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とある恋の物語 ファヒマの場合


「逆襄さん!!」
 嬉しそうな男の声に振り向いた、学園序列6位【キングオブインサニティ(狂気の王)】経世逆襄(けいせい ぎゃくじょう)は、笑顔のまま走ってくる武器を持った男を見て一瞬思考停止を起こした。
 この場合の行動は、
① とにかく逃げる。
② 迎撃する。
③ 先手必勝。先制攻撃。

「FREEEEEEEEEEEEEEEEEEZE!!!!!!!!!!!!!!!」

④ とりあえず近付くのを阻止
 幸いにも相手は律儀にぴたりと動きを止めた。驚異的なバランス感覚で足を踏み出した姿勢のまま停止する。
「どうしたんだい? 南王」
「どうかしてるのはお前のほうや! 武器持って走ってくんな!!」
「これは失礼。南王の姿が見えたのでついうっかり」
「お前なぁ……迎撃されても知らんぞ」
「まあ、はじめの一撃くらいなら避けられますよ。きっと」
 ゆっくりと足を地面に下ろして、序列62位【ホーンデットアックス(怪奇斧男)】四十物谷宗谷(あいものや そうや)は礼儀正しくお辞儀をした。彼はイーストヤードに本拠地を置く調査事務所の所長である。学園のサウスヤードを仕切る逆襄とは繋がりがなさそうに見えるが、共通の知人を通して顔見知りである。間に7人はさめば間接的に世界中の人と繋がるなどという説もあるが、そうでなくても情報網や道路交通網が発達した現代、世界は確実にせまくなっている。
「で、何の用や?」
「今夜うちの事務所で飲み会するんだよ。契約社員とかアルバイターも含めて。よかったら南王も来ないかと思って。酒代は勿論僕が持つし、たまには男同士でじっくり飲み明かしましょうよ」
 なぜか男同士の部分に力を込めて宗谷は言った。逆襄は首をかしげる。宗谷が素でなにかを企んでいるのはいつものことだが、その行動が自分に関わってくる理由が思いつかない。
「そんな野郎ばかりの飲み会の何が面白いんや?」
「事務所の女の子もいるよ…………だいたい無意識のうちに周囲女だらけハーレム状態の男がいう台詞じゃないだろ」
 後半は本人に聞こえないように口の中だけで言う。首をかしげる逆襄と目が合うと、宗谷はにこりと笑って見せた。しかし、天然で歪んでいるその性格を知っているものは笑顔を見て逆に警戒する。
「…………ま、今日はライブもあらへんし行くわ」
「ありがとうございます」
「あ、奏たちも誘っていい」「たまには他のリンクの人とも交流を深めてみないかい?」
 逆襄の言葉を遮って、宗谷は言った。彼が人の話を聞かないのは本当にいつものことだが、ここまであからさまに話を遮るのは珍しい。逆襄は宗谷をにらんだ。宗谷はにこりと笑った。
「こう……落とし穴とか金だらいとか用意されてる展開じゃ……」
「被害妄想だよ。どっきり作戦とかじゃないから安心して。もしドッキリだったら、僕は斧で自分の首を切り落として差し出すというパフォーマンスにチャレンジするよ」
「そんな死のイベントいらん!!」



 学園都市トランキライザー
 世界大戦により国家が崩壊し、人々が戦争と貧困と不安に苦しめられる時代に活躍し、現在のような企業が世界を統治するシステムを確立して世界を安定に導いたとされる十二の巨大企業――通称、黄道十二協会の一翼である双子座ライザーインダストリーが次世代を担うための人材を育てるため、旧東京に作った巨大学園である。
 他に類を見ない、あらゆる職種であらゆる立場の人材を受け入れるという姿勢は世界的にも評価が高く、大企業の重役の子息や著名人の親族からスラム街の子どもや犯罪者の血縁者まであらゆる才能ある生徒が世界中から学園に集う。
 とはいえ、いくら才能ある人物たちといっても所詮は4~5歳からせいぜいは二十代前半の子ども。失敗することもあれば、友達との交流に花を咲かすこともあり、青春を謳歌することも、恋愛をすることも、中には婚約や結婚までしてしまうものもいる。
 狂っていても、普通ではなくても、死と隣り合わせでも、天才と鬼才と異才ばかりでも、それは確かに青春のひとコマなのだ。



「……このリンク、こんなにいたんか」
「えーと、全体の六割くらいですね。集まってるのは」
 飲み屋を一軒借りきっての飲み会だというのに、集まった人の量で室内はやや狭く感じる。集まっている人も、人種、性別、年齢、ランキングともにまちまちだ。さすがにトップランカーが固まっている上座付近に近付いてくるひとは少ないが、それでも時折勇者が酒のボトルを抱えて挨拶にやってくる。
 逆襄はテーブルを見渡した。向かいには宗谷が座り、その隣では四十物谷調査事務所の序列233位【ドリームタイム(神様の夢見る時間)】御神本揺蘭李(みかもと ゆらり)がこっくりこっくりと船を漕いでいる。酒を飲み過ぎたせいではない。彼女はいつもそんな感じだ。
 背後では、序列265位【サンクタム(聖域)】正月聖(まさつき ひじり)と序列96位【ナハトイェーガ―(夜の狩人)】朧寺緋葬架(おほろでら ひそか)は平気な顔で30度を超える強い酒を飲みながら、最近東南アジアで起こったテロ事件の話題をしている。つまり逆襄は、完全に四十物谷調査事務所のコアメンバーに包囲された状況だ。
「……ところで、残り二人はどうしたんや?」
 逆襄はぐるりと見渡して、四十物谷調査事務所のコアメンバーのうち二人が見当たらないことに気づいた。
「ああ、ジョフはほら、アボリジニでしょう? 彼らはアルコールを分解する酵素が先天的にほとんどないんですわ。だから酒の席がある時はいつも留守を任されてくれるんですのよ。ファヒマのほうは……来てるはずですけれども」
 なぜか背後にいた緋葬架が答えた。彼女は何かを探すように視線を巡らす。そして柱の陰に隠れるようにしてこちらをうかがっている序列210位【シャハラザート(物語を紡ぐ姫君)】ファヒマ・エルサムニーを発見して手を振った。
「ファヒマ、貴女もこちらにいらしてくださいな。貴女は逆襄さんとも旧知でいらっしゃるのですし、きっと会話も弾みますわよ」
「会話ねぇ……」
 ゆっくりとファヒマは柱から離れた。今日の彼女は繻子のドレスを着ていた。細い身体が細身のドレスのせいで折れそうなほど細く見える。彼女は中東出身のはずだから、100年も前ならこんな服は絶対に着れなかっただろう。
 まっすぐな長い髪と華奢な身体という思わず守ってあげたくなる女の子を体現しているファヒマは、静かに口を開いた。形の良い唇が開き、
「こんな空気中を漂う埃なみの男とどう会話をすればいいと?」
 猛烈な毒を吐きだした。
「…………」
「あ、喋らなくてよろしいですよ、逆襄。地球の貴重な酸素の無駄です。貴方程度が喋りたいのでしたら、光合成ができるようになってからにしてください。それが無理なら、死んで世界のすべての生態系の構成員に謝罪するべきです。空気を汚してごめんなさいと!」
「…………相変わらずやな。ファヒマ」
 【シャハラザート(物語を紡ぐ姫君)】ファヒマ・エルサムニーは四十物谷調査事務所のコアメンバーの一人で、世界的に有名な童話作家でもある。しかしその華奢で可愛らしい外見と、童話作家という優しげな副業に反し、毒舌で有名である。否、毒舌を越えて罵りに近い。「それがいい!!」というコアなファンもいることはいるが、ほとんどの人間は彼女の毒舌を聞いた瞬間、凍りつく。もっともその毒舌は、親しい相手や好意を持つ相手のみに向けられるのでファンや記者がその餌食になることは非常にまれである。
 そしてその性質上、南王にひそかな好意を寄せるファヒマは、必然的に南王・逆襄に対しては悪口と罵り言葉しか向けられない。ツンデレここに極まりである。
 凍りつく空気に、流石の宗谷もフォローを入れる。
「すみません、南王。ファヒマは久しぶりだから照れているんですよ。ほら、彼女の毒舌は今に始まったことじゃないでしょう?」
「これであの繊細な絵本を書くんだから、世の中不思議ですわ」
 ぼそりと緋葬架が余計なことを言う。
 校内では忘れられがちだが、ファヒマの本業は調査ではなく絵本作家である。【シャハラザート(物語を紡ぐ姫君)】のエイリアスも、元々はそちらからついた名前だ。
「あらあら、その低俗な脳で私の素晴らしい物語を読めたなんて人類の神秘ですね」
「ファヒマ……」
 フォローもツッコミも、ファヒマの毒舌はまとめて粉砕した。慣れている事務所の面は各自聞き流すか無言で天井を仰ぐ。
「ファヒマ、その好きな相手にほど酷いことを言うくせやめたほうがいいよ」
「所長もいちいちうるさいですよ。もう喋らないでください。空気も貴方のつまらない言葉を他人に伝える手伝いをしているほど暇じゃないと思いますわ。貴方ごときに空気を使う権利などありませんよ」
「酷いことを言う」
 そう言いながらも宗谷は笑っている。何が周囲で起こってもそれなりに流せるのは、もはや宗谷の特技に近い。その様子を眺めながら、逆襄は苦笑いを浮かべた。
「ファヒマ……ホントに相変わらずなんやな。東でうまくやってるっていうような話をカゴモから聞いとったん」「うまくやってると言うよりは、周囲が順応してんだよ」
 麦酒をあおりながら、斜め後方の聖がぼそりと呟いた。ファヒマがむっとした顔をするが、彼はそちらを見ないように明後日の方向を向く。
「……そうか。ファヒマ、お前も子どもとちゃうんやからもっと」「空気以下のゴミ屑に私に意見する権利があると思って?」「……すまん」「南王、そこは謝っちゃいけないところだ」
 どんどん冷えていく会話に、宗谷はため息をついた。そしてファヒマの首根っこを掴む。
「ちょっと席はずします」
「お、おお」
「ちょっ、離しなさい! 所長のセクハラ!! 事務所の裏手に積んである段ボール並みの存在で私の首根っこを掴むなんて……引っ張らないでください!!」
 宗谷はファヒマを引きずって裏口の方へと消えた。下座の下位ランカーたちがそれを見て慌てて道を譲ったため、裏口に向かって謎の花道が出来る。
「……あれ、大丈夫か?」
「平気ですわよ。いつものことですわ。それより、杯が空ですわよ。何かお飲みになりません?」
 今にも後を追いそうな逆襄の気配を察して、すばやく席を移動した緋葬架と聖が酒をつまみを山盛りにする。さらに空気を読んだ下位ランカーが集まってきて逆襄の行く手を塞ぐ。
「さあさあ、飲みましょう」「すみません、鳥の手羽先追加で」「南王、飲み比べしませんか? いい酒があるんですよ」「いや、でもあれ」「いつものお説教ですよぉ。気にしちゃだめですぅ」「そうそう」
 逆襄はノリと押しに弱かった。勧められるままに杯に手を伸ばす。
「…………いいのか?」「いいんです」
 聖は言いきった。



 店の裏手まで賑やかな気配が伝わってくる。それを背に、宗谷はため息をついた。
「ファヒマ……」
「分かってます。すごく分かってます。ごめんなさい」
 つい先ほどまでとはうって変わって落ち込んだ様子で、ファヒマは膝を抱えた。裏口の薄汚れたコンクリートの上だということも気にしない。
「……罵倒したいわけじゃないんです。所長も申し訳ないことを言いました」
「いいんだよ。慣れてるから。でもさぁ、君は逆襄さんのことが好きなんだろう? なのにいつも素直になれなくて顔を見ると酷いことを言ってしまう。そういうから、わざわざ飲み会に逆襄さんを連れてきたのに」
「それだから、わざわざ柱の陰に隠れてたんですぅ!!」
 めそめそとファヒマは泣きごとを言う。先ほどまで自分は宇宙一偉いと言わんばかりの態度を取っていた人間とは思えない。いつものことだが、好きな相手の前とそうでもない場合の落差に宗谷は感心する。
「何故だ……何でお気に入りの前だと強気になるんだ? 後で後悔するくらいなら素直に」「好きな人には弱みを見せたくないんです!」「むしろ嫌いな相手やどうでもいい相手に弱みを見せちゃだめだと思うよ。というか、君のあれはぜひとも嫌いな人にしないといけない態度だと思う。一般的には。いや、まて……でも一般的じゃないとしたら……」
 宗谷は悩み始めた。悩むポイントがずれている。
 好きな人に自分をよく見せようとするのは珍しくもない行為だが、好きな人を罵倒する人間は珍しい。いったいどういう精神構造になっているのだろう。しかし罵倒される相手がそれを望んでいるのなら、そういう関係はむしろ理想的なはずだ。答えの出ない問題をずれた脳みそで宗谷は考える。しかしまったく結論が出なかったので、途中であきらめた。
「で、戻って謝れそう? ついでに告白できそう?」
「無理! きっとまた悪口言います。それに告白なんて……自称婚約者やら許嫁やら元パートナーやら超トップランカーやら強烈な女性陣にブロックされて、私なんて近付くことも……」「いや、君なら平気だろう」
 半ば以上本気で宗谷は頷いた。あそこまで人の心を挫く悪口は言おうと思って言えるものではない。
「黙りなさい、このハウスダスト!!」
「照れると相手を罵倒する癖、本当にやめようよ」
「私だってやめる努力はしています! 実になってないだけで!」
「それは俗に無駄な努力というんじゃないかな?」
 日本語表記できないうめき声を上げて、ファヒマは落ち込んだ。それを見下ろして宗谷は肩をすくめる。
「とりあえず……戻って謝れそう? それとも今日は帰っておくかい?」
「…………返りたくないけど、謝れない」
「選択肢の意味を粉砕するのやめてくれないか?」
 宗谷は再びため息をついた。だがその表情はどこか楽しそうだ。
「ま、このままじゃいつまでたっても進歩しないし、これはいい機会だと思って頑張ってみれば?」
「でも……きっと逆襄は私のこと嫌いです」
 ファヒマは視線を足元に落とした。薄汚れたコンクリートがうつる。
「大丈夫だよ。もしそうならわざわざ飲み会になんて来てくれないって。それに逆襄さんはどMだから、きっとファヒマのことを許してくれるよ。いや、ゆくゆくはそれが快感になって」「なるか。まったく、席はずしたまま帰らないから見に来れば……お前ら、何をあやしい会話しとんのや」
 唐突に割り込んできた声に、二人は跳び上がった。相手が誰だか分かっていても反射的に身構える。
「……逆襄さん、どこから聞いていたんだい?」
「ドMからや」
「……逆」
 ファヒマは沈黙した。「謝れ!」と宗谷はジェスチャーで挨拶する。が、
「ふっ、他人の話を立ち聞きするなんて本当にゴミ虫ですね!!」
 逆襄は目を点にした。宗谷は明後日の方向を向いて遠い目をする。
「お前なぁ……」「ですから、喋らないでください。カロリーの無駄です。貴方のような人類最下層の生き物を生かすために犠牲になってくださった動植物に申し訳ないと思わないんですの? 本当に貴女は愚かな生き物ですね」「お前、そんなに俺が嫌いか?」「逆襄さん、逆業さん」
 見かねて宗谷はファヒマの口を塞いだ。
「逆襄さん……嫌いなら、こんなに絡んできたりしませんから。ねえぐふっ」
 ファヒマのヒールの靴が宗谷の足の指を踏みつけた。宗谷は静かになる。
「ファヒマ……」
「こんな愚民の発言を聞いていると貴方も阿呆になりますよ。ああ、もう手遅れでしたわ。すでに生きたまま脳が溶け出していますからね」
「分かった。もう分かった。話しかけて悪かったから、機嫌直せ。また、また今度な」


 翌日、ファヒマは逆襄に酷いことを言ってしまったという自己嫌悪とせっかく会えたので早々にお別れになってしまったことへの後悔と落ち込みのあまり出勤してこなかった。


おわり