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狗の王


「会食? そういえば、どっかのお偉いさんが来るとか来ないとか」
「来るんです」
 あまりにも適当な序列9位【ドラグーンランス(竜騎槍)】狗刀宿彌(くとう すくね)の返事に、序列30位【グラビスフィアジョッキー(重力圏騎手)】万里小路翔は声を荒げかけた。だが、いつものことだと自分を励ましてもう一度日程を説明する。本来、このような仕事は秘書の仕事なのだが、宿彌の秘書は主人に遠慮しがちなため、幹部クラスが直々に物を言いに来ることも多い。
「メインヤードの中華料理店《花花》本店で、本日八時より会食です。七時には現地についていてくださいね。間違ってもゲストより遅くに来ないように」
「カゴじゃあるまいし、僕がそんなことをするわけないだろう?」
 さぼり魔で気まぐれで唯我独尊な№2である序列24位【イノセントカルバニア(純白髑髏)】篭森珠月(かごもり みづき)の名前を上げて宿彌は不満そうに言った。しかし、翔は首を振って言いきる。
「珠月社長はわざと遅れていらっしゃいます。宿彌会長は素で忘れます」
「…………それでいいのかな? うちの会社」
「能力値自体には問題ありません。ええ、能力自体には。では、くれぐれも頼みますよ?」
「はいはい。そういえば、そのカゴモリは?」
 いつもなら社長室での仕事を速攻で終えて、日に一度くらいは会長室の机に座って雑談をしていく珠月の姿を今日は見ていない。それを聞いて、翔はため息をついた。
「珠月社長なら御留守ですよ。ほら、中東のメーカーの御子息が何者かに狙われているということで警備依頼があったでしょう? ちなみについ先ほど連絡がありまして、敵は一網打尽にしたそうです。今回は死人は出てないので、捕虜は向こうに引き渡すとか」
「そうか……かごもは絶好調みたいだね。良いことだ」
「他人事みたいに言わないでくださいよ」
 翔はもう一度深々とため息をついた。
「じゃあ、車の手配はしておきましたから」
「いいよ。近いし歩く。行くよ、牡丹」
 立ちあがった宿彌の肩に翔は静かに手をおいた。そしてゆっくりと座らせる。
「……頼むからもっと見栄を張ってください、会長。珠月社長の半分くらいでいいですから」
「それは僕に対しても篭森に対しても失礼だと思うんだ」
「何とでも言ってください。お願いですから、高級車で乗り付けてください。そして牡丹は店の中に入れては駄目です。あそこは一応高級中華料理店なんですから」
「分かった。帰りは車に乗るよ。でも行きはいいだろう? どうせ行きは誰も見てないし、世界的に有名な中華料理店の本店だとしても、うちの生徒は花花に行くのに車なんか使わないよ」
 三度ため息をついて翔は手を離した。それを妥協と受け取って宿彌は立ちあがる。
「あと、牡丹はいた方がいいよ。僕らはセットなんだから」
「……ないとは思いますけど、トラブル起こさないでくださいね」
「それは篭に言うべきだよ。そうそう、篭が帰ってきたら報告書出すように言っておいてね」
 軽く手を振って、宿彌は会長室の扉を潜った。



 第三次世界大戦および第一次非核戦争が起きたのは、四捨五入すると百年ばかり前になる。世界中が狂ったように争い殺し合い、その結果、人体に手を加えその能力を最大限に引き出すための技術が進歩した。皮肉なことに、最悪の殺し合いが人類を大きく進化させたのだ。そうして生まれたのが、現代の魔術師であるミスティック、人工的異能者のサイキック、身体に別の生物のDNAを埋め込んだトランスジェニック、体内の気を利用した攻撃を繰り出すグラップラー、身体の一部を機械化したサイボークなどだ。不思議なことにもっとも進化した時代のはずの人間たちは、個人の力が時に世界を動かすというまるで大昔のおとぎ話のような世界で生きている。
 そんな時代に国に代わって世界を統治し始めた企業の、その中でも特に強い力を持つ黄道十二企業の一つ、ライザーインダストリーがかつて日本と呼ばれた島国の跡地に建てた学校がある。
 その名は学園都市トランキライザー。世界中から善悪敵味方問わず才能ある人材を受け入れ要請する世界最大級、最高峰の巨大学園である。内部は予科と本科に分かれ、特に本科は実践を重視している。予科から本科に上がれるのは百人に一人。さらに本科に上がってもそこから頭角を現せるのはさらに少数。その中で最も成績のよい300名はトップランカーと呼ばれる。特に一桁ナンバーは例外なく、学園内の『リンク』と呼ばれる組織の幹部や世界的な技術者・戦闘者・学者などであり、将来を約束されたも同然となる。
 ただし、潰されることも死ぬこともなく卒業出来ればの話であるが。



 イーストヤード・警備保障会社ダイナソアオーガン本社。狗刀宿彌が代表を務めるこのリンクは、ほとんどのリンクがそうであるように企業の形態を採用している。ダイナソアオーガン近隣の建物も同じようなリンクが入っているものが多い。灰色のジャングルを見上げて、宿彌は息を吐いた。
 清潔なオフィスビルだ。イーストヤードは学園内でも、ライザーインダストリーのおひざ元であるメインヤードに次いで治安が良く、発展している。郊外は住宅地として人気が高く、宿彌もそこに自宅がある。うち捨てられた土地である地下のアンダーヤードのことを思えば、同じ学園内とはとても思えない。
「…………おや」
 なんとなく上を見ながら歩いていた宿彌は、電気街に入ったところで妙な人影を見つけて足を止めた。ごちゃごちゃした看板の一つに人が座っている。間違っても設備の点検をしている作業員とかではないだろう。着崩したスーツとそれに合わない腰の長細い包みが、奇妙な空気を生み出している。
「…………不死……のどっちかだ。何してるんだい?」
「不死川陽狩(しなずかわ ひかり)です」
 ものすごく不機嫌そうな声がした。同時にゆっくりとその人物は後ろに倒れる。普通なら落下して死ぬ体勢だが、勿論相手はそんな可愛らしいことなどしてくれない。回転しつつ落下し、地面近くの壁から突き出た看板に手をかけて一度止まると、見事に着地した。空から降ってきた男に一瞬だけ視線が集まるが、彼が武器を持っていることに気づくと、通行人はいっせいに目をそらした。
 彼は序列270位【ヴァイスワーシプ(悪徳礼賛)】不死川陽狩(しなずかわ ひかり)。学園を代表する殺人鬼の一人である。
「やあ、フシカン」「変なあだ名をつけないでください、犬っころの王様」「君の方が酷いじゃないか」「トカゲのほうがお好みですか?」
 宿彌のリンクが『ダイナソアオーガン(恐竜機関)』であることとエイリアスに『竜』がつくことに引っかけて、陽狩は笑った。区画の支配者を支配者とも思わない言いざまに、周囲の通行人が戦慄する。だが、当の本人は気にした様子もない。
「……不死川、トカゲと竜は似てるけど別物だよ?」
「そんなこと指摘されるまでもなく分かっています。嫌味ですよ、嫌味」
「そうか。一々嫌味を言うなんて暇なんだね。今もいかにも暇そうだ。今日は相方いないんだね。それに東区にいるのに四十物谷のところに来たわけでもなさそうだ」
 付近に陽狩の相方である、不死原夏羽(しなずはら かばね)の姿も、数少ない知人である四十物谷宗谷(あいものや そうや)の姿もないのを確認して、宿彌は言った。一見すると嫌味に聞こえる言い方だが、宿彌はこれが素である。陽狩はふんと鼻を鳴らした。
「今日は互いにソロの仕事です。私のほうが先に済んだので帰ってきたんですよ。あのクズなら、今頃はイタリアの地下を血で汚してるんじゃないですか? どうせ床を汚すなら、自分の血で汚せばいいものを」
「へえ……っていうか、ばらしていいの? それ」
 不死川陽狩と不死原夏羽のコンビは、掃除屋である。この場合の掃除屋とは清掃業者のことでは断じてない。不要な人間や邪魔になった人間、いなくなってほしい人間を依頼人に代わってこの世から抹殺するのが彼らの仕事だ。
「この程度の情報漏洩でどうにかなる実力しかないなら、この世からさっさと退場したほうが、世のため人のためです」
「君たちは存在自体が、世のためにも人のためにもなっていないと思うけどね」
 珍しくもっともなことを言って、宿彌は肩をすくめた。そして、首をかしげる。
「君が斬りかかってこないなんて珍しいね」
「ええ。この後、待ち合わせがありまして……残念ですが、無駄な体力を使っている暇がないんですよ。貴方は一応、純粋な戦闘能力だけなら現在の区画王の中で一番ですからね。流石に、後が控えている状態で貴方の喧嘩を売るのは分が悪い。もっともあの馬鹿なら、喧嘩をうったかもしれませんが」
 くすりと陽狩は笑った。あの馬鹿とは、相方の夏羽のことだろう。宿彌は笑わない。
「変なことを言うね。僕が一番? そんな訳がない」
「純粋な戦闘力なら、という話ですよ。指揮能力ならば西王が勝りますし、頭脳戦ならば北王が勝ります。人望や諦めの悪さならば南王に軍配が上がるでしょうし、水面下の抗争や人海戦術なら地下の鼠の王様に分があります。敵に回したくないという点なら、中央のアイドルですね。情報戦はスナッチと北がいい勝負でしょうか。権力なら間違いなく姫宮の双子です」
「へえ」
 宿彌は目を細めた。陽狩は学園でもっとも有名な殺人鬼の一人であるが、同時にどこの組織にも所属しないし交流も持たない珍しいソロプレイヤーのランカーでもある。その彼がそこまで学園内の勢力関係に詳しいというのは意外だ。目が合うと陽狩はにやりと笑った。
「私は案外と顔が広いんです。片っ端から知人を殺しているどこぞの馬鹿と違って」
「酷い言いようだね。相方はもっと大事にしたほうがいいよ。いなくなってから後悔しても知らないよ」
 陽狩は目を瞬かせた。予想外のことを言われたというよりは、意味が理解できないというような表情で宿彌を見つめる。
「…………それ、貴方がいいますか?」
「僕が言うと何か問題あるのかい?」
 陽狩はくるくると自分の毛先を指でもてあそんだ。その目に珍しく何かを企む色がないことに、宿彌は妙な気分になる。
「犬っていう言葉はあまりいい言葉ではないですよね。人間を犬に例えるときというのは、大概がある特定の人物のためなら何でもするという蔑みの意味になります。けれど知っていますか? 犬は自分たちのリーダーが力をなくした場合、それにどれだけ世話になっていようと相手を噛んで別のリーダーについてしまうんですよ。ふふ、犬のリーダーなんて損ですよね。犬は決して忠義に満ちた生き物じゃない。自分が生きるために強いものに忠実なだけなんです。それにほら、本気で牙をむいた犬ころ相手だと人間だって大けがすることもあるんですよ」
「ごめん、意味が分からない」
「ええ。混乱するといいと思います」
 真顔で陽狩は言った。あまりにも普通の表情だったので、嫌がらせをうけているのだと宿彌が気づくまでに三秒かかった。
「で、何が言いたいの?」
「犬っころの王様、群れを率いてるつもりで、犬の忠誠心に頼っていると……思いがけないところで足をすくわれてしまいますよ。ま、貴方はそれでも気にしないんでしょうけどね」
「何だよ、それ」
「貴方の方もいつまで犬ころでいる気なんですか? 人生は一度しかないんですから、もっと気楽に生きたほうはいいですよ。知ってます? 組織に所属するっていうのは自分の意志で行動できなくなるってことなんです。もっとも、その代わりに巨人の肩の上から遠くを見下ろすことができるようになりますが」
 くるくると言葉遊びのような、ほとんど中身のない言葉を紡ぎながら、芝居がかった様子で陽狩は両手を広げた。
「ねえ、犬ころはいつまでも忠実なしもべでいると思いますか?」
「さあ、犬に聞いておくれよ」
「つまらない返事ですね。僕は犬が嫌いですよ。食事と引き換えにすべてを投げうつなんて惨めじゃありませんか。それなら相手の肉や骨を食いちぎって飢えを満たし、最後は人間に殺されるほうがずっとましです」
 陽狩は宿彌に向かって手を伸ばそうとした。しかし、手が触れるより前に宿彌の足元で牡丹が唸り声を上げる。くすりと笑って陽狩は手を引いた。
「馬鹿な『人間』だ。私も貴方も」
「良く分からないけど、僕は馬鹿にされているのかな?」
「さて、どうでしょうね。まあ、どちらにしても人生というのは崩れやすいブロックの上でバランスを取るようなものです。せいぜい、偽りの平穏と幸せが長く続くことを祈ればいいんじゃないでしょうか」
 いつも通りの皮肉の滲んだ顔で陽狩は笑った。そしてゆっくりと歩き出す。宿彌をすれ違う瞬間、彼にだけ聞こえる声で最後の嫌がらせをしていく。
「篭森のことは信用しないほうがいいですよ。彼女は両親の存在に呪われていて、自分自身に囚われている。彼女はいつか貴方を巻き込み、貴方を破滅させますよ」
「心配ないよ」
 宿彌は答えた。こちらは普通の音量だ。
「君たちと違って、僕たちは互いがいないと生きていけないわけじゃないからね。犬は仲間を大事にするけど、相手がいないと死ぬわけじゃない。バラバラでも大丈夫なのにあえて一緒にいるのは、互いを信用してるからだ。君に忠告されることじゃないよ」
「気持ちが悪いですね」
「犬は群れて助け合う生き物だよ」
「群れは嫌いです。他人に使う時間があるなら自分に使います」
「それは君が犬嫌いだからだよ」
 振り返るともう陽狩はいなかった。相変わらず、撤退のスキルはトップランカーでも群を抜いている。立ち止った宿彌の手に、牡丹が頭をすりよせてくる。宿彌は微笑んだ。
「さて行こうか、牡丹。約束の時間に遅れてしまう」


おわり


追記
途中で何がしたいのか分からなくなったので、もう投げる