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その8、開始2時間30分

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その8、開始2時間30分

「なるほど、エレベーター内の点検用梯子か」
「それにしても罠だらけですわねぇ」
 珠月と緋葬架は黙々とトラップを解除していく。
 珠月は普段から防御のためトラップを仕掛けていて、緋葬架は普段から標的に近付くためトラップをかいくぐっているため、手つきは慣れている。その間、藤司朗は上を警戒する。
「ところでさ、戦闘においては上の位置のほうが下の位置より有利だってことは知ってるよね」
「知ってるから一番上にアーサーがいるんじゃない。余計なこと話かけるな」
 視線すら向けようとはせず、珠月は言いきった。慎重に細い糸を外していく。藤司朗はため息をついて、梯子の上のほうにいる白骨を見上げた。
「信用ないなぁ」
「殺意を向けてくる心配はしてないけど、私たちを突き落とすくらいならやりそうだから」
「ふふ、篭森さんに認めてもらえるなんてうれしいな」
「ふふ、どっかで誰かに殺されて死んでしまえばいいのに」
 つまり少なくとも自分では殺す気はないということだ。珠月はすぐに視線を足元に戻す。少し考えてからスカートの中から細い投擲用のナイフを取り出すと狙いを定めて投げる。まっすぐに下に向かって飛んだナイフは、ライフル用の弾に撃ち抜かれて粉々に砕けた。
「やっぱり、三階で出たほうがいい。二階まで降りるとしたら、赤外線装置とかと戦わないといけないし、それにエレベーターの箱が邪魔」
 本来人間が乗るべき箱は、丁度二階付近で停止している。
 珠月は慎重に梯子を降りると、三階の扉に取りついた。
「そうですわね。三階なら飛び降りても平気そうですし」
「それはやめたほうがいい。この建物のグランドフロア――1階の天井が非常に高い作りになっているから、3階といっても高さは一般の建物の4階並みだよ」
 珠月はスカートの中から工具がわりに大き目のナイフを取り出すと、器用にドアをこじ開けた。特に力を込めた形跡もないのに、支点と力点を計算した開け方であっさりとドアはあいていく。
「…………篭森さん。君、そのスカートの中どうなってるの?」
 思わず藤司朗は顔をしかめた。
 敵が奇抜な格好をしていたり、ゆったりとした服やマントをまとっていたら、目くらましか武器を隠し持っていると思えというのは、一対一の戦いの基礎となる知識だ。篭森は、それをよく体現している。
「まあ。貴婦人のスカートの中に興味を示すなんて、男性としてはもっともなことですが、人間的には最低ですわ。汚水に沈んで死ねばいいのに」
「僕は篭森さん本体じゃなくて、スカートの構造が気になっているんだけど」
 袖や襟からも武器は出てきているが、量でも種類でもスカートの中がもっとも多い。
「まあ…………スカートだけに興奮するなんて、変態ですわ」
「どうしてそう、ムカつく方向に解釈するかな」
 火花を散らす二人を無視して、篭森は黙々と作業を続ける。
「どれだけ武器を仕込んでいるんだか……持ち上げたら絶対重い」
「女性に重いなんて、最悪ですわ!」
 緋葬架は叫んだ。そういう彼女も確実に重い。主に隠し持った武器で。
「……だって、鉄や合金は重いんだよ?」
「私が鋼鉄製だとでも言いたいのですの!?」
「別に鋼鉄製でも驚かないけど」
「まあ…………では、とりあえず貴方を鋼鉄製の棺に葬って差し上げましょうか?」
「緋葬架。遊んでるなら置いてくよ。はやくこっちおいで」
 エレベーターの点検梯子の上で喧嘩を始めようとした緋葬架は、その一言で態度を急変させた。
「申し訳ありません。おねえさま!」
「あなたたちがこっちに来ないとアーサー回収できないでしょうが」
 問題はアーサーの方だったらしい。かすかに落ち込みながら廊下に出た緋葬架の頭に、珠月は自分の手を置く。
「……? おねえさま?」
「いい子だから、喧嘩はダメだよ。敵は作れば作るほど、よくないことが起きてしまうんだからね。会う人はすべて味方につけるくらいの気持ちで接しなさい」
「流石はおねえさま!!」
 キラキラした目で緋葬架は珠月を見つめた。珠月は目をそらした。
「……いい事言ってるように聞こえるけど、要するに会った人はすべて人脈として有効利用しなさいってことだよね。それ」
「人脈は力なりだよ。私は、知人友人への季節の便りと年中行事に合わせた贈り物は欠かさないよ。他にもお茶会に人を招待したり、ディナーを用意したり」
「トラの威を借る狐だね」
「トラの威すら借りることができないただの狐より、ましでしょ」
 言葉だけ聞くならば嫌味と牽制だが、空気に悪い感じはない。日常的な関係性がこれなのだから、互いにあまり気にしないのだ。気にしているのは、緋葬架だけだ。落ち着きなく視線を動かしているが、ついさきほど諌められた手前、怒ることもできない。代わりとばかりに思いきり壁を蹴りとばした。その時、かすかな足音が聞こえた。訓練されたもの独特のほとんど音を立てない走り方だ。同じく音を聞き取る訓練をしていなければ分からないだろう。
「……翔」
 その音を聞いて珠月は小走りで走りだした。小走りと言っても普通の人間の全力疾走くらいの早さはある。慌てて緋葬架が後を追い、なりゆきで藤司朗も続く。
「万里小路さんいるの?」
「おねえさまが言うんだからいるにきまって――」
 その時、転がるように非常階段から翔が飛び出してきた。危うく珠月とぶつかりそうになって、互いに驚いた顔をする。
「……なんで階段上がってくるの?」
 四階と三階の間の階段はすべてふさがっている。非常階段から翔が出てきたということは、二階から三階へと逆走していることになる。翔は首を横に振った。
「新型警備ロボが手ごわくて、階段なら一度に相手する数を減らせると思って」
「あー、そういえばラッセルのとこが開発した新型器をテスト投入するとか言ってたような……」
 複数の敵と少人数で戦う場合、相手が大人数の利を生かせない狭いところに戦場を移すのが、紀元前からの常識である。その方法は今も有効だ。
「はあ……普通の生徒なら死んじゃいますよ」
 そう言いながら、翔は手に持った銃の弾倉を交換する。
「珍しいね。翔が銃火器持ってるなんて」
「拾ったんです。今回は武器なしで参加する予定だったんですが、流石に」
 翔の台詞はすさまじい勢いで非常階段から吐き出された銃弾でかき消された。流石に全員が余裕でかわす。
「あー……緋葬架、ちょっと適当に相手してて。藤司朗、手伝え」
「はい、おねえさま!」
「なんで僕が」
 そう言いながら、珠月は適当なオフィスからキャスター付の机を引き出してきた。藤司朗が手伝おうとすると、首を振って代わりに本棚を指差す。
「どうしますの? それ」
「こうする」
 珠月は勢いをつけて机を非常階段に突入させた。机が階段を転げ落ちるすさまじい音と机の下敷きになった警備ロボの警報音が響く。それを無視して何かを非常階段に投げ込んだ珠月は、静かに防火戸を閉める。さらにそこを藤司朗が本棚でふさいだ。
「おねえさま、いいんですの?」
「ここにばかり構ってると、他の階段に回り込まれるよ」
 盛大に珠月は舌打ちした。
「ラッセルめ」




『おお、なんかすごいロボが出たよ★』
『ラッセル・フォートランが来月より量産予定の警備ロボです。従来品とは違い、使用目的に合わせて様々なオプションをつけることができるのが特徴なんです』
 画面にはあわただしく退路を探す参加者たちの姿が写っている。難易度が高すぎたのか、あるいは自滅したのか、避難訓練のはずなのにリタイアしていない参加者のほうが少ないという奇妙な状況に陥っている。
『今回は監視カメラと連動していまして、人工知能と学習機能を搭載しています。敵兵の動きを見て優先順位を決め、他の警備ロボの弾丸の軌道や動きを無線で知りながら、連動して動きます。しかもボディは対戦車砲にも耐える特殊な合金を採用しています』
『死者の危険は?』
 ミヒャエルの冷静なツッコミに、ユリアは笑顔を返した。
『ちなみに、オプションの変更により、銃弾を麻酔銃に変えたり、逆に火炎放射器のような広域攻撃ができるようにすることもできます。つまり、状況によって周囲に損害を与えない戦い方、生け捕り、撃退など色々と選べます』
『だから今回、死亡の可能性は?』
『難易度は高いほうがいいとの要望だったので…………最終段階まで残ったのがランカーの皆さまだけだったことは幸いでした。これなら怪我もないでしょう』
 普通の相手なら死ぬかもしれないってことか。放送を聞いていた全員の顔が引きつった。生徒が死ぬことなど珍しくもないが、余興程度のことで死ぬ生徒はあまりいない。
「……どんだけ難易度上げてるんだよ」
 誰にともなく、呟きが漏れる。
『あ★ 三階のトップランカー集団は入り口を塞ぎまくってるね。どうやって降りる気なんだろ』
『冷静ですね。入り口を押さえておかないとロボに挟みうちにされてしまいますからね』
『女とは思えない力強い方法でな』
 画面の中では、ぎゃあぎゃあ騒ぎながらオフィスから持ち出した棚や机でエレベーターホールを封鎖する様子が写っている。ご丁寧に、手榴弾とワイヤーを使って無理に突破すると発動するトラップまで仕掛けている。
『さてと★ 今度こそ、ランカー同士の協力プレイが見れるのかな?』
『ここまで見事にワンマンプレーばかりでしたからね』
 現在、少しでも協力しあっているのは下位ランカーのみである。エイリアス持ちは基本的に互いに潰し合うか、一緒に歩いているだけでほとんど協力らしい協力をしていない。唯一それっぽいのは揺蘭李と翔の空き部屋からの脱出だが、それも連携プレイなどはほとんど見れなかった。
『でも、殺人鬼コンビとかは絶対連携とかとってくれそうにないですよね』
『こいつ等の場合、突破じゃなくて回避の方法とか編み出しそうだしな』
 酷いことを言われているが、正当な評価でもある。手段さえあるならば、例えば床に穴をあけるとかそういうこともやりかねない。
『誰かを囮にするとかいう手も使いそうですよね』
『さて、どうなるのやら★』



 どうもなりそうになかったりする。
「定石踏むなら、ここは協力してどこか一か所を強行突破するか、援護し合いながら窓からの脱出を試みるかだと思うんですが」
「そうだね。他に二つほど反則技があるけど……どうだろう。見世物としては使っていい技なのかな。でもいろいろ言ってられないし」
「この期に及んで視聴者うけを考えるのなんてあなたくらいですよ、篭森さん」
「だって金かかってるもの。能力使っていいんだったら今すぐにでも突破できるのに」
「守銭奴」
「ここまで来て喧嘩しないでくださいよ」
 あきれたような口調で翔は言った。しかし、見方を変えればまだ喧嘩する余裕があるともいえる。
「出口までの最短ルートを考えると、西階段突破が好ましいかな。当然むこうもこのあたりに集まってそうだけど」
「くじ引きで負けた人が陽動するというのは?」
「なんとなくやめておいた方がいいと思う。そういうのは」
 上階の構成から推測した下階の構図をその辺で拾った紙に書きながら、四人は顔を突き合わせている。下からは絶え間なく破壊音がしているが、聞こえないことにしておく。
「ここは切り込み隊長と援護役を決めて一点集中で突破するのが一番いいと思いますよ。窓からの脱出は狙撃される危険が高すぎます」
「そうですわね。頑張りなさい、藤司朗」
「なぜ僕が……?」
「男でしょう? 体力あるんだから、頑張ってくださいまし」
「その理屈で行くと、サイボークである緋葬架さんが一番前じゃないのかな?」
 見えない火花が飛び散る。珠月はため息をついた。
「分かった。私が先行でいく。その後ろ緋葬架で、藤司朗、翔ね。後ろ二人は監視カメラを狙って。多分それと連動してロボも動いているから。緋葬架はロボ本体のカメラとロボの足場を崩すことに専念。他の連中も捕まえられればよかったんだけど……おかしいな。殺人鬼コンビとか契ちゃんとかはちょっとのことでリタイアするような可愛い根性してないはずなんだけど」
「まだ上の階にいるんじゃありませんの?」
 珠月は納得いかなそうな顔をしたが、深くは追求しなかった。
「じゃあ、棚をどかすか」
 攻撃がないことを確認しながら、非常階段を塞いでいた棚をゆっくりとずらす。防火用の分厚いドアのせいで、むこうの様子はほとんど分からない。緋葬架はドアに耳をつけた。
「機械音がしますわ。ドアを破壊しようとしています」
「相変わらず耳良いね」
「お褒めにあずかりまして。で、どうします」
「当然」
 珠月はドアに手をかけた。素早く援護の位置に緋葬架がつく。
「突破あるのみ、かな」
 一気に引き開ける。衝撃で扉に取りついていた警備ロボが数台倒れた。それを蹴りとばして煙幕と手榴弾を同時に投げ込む。この手のロボは頭部のカメラセンサーと熱感知で標的の位置を探すものが多い。爆発を起こせば少しなりとも混乱させられる。当然自分の視界も悪くなるが、視界の悪い場所での戦闘は慣れている。
 音を立てて銃弾が珠月の身体をかすめていく。服くらいは傷がついたかもしれない。だが、怪我をしていないなら動くことはできる。背後からも銃声がする。両手で拳銃を構えて、前方から見て自分の身体の面積が最小になるようにした体勢で、緋葬架が走る。その銃弾は正確に取り付けられたカメラや警備ロボの車輪を弾く。当然自力でバランスを取るシステムはついているが、一瞬でも体勢を崩すことができればその間に横をすり抜けることは可能だ。
 無骨な鉄の塊を勢いよく飛び越え、ロボが密集している二階は無視してさらに下へと向かう。気づくと本来突撃に適したはずの布陣が崩れてしまっているが、その辺は気にしない。とにかく走り抜ける。今回の目的には戦闘行為は含まれない。無理に突破する必要はないのだ。
走りながら地面を撃ち抜き、手持ちの爆発物をあるだけ投げつける。道が悪くなれば、ロボより人間が速い。
「自分で始めたこととはいえ、なんで私はこんな銃弾の雨の中を全力疾走してるんだろ」
「避難訓練ですから仕方ありませんわ。それに学校主催の林間学校とか臨海学校とかそういうものに比べれば…………こんなもの、子どもの遊戯ですわよ」
「それもそうか。戦闘ヘリとか戦車とか出てこないもんね」
「ええ。有毒生物も、どこまでも続く砂漠も、絶景の大海原も出てきませんわ」
「それに攻め込むよりは撤退の方が楽ですよね」
 まったく事情を知らない人が聞いたら耳を疑うような会話だが、実際、トランキ学園主催の学校行事とはそういうものである。毎年死傷者が絶えない。体育祭で暴動が起きたことも記憶に新しい。
「そうそう。宣言しておくけど、一階に着いたら私はそのまま走り去るから」「奇遇ですわね。私もですわ、おねえさま」「後は足の早い者勝ちということになりますね」「結局、まったく連携取れませんでしたね」
 ロケット弾のようなものが四人の頭上を通過し、進行方向の階段に着弾した。申し合わせでもあったかのように、四人は床や壁を蹴って回避し、そのまま崩れた階段を飛び降りて走り続ける。そして一階フロアに飛び出した瞬間、雨あられと銃弾が降り注いだ。咄嗟にばらばらの方向に逃げ、柱やロビーを飾る彫像の陰に転がりこむ。防弾らしい硝子張りの壁に放射線状の銃痕がいくつも出現した。硝子が降り注がないのは不幸中の幸いだが、硝子を破壊して外へ逃げ出すという選択肢もたたれたことになる。
「!? アーサーをちょっと銃弾がかすった!!」
「…………余裕だね、篭森さん」
 互いに隠れた相手の様子は見えないが、銃声越しに大声を張り上げて会話する。
「銃弾の無駄遣いです。手元に戻ってこないタイプの武器や武器の備品は結構なおカネがかかるのに」
 翔も気にする内容がずれている。まだまだ余裕のある証拠だ。時折、命中ルートで弾が飛んでくるが、全員手持ちの武器で銃弾を弾く。ナイフで銃弾を弾くスキルは、二桁の戦闘系ランカーであれば持っているのが普通なくらいだ。だが、
「ちょっと、こっちに藤司朗が弾いた弾が飛んでくるんだけど、わざと?」
「言いがかりはやめてくれ」
「……よく喧嘩してる余裕ありますねぇ」
「仕方ありませんわ。仲が悪いんですもの」
 ランカーたちは気が合わなかった。ここまで気が合わないといっそのこと清々しさすら感じる。
「もうちょっとナイフの角度を変えれば、こっちに弾飛ばさなくてもよくなるでしょ?」
「この状況下でナイフの角度とか調整できるわけないじゃないですか、篭森さん」
「よし。わざとなんだね。終わったら覚悟しろ」
「いい加減やめなよ。ふたりとも……」
 隠れている位置から東西に一か所ずつある出入り口まではおよそ12メートル。問題は一階フロアがエレベーターや階段以外に仕切りがほとんどない広いロビーになっていることだ。部屋に分かれていないということは身を隠す場所もないということだ。しかも出入り口周辺は彫像や椅子の一つもない。
 一番楽なのは誰かが動いた瞬間に、その人物と逆の方向へ逃げることなのだが――――
「…………」
 互いに牽制し合って動けない。四人はどこまでも気が合わなかった。
「……篭森さん、光月さん、朧寺さん。ここは協力して、同じタイミングでバラバラの方向に走りませんか?」
 銃弾が途切れる隙を見計らないながら、翔が叫んだ。
「それが効率いいですよ。逃げ切れるかは運と実力次第ってことで」
「私は構わないよ。次にチャンスが来たら、各自動くってことで」
「おねえさまがそういうのでしたら、私もそうしますわ」
「いいんじゃないかな。必要ない気もするけど、ま、楽なほうがいいよね」
 硝子や磨かれた床に移った像からおよその警備ロボの位置が把握できる。
「さてと、ミスティック能力発動。これできっかり3回か」
 篭森珠月のミスティック能力【アンパラレルアドベンチャー(無類の大冒険)】
 対外的には周囲の物体を操る能力と認識されているが、実際は分子以上のカタチのある物体に自分の意識を憑依させ、一定時間支配下に置く特殊能力。それを使って珠月は、自分がいる位置と一番離れた場所にいる警備ロボに意識を飛ばす。直後、ロボットのうちの半数近くが唐突にあらぬ方向を向いた。
「今だ!」
 好機と見た瞬間、綿密な打ち合わせでもしたかのように四人は飛び出す。
 珠月の能力は周囲にあるものを自在に操る。つまりは、警備ロボの一つを操って隠れている四人以外にも強敵がいるのだと連動する他のロボに間違った情報を送ることもできるのだ。
 すぐに四人を追って攻撃が始まるが、訓練された本科生を撃ち抜くのは高性能のロボットでもたやすいことではない。しかも四人は見事にバラバラの方角に逃げている。意見が合わないことが今回のみ良い方向に働いた。
 銃弾でフレームが歪んだ自動ドアを無理やり押しあけ外へ飛び出す。出た瞬間、プログラムに従って攻撃は止んだ。ほっと緋葬架は息をつく。
「なんと言うか、脱出だから簡単でしたが、潜入の時は相手にしたくないロボですわね」
 翔に言おうと思って振り向いたのに、そこには誰もいなかった。
「あら」
「緋葬架。ゴール、あっちだから」
 建物の反対方向に走りながら珠月がのんびりと言った。慌てず騒がす、緋葬架は踵を返す。そもそも優勝する気はあまりない。珠月もないだろう。
「藤司朗速いな。翔も行った。どっちが先に着いたかな」
「おねえさまは行きませんの?」「主催者だからねぇ。花を横取りするわけにはいかないでしょ」
 だが、ゴール地点には予想外の光景が待ち構えていた。
「あれ?」
「すでに誰かいらっしゃいますわね」
 『ゴール』と書かれた赤いゲートの向こうに笑顔の朝霧沙鳥に迎えられた藤司朗と、応援に来た部下に囲まれる翔がいる。だが、それ以外に一人、数名の人間と立ち話している人影がいる。
「契ちゃん、もうついてたの?」
「五分くらい前にね。珠月のおねえちゃんもゴールおめでとう」
 矯邑繍と冷泉神無のふたりと立ち話をしていた契は、けろりとした顔で答えた。
「よくもあの二階を突破できたね」
「おねえちゃんは二階通らなかったからね」
 お前はどういうルートを通っていたんだよ。参加者全員の頭に?が浮かぶ。契はほほ笑んだ。
「窓枠を外して、隣のビルに飛び移ったんだよ。走り幅跳びで三メートル+窓ガラス突破。アクション映画みたいで面白かったよ」
「ああ、それか。私もちょっと考えたんだけど、ルール的にぎりぎりセーフかなって感じだったからやらなかったんだよね。そっか。そっちが一番速かったのか」
 残念そうに珠月は呟いた。他のメンバーもそれぞれ複雑な顔で考え込む。ランカーで金に困っているものは少数派であるため賞金自体に未練はないが、遊びだからと脱出ルートの構築について深く考えなかった自分への自己嫌悪はある。
『あは★ みなさん、お疲れ様です。あとは殺人鬼コンビだけだね』
『あの人たち、ずっとカメラに映らないんですけど……大丈夫なんでしょうか?』
 観客席は速くも消化試合のムードで帰り支度を始めている人も多い。
『残り時間……10分くらいなんですけど』
『まあ、万一爆破されても奴らなら大丈夫だろう』
『なにがどう大丈夫なのか、分からないよ★』
 流石に建物の倒壊に巻き込まれて生きている人間は少ない。
 だが、観客の期待に反してあっさりとこちらに歩いてくる人影が現れた。
「おや。私たちが一番最後ですか。夏羽、貴方がいちいち騒ぐから遅くなったんですよ」
「嬉々としてそれに応じてた奴がいう台詞じゃねえだろう。ムカつくな」
 なぜか二人は薄汚れていた。珠月は小首をかしげる。
「陽狩」
「……篭森」
 面倒くさそうな顔で陽狩は珠月を見た。いくら強くてもミスティック単独履修者には興味があまりわかないのだろう。
「ねえ、あなたたちどういうルートで出てきたの? カメラに写ってないって一二三が言ってるけど」
「途中でロボの相手が面倒になったので、スタンダートな方法で換気用のパイプの中を移動していました。ちょっとトラップの解除が面倒でしたが」
「本当に典型的な方法を選択しましたのね」
 どこか感心したように緋葬架は呟いた。だが、典型的ということは昔から変わらずに有効ということでもある。
「まあ、狭い場所でうるさい男と二人きりというのは非常に鬱陶しい時間でしたけどね」
「その言葉をまとめて手前に返してやるよ、陽狩」
 夏羽は殺意のこもった視線を向けたが、陽狩は動じない。それを見て珠月は苦笑した。
「ふうん。静かな女の子と二人きりならよかったの?」
「うるさい男よりはましですが、静かな女と二人なんて退屈すぎて相手を殺してしまいますね。きっと」
「……なんで陽狩ってもてるのかな? 顔? やっぱり顔? 中身これなのに」
「私がもてる理由を不思議がる暇があるなら、夏羽がもてない理由を考えてあげてください」
「何でもてないって断言してるんだよ、手前は!!」
 飛んできたナイフを陽狩はぎりぎりでかわした。軌道上には珠月もいたが、こちらは余裕絵かわす。
「痛いところをつかれたからといって、キレるのはやめてください」
「夏羽がもてない理由はあれだよ。知り合った相手を片っ端から殺しちゃうからじゃないかと思うよ。その点陽狩は、結婚詐欺師を一時期してたくらいだから、人間の扱いがうまい。中身これだけど」
「篭森! 何を冷静な意見述べてるんだよ!? 殺すぞ!」
「おねえさまを殺したいなら、まずは私を倒してからにしなさい!!」
 物騒な会話は続く。その反対側では、
「うにゅ、参加費で何買おうかな。蠍っぽいものにしようかな~」
「お金は大事にしたほうがよろしいですよ、空多川さん」
「宵越しの金は持たない主義なのですよ。やっほぅ」
「宵越しの金も時には必要です。考え直してください」
 契と翔が噛み合わない会話を続けていた。ちなみに藤司朗は応援しにきた沙鳥に向かって、他の人間にはけして向けない甘い笑みを浮かべている。うっかりその笑顔を見てしまった通行人は、いけないものを見たかのように視線をそらす。その時、
『さて、全員ゴールしたし、カウントダウンスタートだよ!!』
 その一言で、全員が今回の本当の目的が建物の解体だったことを思い出した。すでに一部は色々あって解体状態だが。
『では、5★』
 一二三が叫ぶ。
『4』
 わくわくした様子で中継席から身を乗り出しながら、ユリアが数える。
『3』
 ミヒャエルは建物がきちんと崩れるのかどうかのほうを気にしている。
「2」
 訓練参加者はすでにあまり興味がないようだ。
「1」
 帰り支度をはじめていた観客も動きをとめて経過を見守っている。
「0」
 すさまじい音を立てて、ビルは崩壊した。ほぼ垂直に下の階から順に崩れ落ちていく。見守る観客の間から興奮したような奇声があがった。粉じんが舞い上がる。
『これにて避難訓練終了★ 細かい成績は後日発表です。空多川さんに賭けた人と参加者のお金の支払いは――――』
 業務連絡が続く。ひと段落ついた参加者たちは各自すみやかに帰宅する――――わけもなく。
「ちょっとここで斬り合いやめなさいよ」
「おねえちゃんもう帰るね。なんか飽きちゃった」
「おねえさま! このまま夕食でもご一緒しませんか?」
「そうだ、篭森さん。これ、ジェイルの搬送先なんだけど」
「藤司朗……撃つよ」
 まだ乱闘寸前のおしゃべりは続行されていた。だが、

「らんらんるー」

 びくりと全員が震えた。振り向くと観客席からこちらに歩み寄ってくる赤い人影がある。
「!?」
「やあ☆ ミンナよく頑張ったね☆ ご褒美のハンバーガーだよ☆」
 真っ先に陽狩が逃げ出した。夏羽を突き飛ばして。あまりにも見事な逃げっぷりに思わず全員がそれを見送る。突き飛ばされた夏羽も素早く体勢を立て直して後を追う。
「ちょ、手前待ちやがれ!」
「誰が待つものですか!」
「…………」
 不死コンビはドナルドが苦手。そのデータはこの日を持って、校内の生徒ほぼすべての脳内に記録された。それはさておき、
「チッ、ドナルドか」
 舌打ちして珠月は構えていた銃を下ろした。安全装置をかけ、フォルダーに仕舞う。
「おや、撃つんじゃなかったのかい? 篭森さん」
「ドナルドのいる場所では、正当防衛と仕事以外の発砲はしない。奴との約束でね。口約束でも約束は約束。私は友人との約束は守るよ」
 そう言いながら珠月も逃げモードに入ってる。
「だが奴につかまると、夕食が自動的にワックのセットメニューだ。というわけで行くよ、緋葬架、契ちゃん。晩御飯食べに行こう」
「おねえちゃん、パスタが食べたい」
「私はおねえさまが一緒なら何でも構いませんわ」
 さらに離脱。残った面子は顔を見合わせた。
「私も用事が……」
「沙鳥、そろそろ帰ろうか」
 そして、誰もいなくなった。
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