんですのね」
 逃げればいいものをヘリはこちらに向かってくる。ビル内にいる幹部を救出しようとしているのだ。ヘリの下部につけられた銃器と中にいる人間が構えたライフル銃が目に入る。
「一応は対戦車用の武器もありますが……飛距離があまりよろしくないんですよね」
 背後にまとめた荷物を一瞥して、緋葬架は呟く。
「ここはやはり、不可能を可能に変えるのが格好いいですわね。私の株も上がりますし――ひいては学園の株も上昇。そうすればおねえさまも喜んでくれますわ。万一喜んでくださらなくても、まあ、悪いことにはなりませんわよね」
 大好きな人の顔を思い浮かべて、緋葬架は顔を緩めた。その間にもヘリは近づいてくる。
「うんうん、やる気が出てきましたわ。やっぱり、人間を動かす一番の原動力は煩悩ですわね。悟るなんて勿体ない。欲望こそが人間を未来へと突き動かすのですし、諦めない鬱陶しさが限界を突破させるのですわ。なんて素敵」
 歴代の哲学者や宗教者の苦悩を無に帰す台詞を吐いて、緋葬架は人間用のライフルをヘリに向ける。そして引き金を引いた。狙うのはセオリー通りのエンジン部――ではない。エンジンを撃ち抜かれれば、ほとんどの乗り物は動かなくなる。最悪、燃料に引火し爆発する。それくらい誰でも知っている。だからこそ、こういう非常時用のヘリコプターというのは底の部分が鉄板で強化されてる。
 だから、緋葬架はそこを狙わない。代わりにもっと狙いにくく、そして作り手のほうが「まさかここは狙わないだろう」と思っている場所を狙う。プロペラと本体の接続部を。
 一発目。的中するもなにも変わらない。だが、緋葬架の正確な銃撃は二発三発と同じ場所に着弾する。丈夫な金属が曲がり、そして折れる。突然本体と切り離されたプロペラ部分は空高く舞い上がり、付近のビルにぶち当たる。そして、ヘリ本体は真っ逆さまにビルの谷間に消えた。
 すさまじい音がした。しかし、緋葬架は顔色一つ変えない。ただ無言で体を横にずらす。つい先ほどまでいた位置に鉈のような大振りの刃物が突き刺さった。
「あらあら」
 たいして困った風でもなく緋葬架は呟くと、流れるような動作で足のベルトに固定されたオート拳銃を引き抜いた。一体どういう仕組みなっているのか、次の瞬間、銃口の横に鋭い刃物が現れる。銃剣一体型の特殊武器だ。
「鬱陶しい虫ですこと」
 一閃。背後に忍び寄っていた人影が血しぶきを上げて倒れる。よく見るとそれは、子のドームシティの治安を守る私兵の制服を着ていたが、緋葬架は興味を示さない。すぐに元のようにライフルを構える。今度はスコープを使わない。代わりに眼帯を外し、人工眼に変えられた目で闇に眼を凝らす。ちらちらと動く影が目に入った。
「さてと。所長たちはうまくやっているでしょうか」
 銃声が響いた。



 窓の外を巨大な鉄の塊が落ちていった。それが緊急脱出用のヘリだと分かって、四十物谷宗谷の前にいる男の顔から血の気が引いていく。くるくると表情が変わるものだなと、宗谷は心の中で思った。仲間のことは考えない。ワンマンプレイヤーばかりの彼の事務所では、考えるだけ時間の無駄だからだ。
「皆、過激だなぁ」
 宗谷の声に弾かれたように男は顔を上げた。
「わ、分かった。こうしよう」
 何が分かったのか、引きつった笑みを浮かべて男は言った。彼はこの製薬会社の会長――つまりは一番偉い人だ。ついさっきまではそれに相応しい横柄な態度を取っていた。なのに今はみっともなく卑屈な笑みを浮かべている。
「何が分かったんだい?」
「君たちの……実力だ。すまなかった。謝ろう」
「謝るんだ。へえ」
 宗谷の知り合いならば分かる気のない返事に、男は大きく首を縦に振った。彼はまだ気づいていない。謝罪も取引もまともな頭の人間に対してのみ効果があるものだ。そして、目の前にいる相手は残念ながらそうではない。だが、彼はそれを知らない。気づきもしない。
「やったことも認める。薬も改善する。だから」「非を認めるのは大事だね。誤りて後に改めざる。それを過ちという。改めることができるなら、間違えるのは罪でも恥でもないっていう考え方は世界中にあるらしい」
 淡々とした宗谷の言葉に男の顔に希望が浮かぶ。だが、
「でも、それは世の中を知らない子どもの小さな過ちだけだ。大人には改めてる時間なんてないし、大きな過ちをすれば改める前に死んでしまう」
 宗谷は大昔からの格言を一言で切って捨てた。だが、その声に怒りや悲哀といった感情は見当たらない。ただ、そうであるべきことを言うように平然と宗谷は言葉を紡ぐ。
「悔い改めても消えたものは戻らない」
「そ、そっくりそのまま戻すことは確かにできない。だが……そうだ十二分な補償をしよう。君たちにも迷惑をかけた患者たちにもだ」
「ハーレイっていう医者がいたんだ」
 唐突に宗谷は言った。会長は怪訝そうな顔をしたが、宗谷の機嫌を損ねることを恐れたのか口をはさむことはしない。
「ハーレイはね、賢しくなかった。でも、いい人だったよ。一生懸命で猪突猛進。僕にはないものだ。僕は何もかも気になってしまって立ち止ってばかりだからね」
「そ、そうか」
 戸惑う気配が伝わってくる。だが、宗谷はあえて説明をしない。
「薬って高いよね。どうしても必要なのに、高い。高い薬は命の値段だ」
「我々は慈善でやっているわけではない。高い薬には、高い開発費がかかっている」
「知ってる。でも、一回二回の薬が問題になる人たちもいる。わずかな薬に希望を託す人もいる。ハーレイはさ、きっとそういう人たちが見捨てられなかったんだよ。これも僕にはよく分からないけど」
 宗谷は肩をすくめて見せた。意味の分からなかった言葉が繋がり始める。
「僕たちに殲滅屋を送ってきたのはいい。僕たちの仕事は他人の臓物を引きずりだすようなものだから、恨まれるのも殺されるのも給料のうちだ。反撃するのも自由だし、諦めるのも自由。だからね、僕たちに何かするのは間違ってないよ。でも」
 ことんと宗谷は首をかしげて見せた。
「ハーレイ、死んじゃったんだろ?」
 男は息をのんだ。それこそが返事。宗谷はため息をついた。
「ここに来たまま、帰ってこなかったらしいと聞いた。ひどいことをするね、死体すら親族に返してあげないなんて。まあ、乗り込んでいったハーレイも相当な阿呆だけど。悲しいね。せっかくよいご縁ができたと思ったのに、あっさりと死んでしまうなんて。それはいい。そこまではいいんだ。保身のためにはありだと思うよ。でもあれはだめだろう?」
「あ、あれ?」
 重たい戦斧を片手で器用に回して、宗谷は頷いた。斧はくるりと回って、男が座っている椅子のすぐ前――会長室の机を真っ二つに叩き割った。すさまじい破壊音とともに木屑が飛び散る。声にならない悲鳴を上げて、男はのけぞった。
「病院に火をかけた。無関係な人がどれだけ死んだと思うんだい?」
「…………まさか、無関係な殺傷に腹を立てているのか?」
 言いながらも男の少しも自分の台詞を信じていないように見えた。宗谷自分も自分がそういう熱血正義感に見えるとは思わないし、実際そうではないので不満はない。
「違う。無関係というなら、今の僕たちがしていることも同じだろう? 誰かを殺すときめた時、禍根を断つために一族郎党皆殺しにするというのは昔からよくある手口だ。悪くはない。悪くないと思うよ。でも、そういうのを野放しにしちゃいけないと思うんだ。やっぱり」
 会長は言いわけをしようとしたようだったが、喉から出たのは引きつった言葉にならない音だけだった。宗谷はつまらなさそうに、武器を持ち上げて手元に戻す。
「これがさ、僕たちに関係ないところで起こっていたらなら、やっぱり放っておいたと思うよ。でも、君たちと僕らには縁がある。この因縁がこういう惨事をもたらすなら、やっぱりその縁はきちんと断っておくべきと思うんだ」
 気は進まなかったんだけどね、と宗谷は続ける。あまりにもあっさりと告げられた判定理由と処分内容に会長は唖然とした表情をした。
「そんなことができるわけがない。このシティにどれほどの人間がいると思っているんだ? それをたかが数人で……」
「まあ、ちょっと大変だけどね。うちは人数少ないから。ジャングルの中での掃討戦とかだったら、殲滅は無理だったかも」
 どこかで銃声が聞こえる。一定のテンポでずっと続いている。ビルは静かだ。もう誰の悲鳴も怒声も聞こえない。その音がいかに事態が手遅れかを物語っている。
「ここはドームシティ。環境汚染や他の企業からの侵攻に耐えるために作られた、徹底的に管理された都市。当然、街の出入り口というものも限られてくる。攻めにくい都市というのは、逃げにくい都市でもあるんだよ」
 轟音を立てて前に爆破されたのは違うビルが崩れ落ちた。炎上ではなく、崩れ落ちる。ダイナマイトを使った解体で行われる原理だ。
「焼け、炎は清浄である。伝染病が流行った時、ある国の昔の人はそう言ったらしいよ。まあ、今みたいに技術が発達していない時代は、伝染病を防ぐには病人の持ちモノや死体や鼠や汚物をすべて焼き払うのがもっとも効果的だったんだろうね。でも、時代がすすんだからといってその教えがすべて無効になるとは限らない」
 また爆音がした。今度は赤々と火が上がり、夜空を赤く照らし出す。男は茫然とそれを見つめていた。
「鈴木深紅という人が僕の――級友って言っていいのかな? ともかく同じ学校にいるんだけど、彼は爆発物のプロでね。見取り図と建物のおもな素材さえ分かれば、専用の爆弾を作ってくれる。人間殺傷用から建物解体までね。あとはミスティック能力のある所員がそれを仕掛けるだけ。ああ、心配しなくていい。ここが崩れるのは最後だから、お話の最中に火に包まれる心配はない」
 憂いを帯びた顔で言って、宗谷はため息をついた。
「破壊活動なんて非生産的なこと、本当は嫌いんだけどね。でも仕方がない。因果を生んだ責任は取らないと」
 交渉の余地などない。宗谷の態度にそれを感じて、会長は床に座り込んだ。
「そういえば、こんな話を聞いたことがある。人間って言うのはチリとか泥とか灰から生まれるらしい。だからなのかな? 死んだら人間は地に還る」
 気のせいだと分かっていても遠くに見える炎はちりちりと自分の魂までも焼きつくすような気がする。赤い光に、宗谷は目を細めた。
「この都市も土に還れるのかな?」
 返事はない。宗谷は気にしない。
「ハーレイとか、死んじゃった人たちは土に還れたのかな?」
 やはり、返事はなかった。憂いの表情のまま、宗谷は視線を眼下の町並みに移した。
「土に還るっていうのは幸せなことなのかな? 僕はまるで存在がなかったことにされちゃうみたいで嫌なんだけど。万物は流転するんだけどしても、その巡る万物の中に特定の誰かがいないんじゃ意味なんてないじゃないか」




 爆破は主要道路とその周辺ビルから起こっていた。だが、それでも爆破を逃れることに成功した社員は少なくない。彼らは必至でドームシティの外を目指していた。平素なら自分たちを守る盾となるはずのドームが、今は自分たちの逃亡を阻む壁となっている。空からの脱出も考えたのだが、ドームの入り口が閉まっているのと、そもそもヘリポートの類が真っ先に破壊されたため不可能だ。だから、彼らは走っていた。そして、もうすぐ出口というところで、足を止めた。
 今にも逃げ出そうとするかのように出口のほうに頭を向けた形でジープが止まっている。その周辺の道路は不自然なほどに破壊の痕跡がなく、分かりに道路から一歩踏み出したところには何かが爆発したような大穴があいている。その周囲に転がっているのは死体だ。
 
 罠

 瞬時にそういう言葉が頭に浮かぶ。それくらい、これは出来過ぎていた。理性は逃げるべきだと叫んでいる。しかし、本能は戻っても命はないことを告げている。行くべきか戻るべきか。一瞬悩んでしまったことが、命取りになった。
 空気を薙ぐ音がしたと思った瞬間、彼は永遠に目を覚ますことのない眠りに落ちていた。最後に聞いたのは自分の首がへし曲がる嫌な音。何が起きたのか分からないままに、周囲も同じ運命をたどる。
「…………ふう。逃走ルートの確保など簡単な仕事と思っていたが、案外と難しい」
 動かなくなった肉塊を見下ろして、闇夜から現れた男――四十物谷調査事務所調査員の一人、ジョフ・フリーマンはため息をついた。カンガルーのトランスジェニックである彼の手足は、通常の人間と比べて力強く発達している。その筋肉の塊のような手足で殴られれば、普通の人間の骨は耐えられない。首など簡単に折れる。
 死体を見るジョフの目に、かすかな憐憫が混じった。彼はそれを振りきるように首を振る。自業自得というものだ。ひどい死に方をしたくないのなら、他人に対して酷いことをするべきではない。それは道徳ではなく、うまく生きるための知恵だ。それでも酷いことをしたいのなら、自分が同じくらい酷い目にあう覚悟をすることが必要だし、その対策も必要だ。直接悪事に関与していなかろうと関係がない。自分が生きる場所への監視を怠った罰だ。
 今はそういう時代だ。しかし、ジョフは他の所員ほどは非情になれない。だからこそ、逃走ルートの確保などという消極的な役割を選んだのだが――――
「進むも逃げるも変わらんな」
 死体の折り重なる道路を見つめて、ぽつりとジョフは呟いた。
「なぜ人は、いつの時代も止まれんのか。いや、それは私も同じだ。罪であっても、今更立ち止まることは許されない。立ち止るのは死者だけの特権だ」
 遠くで爆音がする。中央の本社ビルを目指していたヘリコプターが撃墜されたのが見えた。
「所長たちは」『問題、な、い』
 通信機からぼそぼそと声がした。独り言を聞かれていたことに、ジョフは顔を引きつらせる。通信回線を切るのを忘れていた。
「揺蘭李。制御室はどうだ?」
『……ん。問題……ない……色々来、てる……けど、平気。占拠……無問題』
「制御室の乗っ取りは問題なし、と」
 とぎれとぎれな言葉に苦笑しながら、ジョフは通信機の向こうにいる御神本揺蘭李の台詞を翻訳する。サイキック能力の制御に脳の機能のほとんどをつぎ込んでしまっている揺蘭李は、言語や意識を司る部分すら一部能力に利用しているので能力使用中はいつもこんな感じだ。とぎれとぎれの言葉で、今にも眠り込みそう。
「所長は何考えてるんだと思う? こんな戦争屋みたいな真似して」
『戦争屋、殲、滅……時間……お、金、かかる……自分でやれる、やったほうがまし』
「そうではない。なぜ、こういう殲滅という判断を下したのかということだ。私はあの人はもっと優しい人だと思っていたよ」
『優しい、残酷、相……反し、ない』
 呟くように揺蘭李は言った。
『所長、は、博愛……だから。博愛……すべて、に優し、い……けど、全部に残酷。来るもの、受け、い、れ、る。けど、去るなら……すぐに切り捨て、られる。だから、全然不思議……違う。所長、怒ってない、悲しむ……ない……ただ、合理的判断』
「どうしてあの学園には変態しかいないのか」
『それこそ愚問』
 珍しく途切れることのない返事が来た。それが自分への罵倒の言葉だったことに、ジョフはひそかに落ち込む。
『トラン、キライザー、の、本来の……意味、精、神安定剤。心、が不安、定な……人、を治療する、た、め……お薬。あの、学……園でこそ、私……たち、は安定、を欠い、ているの、に社会に参……加できる』
 通信機の向こうから銃声が聞こえた。あちらも地獄、こちらも地獄だ。ジョフはため息をついて空を仰ぐ。人工の屋根で閉ざされた都市で、夜空は見えない。
「薬漬けで安定してるとしたら、とんだ茶番であるな。あの学園は」
『人生、少な、から、ず……劇場のよう、なもの。茶、番、演じきるの、が、人生』
「深い話だ」
 手持無沙汰でジョフは視線を巡らせた。生徒の中に有害と分かっていながら、煙草や煙管を持ち歩くものが多い理由はこういう時になんとなくわかる。仕事中に妙な間が開いてしまいやることがない時、煙草はいい現実逃避になる。それでも吸うつもりはないが。
「予定時間が迫っている。時間になったら、揺蘭李も退却を……言われなくとも分かっておるだろうが」
『うん、うん…………葉緑体だね』
「起きろ!! この状況下で寝るな!! というか、どういう寝言だ!?」
 通信機の向こうから聞こえてきたあきらかな寝言に、ジョフは絶叫した。


   *   *



「……へえ、昔から馬鹿だったんですね」
 そこまで昔話を聞いて、ファヒマ・エルサムニーは一言で切り捨てた。宗谷は苦笑を浮かべる。周辺には同じように興味津津で昔話を聞いているパート社員の姿があるが、こちらは苦笑したり、大仰に同意してみせたり様々だ。
「君が話せっていうから話したのに、馬鹿はなんだろう」
「超絶的な馬鹿だと思いますけど? 面倒くさいから殲滅しちゃえ、っていう意見でしょう? 馬鹿以外に相応しい評価があるとは思えません」
 その頃はまだ所員ではなかったファヒマは、容赦なくこき下ろす。
「まあ、馬鹿なりに出来てしまうところが凄いと思いますけど」
「あのな、ファヒマ。これでも四十物谷調査事務所の所員の大部分は、元工作員や現役の傭兵なんだぜ? 単に個人的な都合で定職についていなかったり、調査員に転職したりしただけで。その気になれば戦闘能力は低くない」
「そんな貴方に脳みそ筋肉という言葉を贈ります」
「贈るな、そんなもん」
 丁度給湯室から出てきた聖が、ファヒマの台詞を聞きつけて口をはさんだ。彼もまた、元すご腕工作員だ。あるやばめの仕事で失敗して命の危機だったところを、偶然その戦争に敵対側で参加していた緋葬架が連れてかえって来たのだ。緋葬架としては、たまたま同じ学園の生徒がいたから殺さずに生け捕りにしてあげたくらいの気分だったのだろうが、聖本人にとっては命の恩人だ。それ故、聖は所員の中でも特にリンクに対する愛着が深い。ファヒマの暴言は聞き逃せなかったのだろう。
「あら。でも、この場合一番すごいのは爆弾を作った鈴木さんですわ。自慢する資格が一番あるのは、鈴木さんでしょう?」
「まあ……それは認めるが。あの人は可愛い顔してすごい爆弾魔――って、今の台詞絶対本人に言うなよ? 女顔のこと気にしてるから、ばれたら俺が爆破される」
「されたらどうです?」
 爽やかにファヒマは言った。聖は顔を引きつらせる。宗谷は苦笑した。
「深紅君の爆弾技術は世界最高峰だからね。ご本人はわりとまともな性格のよいお兄さんって感じの人なんだけど、作る物はえげつない」
「安心していいっすよ、所長。あんたも客観的には十分えげつないです」
「目くそ鼻くそを笑うって言葉知ってます?」
 宗谷と聖はそろってあいまいな笑いを浮かべた。所詮、えげつないところがない人間がこんな時代にこの地位までやってくるのは不可能なのだ。
「むう、でも陽狩君なんかえげつなさの塊みたいな人じゃないか。それに比べれば」
「所長、下を見ると限がないんですわよ? そんなことも忘れるほどボケましたか?」
「容赦ないな」
 降参とばかりに宗谷は両手を上げてみせた。
「で、どうなったんですの? その後」
「貶しておいて最後まで聞きたがるんだね。えーと、それでドームと戦争というか、一方的な襲撃というか、そういう事態になったわけなんだけど。まあ、普通だよ。あとは君が知ってるのと大差ない展開さ」
 話を聞きかじっているらしいパートたちの顔がぱっと輝く。それを見て、宗谷は苦笑を深くした。
「言っておくけど、噂になってるような殺陣シーンとかはないよ?」
「あら? なんか生徒対決になったんじゃありませんでしたか?」
「よく知ってるなぁ。あの時――――」

(後編に続く)