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崇道院早良&アルシア・ヒル

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sudouin

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 典型だ。いや、間違った。天啓だ。
 崇道院早良は心の中で呟く。その視線の先にあるのは一匹のトカゲ……のぬいぐるみ、を腕につけている女の子。典型的な話芸家スタイル、腹話術師ではなかろうか。
 早良は思い込んでいた。今の時代、話芸家が飯を食べていける保証などない。そんな超ウルトラ圧倒的マイノリティーの道を歩む奴なんぞ誰が仲良くしてくれるだろう。しかし話芸に理解の有る人ならば……。
 まだまだだと先送りにして学園生活を送っているが、いずれ誰かに連帯保証人を頼まなくてはならない。しかしながら「これだ!!」という友人にすら未だ巡り合えず焦燥感を覚えてきた矢先のことであった。
 そして、ぬいぐるみに反応した。あ、あれに見えるは腹話術師の人に違いない。まさか、この学園に話芸に理解があるだけでなく、自ら話芸を行う者がいるとは思わなかった。何はなくとも声はかけねば一生の後悔だ、と。
 「もしもし、お嬢さん。ちょいとお話いいかなぁ? 話芸の人とお見受けしたんだけど、どう?」
 「おっと、珍しいな。シアに話しかけてくる奴なんてそうそういねえんだぜ」
 「はいです、みなさん何故か遠巻きに見守ってくださることが多かったりです」
 案の定、声は二つ返ってきた。ふにふに、やっぱり腹話術の人だ。そう思うと嬉しくてたまらない。
 「もし、話芸に理解があるのなら僕の友d」
 「ピーガガガーピー」
 ぉうあ!! なんだ、この子なりのパプォーマンスなのか!? 
 右手のパペットは蠢き、女の子の口からは機械音が発せられる。焦る間も無く次の言葉。
 「―受信完了」
 「崇道院早良、だな。浴衣に下駄履きで、話芸の道を志す、大抵笑顔のいい人止まりってか。まぁこんなもんだな」
 「ふむふむです。あ、はじめましてです。私はシア、アルシア・ヒルなのです。こっちはツーくんというのです」「よろしくな」
 この子はなんだ、情報屋か。話芸に理解があって、情報の公開には芸が伴うんだろう。少し変わってるけど、そこまで話芸に入れ込んでるなんて……もうこの子しかいない!!
 「あぁ、はじめまして。お察しの通り、崇道院早良というんだ、話芸の道を志している。それにしてもすごい腹話術だね、それに情報収集にもびっくりだ。君さえ良かったら僕と友達になってもらえないかな? 話芸ができる人なんてもう絶滅危惧種……理解がある人や贅沢を言えば自分で話芸のできる人、そんな人を探していたんだ」
 早良は一気にまくし立てる。これを逃したら他にはいないだろうという気持ちと雰囲気に飲まれそうだという気落ちがそうさせた。しかし当然褒めることも忘れない。
 緊張する。変てこなナンパだと思われたらどうしよう。ふに、困ったもんだね。
 「何だか勘違いされてる気がしねえでもねえが、珍しくて面白い事だって気もするな」
 「なのです。褒めてもいただいたですし、あっさり了解するです。よろしくですよ」
 「あ~、うん、よろしく」
 ずいぶんあっさりで肩の力が抜けた。ま、ラッキーだと思えばいいか。早良がそう油断したところでアルシアが慌てる。
 「あう、そろそろアンドロメダ星雲にいらっしゃる宇宙意識にお祈りを捧げるお時間なのです。そういうわけで帰宅させていただきますですね。またお話しましょうですよ」「っつうわけで、またな」
 不思議な単語と勢いの迫力に負け、あっけに取られて呆然としている間に磁気嵐のようにアルシアは去っていってしまった。早良は思う。なぁんだ、変でいいんじゃないか。こんな変な、もとい面白い人がいるなら話芸うんぬんを抜きにしても楽しまなければ損だ。変な人になってでも学園生活を思いっきり、訝しがられるほどに楽しまなくては、と。
 幸か不幸か、後に正式に連帯保証人となるアルシアとのある意味運命的な邂逅を終えた早良。自由と楽しみを追い求める【ジャック・ザ・リバー(闊歩する自由)】としての土台はこうして固められていくのであった。
 しばらくの間、上機嫌でふにふにと過ごしていた早良に後日「自分がとんでもない勘違いをしていて、普通では考えられないポカをやらかしてしまった」という事実が突きつけられたことは言うまでもない。
 とはいえ、それまでにすっかり性格の変わっていた早良は皮肉にもアルシアのおかげで形成された「楽しまにゃ損精神」を発揮し、たやすく凹みから立ち直ったのだが。
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