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【白雪姫と五人の守人】
 昔々、あるところに大層美しいお姫様がおりました。
 肌は雪のように汚れなく白く、それに似合う純白の着物を着ていることから、『白雪姫』と呼ばれていました。
 白雪姫は大変愛くるしく、優しく、純粋な性格であった為、誰からも愛されておりました。 

 しかし、そんな白雪姫を憎たらしく思っている人間がおりました。それは、白雪姫の継母です。

「おのれ白雪姫め……誰からも愛されて、憎たらしい事この上ないですわ……!」
 継母は白雪姫の母親が亡くなった後に父親の妻となった人間で、白雪姫には及ばずとも、とても濃艶な美女でありました。
 こちらは白雪姫のように着物ではなく、やたらと露出の多い黒と紫のドレスを好んで着ておりました。
 白雪姫の父親であった王が不慮の事故で亡くなってからというもの、城の実権を握るようになった継母でしたが、その全てを手に入れるためにはどうしても白雪姫の存在が邪魔をしていたのです。
 とにかく自分が一番上である事が何よりも重要だと思っていた継母は、白雪姫の存在を妬ましく思っておりました。

 ※※※

 そんなある日、継母は白雪姫にこう言いました。
「白雪姫、今日はとても散歩するには良い天気ですわ。いつまでもお城の中にいるより、たまには出かけてみては如何?」
「んーそうだね、そうしようかなー」
 なんとも簡単にそう言うと、数名の従者を連れて白雪姫は近くの森に出かけてゆきました。
 しかし、それは継母の罠だったのです。
 その数名の従者は皆継母の手先の暗殺者で、森に入った瞬間白雪姫を殺すよう命令されていたのでした。
「ふふふ……これで邪魔者はいなくなる……私がこの世で一番美しい、トップに立つのよ……」
 遠ざかる集団を楽しげに、それはそれは嬉しそうに継母は妖しく笑いながら、城の中へと戻ってゆきました。

 ※※※

 暫くして森に近づいた頃、楽しげにスキップしながら前を歩く白雪姫の後ろで、従者達はひそひそとこれからどうするか相談をしていました。
「なぁ……本当にやらなければいけないのか?」
「仕方がないだろう、女王様のご命令には逆らえない。従わなければ、我々がどうなる事か……」
「しかし、姫様が可哀想過ぎる……。前女王様が亡くなって酷く心を痛められているというのに、今度は新しい母君に命を狙われるなんて……」
「それに、姫様は我々にも優しく接してくださっている。それに比べて女王様は、我々を手下としてしか見ていない」
「どうにかして、姫様を助ける事はできないだろうか……」
 継母の手先であり暗殺者であるとはいえ、白雪姫の優しさを幾度となく相まみえてきた従者達にとって、白雪姫は大切な存在となっていたのです。なので、白雪姫を殺すという事に従者達は苦悩の表情を浮かべておりました。

 気付かれぬようにお互い顔を見合わせて悩んでいると、一人の従者が思い出したように顔を上げました。
「そう言えば、この森にはあの『守人』が住んでいる。彼らならば、心優しい姫様をきっと気に入ってくださるはずだ」
「おぉ、そうだな。『守人』ならばもし女王様の手が回ってこようと安心できる」
「これで姫様も殺さずにすむ」
「だが、もしこの事が女王様にばれたら、我々の命は……」
「私達は確かに女王様の元に働いてきた。……だが、姫様の命を奪うくらいなら、私はこの命、なくそうとも構わない覚悟だ」
 一人の従者の言葉に、不安そうな顔をしていた他の従者も頷き、決心した表情で白雪姫に声をかけました。


「姫様、少々よろしいでしょうか」
「ん? なぁに?」
 まっすぐに自分に向けられる純粋な瞳に心を痛めながら、従者達は言葉を続けます。
「我々は女王様より、貴方様を殺す様に命令されておりました。……しかし、我々は貴方様を殺める事はできません」
「この先に、一軒の小屋があります。そこには『守人』と呼ばれ、外界の民との関わりを拒み、ひっそりと暮らしている者達がおります。その者達ならば、きっと姫様を暖かく迎え入れてくださるはずです」
「我々は、今まで姫様に受けた恩恵を忘れた事は御座いませんでした。だから、姫様には女王様の手の届かない場所で、幸せに暮らして欲しいと心から願っております」
 従者の言葉に、白雪姫は表情を曇らせて言いました。
「私がもし殺されないで生きてたら、貴方達が殺されちゃうんでしょ? なら、私は『白雪姫様』
 最後まで白雪姫が言い終わる前に、従者の一人の青年が微笑んで言葉を遮りました。
「私が初めてお会いした時、白雪姫様は暖かい笑みと共に、労いの言葉をかけてくださいました事、今でも覚えております。今まで現女王様の手先として――暗殺者として生きてきた私にとって、白雪姫様のたわいのない一言が、とても嬉しく思いました」
 そう言うと、従者の青年は白雪姫の白い手を手に取り、忠誠を誓う様に膝をつけて言いました。
「私は――私達は、女王様よりも、自分の命よりも……白雪姫様、貴方様の幸せを選んだのです」
 その言葉と共に、他の従者達も膝をつき、頭を下げます。
「どうか、私達の最後の願い、聞き届けてくださいませんでしょうか」
 従者の青年は再び顔を上げ、微笑んで言いました。
 その瞳には、迷いもなく、まっすぐと白雪姫を見つめていました。

 しばしの沈黙の後、俯いたまま、白雪姫は口を開きました。
「……それで、貴方達は、本当に良いの……?」
 俯いたままの為に表情は見えませんでしたが、その声は小さく震えていて、頬からは数滴の涙がきらきらと輝きながら、白雪姫の白い肌を流れていました。
 従者の青年は己の手でその涙をぬぐい、穏やかな声で言いました。
「私達は、白雪姫様の幸せを何よりも喜びに感じております。……けれど、忘れないでください。私達は、白雪姫様を心から敬愛し、誇りに思っていると……」
 そして、従者の青年は白雪姫の手を離し、立ち上がりました。他の従者もそれにならって立ち上がり、白雪姫に背を向け、歩き始めました。
「……白雪姫様、本当に、有難うございました」
 最後まで残っていた従者の青年は一礼すると、同じ様に白雪姫に背を向け、後を追う様に歩いてゆきました。
 その背が再び、白雪姫を振り返る事はありませんでした。


 たった一人残された白雪姫は、ぐいっと着物の袖で涙を拭き、従者の話していた小屋へと歩き始めました。

 ※※※

 数分ほど歩いていくと、白雪姫の目の前に比較的大きな小屋が見えてきました。
 そこは小屋の周りだけ木を切り取っているらしく、代わりに住人の趣味なのか、色とりどりの美しい花が植えられ、美しく咲き乱れていました。
 今までずっと森の木々の緑だけを見ていた白雪姫にとっては、その空間だけが別の世界の様に思えました。

「お嬢さん、うちに何か用かな?」
 暫くその場に立ちつくしていると、後ろから声をかけられました。しかし、人が来る気配も、足音も全く聞こえませんでした。
 驚いて振り返ると、そこには二人の青年が、大きな篭に沢山のキノコと色鮮やかな木の実を持って立っていました。
 一人は色素の薄い髪と焦げ茶に近い黒眼の青年で、首には紫色のバンダナを巻いています。
 もう一人はその青年よりも年若く、髪も瞳も黒に近い茶色で、首には青色のバンダナを巻き、虚ろ気な瞳はまっすぐと白雪姫を見つめていました。
「あの、ここに『守人』さん達がいるから、そこにいけって従者の人達にいわれたの」
「へぇ……君、もしかして近くの城のお姫様?」
 紫のバンダナの青年がそう言うと、白雪姫は小さく頷きます。しかし、その後悲しそうに俯いて言いました。
「でも、もうあのお城には戻れないの……」
 白雪姫は継母の事、先程の従者の事を二人に話しました。白雪姫が話している間、二人の青年はじっと静かに耳を傾けて聞いていました。
「……だから、私はここに来たの。でも、私のせいで、従者さん達が殺されてしまうのは嫌。誰にも死んで欲しくない」
 白雪姫は白い着物を握り締め、唇を噛み締めます。その瞳には再び、大粒の涙が溜まり始めました。
 すると、それまで黙って話を聞いていた青のバンダナの青年が静かに歩み寄り、ゆっくりとした動作で白雪姫の頭を優しく撫でました。
 その手は温かく、とても心地の良いものでした。
「……大丈夫」
 そこで初めて、青いバンダナの青年は口を開きました。やはり紫のバンダナの青年よりも声音は高く、凛としていました。
 白雪姫がその言葉にどう反応したらよいか戸惑っていると、紫のバンダナの青年が苦笑しながら同じ様に白雪姫の頭に手を置いて言いました。
「丈は言葉が足りないんだよ、全く。でも、安心して? そっちは俺達が何とかしてあげるから」
「本当……?」
 目を見開いて、白雪姫は聞きました。
 紫のバンダナの青年は頷いて見せます。
「こんなに優しい女の子を泣かせる様な人間は、いくら美人でも許せないからね。それに、君の事結構気に入ったよ。ね、丈」
「……」
 紫のバンダナの青年の問いに丈と呼ばれた青いバンダナの青年は無言で頷きました。
 それを見て白雪姫は嬉しさのあまり、堪えきれなかった涙を流しました。
「……っ、あり、が、とう……っ」
 白雪姫は泣きながら、微笑んで言いました。その姿はあまりにも美しく、綺麗で、二人の青年は一瞬言葉を失ってしまいましたが、すぐに笑みを浮かべて白雪姫が泣きやむまで、その小さな頭を撫で続けました。

 ※※※

「……何してるんですか、貴方達は」
 少し不機嫌そうな声が聞こえ、紫のバンダナの青年――藤司郎は視線を上げました。
 そこには小屋の戸の前で腕を組み、正に不機嫌そうにしている青年が立っていました。その首にはやはり、色違いの緑のバンダナを巻いています。
「ちょっとね、可愛いお嬢さんの頼み事を聞いてたんだよ」
「お嬢さん……?」
 その言葉に首を傾げつつ、緑のバンダナの青年――鈴臣は藤司郎の指差す方へと視線を向けました。
 そこには泣き疲れたらしく、すやすやと小さな寝息を立て、青のバンダナの青年――丈之助の膝で眠っている白雪姫がいました。
 鈴臣は本当に珍しいものを見る様に、一瞬呆気にとられて言いました。
「あの丈が膝を……本当に心を許したのですか、その少女に」
「うん、俺も初めてこんな丈の姿見たけど。多分、スズも政姉もユキも気に入ると思うよ。俺が気に入ったぐらいだし」
 藤司郎は眠っている白雪姫の頬を優しく撫で、穏やかな口調で言いました。それはまるで、妹を思う兄の様に、とても優しい仕草でした。
「……それでさ、スズ」
 少し名残惜しそうに頬から手を離し、先程とは一変、声音を低くして藤司郎は視線を再び鈴臣に向けました。その瞳は本当に冷たく、まるで氷の様に冷たいものとなっていました。
「彼女の『頼み事』を、果たしに行かない? 一緒に」

 ※※※

 その頃お城では、白雪姫を殺め損ねた従者達が縄で縛られ、継母の前に突き出されていました。
「よくもまぁおめおめと戻ってこれたものですわね。それ程までに自分の命がいらなかったのかしら?」
 苛立ちと殺気を交えた視線を従者に向け、冷たく継母は吐き捨てました。
 しかし従者達の表情は変わらず、ただ無言で継母を見つめるだけでした。
 その行動に更に気分を損ねた継母は、一人の従者――白雪姫に願いを託した青年――に目をとめ、隣に控えていた兵士に命令し、自分の目の前まで引きずり出しました。
「貴方は特に私に向ける視線が殺気に満ちていますわね……誰の御陰で今まで生きてこれたと思っているのでしょうね」
 歪んだ笑みを浮かべて言う継母に、従者の青年ははっきりと言いました。
「私は確かに、貴方様の御陰でこの様な素晴らしい待遇を受けて参りました。その事には感謝しています」
 ですが、と話を一度区切り、再びまっすぐな眼差しで言葉を続けました。
「貴方様は私達を捨て駒として見ていましたが、白雪姫様は違いました。こんな汚れた私達を、本当に大切にして、慈悲深くしてくださいました。だから、私達は『お黙りなさいっ!!』
 継母は声を張り上げ、従者の青年の頬を叩きました。
「お前達は私の命令だけを聞いていれば良いのですっ!! 何が白雪姫ですか、あんな小娘、ただお気楽な性格をしているだけじゃないっ!! 私は認めないわ、絶対っ」
 継母は更に声を張り上げ、兵士に言いました。
「この者達をいますぐこの場で殺しておしまいなさい。それも一瞬ではなく、じっくり、苦痛を味あわさせてから、私に逆らった事を嫌と言うほど分からせてあげなさいっ」
 その言葉に、兵士はすぐに他の従者達にも引きずり始めました。
 しかし従者達は決心を決めた表情で、けして表情を変える事はありません。
 従者の青年もこれから味わうであろう苦痛を覚悟しながら、瞳を閉じてその時を待ちました。

 その時、

 従者の青年の耳には仲間である従者の声ではなく――兵士の断末魔の様な悲鳴が響き渡りました。
 何が起こったのか、混乱する意識の中でゆっくりと従者の青年が目を開けると、

「……邪魔だ」

 そこには青いバンダナを首に巻いた青年が一人、次々と兵士を薙ぎ倒している光景が広がっていました。
 たった一人というのにも関わらず、その圧巻とも言える戦い様は、美しく、それでいて鮮やかなものでした。

 唖然として見守っていた従者の青年でしたが、ふと青のバンダナの青年――丈之助と視線があいました。
「……俺達は、姫の『頼み事』を果たす為にやってきた」
 横から攻撃してきた兵士を蹴り上げ、淡々と丈之助は言いました。
「姫……白雪姫様……の?」
 おどおどと従者の青年が問いかけると、丈之助は頷いてみせます。
「姫は言った。『従者の皆を助けて欲しい』……と」
 また一人、丈之助は兵士を殴り飛ばします。
 その言葉に、従者の青年は気付きました。
 彼らが――この方達こそが、あの『守人』なのだと。
「……あの方は、ご無事なのですか」
 従者の青年の問いかけに、丈之助はやはり淡々と答えます。
「……今は俺達の小屋にいる。安心しろ」
 感情が殆ど読み取れない声音ではあったが、それでも、従者の青年は安堵しました。
 白雪姫が生きている、それだけで従者の青年は嬉しかったのです。

 しかし、従者の青年は気付いてしまいました。

「……っ、女王様がっ」
 そう、先程までいたはずの継母の姿がどこにもいなくなっていたのです。

 しかし、従者の青年の言葉に、丈之助はさも気にした様子もなく兵士をまた一人薙ぎ倒しました。
「……あっちは、彼奴等に任せている」
 最後の一人を倒したところでそう言うと、丈之助は従者の青年の縄を近くに倒れている兵士の剣で切り、他の従者の元へと歩いていきました。
「『彼奴等』……?」
 自由の身になった従者の青年でしたが、丈之助の言葉にただただ首を傾げ、助け出されてゆく仲間の姿を見つめていました。

 ※※※

「……くっ、おのれ……まさか『守人』までも手駒にするとは……どこまでも憎たらしい小娘ですわ……っ!」
 何とか身を潜ませながら、継母は足早に城の外を目指してゆきます。
 こんな所で、自分は死ぬわけにはいかない。その信念だけが継母を突き動かしていました。
 そして、やっと城の裏手にある門にさしかかり、継母は安堵の表情を浮かべました。
「ここまでくれば……」
 辺りを見渡して誰もいない事を確認し、門の外へ向かいます。

「どこに行く気なんですか? 女王様」

 瞬間、継母の首筋に冷たいものが突きつけられました。

 小さく悲鳴をあげた後、恐る恐る目だけを動かして継母は後方にいるであろう人物を見ます。
「初めまして、俺は『守人』の藤司郎って言います。今後とも宜しく御願い致しますね……まぁ、覚えていたら、ですけど」
 そう言って妖艶に微笑みながら、後方の人物――藤司郎は言いました。けれどもやはり、その瞳は鋭く、今にも継母を射殺してしまうほどでした。
 その笑みに、継母の背中に冷たいものが走ります。
「スズ、何か見える? この人から」
 藤司郎は視線を継母から外し、前方に広がる暗闇に向かって突然誰かに話しかけました。すると、
「……えぇ、どうやらその人はかなり腹の底から黒い方の様ですよ」
 藤司郎の声とは違う青年の声が聞こえたかと思うと、闇の中からゆっくり、緑のバンダナを巻いた青年――鈴臣が現れました。
「あのお姫様の母親……前女王はご病気で亡くなったと聞いていましたが、貴方がこっそり家臣に薬に少量の毒を盛っていたのですね。通りですぐに良くなると言われいたはずなのに、病状が悪化するわけです。王が今いないのも、貴方が裏で手下を使って城から遠ざけ、その隙にお姫様を殺そうと目論んでいた……という訳ですね」
 淡々と告げる鈴臣の言葉に、継母は言葉を失いました。
 それは誰にも告げた事のない、継母だけが知る秘密だったのです。
 それなのにも関わらず、初めて出会った鈴臣はまるで全てを見てきたかの様に、正確にその秘密を言い当てたのです。
「へぇー成る程、じゃあこの人がお姫様の幸せを奪った訳か」
 至極楽しそうに、藤司郎は言いました。勿論、目は笑っていません。
 継母はただただ、恐怖で体を震わせるだけです。
「ねぇ、女王様……」
 首に突きつける刃物をほんの少し近づけ、囁く様に藤司郎は言いました。
 継母の体にほんの少しの痛みが走ります。
「俺達はあの子の優しい心を気に入って、あの子の笑顔を好きになった」
 淡々と、母親が子供に物語を語る様に、藤司郎は語り続けます。
「だから、俺達はあの子の『頼み事』を引き受けたし、これからも幸せに笑っていて欲しいんだ」
 そう言って、ゆっくりと藤司郎は刃物を持つ手に力を込めました。

「だから――これ以上、あの子を苦しめないで?」

 ※※※

「ん……」
 少し小さく唸って、白雪姫はゆっくりと目を開けました。
 起きたばかりでまだ朧気な意識でしたが、そこが城にある自分の部屋ではなく、『守人』の住まうあの小屋の中だと分かるのに数秒もかかりませんでした。
「あ、起きたのね。良かった……」
 優しい声音に視線を向けると、そこには首に薄い桃色のバンダナを巻いた、優しげな印象の青年が立っていました。その後ろには同じく黄色のバンダナを首に巻き、顔や体全体を布で隠した青年が一緒についています。
「貴方は誰……?」
 白雪姫は訪ねました。
「私は政宗。さっき貴方が会ったバンダナの人……丈之助ちゃんと藤司郎ちゃんと一緒に、ここで暮らしているの。今は私と幸成ちゃんだけしかいないけど、後もう一人、鈴臣ちゃんっていう子も一緒よ」
 薄い桃色のバンダナの青年――政宗はそう言って、手に持っていた白い小さな鍋を白雪姫に渡します。
「これ、私が作ったお粥なんだけど、食べれる?」
「貴方が作ったの……?」
 政宗の言葉に、白雪姫は驚いた表情で言いました。
 その表情に少し困った笑みを浮かべ、政宗は頷いてみせます。
「やっぱり変よね、男なのに料理なんて。しかも、こんな話し方だし……」
「ううん、そうじゃなくて、凄いなって!」
 政宗の言葉を否定する様に大きく首を振って、白雪姫は笑みを浮かべて言いました。
「男の人でお料理ができるのは凄いと思うし、話し方なんて人それぞれだもの。全然気にしないよ?」
 白雪姫の言葉に、今度は政宗が驚きました。今までそんな風に自分の事を言ってくる外界の人間は一人としていなかったのです。
 なのに、白雪姫は何の迷いもなく、まっすぐな瞳を向けて言ったのです。
 唖然としている政宗を首を傾げながら見つめていた白雪姫でしたが、ふと後ろにいた黄色のバンダナの青年――幸成の手の中にあるものに視線を向けました。
「それ、私に持ってきてくれたの?」
 唐突に話しかけられた事に少し動揺しながらも、幸成は小さく頷いて、手に持っていた小さく赤い花を白雪姫に差し出しました。
「わぁ、綺麗! 有難う!!」
 満遍の笑みを浮かべて、白雪姫は幸成にお礼を言いました。
 幸成は覆い隠された布のせいで瞳だけしか見えませんでしたが、その瞳は驚きで大きく見開いていました。
 こんな布で覆い隠している不気味な自分にさえ、笑顔を向けて礼を言う、それだけで幸成は驚きと、嬉しさで胸がいっぱいになりました。
 その光景を、やっと我に戻った政宗は眺めながら、ふと城へと向かっていく時に藤司郎が言っていた一言を思い出しました。

『お姫様が目を覚ましたら、話をしてみなよ。きっと、政姉もユキも、彼女を気に入るから』

 その言葉の意味が、今なら分かる。政宗は思いました。
 白雪姫は、本当に純粋な、優しい心の持ち主なのです。
 だからこそ、自分達以外に心を許した事のないあの二人が、初めてあった白雪姫の為に自分の意志で動いたのだと。

「……貴方の名前、まだ聞いてなかったわね。なんて言うの?」
 ゆっくりと穏やかな口調で、政宗は白雪姫に問いかけました。
 すると一瞬きょとんとした表情を見せ、白雪姫は笑顔で言いました。
「皆は白雪姫って呼んでるけど、それは本当の名前じゃないの。私の名前はね――」

 ※※※

「――良かったんですか、あのままにしておいて」
 小屋へと戻る帰り道、鈴臣は藤司郎に問いかけました。
 少し先を歩いていた藤司郎は振り向くと、笑みを浮かべて言いました。
「いいんだよ、どうせ後はあの従者さん達がなんとかしてくれるだろうし。俺達はただ『従者さんを助けて』って御願いされただけだから」
 それに、と言って藤司郎はすっかり夕焼け色に染まった空を見上げました。
「『誰にも死んで欲しくない』……って言われたら、殺したくても、殺せない」
 そう言って、再び藤司郎は歩き始めました。

 あの後、藤司郎は継母を殺すことなく、手刀で気絶させるだけにとどまり、その後縄で縛ってから後から来た従者の青年達に引き渡しました。
 本当は藤司郎自身、その継母を殺すつもりだったのですが、白雪姫の言葉がどうしても引っかかり、それを実行する事ができなかったのです。

「……そこまで、あのお姫様を気に入ったんですか?」
 再び鈴臣は眉を顰めながら言いました。
 今まで何人もの外界の人間と会ってきた鈴臣でしたが、彼らがそこまで思い入れる人物など見た事がなかったので、鈴臣にとってはまだ話した事のない白雪姫の存在が正直疑わしかったのです。
 しかし、その問いに答えたのは藤司郎ではなく、更にその前を歩く丈之助でした。
「……姫は、『ありがとう』と、言ってくれた」
「……は?」
 その言葉に、鈴臣は更に眉を顰めます。
 それに補足を入れるように、藤司郎が苦笑しながら言いました。
「初めてだったんだよ、俺達以外の人間に、笑顔でお礼言われたのが。だから、彼女の為に何かしてあげたかったんだろ?」
 藤司郎の問いかけに、無言で丈之助は頷きました。
 その言葉に唖然とした表情をしている鈴臣に、再び藤司郎は言いました。
「一回話してみれば分かるって。絶対スズも――彼女を、気に入るから」
 その声は、とても優しく、穏やかなものでした。

 ※※※

「あ、帰ってきた!」
 遠くから歩いてくる三人の姿を見つけて、白雪姫は走り出しました。
 それに遅れて、政宗と幸成も後を追うように歩いてゆきます。

「お兄さん達ーっ!!」
 そう叫ぶと同時に、白雪姫は三人に向かって駆け寄っていきました。
 一瞬面食らった表情をする三人でしたが、すぐに丈之助と藤司郎は穏やかな表情で白雪姫を迎え入れます。
「本当に元気なお姫様だなぁ。さっきまであんなに泣いてたとは思えないよ」
「むぅ、さっきはさっきだもん!」
 からかわれた事に機嫌を損ねたらしく、白雪姫は頬をふくらましてむっとした表情で言い返します。そのしぐさは本当にまだあどけなく、自然とその光景を見ていた面々の顔に笑みがこぼれました。
「あ、貴方が鈴臣だね?」
 白雪姫は鈴臣に近づき、そう尋ねました。
 鈴臣は唐突に名前を呼ばれた事に驚きつつも、『そうですよ』と頷きました。
「まだ話した事なかったから初めましてだよね? 初めまして! そして有難う、従者の皆を助けてくれて!」
 そう言うと白雪姫は深々とお辞儀をしました。
 予想していなかった行動に、鈴臣は呆気にとられてしまいました。
 確かに自分とは面識がなかったとはいえ、こんな風に話しかけられた事は一度もなかったのです。
 そして何より――その姿が、とても愛くるしく思えた自分に、驚きを隠せませんでした。

 その様子を面白そうに藤司郎は眺めてから、小声で藤司郎は鈴臣に言いました。
「ね、これで分かっただろう? 俺達が彼女を気に入った理由が」
「……えぇ、何となく、分かった気がします」
 そう答える表情は、やはり穏やかなものでした。

「さぁ、お姫様。従者達は助けたし、もうお城には戻れるよ。今から送るから、一緒に行こう?」
 そう言って藤司郎は白雪姫に手を差し伸べました。
 その表情はあくまで笑みを浮かべていましたが、どことなく寂しさを含んでいました。他の皆の顔にも、それぞれ愁いを帯びていました。

 そう、それだけ、ほんの少し話しただけの白雪姫という存在は、それぞれの胸の中で大きなものとなっていたのです。
 本当は皆、もっと一緒にいたい……そう思っていました。

 しかし、白雪姫には返るべき場所があります。
 だから、どんなに離れがたくても、彼女の幸せを願うから、別れなくてはいけないのです。

「さぁ、行こう。お城へ」
 もう一度藤司郎は言いました。
 ですが、白雪姫はその手を取ろうとはしません。
「? どうかしたのかい?」
 首を傾げて藤司郎が尋ねると、白雪姫は首を振って言いました。

「私、お城には戻らない」

 その言葉に、その場にいた全員が言葉を失いました。
 まさか白雪姫からそんな言葉が出るとは、誰一人として思っていなかったのです。
「どうして? 折角従者は皆無事で、君を殺そうとした継母も懲らしめて、もう君を苦しめるものはないんだよ? もうすぐ君のお父さんだって帰ってくる。幸せじゃないか」
 藤司郎の問いかけに、白雪姫は全員を一度振り返ってから再び藤司郎の方を向いて言いました。
「だって、私……皆の事が気に入ったんだもん」
 そう言って、白雪姫は笑みを浮かべました。
「私、皆と一緒にいるとね、すっごく心があったかくなるの。母様や父様と一緒の時と同じぐらいに。だから、もっと一緒にお話したり、御飯食べたりしたい」
 それに、と言い切り、胸を張って白雪姫は続けました。
「従者のお兄さんが言ってたもの。『幸せになって欲しい』って!」
 その言葉に、皆何も言えませんでした。

 彼らは皆、嬉しかったのです。
 白雪姫が自分達と同じ気持ちでいてくれた事を。

「……はは、本当に、元気なお姫様だよ」
 先に口を開いたのは、藤司郎でした。
 それに習うように、他の皆も笑みを浮かべます。
「じゃあ、従者の方々に伝えにいかなければいけませんね。『姫は私達と共に暮らしますので、あとの事は宜しく』……と」
「大変、新しいお布団とか食器が必要ね。急いで用意しないと!」
「……手伝う」
「……」
 そう言うとそれぞれ色々と口にしながら小屋へと戻ってゆきます。
「……じゃ、戻りますか。お姫様」
 再び藤司郎は白雪姫に手を差し伸べました。
 今度は嬉しそうに白雪姫はその手をとり、皆を追いかけるようにして歩いてゆきます。

「そう言えば、いつまでも『お姫様』じゃなんか変だよね。名前、なんて言うの?」
 思い出したように藤司郎が問いかけると、白雪姫は笑顔で言いました。
「皆私の事『白雪姫』っていうけど、本当の名前は沙鳥って言うの!」
「沙鳥……か、良い名前だね」
「えへへー母様がつけてくれた名前なんだ。私も気に入ってるんだ! 『白雪姫』って呼ばれるよりも、名前で呼ばれるのが一番好き」
 本当に気に入っているのでしょう、嬉しそうに話すその姿に藤司郎の表情も一層穏やかなものとなります。きっと、こんなにも穏やかな気持ちになれたのも、初めてだろう。
「じゃあ改めて、これからも宜しくね。沙鳥」
「うんっ! こちらこそ、これからも宜しくね!」
 白雪姫――沙鳥の明るい声が、夕焼けに染まる森に優しく響き渡りました。

 ※※※

「そうですか……白雪姫様は、あなた方の元を選ばれたのですね」
「あぁ、悪いけど、そういう事になったんだ」
 翌日、藤司郎は城に訪れ、従者の青年に事の事情を伝えました。
 流石に寂しそうにしていましたが、従者の青年は微笑んでそれを承諾しました。
「白雪姫様方が幸せであるならば、私達は、それだけでいいんです。だから、白雪姫様がもし戻ってこられても大丈夫な様に、私達がこの城を守っていきます」
「……あんたも、大概真面目だね」
 藤司郎の言葉に、従者の青年は少し苦笑しました。
「でも……残念な事が一つだけある」
「え?」
 そう言うと藤司郎は立ち上がり、不敵な笑みを浮かべて言いました。

「白雪姫――沙鳥は、もう俺達の『家族』だから」



 こうして、白雪姫は新しい『家族』と出会い、森の中で楽しく、幸せに暮らしましたとさ。
 めでてし、めでたし……。

 ※※※

「……って夢を見たんですけど。しかも従者の青年役で。どう思います?」
「あー……まぁ、何だ、それをネタに漫画でも描いてみれば?」
 どこか真剣に語る遡羅に、何とも言えない表情で三島は答えるという光景が、九龍城砦の一角で見られたとか。