Skip to: Site menu | Main content


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

「契ちゃん、こっち一口食べる?」
「羊美味しいよ。裏側に胡椒がぬってある」
「じゃあ、私も」
「添え物の野菜も全員違うね。交換しようか」
 女性陣は料理の交換を始める。正式なマナーでは、他人の皿にものに手をつけてはいけないため、料理をシェアしたり、食べきれなかった分を他の人が食べる場合、給仕に頼んで取り分けて貰うのはマナーだ。といっても、友人同士の会食でそこまで気をつかう人間は少ない。オープンの席ならば他人の目が気になるが、個室ならその心配も無用だ。そもそもマナーとは、美味しく楽しく料理を楽しむためのものなのだから、他人に迷惑がかからない範囲なら、本人たちが楽しいほうがいいに決まっている。
 魚から肉へと料理が映る。鳩の肉なんて普段は口にしないが、とても美味しかった。匠は唸る。この学園に入学して十年以上になるが、驚くネタは尽きない。
「篭森ちゃんも来れればよかったのにね」
「仕事だって」
「……全員知り合いなのか。篭森と」
 篭森珠月は、匠の所属するブルーローズの初期の出資者だった人物だ。
「玉九朗さんにちょっかい出しにくる」
 もぐもぐと食べながら繍が答えた。酒に弱いのか、ワインにもシャンパンにもほとんど手を出していない。
「うちは骨董商だから、変なモノ売りに来たり、買いに来たり。あ、エドワードさんとか戒さんとか、古書も扱うからハル・エバーさんとかも来るよ」
 神無も返事をする。自分で頼んだくせにシャンパンをあまり飲んでいない。苦い酒はだめらしい。
「十年弱前に、地下で殺しそうになって殺されかけた」
 自分でワインを注ぎながら、契は答えた。一番いやな関係だった。しかし、学園内のランカー同士というのは残念ながらこの手の出会いが少なくない。
「そういえば昨日ドナルド見たよ。周囲の人がめっちゃよけてた」
 ドナルドはメインヤードに本店があるファーストフードチェーン、通称ワックを経営する生徒である。外見と性格に難があるため、人気は分かれるところである。
「私は澪漂管弦楽団の三角二角(みすみ にかく)見たよ。いつもどおりふらふらしてて、周囲の人間にぶつかりまくってた」
 序列87位【デカラビア(心を砕く星)】三角二角
 西の澪漂管弦楽団のメンバーのひとりで、酔っていない時でもふらふらしているのが特徴である。
「で、そのまま酔っ払いにぶつかって絡まれて、秒殺で返り討ち」
「私もサリー・サラバンド見たよ。なんかさぁ、最近、朝一番にサリーを見るといいことがあるっていう変な都市伝説が生まれてるんだけど」
「何それ」
「いや……でもサリーならあるいは……」
 サリー・サラバンドは、西区のリンク〈カヴン・サラバンド〉のミストレス(役職のひとつ)で、序列94位。エイリアスは【ホーカス・ポーカス(魔法の言葉)】。見た目も、中身も魔女っ子という、学園の中でも特に色々と濃い人間の一人である。
「変なひとばっか」
「なんでうちの学校って、こういう変な人ばっかりなんだろうね」
「あはは」
 神無は笑った。
「それ、私たちがいう台詞じゃないよね」
 沈黙。部屋にナイフやフォークを動かすわずかな音だけが響く。
「……まあ、トランキライザーっていうのは精神安定剤のことだもんね。今の時代、頭が狂ってなきゃ上にはいけないか」
「んー、歴史上の偉人って、高確率で天才じゃなくて諦めの悪い馬鹿だっていうからねぇ。いいと思うよ、おねえちゃんは」
「繍ちゃんは天才って呼ばれるタイプだけどね」
「浪費してるけどね」
 矯邑繍のエイリアス【スコーレ】の語源は、ギリシャ語で余暇である。やる気のないだらけた様子からついたという、ある意味不名誉なエイリアスだ。まあ、一番不名誉なのはそんなのに負けている学者たちなのだろうが。
「それはともかくとして……チーズ食べる?」
「せっかくだしつまもうか。まだワインが残ってる」
 肉の皿が下げられて、パン屑が払われる。やっているのは当然豚だ。匠は表情を保つのに苦労する。短い脚で背伸びして豚は机の上を掃除した。
 通常のメニュー構成ならば、ここでチーズとワインを食べるのだが、お腹に余裕がない場合はとばすこともある。匠の場合、フルコースを食べないといけないのでとばすわけにはいかない。
 チーズには発酵のさせ方によって色々な種類があるのだが、出てきたのはほとんどがあまり発酵させないものかプロセスチーズだった。
「……そういう方針なのか?」
「ううん。私たちの好き嫌い」
 匠の独り言を聞きつけて、神無が訂正を入れた。それはどうなのだろう。色々と。
「……融通がきく店だな」
「作る前なら、苦手なもの抜いてもらうことくらいできるよ。どこの店でも」
「それは知ってる」
 ブルーローズ洋菓子店でも、アレルギーの客などから事前に色々と指示がはいることが結構ある。
「ゆきちゃん友達だし」
「懐かしいね。予科生時代、よく飯をたかりにいったもんだ」
 もはやどこから突っ込んでいいのか分からない。突っ込みを放棄して、匠はチーズに集中した。美味しい。
「デザートお願いします」
 全員が終わったところでテーブルの上のベルを鳴らす。すぐに給仕が皿を下げに来た。テーブルの上は何もなくなる。
「食後酒はやめておこうか」
「飲んだから帰る自信がない」
 食後酒はすべての食事が終わった後の、甘口の酒である。当然、飲まなくてもいい。
「お待たせしました」
 音もなく扉が開いた。今まではとは違う、生気に満ちた声が響く。
「あ、ゆきちゃんだ」
「わーい、ゆきちゃん」
「村崎ちゃん、こっち来て平気なの?」
 入ってきたのはワゴンを押した少女だった。シミ一つない純白のコック服を着ている。髪はまとめてコック帽の中にしまわれ、化粧にも清潔感がある。理想的なシェフ姿だ。
「いえいえ、ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。当店シェフの村崎です。先輩方にはもっと早くに挨拶にこようと思ったんですけど、ちょっと厨房が立て込んでいて……」
 普通の女の子だった。店に比べてあまりにも普通な外見に、匠はびっくりする。幽霊のように生気がないわけでも、言動や服装にとりたてて異常があるわけでもない。少しもあの世っぽくないし、動物っぽくもない。
 これがあの幽霊と鳥と豚の上司。
 考えるといろいろ複雑な気持ちになった。
「あ、毎熊さん、お怪我はどうですか?」
 言われて気づく。脂汗がにじむほどだった怪我が、もうほとんど痛くない。動かしてみると折れていたはずの指が動く。まだかすかな痛みはあるが、動かせないほどじゃない。
「……治ってるみたいです。ありがとうございます」
「デザート食べたら完治ですよ。はい、デザートの盛り合わせで御座います」
 白い皿に三種類のデザートが盛られている。
「左手前から時計回りに、木イチゴのムース、ホワイトチョコレートとチョコレートの二段ムース、オレンジのケーキになります」
 綺麗なケーキが等間隔で並んでいる。その中央にはベリーが盛られている。
「きゃー、綺麗!」
「写メ、写メ」
「美味しそう~」
 女性陣は嬉しそうな悲鳴を上げて、食べ始める。神無はまだ箸を使っている。最後まで使い続けるつもりなのだろうか。しかも今気づいたが、漆塗りの箸だ。細かい装飾が入っており、箸箱は蒔絵にみえた。いったいいくらするんだ、それは。
 ゆき子はにこにこと笑っている。
「初めての客様でしたよね。どうでしたか、当店は?」
「はい。すごくおいしかったです……けど、その」
 まともそうなシェフに、思い切って聞いてみる。
「この外観は……」
「ああ。フレンチっていうのは、本来はあんまり高級なものじゃないんですよ。でも、現地以外ではフレンチっていうと高級料理でしょう? だからみなさん、特別な日にいらっしゃる方が多いんですよ。だから、特別な日を忘れられない日にしてもらうために、異世界を演出してるんです」
 異世界というか、あの世ですが。
 突っ込みたかったが、ゆき子の無邪気な笑みを見ていると突っ込んでも無駄な気がした。
「いえ、大変牡丹と桜が美しく……」
「時期によっては、狂い咲く花の種類も変わるんですよ。全部、本来の時期と違う時期に咲くんですけど。えーと、コスモスとか彼岸花とか紫陽花とか」
「それはすごいですね」
 彼岸花の時期にだけは来店したくない。匠は思った。
「はい。もしよろしかったら、ランチタイムにも来てください。噴水が綺麗ですよ」
「あ、噴水があるんですか」
 水音を聞いた記憶はないが、多分、外観に気を取られて聞き逃しただけだろう。
「はい。庭に小川を流しているんです。天気がよくて気候がいいシーズンは、お庭で食事をするコースもご用意しています」
「素敵ですね」
 オープンテラス。自分のところでもやってみたらうけるかもしれない。匠は思った。おっとりとして見えるが、そこそこの経営手腕のようだ。
「とことで、あの……鳥は……豚は…………」
「ピヨちゃんとピーちゃんですね。ピヨちゃんは、食材市場で売ってたひよこの中に毛色が違うのがいたので買ってみたら、すごく大きくなって恩返ししてくれたんです」
「恩返し……」
 そういうレベルの物体なのだろうか。
「ピーちゃんも肉の卸売してる店に行ったらいて、なんか気になったから連れてかえってきたんです。そうしたら二足歩行をはじめて、びっくりしました」
「……非常食、とかいうことはないですよね?」
 とても不安だ。
 匠の言葉に、ゆき子は目を瞬かせた。
「あー、確かに脂がのってきましたよね」
「…………」
「でも、二足歩行の豚って美味しいんでしょうか?」
「いや……きっと美味しくないです。そうに違いありません」
 これ以上会話を続けると危険なことになりそうだったので、匠は会話を打ち切った。目の前の木イチゴのムースに手をつける。
「美味しいです」
「ブルーローズの方にお菓子をお出しするなんて、恥ずかしいんですけど」
「そうでもないですよ。デザートとしてはとても優秀です」
 お茶に必要なお菓子とデザートの甘いものは、同じケーキでも求められる味や甘みが微妙に違う。この店はそれをよく分かっている。
「美味しいだけじゃない、優しい味です」
 問題は、店のサービスが客の心臓に優しくないことだが。しかし、人によってはこの緊張感がくせになる可能性はある。経営がうまくいっているのなら、店のコンセプトに部外者が口を出す権利はない。
「えへ、ありがとう御座います。では、ごゆっくり」
 照れ笑いを浮かべて、序列226位【ドクターグルメ(美食治療)】村崎ゆき子は去って行った。それを見送りつつ、匠の頭にある単語が浮かんだ。
 天然――――こちらを睨んでいる契が怖いので口には出さないが。




「美味しかったね」
 サービスの食後のお茶を楽しみながら、繍は嬉しそうに言った。
「うん。幸せ~」
「そういえば、毎熊さん怪我治った?」
「御蔭さまで」
 手は痛くない。それどころか、肩こりや疲労感すら無くなっている。精神的な意味でも疲労は増えたが、それでもすごい。
「……すごい店だな。次は普通に期待」
「無理だと思うよ。予約いっぱい」
 契が水を差す。とことん嫌われた。
「もう、契ちゃんは男には厳しいな」
「っていうか、基本、蠍と友人以外には厳しいから」
 繍は笑い、神無は苦笑する。
「蠍……ってなに?」
「こっちの話。忘れて」
 速攻で繍は話題を打ち切った。なにか触れてはいけないものらしい。
「さ、そろそろ出ようか。日付変わっちゃう」
「あ、ほんとだ。やばい、明日学校」
 急に騒々しくなる。繍が伝票を手に取ったので、匠は手を伸ばしてそれをさらった。
「あ」
「ここは払う。払わせてください。食事に乱入してすみませんでした」
「気を遣わなくてもいいのに」
「一部負担しようか? ここ安くはないよ」
「一応、企業家のランカーなんで大丈夫です」
 普通、ランカーは金がある。ごく一部の人間を除いて。
「そう? なら、ごちそうさま」
「御馳走様です」
「……ありがとう御座います」
 ぺこりと女性陣は頭を下げた。決して少ない出費ではないが、珍しい縁が結べたと思えば安い。匠は給仕を呼んで、伝票とカードを渡した。
「あ、そうだ。じゃあ、代わりに」
 ごそごそとポケットを探って、冷泉は名刺を取り出した。沈んだ空色の名刺だ。
「私の店、〈水葉庵〉の名刺です。アンティークを扱ってるんで、店の装飾とかで何か必要になった時はぜひご連絡を。サービスします」
「あ、じゃあこちらも。電話くだされば、優先的に予約を入れます」
 匠も名刺を取り出した。それを見てて、慌てて残り二人も名刺を出す。
「んー、何もできないけど、一応名刺あげる」
「資金繰りに困ったら、きたらいいと思うよ」
「資金繰りに困ってもお前のところだけにはいかねえよ!!」
 空多川契の所属するデスインランドは、非合法金融も行っている。
「んーと、じゃあ財布に入れておけば? 地下でかつあげとかあった時に、脅しに使えるよ。相手によっては逆効果だけど」
「どんだけ敵がいるんだよ。いいよ。別に何にも使わないよ」
 しぶしぶ匠は名刺を受取った。繍の名刺は目に優しいきなり色で、契の名刺はボルドーレッドだった。よく見ると四隅に蠍をデフォルメしたような模様がついている。とても「らしい」名刺だった。

 こうして、匠の奇妙な晩さんは幕を閉じた。





「――――ということがあったんだ」
「へえ」
 翌日、出勤してきたブルーローズ社長、序列299位【スカーレットフラワー(罪ある赤い花)】雪城白花(ゆきしろ はっか)は、話を聞いて目を丸くした。
「私が退社してたころにそんな目に……」
「な、泣くな! ほら、治ったし、治ったから! それに料理は美味かった」
「ル・クルーゼ……知ってます。一度行こうと思ってたんですけど、機会がなくて…………ディナーはまず無理でしょうね。予約がすごいらしいですから」
 白花は残念そうな顔をした。そして、何か思い出したように顔をあげる。
「匠さん!」
「な、なんだ?」
「次の定休日に、二人でル・クルーゼにお昼ご飯を食べに行きましょう! 確か昼間はバイキングで食べ放題のはずです。予約はないから、並べばきっと食べられます!」
 一瞬のち、相手が意図してはいないとはいえ、それがデートの誘いであることに気づいて、匠は心の中でガッツポーズをとった。匠は白花のことが好きだった――究極的に鈍い白花のせいで、思いはいまだ届いていないが。
「よし、行こう!」
「そうしましょう」
 目的と思惑が交差する中、二人は約束した。



 次のブルーローズの定休日が、ル・クルーゼの定休日と重なることに二人が気づくのはもう少し後のことである。



 おわり