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【望月遡羅の憂鬱】


 人は誰しも、苦手な人間が存在する。
 それはやれ極寒の吟遊詩人だの、やれ悪趣味な程に真っ赤な道化だのというのは人それぞれである。
 そして彼女――序列31位、【ファンタズマゴリアバディ(幻想具現化)】の望月遡羅(もちづき そら)にも勿論例外なく、苦手な人物がいるわけで……。

 ※※※

「師匠っ!! 今日も一つ御指南御願い致しますっ!!!」
「……だから、その『師匠』というのをやめて下さいと何度言ったら分かるんですか……」
 何の前触れもなく自室を訪ねてきた来訪者を見て、遡羅は大きな溜息と共に項垂れた。
 それと同時に、丁度周りの部屋の主が皆外出している事に安心する。こんな光景を見られでもしたら、明日からきっと悪ふざけに『師匠』と呼ばれそうだ。特に二角当たりに。
 しかし当の言われた本人――序列2001位、弓納持有華(ゆみなもち ゆか)は全く気にする事もなく、むしろ『あれ、具合でも悪いんですか!? お医者さんお呼びします!?』とあらぬ方向へあたふたし始めたので、痛む頭を堪えつつ、遡羅は有華を部屋へと招き入れた。

 ※※※

「――で、これが次に出そうと思ってる本のサンプルなんですけどー、是非師匠の感想を聞きたくてっ」
「はぁ……」
 取り敢えず部屋に備え付けてあるアジアンテイストの椅子に有華を座らせ、あり合わせの茶菓子と二人分の緑茶の入った湯飲みをのせた盆を机の上に置いてから、遡羅は同じく椅子に腰掛けつつ彼女が訪れた理由である物を受け取った。

 それは通常一般人が『本』として目にする多少厚みのあるものではなく、どちらかと言えばパンフレットやノートに近い薄さで、いわゆる――『同人誌』というものである。
 そしてその表紙には見目麗しい男性二人の絵が描かれており、やたらとその距離が近い。いわずもがな、BL(男性同士の恋愛)というジャンルだと一目で分かる代物だ。

「……今回もまたハールーンさんと古屋敷さんなんですか? 確かこの間、こっぴどく古屋敷さんに注意されたと聞いていましたが……」
 表紙を見るなり、遡羅は眉を顰めて有華へと問いかける。
 実際こうやって彼女が自分で作った本を持ってくるのは初めてではなく、今ではすっかり――悲しいほどに――慣れてはいた。だが、実在する、しかも身近な知人を題材に描いた彼女の作品には未だに遡羅は馴染めないでいた。いや、むしろ馴染んだらいけないと理性が拒んでいた。
 しかし、有華は『大丈夫ですよー』と笑いながら机の上の緑茶に手を伸ばす。
「今度は絶っっっっっ対に、古屋敷さんには見つからないルートで販売しますし、買ってくれる方にもちゃーんと念を押しますから♪ それに、なんだかんだ言って古屋敷さん達も自分をモデルにされて内心嬉しいに決まってますよっ!!」
「いや、それはありませんから」
 明るく爽やかに怖いこと言うな、と内心そう思いながら、遡羅はきっぱりとつっこみを入れる。これが彼女の生来のつっこみ担当という悲しい性であろう。
 しかしやはり彼女はそんな遡羅の気持ちなど気付くはずもなく、ぱらぱらとページをめくりながら『こことか結構上手く描けたと思うんですけど、どうですか?』と目を輝かせながら執拗に感想を聞いてくる。
 そのあまりにも無邪気すぎる瞳に押されながら、遡羅はただただ曖昧に『えぇ、まぁ、いいんじゃないでしょうか……』と答えるしかなかった。

 そもそも何故、彼女が本来在住する東区からここ西区、しかもあの澪漂メンバーが揃うこの九龍城砦までわざわざ遡羅に会いに来るようになったのか。
 それはほんの数ヶ月前、遡羅がついやってしまったある出来事がきっかけであった。

 ※※※

 その当時、やはり絵描きであり、そして女子として、多少なりとも遡羅もその手の同人誌には興味があった。
 ただ、興味があるといっても直接手がける事はしなかったし、本当に気になる程度でしか認識していなかった。というか、そういう系統のものを描く事を精神的にも拒んでいたのが理由である。
 だからこそ、遡羅はそういったものには絶対に手をつけようとはしないでいた。

 しかし、そのほんの少しの興味を、一番厄介な人物――極度の腐女子である有華に知られてしまったのだ。

 というのも、たまたま道で彼女と出会い、始めはたわいもない会話をしていたのだが、
「そう言えば、望月さんは同人誌って興味ありませんか?」
 という突然の質問に思わず、
「え、まぁ、少しはありますけど……」
 とつい口を滑らせてしまったのが災いだった。

 それからどんどん有華のテンションが上がり、何やら話が本当に変な方向へ進んで、気がついた時には遡羅は『師匠』と勝手に仰がれて、こうして今の様に新作を作ってはアドバイスを貰おうと度々押しかけてくる様になってしまったのだ。
 後から聞けば、元々遡羅の絵に目をつけていて、『いつか自分の絵も見て欲しいなぁ~と思っていた』と笑顔で言われ、何も言えないでいたのを今でも覚えている。

 ※※※

(あぁ、こんな事になるならばあの時興味があるなどと言わなければ良かったです……私の馬鹿)
 過去の自分の過ちを本気で嘆きながら、遡羅は再び大きく溜息をついた。
「? どうかしましたか師匠」
 首を傾げ、有華が問いかける。こういう時だけは妙に敏感だ。
「あぁ、いえ、何でもないですよ……」
 何とか笑顔を作って返事を返すと、有華は『無理しないでくださいね?』と心配そうに言って、再び緑茶を口に含む。無理をさせているのが自分であるとはさらさら思ってはいないであろう。今度は彼女に気付かれない様に、小さく溜息をつく。

 渋々とは言えども、誰かの作品を見るというのはまんざら嫌ではない。むしろ彼女の場合絵もストーリーも上手いので、案外こうやって販売される前の作品を先に見れる事は喜ばしい事である。
 そして何より、あまり絵描きの知人がいない遡羅にとって、有華は数少ない絵描き仲間――かなりずれた所はあるが――としてはその存在が貴重だった。

 ……しかし、だ。

「……あの、弓納持さん」
「はい? どこかおかしな所がありましたか?」
 茶菓子に伸ばしかけた手を止め、有華は遡羅へと視線を向ける。その目はやはりどこかきらきらとしていて、何かしらの期待のまなざしを向けているのが嫌と言うほど伝わってきた。
「いや、そう言うわけではなくて、むしろ今回の作品はなかなかストーリー的にも構図的にも申し分ありませんが……」
 そう言って、遡羅は言葉を濁す。
 
 そう、内容的にはしっかりとしていてかなりの完成度でもあり、特に変えた方がよい箇所もなく、作品としては評価は高い。
 問題は、やはり登場人物なのだ。

 いくら今までしぶとく生きてきた彼女とはいえども、流石にこうもランク持ちの人間ばかりを標的としていればいつ命の危機に面してもおかしくはない。しかも、相手が本物の殺人鬼だったりもするのだ。
 ここまで近い立場になってしまうと、やはり彼女の身を案じるのは仕方がない事である。
 だが、

「本当ですかっ!? わー良かったです、今回のは結構自信があったんですよ!! 特にこのすれ違いざまに急に腕を強引に……って所かもう――っ」
「や、私が言いたいのは『本当に有難うございますっ、流石私の見込んだ師匠ですねっ!!』う゛っ……」
 遡羅の高評価発言にテンションが上がってしまっている有華にはもう遡羅の声は届かず、ありったけの尊敬のまなざしで見つめられ、それ以上遡羅は何も言えなくなってしまった。

(……あぁ、兄様……本当に私は、愚かな妹でございます……)

 今頃どこか遠くの彼方で人々の為に尽力を尽くしているであろう兄に詫びを入れながら、遡羅はもう何度目かも分からない溜息をついた。