【Consueto】
藤司朗は作業の手を止め、時計へと視線を移す。
そろそろ向かわないと間に合わないかもしれない。
「スズはどうする?」
ペンギンが差し出す書類に延々とサインし続けていた鈴臣は、唐突な問いに眉を寄せた。
あぁ、これは完全に忘れているな。
「マサ姉泣いちゃうよ?」
「あぁ……そういえば、何かのコンテストに参加しているんでしたっけ? 羨ましいほど暇ですね」
そんな訳がない。
政宗はこの家の住人の世話から、庶務や店の手伝いまで完璧にこなしているのだ。
暇どころか、遊びに行く余裕もないだろう。
「物好きとしか思えませんね」
「お前の身体が心配だから、無理して参加しないで休め! って正直に言えば良かったのに」
「自業自得なマサより、明日の自分の方が大事なので、観戦なら一人でどうぞ」
照れや意地というわけではなく、鈴臣が外出した翌日に高熱を出して寝込むのは事実。
藤司朗はそんな事情など笑顔でまるっと無視して秘密兵器を出す。
「沙鳥が、皆で一緒に応援出来たら良いんだけどな……って」
可愛げのない幼なじみより、心優しい兄の方が大事だ。
僅かな間も置かずに鈴臣の周囲から書類が消える。
「何をしているんです、シロ? グズグズしないで下さい」
「了解」
苦笑を浮かべ、一瞬で処理済みとなった書類に埋もれているペンギンを助け起こす。
そんな二人に白い影が無音で近づく。
「あれ? ユキが表に出てくるなんて珍しいね。お出かけ?」
幸成からは何も発せられず、ただ立っているだけ。
「あぁ、マサの応援ですね。何か占いに出たんですか?」
唯一窺う事の出来る目も、二人の間をゆっくりと行ったり来たりするだけ。
「それは困ったな。丈だけで二人を守れるとは思えない。急いで行かないと」
正確には、丈之助だけで二人を守るのは簡単だが、正しい判断の上で動くのは無理なのだ。
反射で行動するタイプの人間だから。
「つまり、全員で外出ですか。何年ぶりでしょうね」
三人は顔を見合わせ、同時に心中で呟く。
そろそろ向かわないと間に合わないかもしれない。
「スズはどうする?」
ペンギンが差し出す書類に延々とサインし続けていた鈴臣は、唐突な問いに眉を寄せた。
あぁ、これは完全に忘れているな。
「マサ姉泣いちゃうよ?」
「あぁ……そういえば、何かのコンテストに参加しているんでしたっけ? 羨ましいほど暇ですね」
そんな訳がない。
政宗はこの家の住人の世話から、庶務や店の手伝いまで完璧にこなしているのだ。
暇どころか、遊びに行く余裕もないだろう。
「物好きとしか思えませんね」
「お前の身体が心配だから、無理して参加しないで休め! って正直に言えば良かったのに」
「自業自得なマサより、明日の自分の方が大事なので、観戦なら一人でどうぞ」
照れや意地というわけではなく、鈴臣が外出した翌日に高熱を出して寝込むのは事実。
藤司朗はそんな事情など笑顔でまるっと無視して秘密兵器を出す。
「沙鳥が、皆で一緒に応援出来たら良いんだけどな……って」
可愛げのない幼なじみより、心優しい兄の方が大事だ。
僅かな間も置かずに鈴臣の周囲から書類が消える。
「何をしているんです、シロ? グズグズしないで下さい」
「了解」
苦笑を浮かべ、一瞬で処理済みとなった書類に埋もれているペンギンを助け起こす。
そんな二人に白い影が無音で近づく。
「あれ? ユキが表に出てくるなんて珍しいね。お出かけ?」
幸成からは何も発せられず、ただ立っているだけ。
「あぁ、マサの応援ですね。何か占いに出たんですか?」
唯一窺う事の出来る目も、二人の間をゆっくりと行ったり来たりするだけ。
「それは困ったな。丈だけで二人を守れるとは思えない。急いで行かないと」
正確には、丈之助だけで二人を守るのは簡単だが、正しい判断の上で動くのは無理なのだ。
反射で行動するタイプの人間だから。
「つまり、全員で外出ですか。何年ぶりでしょうね」
三人は顔を見合わせ、同時に心中で呟く。
――沙鳥が喜びそうだ。
とはいえ、家を出てすぐに、藤司朗は後悔する事となった。
デザイン違いの白い軍服姿はまだ良い。
沙鳥を知るものには珍しくもないだろうから。
ただ、陽が照り返している訳でもないのにゴーグルで完全に視界を覆っている者と、寒い訳でもないのに目深にフードを被ってマフラーまでして全身を隠している者と歩くには、藤司朗の格好はまとも過ぎた。
「まあ、楽しそうだから良いけどね」
ゴーグルのせいでほとんど何も見えていない鈴臣のため、空き缶やら看板やらを健気に除ける幸成を見て、そっと頬を緩めた。
事情があるとはいえ、この二人は外に出なさ過ぎる。
あの人に狂わされたリズムがまともに動く日は、一生来ないだろう。
何があろうと。
「そういえば、占いの結果って?」
電柱を引き抜こうとしていた幸成は、小さく首を傾げた。
「あの人絡みでない事は確かでしょう」
幸成の暴挙に気付いていながら、止めもせずに眺めていた鈴臣は、労いを込めて幸成の頭に手を乗せる。
「ただ、沙鳥が動こうとしているのでしょう? あの子に力を使わせてはいけないから、その前に元凶を断とうと……」
そのままコンテスト会場に足を踏み入れ、三人同時に笑みを浮かべる。
「遅かったみたいですが」
冷ややかに、冷ややかに。
「……あわれ」
「哀れむなら、死んでも治らないバカが現実に存在しているという事実に若干の頭痛を覚えているこちらを哀れんで欲しいですよ」
「同感だね」
見れば、舞台上の幼き女王陛下も同じような笑みを浮かべている。
「では、陛下の御意向だ。彼らの身は我々が引き受けようか」
同胞を、陛下の配下を、神の欠片を。
否定するということが何を意味するのか、心身全てに理解して頂こう。
たっぷりと、余す事無く存分に。
デザイン違いの白い軍服姿はまだ良い。
沙鳥を知るものには珍しくもないだろうから。
ただ、陽が照り返している訳でもないのにゴーグルで完全に視界を覆っている者と、寒い訳でもないのに目深にフードを被ってマフラーまでして全身を隠している者と歩くには、藤司朗の格好はまとも過ぎた。
「まあ、楽しそうだから良いけどね」
ゴーグルのせいでほとんど何も見えていない鈴臣のため、空き缶やら看板やらを健気に除ける幸成を見て、そっと頬を緩めた。
事情があるとはいえ、この二人は外に出なさ過ぎる。
あの人に狂わされたリズムがまともに動く日は、一生来ないだろう。
何があろうと。
「そういえば、占いの結果って?」
電柱を引き抜こうとしていた幸成は、小さく首を傾げた。
「あの人絡みでない事は確かでしょう」
幸成の暴挙に気付いていながら、止めもせずに眺めていた鈴臣は、労いを込めて幸成の頭に手を乗せる。
「ただ、沙鳥が動こうとしているのでしょう? あの子に力を使わせてはいけないから、その前に元凶を断とうと……」
そのままコンテスト会場に足を踏み入れ、三人同時に笑みを浮かべる。
「遅かったみたいですが」
冷ややかに、冷ややかに。
「……あわれ」
「哀れむなら、死んでも治らないバカが現実に存在しているという事実に若干の頭痛を覚えているこちらを哀れんで欲しいですよ」
「同感だね」
見れば、舞台上の幼き女王陛下も同じような笑みを浮かべている。
「では、陛下の御意向だ。彼らの身は我々が引き受けようか」
同胞を、陛下の配下を、神の欠片を。
否定するということが何を意味するのか、心身全てに理解して頂こう。
たっぷりと、余す事無く存分に。