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睦み合う音楽家たち ――第四管弦楽団・澪漂四重

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   Ⅲ.睦み合う音楽家たち ――第四管弦楽団・澪漂四重

 「わはははは! 何をぼけっとしておるのかね? 諸君、我輩はこっちだぞ!」
 「いたぞ、あっちだ!」「捕まえろ!」「銃を用意しておけ!」
 深夜のオフィス街に響く大声。サーチライトが揺れる夜空を横切るように、奇妙な風体の人影がビルとビルの間を飛び越える。
 一つは、大きな袋を背負った姿の男――シルクハットに黒のスーツ、律儀にも肩にマントを羽織り、手には細身のステッキを持っている――は、眼下の道路を走る男達を見やり、彼らの先に待機している相方に声をかけた。
 「九重(ここのえ)、そちらに行ったぞ!」
 「ハイヨ、だんちょ団長!」
 不意に聞こえた返答に、男達が視線を頭上の人影から前方に移すと、そこには深夜のオフィス街にはそぐわない、真紅のチャイナドレスに身を包んだ女性が立っていた。なぜか手には竹箒が握られている。
 「あー、皆さん。ソレジャ、ちょっとここで休んでるヨロシ!」
 頭上を通り過ぎる男よりもさらに一段奇抜な女性の姿に男達が固まっているうちに、彼女は生身の人間とは思えない速度でこちらに突っ込んできた。通り過ぎざまに、手にした箒で撫でるように男達の足元を掬う。
 たったそれだけの動作。それによって、数名の男達が宙を舞った。文字通り数メートルの高さに渡って吹き飛ばされた彼らは、重力に従って真下の地面に崩れ落ちる。ピクリとも動かないが、どうやら気絶しているだけのようだった。
 「だーんちょ、待ってヨ!」
 「待たぬぞ! 仕事は迅速かつ優雅に! 紳士として当然のことである!」
 一撃で倒された仲間に残った男達が駆け寄るのには目もくれず、女は手近な雨樋を伝って走り去る男の影を追いかけていった。

                     ♪

 翌日。
 【澪漂交響楽団】の本拠である「ファントムハウス」の近く――多くの団員が利用する小さなレストランのテラス席に、昨夜の二人の姿があった。
 自分の前にクロワッサンの皿とカフェオレのカップを確保して、手元の新聞に目を落としているのは、艶やかな銀髪をボブカットにそろえた青年――歳の頃は二十代半ばほどに見える――【プロミスコンダクター(契約の指揮者)】澪漂四(よつえ)重だ。
 その対面で、やはり中国粥のどんぶりと中国茶の湯飲みを揃えているのは、水色のチャイナドレスに、長髪を二つのお団子状に結った女。四重より二つ三つほど年下の、【サンシャインドール(晴天童子)】の澪漂九重である。
 この二人は、澪漂屈指の【暴走者】と呼ばれる、第四管弦楽団の団長と副団長だった。
 「ふむ、昨夜の仕事は実に上手くいったな。これでまた団内での私の株も上がろうというもの。わははは!」
 四重は蝋で固めたカイゼル髭を白手袋の指先で弄りながら、新聞の一面を見て満足げに笑った。年齢にそぐわない時代掛かった言い回しと芝居掛かった挙動が不思議と似合っている。
 そんな相方の言葉に、九重は「はぁ」と気のない返事を返した。
 「だんちょ、いい加減気付いたらどうアルカ? 他の団員たちは、皆だんちょのことを変人としか思ってないヨ?」
 華僑風の胡散臭い発音で辛らつなことを言う。しかし、四重は意に介さず、彼女の眼前に手にした新聞を突きつけて言った。
 「何を言う、九重。こうしてデカデカと記事になっておるのだぞ? それに安心しろ、変人ならば我が交響楽団はごまんと抱えているからな」
 その一面には、ゴシック体の文字で「【ムシュールブラン(妄言紳士)】またも! 今度は協会関連の企業」と、デカデカとした見出しが躍っていた。九重はその新聞を四重につき返すと、お粥に蓮華を突っ込んで独り言のように呟いた。
 「まったく、その自信はどっから出てくるカ? どうせ皆、明日になったら『だから何?』とか言うに決まってるアル」
 「わははは! 違いないな。しかしそうであれば、まだまだ私の研鑽が足りぬということだ」
 「そういうことじゃないアル……」
 決まりきったやりとりに疲れたようにため息を吐く九重。しかし四重は彼女の様子を半ば無視して、「ふむ、アルのかナイのかどっちかにしたまえ」と見当違いな事を言っていた。
 「あのぅ……四重さんに九重さん」
と、そんな二人の間に口を挟んできた人物がいた。
 二人はその声に周囲を見回したが――それらしい人影は見当たらない。
 「誰かが声をかけてきたような気がしたのだが……?」
 「気のせいじゃないアルか?」
 「だから、アルのかナイのか、どっちかにしたまえよ」
 またも会話が不毛な方向に行きかけたところで、
 「気のせいじゃないですよぅ……て言うか、二人とも気付いているんでしょう……? 私ですよぅ……」
 二人の周囲のどこかから、そんな弱弱しい声が聞こえてきた。
 「ふむ、裏重君かね?」
 「アイヤー、裏重ちゃんだったアルカ」
 声の主は第七管弦楽団に所属する、【リバーシブルソウル(裏表のある性根)】の澪漂裏重である。戦闘行為を専門とする集団にあって、その殆どに存在を気取られることのないほどに徹底して他者の死角に潜む、暗殺者だ。おそらくこのテラスのどこかにいるのだろうが、二人には彼女がどこにいるかなどは見当もつかない。
 「それで? 裏重君、我らに何か用かね? ちなみに第七管弦楽団の詰め所は、そこの通りを出て右に三百メートルほど行った突き当りだぞ」
 「そんなことは知ってますよぅ……別に迷子じゃないしぃ。今日はお二人にお願いがあって来たんですよぅ……」
 控えめな調子でそう言った裏重に、四重と九重は顔を見合わせた。

                    ♪

 殲滅屋組織【澪漂交響楽団】の多分に漏れず、四重と九重の所属する第四管弦楽団も、殲滅活動を行う集団だ。ただし、その方法は他の管弦楽団とは趣を異にする。
 第四管弦楽団は、殲滅対象を「経済的に」殲滅する。
 要するに、昨夜の例の如く、対象が抱える財産を根こそぎ奪い去ることによってその活動を停止させることが、彼らの殲滅なのである。
 中でも四重と九重のコンビは脅威の成功率を誇る天才的な「怪盗」なのだが、反面、四重の「私達は『盗賊』にあらず、『義賊』である」という奇妙なポリシーによって、いわゆる「黒い金」しか盗まないという制約を課している。そのため、実力に反して仕事に出る回数は驚くほど少ない。しかし、相手が悪どい企業や組織であろうとも、その資産全てがブラックという訳ではないだろうが、「悪い奴らが持ってる金なら全部ブラック」というよく分からない理論によって、文字通りびた一文残さず盗み尽くす。その辺り自由と言えなくもない。
 ただ、二人は仕事において一切死人を出さないことでも知られている。本来ならばそのために多方面から恨みを買うことになるのだろうが、彼らはそのリスクを四重の持つ意能力によって回避している。
 ミスティック能力【ダストプロミス(時効成立)】――四重の犯した罪に関して時効を設ける能力だ。この時効は罪の大小によって自動的に決められ、時効が成立した後は、関係者はもちろんのこと、世間の誰もがその罪を認識できなくなるというものである。四重が盗み出す財産は、悉くがブラックなものであるため、殆どは一日か二日で時効になってしまう。そのために彼らは殲滅対象から恨みを受けることもなく、またユグドラシルユニットに目を付けられることもなく暗躍しているのだ。
 欠点と言えるかどうか、この能力のおかげで交響楽団の仲間にも彼の罪は認識されなくなってしまうため、結果的に「第四の団長? ああ、何やってるかよく分かんない奴ね」ということになってしまうのが、四重にとっては口惜しいところのようだったが。
 そういった理由で、【プロミスコンダクター】のエイリアスは殆ど世に知られることはなく、怪盗としてのエイリアス【ムシュールブラン】ばかりが有名になってしまっている。

                    ♪

 「断る」
 裏重の頼みを聞いた四重は即断でそう言った。
 「えー……」
 一応不平を漏らすが、最初から期待はしていなかったのだろう。裏重は「うー……」と唸ると、
 「分かりましたよぅ……四重さんに頼んだ私が間違ってましたぁ……」
と言った。その言葉に四重の髭がピクリと動く。
 「そもそも、君ならば誰にも気付かれずに盗み出すこともできるのではないかね? わざわざ私達に頼むのは、お門違いというものだ。私もそこまで暇ではないのだよ」
 「私が盗んだんじゃ意味ないんですよぅ……四重さんなら、盗んだ後でも気付かれないじゃないですかぁ……」
 「紳士は自分の才能をひけらかすものではない。とにかく断る」
 頑として受け付けない四重に、裏重は再び「うー……」と唸ったが、しばらく待っても続く言葉がない。どうやら諦めて帰ったようだ。
 裏重が去ったと見えて、九重が嗜めるように四重に言う。
 「聴いてあげればよかったのにネ」
 「何故だ?」
 「健気な乙女のお願いダヨ? それに、裏重ちゃんのお願い聴いてあげれば、他の女の子たちからも『女の子の味方』って人気出るかもしれないアルヨ」
 唆すような九重の言葉に、四重はしばらく髭を弄りながら考え込んでいた。しかしやがて顔を上げると、
 「ふ……ふははは、君もまだまだ私という人間をわかっていないな、九重。厳しく断ったように見せかけて、後でこっそりと手を回しておく。紳士たるもの、婦女に対する行いは隠密かつスマートに! 紳士の基本である! わはははは!」
と、言い訳がましい上に頭の狂った台詞を吐いた。九重曰く、「四重の行動基準は、九割が功名心で一割が私への愛情」。思わず苦笑する九重を尻目に、四重は傍らに置いてあったシルクハットを被り、ステッキを手に取ると、颯爽と立ち上がった。
 「行くぞ、九重! 澪漂の迷える子羊達が、私を待っているのだ! わははははは!」

                    ♪

 夕刻――交響楽団本部の周囲に立ち並ぶ団員たちの住居の一つ、「独創館」。
 第七管弦楽団が詰めるこの建物は、外観こそ古風な洋館だが、内装は団員たちの趣味によって様々に改装されているため、非常にカオスな状態になっている。
 そしてその中の一室。数少ない、外観に合った洋風な丁度が並ぶ部屋に、黒スーツにシルクハット、黒マント姿の男――四重の姿があった。
 「ふむふむ、外見に似合わず、随分溜め込んでいるようではないか……はっ、違う違う。今回の目的は金銭の奪取にあらず。ふうむ……しかし一体どこにあることやら」
 そう一人呟きながら、引き出しを順々に開けて検分していく四重。ちなみに九重はその反対側の壁にあるクローゼットをごそごそと漁っていた。
 セオリー通りに下の引き出しから開けていた四重の手が、上から二段目に来たところで止まる。
 「む、見つけたぞ、九重。目的達成だ。さて、後はこれを裏重君に渡せば……ふふふ、晴れて私も人気者に――」

 「――四重? 何してんのよ?」

 一人で妄想を膨らませてニヤニヤ笑っていた四重が、戸口から掛けられた声に凍りついた。しかしそこは百戦錬磨の大泥棒。驚いて声を上げるようなことはなかった。
 「……やあ、七重君。否、私は四重ではない! 怪盗【ムシュールブラン】である!」
 とりあえず見栄を張ってはみるが、状況的には怪盗ではなくただの空き巣だ。
 冷や汗を流す四重を、第七管弦楽団の団長である【デスペラードコンダクター(無法の指揮者)】澪漂七重が睨みつけている。なお、九重は七重が現れたとほぼ同時に姿をくらませていた。フットワークが軽いことこの上ない。
 「言い訳は聞いてないっての。何してんのよ? 私の記憶が正しければ、ここはウチの腐重の部屋だったと思うけど?」
 そう。ここは第七管弦楽団の団員である【ディープエッチング(堕落腐食技法)】の澪漂腐重の自室であった。と、七重の視線が四重の手に握られている物に止まる。
 「……何となく、誰の差し金だか分かった気がするけど。一応聴いておいてあげるわ。何のつもり?」
 「いやはや、さすがは七重君。私がいることに気付いたのもそうだが、察しがいいものだ……否、これは私が盗みの腕を落とさぬように練習していただけのこと。決してお宅の裏重君は関係ないぞ?」
 「馬鹿にしてるの?」
 守秘義務もなにもあったものではないことを口走る四重に、七重はより一層冷たい視線を浴びせた。その鋭い眼光に射られた四重は観念したようにため息を吐くと、
 「……申し訳ありません」
 手にしていた一枚の写真を、元あった場所に丁寧に戻した。

                   ♪

 「まったく、あんたが腐重のことを好きなのは知ってるけど、ストーカー行為は大概にしておきなさい!」
 数分後、「独創館」のリビングにて。ソファに座って足を組んだ七重と、その前の床に正座をしている四重と裏重。流石に団長がお怒りとあって、彼女にしては珍しく姿を現しているのである。
 「はぅ、でもでも、団長ならこの私の気持ち、分かってくれるはずっ☆」
 「反省しろ」
 姿を隠しているときとは違って異常にハイテンションな裏重の頭頂部を、手にした杖の先で叩く七重。ついでに横向きに杖を振って、四重の側頭部を凪ぐ。シルクハットが吹っ飛んで、四重はリビングの床に強かに叩きつけられた。
 「七重君……もう少し手加減というものをしてくれてもいいのではないかね?」
 「あんたもあんたで、もうちょっと考えてから行動しなさい!」
 さらに容赦なく、縦の軌道で空いた腹部に一撃。四重は屠殺された豚のような声を上げて黙った。
 「四重さんは悪くないですよぅ♪ 私がお願いしたからわざわざ手伝ってくれたんだものっ☆」
 七重は大きなため息を吐くと、裏重を睨んで言った。
 「とりあえず、腐重には黙っておいてあげる。その代わり、今度からはもっと正攻法で攻めなさい! 分かった?」
 「うー、それは無理な相談かもしれなきゃうっ☆」
 もう一度頭頂部を叩かれて、裏重は奇妙な声を上げた。
 「うぅー……分かりましたよぅ♪ 善処しますぅ☆」
 「流石は七重君。お優しいことですな。できれば私の方も不問にしていただげふっ」
 「あんたが一番反省するんだからね、四重?」
 クルリと杖を回して肩に担ぐ七重。とんとんと肩を叩きながら、しばし思案した後に言った。
 「そうだ、昨日の仕事で盗んできたお金。五割寄越しなさい。悪いようには使わないから」
 「な!? そ、そんな殺生な……」
 「ふーん、じゃあ千重団長に言いつけてもいいんだね?」
 「うぐ……承知した。紳士とは、淑女のためには身の破滅をも惜しまないものである……」

                   ♪

 数日後、交響楽団の団員たちの間で、「最近やけに七重が羽振りがいい」という話題が飛び交い、「何か良くないことが起こる前兆では……?」などと噂されたが、実際のところ悪いことが起こったのは間違いなく四重であることは言うまでもない。
 なお、恋する乙女・裏重は、「わざわざ写真を盗まなくても、隠し撮りすればいいんだ」ということに気付いたらしく、姿こそ見えないものの、時折腐重の周りでシャッター音が聞こえることが、あるとかないとか。
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