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【Semplice】

 自信満々に真っ直ぐ前を向き、ポテポテと歩いていた沙鳥は振り返ってはっきりと宣言した。
「迷った!!」
 対して丈之助は、ゆっくりと首肯する。
「だと思った」
 いつもの事である。
 何となく、こっちっぽいで歩き出し、気付いたら迷っている。
 否、家を出た瞬間から迷ってると言えなくもない。
「どうしよっかーここどこだろう?」
 藤司朗に連絡すれば何とかなるだろうが、何故か繋がらない。
「いっぱい歩いたり上ったり下りたりしたような気がしないでもないんだけどね」
 それでも、迷いなく真っ直ぐに歩く。正確には迷っているのだけれど……
「ねぇ、そっちは危ないよ?」
「にゅ?」
 見ると、そこには見覚えのない少年がいた。
「そっから奥には行かない方が良い」
「そっかーじゃ、こっちは帰り道じゃないんだね! ありがとう!」
 少年に向かって深々とお辞儀をし、逆方向へ再び歩き出す。
 無防備にも背を向けて。
「ストップ」
「おろ?」
 丈之助に肩を掴まれ、停止する。
 よく見れば、向かっていたのは先ほど危ないと言われた方向だった。
「あれ?」
 自分の方向音痴さもとうとうここまで到達したのかと小さく感動している沙鳥を他所に、丈之助は真っ直ぐに何もいないはずの空間を見詰める。
「どこ見てるの?」
「さっきの奴」
 けれど、そこには誰も……
「ふーん。鋭いね」
 誰もいないはずの空間に少年の姿が浮き上がる。
「似たような能力のせいで慣れた」
 互いに殺気はないものの、何も言わずに見詰め合う。
 隙を見せる事は出来ない。
 そんな二人を眺め、沙鳥は空気も読まずに手を叩く。
「凄いのね! 魔法みたい!」
「……は?」
「どうやってやったの? あ、こういう事は聞かない方が粋だよって藤司朗に言われてたんだった! ごめんね、魔法使いさん?」
 この場の雰囲気とさっぱり一致しない無邪気な反応。
「変なの……」
「失礼しちゃう! 変じゃないもん! 変って言う方が変なんだもん!」
 いつ誰に襲われるか分からない状況だというのに、何故ここまで隙だらけなのか。
「ここがどこだか分かってるの?」
「トランキ学園!」
「……間違いではない」
 沙鳥があまりにも自信満々で、少年は思わず同意してしまう。
「まぁ、その学園に認められてない区域なんだけどね」
「嫌われちゃったの?」
「それ以前の問題。……ここまで話しても全然気付いてくれない事にビックリだ」
「全然ヒントをくれない状態で理解しろって方がビックリだよ」
 沙鳥は膨れ面で少年を睨む。迫力も何も皆無だが。
「アンダーヤード。聞いた事ない?」
「モグラさんがいるところでしょ!」
「……モグラ?」
 想像とは全く違う解答。
 予想ではここで驚いて恐怖して逃げ出すはずなのに、沙鳥の不可思議な説明は続く。
「モグラさんがね、穴を掘って地下深くで暮らしてるの。お外に出て光を浴びたら大変なことになっちゃうから、小さくて丸いサングラスをかけててね、ぬぼーってしてるの。私たちとは相容れない生活環境だから、絶対に邪魔しちゃダメだよって藤司朗と鈴臣が言ってた!」
「……」
「どうかした?」
 そんな嘘を吐いた人間と、それを本気で信じている人間が存在している事に少年は本気で驚いた。
 しかも、自分より明らかに年上だ。
「ここがそのアンダーヤードなんだけど……しかも、結構深い所まで来ちゃってる」
「嘘だ!!!」
 驚きの真実に、沙鳥の表情が青褪める。
「だ、だって……モグラさんは!?」
「……探せばどこかにはいるかも?」
 出会った事はないけれど。
「ところで、貴方はどちら様? 私はねー沙鳥って言うの! こっちはね、丈之助!」
 その辺のネズミと戯れていた丈之助は、少年へと視線を向けて小さく頭を下げる。
 護衛のくせに、こんな不自然な状況下でも全く構えようとしていない。
 だが、その名を聞いて納得する。
 “霸月丈之助は朝霧沙鳥への害意以外には無関心”
 それゆえに、先ほどの能力には気付けても、少年を攻撃する事は出来ない。
 そして、朝霧沙鳥――
「……なるほど」
 これが【ゴッドアイドル(神の偶像)】か。
「なるほどじゃなくて、名前!」
「蔡麻 勇太郎」
「じゃあ、ゆたろね! よろしくね!」
 想像通り、正直に名乗っても何も反応しない。
 少年、勇太郎は苦笑いを浮かべて、差し出された沙鳥の手を握った。
「よろしく……それと、正しい帰り道はこっち。メインヤードの下まで案内する」
「わぁ、ありがとう! 良い人ね!」
 子供みたいに素直な笑顔。
 勇太郎がそんな言葉を聞いたのは、どれくらいぶりだろうか。
「でも、どうしてメインヤードって分かったの?」
 本気で何も気付いていない沙鳥に勇太郎は、悪戯を誤魔化す子供のように笑って「ナイショ」とだけ答えた。