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   第二楽章 交錯する者、あるいはヒーロー見参!

 第七管弦楽団の面々が、それぞれの敵と相対しているのと同じころ。
 東区画の裏路地、人通りの殆どない道を、三人の人影が疾走していた。
 先頭を走るのは、中世風の真っ赤な衣装に身を包んだ男。向かい風で飛ばされそうになった大きな帽子を、左手――否、手の変わりに左手首から生えている曲々しい鍵爪でつかまえて、無理やり頭に被りなおす。
 「――ったく、あの馬鹿ども! 久しぶりに学園に戻ったと思ったらこれだ……最悪だな」
 一歩を踏み出すたびに、衣服のあちらこちらに付いた時計が触れ合い、軽い金属質の音を立てる。
 【ティクタリゲーター】スリジャール・フッククローは、現在逃走の真っ最中であった。
 彼の十メートル程後方、スリジャールを追う形になっているのは、全く正反対の格好をした二人の男。
 片方はオフィスワーカーよろしく三つ揃えのスーツに身を包んでいる。もう一人の方は、金属の鋲や釦で毒々しく飾られたレザーの上着を羽織っていた。
 「待ってくださいよ、スリジャール!」
 「少し俺達と遊んでいこうぜ!」
 学園都市で最も有名な殺人鬼コンビ――【ヴァイスワーシプ(悪徳礼賛)】の不死川・陽狩(しなずかわひかり)と【クルアルティワーシプ(残虐礼賛)】の不死原・夏羽(しなずはらかばね)は、それぞれ手に凶悪な刃物を持って――そしてその刃物より凶悪な笑みを浮かべて、スリジャールを追跡していた。
 彼らはミスティックやサイキッカーよりもグラップラーやソルジャー――物理戦闘系の生徒を殺すことを至上の楽しみとする悪癖を持った殺人鬼である。性質が悪いことに、保身には最新の注意を払っているため尻尾を掴ませることもないし、引き際をわきまえているため、絶対に手を出してはいけない相手には無関心だ。その辺りのバランスをとっているため、殺人鬼でありながらランキングはトップ三百以内――いわゆるトップランカーに名を連ねている。
 一方のスリジャールは、復讐代行リンク【ヴィランズレクイエム】の切り込み隊長。接近戦ならば学園都市でもトップ五十とタメを張れる実力者だ。本来ならばこの二人など敵ではないのだが、しかし今の彼は腰に差した愛用のカットラスを抜く気配はない。
 「畜生が! 何で俺はあんな奴の保証人になっちまったんだ!? 今だったら絶対断ってるっつーの!」
 学園都市における予科程時代の学費は本科に上がった際借金として計上される。その支払いを保障するのが連帯保証人だが、お互いに連帯保証人となった場合にそれをさらに保証するため、代理保証人という制度が存在している。この場合、陽狩と夏羽が連帯保証人であり、スリジャールは陽狩の代理保証人だった。つまり、ここでスリジャールが彼らを殺害した場合、陽狩の持つ借金をスリジャールが肩代わりしなければならなくなるということで。
 「あー、糞っ! 殺せるのに殺せないってのはストレスが溜まる! その点に関しては、奴らの嗜好に同意するぜ!」
 直角に近い角度で十字路を突然曲がる。二人の視界から一瞬姿が消えたのを利用して、スリジャールはそばにあったダストシュートに飛び込んだ。一張羅が多少汚れたが、今はそこまで気を回してはいられない。
 スロープを滑り降りると、冬という季節も相まってひんやりとした空気が頬を打った。そこは学園都市地下区画――通称アンダーヤードである。
 「とりあえずウルスラにでも匿ってもらうか。まったく、久しぶりの帰還だってのに、落ち着かないな」

                    ♪

 「っと、何だぁ……?」
 南区画にある近未来的なデザインの建物――サイキッカーのリンク【サイキックフォース】の事務所の窓際で、相模・雷都は爆発音と僅かな振動を感じて顔を上げた。同じオフィスには、【サイキックフォース】のメンバーである真鶴・麻奈とその姉である【サイキックマスター】真鶴・理奈(りな)の姿があったが、彼女たちもそれに気が付いて顔を上げたところだった。
 しかし、いち早く動き出したのは他でもない雷都だった。
 「麻奈、逆兄に連絡してくれ! 俺ちょっと見てくる!」
 それだけ言うと、雷都は手近な窓を開け、そこから通りに飛び出した。一応補足しておくと、【サイキックフォース】のオフィスはビルの最上階――五階にある。
 「ちょ、ちょっとライト!?」
 「あいつまた仕事サボって……」
 「お姉、そういう問題じゃないでしょ!?」
 のんびりとした理奈の様子に、思わず麻奈は突っ込んでいた。しかし妹の慌て方とは対照的に冷めた様子で、理奈は目線を壁に――正確には壁の向こうにある通りへと向ける。
 理奈が持つサイキック能力の一つ、クレヤボヤンス(透過視)は透視能力の一種であり、文字通り遮蔽物を透過して見ることのできる能力である。
 「これは……サイボーグ風の男と、侍風のイケメンが戦ってるって場面みたいね?」
 「イケメンとかそういう余計な情報はいらないから……そういえばこの前、逆兄が『澪漂の第七管弦楽団がくるらしい』って言ってたかも」
 麻奈の言葉に理奈は「ふぅん……」と頷いた。脳内の記憶から、見えている男に対する情報を引き出しているようだ。
 「ってことは、こっちの鳥っぽいサイボーグは【ステルスガルーダ】ね。相手方のイケメンは分からないけど……どっちも結構やばめの使い手だわ」
 「え、それってライト大丈夫なの!?」
 心配そうな麻奈をよそに、理奈は薄く笑った。
 「まぁ、大丈夫じゃない? さすがに二人相手に勝ちを納めるとは思わないけど……逆襄が来るまでの時間稼ぎくらいにはなるでしょう? それに、戦闘では確実に雷都の方が逆襄よりは上手だしね。多分静香あたりも連れてくるとは思うけど……」
 「確かにそうだけど……でも心配だから、アタシ見てくる!」
 結局雷都の後を追って出て行ってしまった妹の姿を背中で見送りながら、理奈はゆったりと椅子に腰を降ろした。クレヤボヤンスは解かない。どうやら、このまま高みの見物を決めることにしたようだ。
 「逆襄には悪いけどね……世界レベルの使い手同士のバトルなんて、めったに見られるものじゃないし。せいぜい勉強させてもらうか」

                    ♪

 陽狩と夏羽は路地を曲がった瞬間、スリジャールの姿を見失って足を止めた。
 「おやおや、逃げられてしまいましたか」
 「ったく、お前がノロノロ走ってるからだろーが……っと!」
 悪態を吐いた夏羽は、陽狩が振るったナイフを首筋ギリギリのところで受け止めた。
 「まったくあなたという人は……どうして口を開けば悪態しか出てこないんでしょうね? 悪い子です」
 「お前にだけは言われたくねぇよ!」
 ギリギリと鍔迫り合いをしていたナイフを弾き返し、返す刃で陽狩のわき腹を狙う。陽狩はそれを大きく後ろに飛び退ることでかわした。
 「ふむ、私の言葉は悪態ではなく悪口だと認識していましたが?」
 「どっちだって同じだろ! むかつく、死ね!」
 「ふふふ、そうやって私の言葉にすぐ噛み付いてくるところ、だぁい好きですよ?」
 投げつけられる投擲用ナイフを上半身の体重移動だけでかわしながら、陽狩は楽しそうに笑った。すでに逃げたスリジャールのことは二人とも完全に忘れてしまっているようだが、それもまぁいつものことである。
 「うるせぇ! お前がそういうことを言うから、学園内で妙な噂が立つんじゃねぇか!」
 最近ブラックシープ商会の弓納持・有華(ゆなもちゆか)(腐女子)が描いているBL本(十八禁)の影響で、この二人は同性愛疑惑を向けられている。陽狩は全く気にしていないようだが、そんな陽狩の様子にも、また生徒たちの自分を見る哀れみの視線にも、夏羽はいらいらしていた。
 「おや? 怒ってますねぇ? 私はあなたを怒らせるのが大好きですから。それならばもっと言ってあげましょうか? だぁい好きですよ」
 「よし、決定だ。すぐ殺す今殺す殺し尽くす! 俺が今までやった中で一番残酷で残虐な殺し方で殺してやる!」
 「ふふふ、だぁい好きですよ、だぁい好き…………おや?」
 「だぁい好き」を連呼していた陽狩は、不意に脇の路地に目線を向けた。
 「おいこら、あからさまに無視してんじゃねぇよ」
 「別に無視したわけではないですよ。それとも何ですか、本当にもっと言って欲しかったんですか?」
 さらに怒声を発そうとした夏羽を片手で制して、陽狩は脇にあった路地の奥を指差した。
 「あの方……どこかで見たような気がするのですが」
 「あ? どれどれ……あぁ、確かに。前にどこかの戦場でお目にかかった気がするな」
 不意打ちを警戒しながらも陽狩の側に寄ってきて、夏羽も同じように路地を覗き込む。陽狩は既に懐からナイフを取り出してクルクルと回していた。その目は冷たい笑みに歪んでいる。
 「さて、どうしますか? あの方たちはどうやら学園の生徒ではなさそうですし……それに」
 「それに、強そうだな。いいだろう、面白い」
 陽狩の言葉に答えるように、夏羽も無骨なナイフを取り出した。
 「殺戮してさしあげましょう」
 「ああ。全身寸刻みにしてやるぜ」

                  ♪

 地下に滑り込んだスリジャールは、突然どこかから響いた爆音に顔を上げた。剥離した岩盤が当たりに溜まった水面に落ちて飛沫を立ち上げる。
 「ふむ……どうやら、どこかで誰かがやり合ってるみたいだな。場所はおそらくここからそう遠くはない……少し覗いてみるか」
 根っからの戦闘狂であるスリジャールは、楽しげな笑みを浮かべて歩き出した。悠然と歩くスリジャールとすれ違うように、襤褸切れを纏った浮浪者の影が走り去っていく。
 「誰だか知らんが……人様の庭で好き勝手暴れているようだな。地下のランカーは滅多なことじゃお互いにぶつかることはないが……とすれば部外者か?」
 近くで一際大きな爆発音がして、近場にあった岩が四散した。それを軽くステップを踏むようにかわしながら、スリジャールはそちらへと視線を向ける。
 「ほう、意外といえば意外……随分と可愛らしい使い手だ」
 戦闘を交わしていたのは、意外にも十代の少女二人。両手に握ったナイフを目にも止まらない速さで繰り出す黒服の少女と、それをかわしながらも的確に爆弾を投げつける和装の少女。どちらも相当な使い手であることが、その動きの一つ一つからうかがえる。
 「あははははは♪ そんな攻撃じゃいつまでたっても当たりませんよぅ☆」
 「ふふ……そんなこと言って、すでに傷だらけではないですか」
 二人の少女――裏重と花火は、すぐ側に立っているスリジャールには全く気づかずに自分達の戦いに熱中していた。スリジャールはそんな二人の間に優雅な歩調で――堂々と割って入っていった。
 「…………あは☆」
 「…………っ!」
 裏重が繰り出したナイフの一撃を、抜き放ったカットラスの柄で受け、さらにブーツの踵を花火の鳩尾に食い込ませ、スリジャールは難なく二人の動きを止める。
 「お前等、あんまりドタバタ暴れるんじゃねぇよ。この近くには俺の友達が住んでるんだ……今はどうやら眠っているようだが、安眠妨害で訴えるぞ」
 スリジャールは被った帽子の下から冷たい視線を両者に向けた。その視線に彼が只者ではないと感じ取った二人は、ほぼ同時にスリジャールから距離を取る。
 冷たい路地の壁に反響して、スリジャールの衣装に無数に取り付けられたアナログ時計が時を刻む音が響く。
 Tick,Tack,Tick,Tack,Tick,Tack………………
 「何者ですかぁ?」
 「くっは……私達の戦いの、邪魔をしないでください」
 両者の言葉を振り払うように赤い装束を翻し、スリジャールは名乗りを上げた。
 「【ティクタリゲーター】のスリジャール=フッククローだ」
 「【ティクタリゲーター】……聴いたことがありますねぇ☆」
 「確か、各地の戦場を荒らしまわっている悪党だとか……」
 彼の名に裏重と花火は思い思いの反応を示した。それを聴いて、スリジャールは不敵な笑いを漏らす。
 「ククク、悪党か……この上ない褒め言葉だよ」
 彼の笑いに寒いものを感じ、二人は慎重に身構えた。
 「私は【リバーシブルソウル】の澪漂・裏重ですよぅ♪」
 「珠夜・花火……【リミットレスマイン】です」
 彼女達の名乗りを聴いたスリジャールは、意外な名前に眉を顰めた。
 「【澪漂交響楽団】に【十三家】嶽夜の分家か……こいつは結構、ヤバイ奴らにちょっかい掛けちまったみたいだな。いいだろう」
 Tick,Tack,Tick,Tack,Tick,Tack,Tick,Tack…………
 響く時計の音に、二人は軽い眩暈を覚えた。我知らず、スリジャールの存在に引き込まれている。
 「ちょっと俺と、遊んでいけよ」
 スリジャールがカットラスを構えると、服に付いた時計がぶつかり合って金属質の音を響かせた。

                   ♪

 「…………っ!」
 禽重は不意に感じた殺気に、大きく身を翻した。一瞬の間を置いて、たった今まで彼がいた空間を青白い光の玉が切り裂いて飛び去る。
 「っちぃ、新手かよ! 何者だぁ!?」
 身をかわしたことで嶽満に背中を向けてしまったことを後悔したが、どうやら彼が禽重の隙を突いてくる気配はない。嶽満にとっても、予想外の攻撃だったらしかった。
 二人の視線の先にいたのは、一人の青年――黄色のスカーフを風になびかせた、相模・雷都の姿だった。
 「おいこら、お前等――何人様の庭で大暴れしてんだよ?」
 雷都は言葉に若干の怒気を篭めてそう言った。襲撃の動揺から立ち直った禽重が、その言葉に叫び返す。
 「うるせぇよ、ガキがぁ……大人の仕事にぃ、首ぃ突っ込むもんじゃぁねぇぜ!?」
 対照的に、嶽満は冷めた様子だ。
 「ふむ……あの少年、【ライトニングシューター】の相模・雷都か。中々の大物を引っ張り出してしまったようだな」
 雷都の周りを小さな光が舞う。空気に当たってパチパチと音を立てる小さな電気の粒子を纏い、雷都は拳を固めて身構えた。
 「何者か知らないが、学園都市の平和を乱す奴は、この【プラズモン】が許さないぜ?」
 【プラズモン】――旧世紀のスーパーヒーローをこよなく愛する雷都が、自らをヒーローとして呼ぶときの名である。しかし、見栄を切った雷都を、禽重は鼻で笑った。
 「はっ、何が『許さない』だってぇ? この澪漂・禽重様に向かってぇ、嘗めた口ぃ利いてんじゃねぇぞ」
 「澪漂……? ってことは、西王の知り合いか何かか? ま、何だって同じだ。見た目も怪人臭いし、一丁成敗!」
 言うや否や、雷都は生身とは思えない俊敏さで、宙空に浮かぶ禽重に飛び掛っていた。
 「プラズマ闘法!」
 雷都はサイキッカーとして、学園都市でも最強のエレキネシス使いである。電気を通り越して白熱のプラズマを纏った拳が、禽重に向けられた。
 「遅ぇよ、ガキが」
 しかし、拳を振り抜いた先にはすでに禽重の姿はない。着地と同時に背後を振り返るが、それでも禽重が機関銃を乱射するにはまだ遅かった。
 「【ダストプラズマ結界陣】!」
 雷都の言葉に呼応するように、周囲に浮かび上がった小さなプラズマの玉が、その弾丸を全て受け止め、蒸発させた。自身の攻撃を容易に防御した雷都に、禽重は目を細めて「ヒュウ」と口笛を吹いた。
 そんな両者の、一瞬に近い攻防を、嶽満は特に横槍を入れるでもなく眺めていた。どうやら、不確定要素である雷都の力量を測っているらしい。
 ――状況はどちらかと言えば澪漂に有利、か。只でさえ頭上を押さえている澪漂に対して、さてこの小僧、どう動くか……。
 その後も、上空から銃弾や爆薬で攻め立てる禽重に対し、確かに雷都は防戦一方とも言えた。時折プラズマ球で応戦するが、禽重はその全てを余裕を持って回避している。
 「けけけけけ、さっきの威勢はどうしたぁ、ガキが!」
 「うるせえ! 雑魚キャラばりの台詞吐きやがって!」
 雷都は不意に、側に落ちていた鉄パイプを手にとって、それに高圧の電流を流した。
 「【エレキランス】!」
 目くらましに放ったプラズマ球に気を取られた禽重は、一瞬その攻撃に対応が遅れた。
 プラズマ球を貫いて、先端が槍のように電気練成された鉄パイプが飛来する。
 慌てて身をかわすが、その鉄パイプは禽重の肩に装備された機関銃を破壊した。
 「……っちぃ!」
 「へっ、余裕ぶっこいてるからだぜ?」
 忌々しそうに雷都を睨む禽重と、してやったりと笑う雷都。
 その両者を眺めていた嶽満は、おもむろに腰に差した刀に手をかけた。

                   ♪

 「あ、一重さん。団長は?」
 一重が一足先に事務所に戻ると、団員の一人である【デカラビア(心を砕く星)】三角・二角(みすみにかく)が声をかけてきた。
 「うん? もうすぐ戻ってくると思うけど」
 「そうですかぁ……じゃあ、一重さん代わりに出てもらえませんか? 南王の逆襄さんからお電話です」
 「え……」
 二角の言葉に、一重は急いで彼女の持っている受話器を受け取った。
 「もしもし? 逆兄?」
 『お、一重か。いや、全く参ったわ』
 「どうしたの?」
 『いや、この前二重が言っとった、第七管弦楽団の奴か? どうやら南の通りで暴れとるらしいんや』
 一重は、慎重に尋ねた。
 「それって、嶽夜の人たちと戦闘になってるってこと?」
 『ああ、そうみたいやな。調べてみたら、【ステルスガルーダ】の禽重と、【アンチカッティングブレイド】の嶽満がバトっとるみたいやわ』
 「唐嶽は? 竹槍を持ってる人」
 せかすように尋ねる一重に、逆襄は若干いぶかしがりながらも、
 『聴いとる範囲では、他の奴らは逃げたようやな。どこかで他の澪漂と交戦中ちゃうんかな?』
と答えた。
 「そう……ありがとう。ごめんね、迷惑かけちゃって」
 『いやいや、そっちも仕事なんやろ? それにお前等第六管弦楽団には関係あらへんって。しっかし、参ったな……』
 「参ったって?」
 『いや、ウチの雷都が、その禽重と嶽満にちょっかいかけとるみたいなんや。流石に死ぬことはないと思うけど……困った奴や』
 逆襄は、電話の向こうでも分かるほど大きなため息を吐いた。
 「あはは、相変わらずだね、雷都君は」
 『ああ、まあとりあえず、二重に伝えといてくれるか?』
 「うん、分かった。わざわざありがとう」
 受話器を置いた一重は、神妙な顔をして、しばらく考え込んでいた。
 「例の、第七管弦楽団の方ですか?」
 心配そうな表情の二角に、我に返った一重は笑って言った。
 「うん。でも大丈夫だよ。七重ちゃんは不用意に犠牲を出す人じゃないし」
 言いながら、一重は机に掛けてあった鞄を手に取ると、コートを羽織る。履いていたブーツを動きやすいスニーカーに履き替えて、彼女は冬の空気に色づいた町を窓から見た。
 「……加勢に?」
 「ううん、ちょっと個人的な用事。二重に伝えといてくれる? 『南区画で禽重さんと嶽満が交戦中』って」
 一重はそれだけ伝えると、返事も待たずに事務所のドアを開けて出て行った。