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First contact 朧寺緋葬架&四十物谷宗谷

 生き物が腐っていく臭いがする。序列62位【ホーンテッドアックス(怪奇斧男)】四十物谷宗谷は薄暗い室内に視線を巡らした。周囲は寒い。当たり前だ。今、自分は巨大な業務用冷蔵庫の中にいるのだから。冷蔵庫は食品を安全に保存するための機械だが、完全に腐敗を止めることはできない。だから、腐臭がする。どうせなら冷凍庫を使えばよかったのに、と宗谷は思う。まあ、そう簡単に業務用の冷凍室に出入りできるとは思えないが。この冷蔵庫だって、目の前の相手が野菜の生産関係の仕事についているからこそ出入りできたのだろうし。
「さて、言い逃れはできないと思うんですけど、そろそろ話してくれませんか?」
 ぎらぎらとした目の女性は答えない。手に持った鉈のようなものをちらつかせながらこちらをうかがっている。あれで斬られたなら即死だったんじゃないかなと宗谷は被害者のことを思った。
「僕は別に貴女を捕まえに来たわけじゃないんですよ。僕は調査員であって、警察とか探偵とかミステリで事件を解決するような役回りじゃないんです。でもこっちも仕事なんですよ。僕はさっさと被害者の所在と犯人と事件が起こった過程をあきらかにして、それをレポートにして提出しないといけないんです。そうしないとお金がもらえないんですよ」
 率直に宗谷は言った。勿論、卑劣な犯罪に対する憤りがまったくないわけではないが、四六時中こういうよく分からない事件事故の類に関わっていると感覚が麻痺してくる。そもそも、宗谷は殺人にたいする禁忌というものがほとんどない。だから、誰が誰を殺そうとあまり気にはしないのだ。それより今は、一月近くもかかった調査をさっさと終わらせたい気持ちのほうが強い。
「頼みますよ。寒いし、帰りたいんです」
 だが当然ながら、その願いはかなわなかった。宗谷が愛用の斧を少し下げた瞬間、鉈を振りかざして女が襲いかかってきた。がつんと重たい音を立てて斧が鉈とぶつかる。重たい斧をそのスピードで構えることができるとは思っていなかったのか、女が目を見張る。
「軽い攻撃ですね」
 鼻歌でも歌いそうな笑顔で言うと、宗谷は斧を振りまわした。宗谷の主力武器である斧は、『クレセントアックス』と呼ばれる種類のものだ。クレセントとは三日月を意味し、その名の通り戦用の斧とは思えない優美な形をしている。だが、その優美な見た目とは違い遠心力を利用して繰り出される斬撃は鎧や細い剣などやすやすと突破するほどの威力を持つ。また、三日月形の大きな刃は切れ味が鋭く、ナイフのように敵を切り裂く使い方も可能だ。いずれにしてもまともに食らえば一撃で戦闘不能になる。
 だが、女は冷静だった。後ろに跳んで距離を稼ぎながら隙を狙う。斧や鎌のような大型の武器は大振りな攻撃しかできない。つまり、隙をついて懐に飛び込むことができれば倒すのは難しくない武器なのだ。
 もっともそれはある一定以下の技量の人間に限った話だが。
 風を切る音がして女は本能的に後ろに下がった。その袖と薄皮一枚を切り裂いて巨大な刃物が通過する。4キロはある武器とは思えない速さで刃が振り下ろされ、さらに回転して柄が女の腹部を狙う。ぎりぎりのところでさけたものの、大きく体勢を崩して女は転倒した。
「動くと危ないよ。僕は比較的平和主義なほうだから、おとなしくしてくれれば酷いことはしない」
「はっ……手足の健を容赦なく狙ってくる平和主義者なんて聞いたことがないわ!」
 引きつった顔で女は叫んだ。心外だと言わんばかりに宗谷は小首をかしげて見せる。
「大丈夫。速やかに動きを奪うだけだから」
「健を切断されたら、二度と完全に元には戻らないわ」
「それが?」
 何が悪いと言わんばかりに宗谷はさらに首をかしげる。
「生きているんだから、いいじゃないか。生きていればいいことあるよ」
「…………」
 場合によっては非常に前向きで勇気づけられる台詞だが、この状況下では恐怖しか生まない。女はずりすりと後ずさりをする。
「僕は平和的だよ。僕は生きたまま手足をもいで放置したり、薬品で少しずつ身体を溶かしていったり、指先から身体を順次すり潰したり、うろこ状に皮膚をハサミで切り裂いたり、ワイヤーで意識を保ったまま肉や骨を削いでいったり、一ミリずつ刺したナイフを身体に沈めて行ったり、生きたままの相手をむさぼり食ったり、そんな怖いことはできないからね。そういう技術を獲得する気もないし。向かないから。ああいうのは遠くから眺めているに限る」
 宗谷の言葉に相手の顔からみるみるうちに血の気がひいていく。宗谷は気付かない。
「そういうことが出来る人は格好いいと思うけどね。人なのに本当の意味でひとでなしになるのは、案外と大変なことだから。恐れは原始的な感情だけど、それだけに自然と恐れ畏れられるようになるのは難しい。そういう意味では君にはあまり興味がないね。ただの殺人者は面白くない。冷蔵庫に死体を隠したっていうから期待してたのに、ただ事件の発覚を遅らせたかっただけみたいだし……そんな普通の理由、僕は求めてないんだけどなぁ」
「求めるな、と申し上げておきますわ」
 ふいに第三者の声が割り込んできた。同時に銃声が響き、女が倒れ込む。両足が撃ち抜かれている。
「緋葬架! 殺すな」
「骨を破壊しただけですわ。大きな血管は外してあります。止血すれば死にはしません」
 扉の前に立つ眼帯の少女は宗谷の批難めいた声に、そう返した。
 序列96位【ナハトイェーガ―(夜の狩人)】朧寺緋葬架
 宗谷の部下であり、彼が所長を務める四十物谷調査事務所の調査員の一人だが、世界的には調査員としてより優れた狙撃手として有名である。実際、今でも事務所の仕事が暇な時期は暗殺業に手を染めている。宗谷も咎める気はない。仕事さえきちんとするならば社員の行動には口を出さないというのが、四十物谷調査事務所のスタンスだ。
「乱暴だな」
 文句をいいながら動けない女性に近付き、腹を殴って気絶させる。そのうえで足の止血をして拘束する。
「共犯の方は?」
「面倒くさかったので、同じような処置をして車に積んでありますわ。ああ、寒い。早く外に出ましょう。私、こんな寒くて臭い場所に長居する気はございませんわ」
「それもそうだね」
 宗谷は女を肩に担ぎあげると立ち上がった。
「今回はいいけど、あんまり発砲しちゃだめだよ」
「あら、ターゲットを殺してしまったり、通行人や味方に当たったことなんてございませんわよ。それに貴方に任せると、とてもえげつない展開になるじゃありませんか」
「この平和主義者を捕まえておいてよく言うね」
「どこが」
 緋葬架は嫌そうに目を細めた。
「貴方は、怖いものが大好きなのは自分が絶対に踏み入れることができない人でありながら人とかけ離れているものに憧れを抱くからだと言っていますが、私どもから言わせれば」
 そこで緋葬架は言葉を切った。
「貴方、とても怖いですわよ?」
「そうかな?」
「そうですわ。だって、あの時も」



「朧寺……ああ、この前怪談会に来てた子かい?」
「そう。百物語で都市伝説の話をした眼帯の子。紹介しなかったけど、見たことはあるでしょ? あの子ね、もうちょっとで予科を卒業出来そうなのよ。それでそっちのリンクに入れてあげてくれない?」
 友人である篭森珠月の申し出を、宗谷は快く了承した。もともと人手不足なのだ。友人が紹介してくれるというなら、願ってもいない。しかも以前ちょっとした集まりで見た感じではかなり戦闘能力の強そうな女の子だった。あれなら荒事も平気だろう。
「でも、君と仲の良い子なんだろう? それならダイナソアオーガンに入れたほうがいいんじゃないか?」
「それがさぁ、宿彌と相性がどうもよくないみたいで。社長は私だけど、リンクを作ったのもリンクのリーダーも宿彌だからね。宿彌と相性が悪いような子を入れるのはちょっと。緋葬架のほうも遠慮してるし」
 アイスティをくるくるかき混ぜながら、珠月は答えた。氷がグラスにぶつかって涼やかな音を立てる。宗谷は目を細めた。
「社長は君なのに。それにダイナソアオーガンは大きなリンクだ。別にトップと多少仲が悪くても……」
「緋葬架は多分これから伸びる。トップランカーになれる子だよ。そうなると必然的に幹部クラスに近くなる。そうなるとトップと相性が悪いのは互いにとって不幸だ。だから、頼むよ。それに社長だからといって勝手なことをするわけにもいくまい」
「普段から君は№2とは思えないほど態度がでかい気がするんだけど」
「宿彌が無感動な分、私が我儘で丁度いいのよ」「ダウト」「ムカつくな」
 そう言いながらも、珠月は上機嫌だ。普通に見ればいつもと変わらないようにみえるが、見る人がみればかすかに表情が明るいのが分かる。
「分かった。とりあえず、会ってみるよ。初対面の時はろくに話もしなかったしね。それで無事に本科進学できそうで、うちでもやっていけそうならよろこんで引き受けるよ」
そんなことがあったのが三日ほど前。宗谷はイーストヤードの喫茶店にいた。
特に有名でもないどこにでもある喫茶店だ。珈琲はまあ美味しいが、劇的に美味しいというほどでもない。店内はそこそこ人がいるが満席ではない。要するにその程度の店だ。目立たない普通の店。
 店に入るとからんとドアに取り付けられたベルが鳴る。数人の客がちらりとこちらを見た。その中に待ち人の姿を見つけて、宗谷は微笑みながら近づいた。
「こんにちは、朧寺緋葬架さん。会うのは二回目かな」
「こんにちは、四十物谷様。怪談会以来ですわ。本日は私のために時間を割いていただいてありがとう御座います」
「とんでもない。あたらしく仲間になってくれるかもしれない人のためだからね」
 宗谷はにこにこしているが、緋葬架の表情は硬い。緊張しているのだろうか。宗谷は心の中で首をかしげる。
「履歴書はすでに郵送で受け取っているいくつか質問点があるんだけれど、構わないかな」
「はい。それと後でよいのでこちらからも質問が御座います。よろしいでしょうか?」
「勿論。納得してリンクに入ってもらいたいからね。それでまずは経歴なんだけど」
 いつものように宗谷は面接を始めた。ちらちらこちらを見ている客もいるが、喫茶店で簡単な面接をしている風景は珍しいものではないので、特に凝視するようなものはいない。型どおりの経歴確認と条件の説明をする。
「それにしても成績優秀みたいだけど、本当にうちでいいのかい? いや、来るなって言ってるわけじゃないんだよ。でも、君くらい戦闘能力が高いならダイナソアオーガンは嫌でも、澪漂の入団試験受けるとか、戦闘請負のエリスとか、グラップラーになるなら荒覇吐とか――ぶっちゃけもっといいところ行けるんじゃないかな? うちは学内でも中の上か上の下くらいのたいしたことないリンクだよ? 後悔しない?」
「そうですわね。たしかにそのような有名リンクはネームバリューがあると思いますわ。卒業後の進路もそういうところで名をあげたなら選び放題かもしれませんわね」
 宗谷の身も蓋もない言い方に、緋葬架はあっさりと頷いた。だが、と続ける。
「忙しいじゃありませんか。私、休みなく働いたり、ずっと学園に戻ってこれない生活はごめんですの」
「別にそこまで過酷ではないと思うけど……でも、まあ、確かに休暇を取りやすいっていう意味ならうちを選んだのは正解か。なるほどね」
 四十物谷調査事務所は、調査事務所と銘打っているが仕事の半分は人材派遣だ。仕事が少ない時期はワークシェアリングも実施している。要するに暇な時間が多いのだ。勿論、やろうと思えばフル稼働で仕事を受けることもできるのだが、宗谷はそれをしない。なぜなら四十物谷調査事務所に所属する社員の多くは、何らかの事情で時間が必要なのだ。その理由は何か目的がある場合もあれば、趣味に時間を注ぎたいとか、他にも職を持っているとか、不定期に実家に戻らなくてはいけないとか様々だ。逆にいうと、宗谷は自由な時間を餌にそこそこの能力を持つ生徒たちを割安で使っているともいえる。巨大リンクではないからこそできる荒技だ。
「要するに志望動機は、時間が取れるってことか」
「ええ。給料や知名度の面なら、暇な時期に『アルバイト』でもして補えます。ですが、自由に休暇を取るということは、大きな組織で重要な立場になってしまっては不可能になりますわ。ですから、ここを希望しておりますの」
「なにか目標でもあるのかな。よいことだ」
「だって時間がなくなってしまったら、珠月おねえさまに会う時間がなくなってしまいますもの。そんなの……耐えられません」
 奇妙な台詞が聞こえた気がしたが、宗谷は無視することにした。こういう手相は、深く突っ込むと面倒なことになる。
「そっか。時間は確かに大切だね」
「ええ。私考えましたの」
「君は色々考えないほうがいいんじゃないかな?」
「ともかく、考えましたの」
 音もなく宗谷の目の前に鉄の塊が出現していた。考えるまでもなく拳銃だ。それに気付いた客やスタッフが悲鳴を上げて逃げ出す。
「…………公共の場での発砲はマナー違反だよ」「発砲はしておりませんわ。それに安全装置もかけております」
 トリガーに指をひっかけて、緋葬架は銃をくるりと回した。
「私、本科に上がったあかつきにはおねえさまのために害虫駆除をする気ですの」
「えらい迷惑だと思うよ」
「いちいちうるさいですわね。ともかく、私は時間がない。貴方は人手が足りない。悪くない関係だと思いませんこと? 私、早撃ちや射撃には自信がありますの」
「そのようだね。僕でも抜いた瞬間が分からなかったし、構える時中心線が安定しいてぶれがない。狙いをつける時の速さも合格点だ。予科生としてはおそろしく優秀だ」「ありがとうございます」
 緋葬架は銃をしまった。それを確認して、宗谷は言葉を続ける。
「だけど、あまりそういうものは振りまわさないほうがいいよ。無用なトラブルを招く」
「ご心配なく。敵と牽制でしか抜きません。その辺の雑魚なら白兵戦で十分おつりがきます」
「そう」
 宗谷は肩をすくめた。
「じゃあこちらの質問は終わり。次は君から質問を受け付けるよ」
「はい。実は質問票を作ってきました」
 用意のいい子だな。宗谷は心の中で思う。だが、そう言いながら緋葬架がかばんの中から紙の束を取り出したのを見て、宗谷の顔は引きつった。
「…………それ全部?」
「もちろんですわ」
 週刊誌くらいの厚みがあった。しかもハエの頭ほどの大きさの文字が紙をびっしりと覆い尽くしている。頭痛をおぼえて、宗谷は頭に手をやった。
「そんなに質問しないと不安なところに君、入ろうと思ってるのかい?」
「いいえ。これは事務所への質問ではなく、貴方個人への質問ですわ。ご心配なく」
「むしろ心配なんだけど」
 週刊誌並みの厚さの質問表を受け取らなくてはならないいわれはない――はずだ。宗谷は親の敵のように紙をにらんだ。奇人変人と名高い宗谷だが、さすがにこれは想定の斜め上を行っていた。
「……分かった。じゃあ、何から聞きたいんだ?」
「私、色々と調べましたの。その結果、貴方はおねえさまと利害関係抜きで仲がよい御友人の一人であることが分かりましたわ。他にも二重様とか色々いらっしゃいますけど。むしろ一番の害虫はジェイル・クロムウェルですけど。まあ、この際それはいいですわ」
「……一応再確認しておくけど、おねえさまって篭森珠月だよね?」
 緋葬架を宗谷に紹介した張本人の名前に、宗谷は目を瞬かせた。
「まあ、確かに仲良くしてもらってるよ。事務所作る時も人脈とか資金とか貸してもらったしね。性格歪んでるけど、根は悪い人じゃないよね」
 友人のことを性格が悪いと宗谷は言い切った。清々しいまでの断定口調だった。だが、緋葬架は聞いていない。
「私のおねえさまは強くて優しくてとても賢くて、聖女のような素晴らしいお方です」「誰だよ、それ? っていうか、聖女は敵対者をミリ単位で切り刻んだりしないよ」「そして美しくて比類なく可愛らしく、律儀で義理堅く」「だから誰だよ、それ」
 宗谷の中で篭森珠月という人物は非常に優秀な生徒の一人だが、非常に性格に問題がある人物だった。単に性根が曲がっているとか、悪人という意味ではない。気分次第で何をするか分からないという意味で問題がある人物なのだ。一応はまともな倫理観と道徳観を知っている――あくまで理解してはいるだけだが――からつきあえるようなものだが、とても聖女とはいえない。むしろ魔女とか黒魔術師とかそういう感じだ。
 だが、緋葬架はまったく宗谷の突っ込みを聞いていない。
「――ですから、そのおねえさまとどういう関係なのかをお聞きしたいのです。細かい質問事項はこちらに」
 ちらりと緋葬架は分厚い紙の束に視線をやった。宗谷はかるくため息をつく。
「とりあえず、あれは聖女じゃなくて、修羅羅刹っていうと思うんだけど」
「羅刹なんて……流石はおねえさま。なんて格好いい!」
「聖女ではないよ」
「聖女というのは信仰の名の元に、敵を虐殺するものですわ。ぴったり」「ああ、それなら確かに……って君、本当に珠月のこと好きなの?」
 虐殺する姿が美しいというのは、一般的に褒め言葉ではない。むしろ蔑む言葉に近いかもしれない。
「勿論、大好きですわ」
「ああ……そうなんだ。そっか。珠月の残虐で性格悪いところが好きなんだね」
「何を言ってらっしゃいますの? おねえさまは優しくて繊細な心の持ち主ですわ」「いつから優しくて繊細っていうのは、人間を生きたまますり潰すような奴を指す言葉になったのかな?」「すり潰されるほうに主な問題点があると思いますわ」「いずれにしても優しくて繊細ではないね」
 笑顔のままため息をつくという器用なことを宗谷はしてのけた。そしてさりげなく、質問の束を押し返す。それに気付いて緋葬架は再びその紙束を宗谷の前に突き出した。宗谷は仕方なくそれを受け取ると、ライターで火を付けた。
「あああああああ!! 私が徹夜で考えた質問が!」
「これ、質問というか難癖じゃないか」
 店員が『お客様、火は困ります!!』とか叫んでいるが宗谷は無視して灰皿で紙を償却する。あれだけ厚い紙束だったのに火をつけるとものの数十秒でそれは一握りの灰に変わった。ひやひやした様子で消火器を掴んだ店員がこちらをうかがっている。
「じゃ、採用結果は後日郵送で」「逃げるんじゃありませんわよ」
 適当に切りあげようとした宗谷の上着の裾を緋葬架ががっちりと掴んだ。一瞬、上着を脱ぎ捨ててでも逃げるべきなんじゃないかと宗谷は思ったが、ここで逃げると確実に家や職場までやってきそうだったのでおとなしく席に戻る。
「何かな?」
「仕方ありません。思いだせるかぎり質問をするので、それに答えてくださいませ」
「五分以内に終わるならいくつでも質問をどうぞ」
「五日以内ではダメですの?」「ダメに決まってると思うよ」
 頬杖をついて宗谷は答えた。その時、喫茶店から少し離れた路上に車が止まる。現金輸送車並みに強化された改造車だと一目で分かる。学園内では訳の分からないカスタムをされた乗り物など珍しくもないが、こんな街中で見かけるのは少しだけ珍しい。宗谷の視線を追って緋葬架も外を見る。
「あら、変な車」
「ごめん。急用ができたっぽい。面接結果は後日」「まだ言いますか」「いや、マジで」
 すさまじい音がして視界が白く染まった。閃光弾とか硝煙弾のせいではない。撃ちこまれた銃弾が防弾使用の窓ガラスにぶつかって一面にひび割れを発生させたために、窓の向こうの景色が見えなくなったのだ。
「おやおや。こらえ性のない人たちだ」「貴方……いったい誰に恨まれていますの?」
 宗谷は小首をかしげて見せた。
「さあ? 先週摘発した食品偽装の件か、それとも先々週の浮気調査の社長か、あるいは強度実験でプライドずたぼろにしちゃった職人さんか――もしかすると先月の」「もういいですわ」
 宗谷は肩をすくめると、カウンターの裏でライフルをチェックしている店員に伝票と現金を渡した。そして釣りはいらないと断る。
「ごめんね。迷惑料は後であのひとたちに払ってもらうから、自分の身は自分で守ってね」
「無論です」
 ふんと店員たちは鼻を鳴らした。この状況下でも冷静に武器を構えているあたり、この学園の生徒は普通ではない。宗谷は頼もしいなと笑うと、背中に背負った武器を持ち上げた。小柄な女性の身長ほどあるその斧は、店内で振りまわすにはやや大きい。
「お手伝いしましょうか? 銃火器のほうがリーチは長いですわよ?」
「いや、いいよ。予科生に無理させたら、本科の名折れだ」
 宗谷は軽快に笑った。今となっても宗谷の態度は変わらない。楽しそうで軽くて、何を見ても何をしていても興味深そう。そしてそれ故におかしく見える。
「……平気ですの?」「僕はこう見えてもグラップラーなんだよ」
 グラップラーとは白兵戦に優れ、気功を使うことができる戦闘者のクラスである。武芸を極めたワーカーとも、戦闘指揮や銃火器を得意とする戦術者集団であるソルジャーとも微妙に違う。
「調査会社なのにグラップラーですか?」「これを見れば分かるだろう? 人の見られたくない腹の中を調べないといけない仕事は、報酬はいいし、情報が手に入りやすい代わりにとても狙われやすくなるんだよ」
「なるほど。それで戦闘能力のある方を中心にコアメンバーを集めているのですわね」
「仲間が死んじゃったら悲しいからね」
 けろりとした顔で宗谷は言うと、斧を振りあげてドアごと突入しようとしていた兵士を両断した。文字通りの両断。あり得ない力で切り裂かれた人体は肩から腹にかけて斜めに切断され、血しぶきとともに転がる。悲鳴が上がった。
「ちょっ、食い物屋でそういう不衛生な死体作らないでくださいよ!!」
「そうですよ! 殺菌しないといけないじゃないですか!」
「血液は脂を含んでるから、水だけじゃ落ちないんですよ!!」
 カウンターの後ろから店員たちの抗議の声が上がる。論点がおかしい。宗谷は聞こえないふりをした。
「ちょ、無視するんじゃないわよ! 清掃費用払ってもらうからね!」「ドアの修理代も!」
 この学園の生徒は強かった。隠れながらもあらん限りの声で賠償を叫ぶ。
「分かったよ。数人生かして捕まえるから、その人たちに払ってもらって。払えなかったら僕が払う」「約束だからね!」「はいはい」
 宗谷は適当な返事を返すと外に出た。途端に雨あられと銃弾が降り注ぐ。しかし宗谷はそんなことなど一年前から分かっていたとばかりに、急に加速してそれをかわす。そのまま一息に距離をつめると、巨大な斧をこともあろうに下から上に向かって振りあげた。その目の前、触れてもいないのに車が二つに割れる。
 声にならない悲鳴を上げて兵士たちは目を向いた。だが、流石はプロ。恐慌状態に陥ることはなくむしろ冷静に宗谷に向けて銃口を構える。だが、その狙いが定まる前に軽い音を立て腕ごと銃が地面に落下した。やや遅れて血が噴き出す。
「!?」
「プロなら知っていると思うけど、気功の便利な点は武器に纏わせて武器自体の強度や殺傷能力を高めることもできることだ」
 さらに円を描くように宗谷は斧を振り下ろす。優美な三日月形の刃に触れた人間の手足が吹き飛び地面に転がる。
「ついでに僕くらいになると、気を放出して触れていないものをぶった切ることもできるんだよ。こういう風にね!」
 血しぶきとともに直線状にいた複数の兵士の身体がはじけ飛んだ。切断された身体の一部がばらばらと降り注ぐ。戦意のあるものがいなくなったのを確認して、宗谷は動きを止めた。これだけの惨事にも関わらず絶命しているのはわずか数名。残りは痛みと恐怖にうめきながら地面に倒れ込んでいる。
「生きてるなら喋れるよね」
 その中から適当な一人を立たせて、宗谷は話しかけた。
「誰に頼まれた?」「…………」
 当然ながら返事はない。宗谷は肩をすくめると、衛星携帯電話を取り出す。
「…………何をする気だ?」
 宗谷を見ていた兵士の一人が小さく呟いた。不思議そうに宗谷は彼を見返す。
「何って……救急車。手足とか吹っ飛んでるから、治療してもらわないとね」
「……殺せ」
 宗谷は無言で兵士の傷口を蹴りとばした。声にならない悲鳴を上げて兵士は蹲る。手が動かないため自害することもできない。
「痛いうちは生きてる証拠。そういうこと言ったらダメだよ。生きていれば割となんでもできるんだから。幽霊になってなにかするより、生きて何かしたほうが絶対いいと思うよ。死ぬのって怖いからね」
 自分で殺しかけた相手に向かって宗谷はほほ笑んだ。そしてごく普通の口調で救急車を呼ぶ。
「ゆっくり治療するといい。うちの学校の医療スタッフは優秀だよ。で、治ったら話を聞かせてくれよ。まあ聞かなくても調べるくらい訳ないけど」
 その時、銃声がしてその兵士の頭部が吹き飛んだ。脳症が宗谷のほうにも飛び散る。だが、一足早くその気配に気づいていた宗谷は二歩ほど下がってそれを避ける。そして、ゆっくりと振り向いた。
「何をするんだ、緋葬架。死んじゃったじゃないか」
「出来うる限り苦痛なく死なせて差し上げるのが死にゆくものへの礼儀、そして反撃されて命を落とすようなトジを踏まないための定石ですわ。何をしていらっしゃるんですか、貴方は。拷問にかけて首謀者を聞き出すおつもりなら、申し訳なかったですけど」
 両手で構えた拳銃を下ろして緋葬架はため息をついた。周囲にはまだ息のある兵士も多数ころがっているので、油断は怠らない。宗谷は肩をすくめると膝をついて絶命した兵士の死体に手を伸ばした。そっと目を閉じさせる。そのいやに慈悲深い姿が気持ち悪くて、緋葬架は顔をしかめた。
「拷問ねえ。この学校の生徒はそんな効率の悪いことしないと思うけどなぁ。趣味や懲罰でやるやつは何人か知ってるけど」
「なら、楽にして差し上げなさい。半端に殺せばサイボーク化して復讐くるか、あるいはどこかで野垂れ死にするしか……どっちにしても彼らにろくな未来はありません」
 かつての国家の時代と違い、利益が優先される今の世界において福祉とはあってないようなものだ。現役社員や企業に利益をもたらしたもの、あるいは復帰の見込みが十分にあるものならばともかく、そうでない相手が後遺症が残るほどの怪我や病気をした場合、その未来は明るくない。戦闘者ならなおのことだ。怪我によっては完治が難しいし、治ったとしてもそれほどの怪我を負わされたというだけで評価が下がる。それは報酬にも関わってくる。人間の生き死にを商売にするような人間は、自分が失敗することなど許されないのだ。
「殺すも慈悲ですわよ。あらあら、こんなに散らかして。予想以上に荒っぽい職場ですこと。退屈はしないですみそうですが」
「さてね。そういうのは概念の違いだね。僕は死ぬのが怖いから、何であれ生きているほうが幸せになるチャンスはあると思うんだけど」
 苦笑して宗谷は死体に手を触れた。一瞬その瞳から光が消える。だが、次の瞬間にはゆっくりと瞬きをして立ち上がった。
「どうかしましたの?」
 それには答えず、宗谷は死体を足の先でひっくり返すと懐からライターを引っ張り出した。ブランドものだが、宗谷の年収を考えると盗むほどの価値があるわけでもない。だが、宗谷はそれをハンカチにくるむとポケットにしまい込んだ。行動に興味を覚えて、緋葬架は宗谷に近付く。
「それ、何ですの?」「ライター」
 端的に宗谷は答えた。遠くから救急車が走ってくる音がする。
「ある会社の偉い人が持っていたライターだよ」
 意味深に宗谷はほほ笑んだ。緋葬架はますます首をかしげる。
「なぜそんなことが分かりますの?」「ミスティック」
 宗谷は笑った。
 宗谷の能力【3Dリサーチ】は、現在生体反応のあるもの――つまり生き物以外のすべての物体の情報を読み取ることができる。その物体の形や体積などは勿論、構成要素やそれらがどのようにして組み合わせてあり、どのような反応を起こしてこのような物体になるにいたったかまでを知ることができる。死体などのかつて生き物の一部であったものだけは生前の記憶のようなものが邪魔してクリアに見ることはできないし、オーパーツのような宗谷本人の脳では理解できないことは分からないなど、制限は色々とあるが、条件さえそろえばそれらがどういうものでどういう経歴で自分の目の前に現れたのかを確実に知ることができる。
 もっとも当時の緋葬架はそんなことは知らない。ますます顔をしかめた緋葬架を見て、宗谷は爽やかに笑った。
「これはね、ある人がこの人になんとなくあげたものっぽいよ。迂闊なことだ」
 なぜか憂いを帯びた顔で、宗谷は空を見上げた。そこに何かあるのかと緋葬架はつられて空を見上げるが、何もない。ただ濁ったような色の雲が見えるだけだ。
「よく分かりませんわ。それで、私はどうすればよろしいの? 面接、続けてもかまいませんこと?」
 周囲の血だまりなどものともせず、緋葬架は尋ねた。やはり彼女もどこかずれている。にこりと宗谷は笑う。
「はやく進学しておいで」「あら、では」「おいでよ」
 風が吹いて宗谷の上着の裾と長い髪の毛を舞上げた。
「来ればいい。とりあえず、君は死ななさそうだ」
「なんて酷い採用理由」
「死なないことは重要だよ。人は死が怖い。だから、死んでいるのに死んでいない幽霊や死を増産する殺人者が怖いんだよ。でも僕は――――」
 後半は強く吹いた風にかき消されてなにも聞こえなかった。目にゴミが入った緋葬架が目をこすりながらもう一度見た時、宗谷はまた空を見上げた。
「…………何がそんなに憂鬱なんですの? まるで嫌なことでもあったかのよう」
「そうだね」
 宗谷は服越しにポケットに入れたライターに手をやった。
「僕がもっと無能ならよかったのに」「馬鹿なことをおっしゃいますね。もし無能でしたら、貴方はとっくの昔に死んでいますわ」「だよねぇ」
 底の見えない表情で宗谷は答えた。その目は緋葬架を見ていない。
「犯人分かっちゃった」
 ぼそりと宗谷は言った。その声には犯人を追いつめた達成感も緊張感もない。むしろミステリを読んでいる途中で予想外にあっさり犯人の目星がついてしまい残念がっているようにみえる。
「よいことですわね」
「そうなのかな」
 宗谷はため息をついた。その仕事に対する熱意の薄さに緋葬架は殺意ににた感情を覚える。アンニュイになるなとは言わない。心が不安定なときも落ち込むことも人間には多々ある。だが、それは部下となる人間の前で全開にしていい事項ではない。彼がスキル面で優秀なのはこの短期間でもよく分かったが、人間性という意味では今一つなのかもしれない。敵に止めを刺さなかったり、次の行動を面倒くさがったり、説明が全然立ちなかったりと無駄が多すぎるし、甘すぎる。緋葬架は心の中でつぶやく。だが、次の瞬間その予想は覆された。
「まいったなぁ。犯人なんか分かっちゃったら――――直々に報復しないといけないじゃないか。ああ、僕は流血の惨事を作る方は向いてないのになぁ」
 この人は純粋に頭がおかしいんだ。
 憂鬱な表情で血の海に立ち空を見上げるロングコートの男を見つめながら、緋葬架は心の中で断言した。そして、次に愛しいおねえさまとこいつが一緒にいるところを見つけたら狙撃しようと心にメモを貼り付けた。
「…………死ねばいいと思いますわ」
「なぜいきなり暴言を吐かれないといけないんだい?」
 その一週間後、オンライン新聞の片隅にどこぞの企業で会長以下幹部全員が五体をばらばらにして殺される事件が起きたという記事が掲載されていた。だが、その記事は沢山の大事件の間に埋もれてすぐに忘れ去られていった。



「…………そんなことあったかな? 気のせいじゃないかい?」
「気のせいじゃ御座いませんわ! っていうかもし気のせいなら、私はどんだけ妄想力が強いんですの!?」
「強かったとしても僕は気にしないよ」
「私が気にするのですわ!!」
 仕事用に借りたワゴン車の後部座席を開けながら、緋葬架は叫んだ。宗谷は笑って肩に担いでいた女をそこに放り込む。女はぐったりと死体のように動かない。ただ呼吸をしているので死んでいないことだけが分かる。
「それで確かその衝撃的な面接の次の日に、僕に鉛玉を撃ちこんできたんだよね」
「よりにもよって斧で弾かれましたが……ってやはり覚えていらっしゃるんじゃありませんの!」
 緋葬架の怒りを宗谷は笑顔でかわした。道具をまとめてトランクに放り込む。
「それで弾いた鉛玉が珠月の陶磁器に当たっちゃって…………激怒すると思ったら、珠月が泣きだして」「あれ、ご両親からの贈り物だったんでしたわね。まつ毛に涙をいっぱいにためたおねえさまもいつもと違う美しさがあってときめいたのですが、流石におねえさまを泣かせておくわけにもいかず、修理できる人を探して大騒ぎに」「最終的に冷泉がぶつぶつ言いながら修復」「一月ばかり出入り禁止をくらいましたわ」
 顔を見合わせて、宗谷と緋葬架は肩をすくめた。
「ま、昔の話だ。今はうまくやれているんだから問題ないよ」
「問題は多々ある気がいたしますが……まあ、いいですわ。そのことは」
 二人は同時に運転席と助手席と扉を開いた。うっすらの潜血の臭いがする。
「この車、クリーニングに出さないといけませんわね。ああ、早く帰って熱いシャワーを浴びて、薔薇の入浴剤を入れたお風呂につかりたいですわ」
「ああ、あのお湯に入れると血の池地獄みたいになる入浴剤か」
 緋葬架の独り言を聞きつけて、宗谷は笑った。鍵を差し込みエンジンをかける。
「嫌な言い方やめてくださる? っていうか、なんで貴方がご存じなんですの?」
「珠月が緋葬架から同じのをもらったって言ってたから」
「なっ、また私の知らないところでおねえさまと!!」
 猫だったら毛を逆立てているような剣幕で、緋葬架は叫んだ。だが、いつものことなので宗谷は聞こえないふりをする。
「だいたい、その『珠月』という親しげな呼び方からして気に食いませんわ!」
「そうだね。日系人は相手を名字で呼ぶ人が多いからね。でも同じ名字なんていくらでもいるんだから、非効率だと思わないかい?」
「佐藤や鈴木ならともかく、篭森なんて名字まず他にいませんわよ! って、そうじゃなくて! 問題はそこでは御座いませんわ! おねえさまを呼び捨てにするなんて恐れ多い。今度からは珠月様と呼ぶべきです!」
「かえって怒られそうな気がするけどな。『何か私に対してやましいことでもあるのか?』とか問い詰められて」
 舗装されてはいるが手入れがずさんな道を走る。ただでさえ性能がいいわけでもない車はがたがたとゆれた。
「む。それはそれで美味しい展開ですわね。やっぱりやめておきましょう」
「何が?」
 あきれたような宗谷の声に、緋葬架は目を瞬かせた。
「おいしいでしょう? おねえさまにかまってもらえるなんて」
「時々、君の思考回路が理解できなくなるよ、緋葬架」
「ご安心を。私は常に貴方の思考回路を理解していません」「理解する努力くらいはしようよ。無理なら、せめてふりだけでもしようよ」
「時間の無駄ですわ。さあ、さっさと帰りましょう」
「……そうだね。血の池地獄に浸るんだもんね」「まだ言いますか!」
 直後、銃声と打撃音が聞こえ車は大きく蛇行した。
 序列62位【ホーンテッドアックス(怪奇斧男)】四十物谷宗谷
 序列96位【ナハトイェーガ―(夜の狩人)】朧寺緋葬架
 四十物谷調査事務所に二人しかおらず、校内でも90人しかいない二桁ランカーであるこの二人は、あまり知られていないが全然仲がよくない。互いに理解し合ったり、友愛や親愛や信頼を持たなくても存在を許容さえできれば仕事はできる。二人の存在はそれをよく証明している。


おわり