【Benvenuto】
身も心もボロボロの体で、男たちは逃げるように会場を立ち去る。
否。
逃げるように、ではない。
逃げているのだ。
何からか。何もかもから。
自らにとって唯一ともいえる何よりも安全な場所へ逃げ込み、ようやく息を吐く。
怯えた顔で、世界中を敵に回したとでも言うように。
もちろん、彼らの予想は正しい。
彼らは敵に回してしまった。
この学園で、最も敵に回してはいけない人物を。
「Quesito(質問)」
誰もいないはずの根城に響く、玲瓏な男声。
「何をそんなに怯えているの?」
聞く者の神経を逆撫でするような、軽やかな笑い声。
「俺たちがそんなに怖い?」
薄汚れた部屋には似付かわしくないほど、穏やかな微笑。
「……さて、本題。俺らの事は知ってる?」
デザインはそれぞれに合わせて変えているが、揃いの白い軍服……これに見覚えのない者は少ない。
序列15位【ゴッドアイドル(神の偶像)】朝霧沙鳥の傍らには、どんな時であろうと必ず存在しているのだから。
つまり、小さな女王陛下の白い影――【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】の証。
加えて、この時代では珍しい眼鏡、完全に視界を覆っているゴーグル、限りなく露出を控えた装い……といった分かり易い特徴。
余程の世間知らずでなければ、容易く彼らの名を答えられるだろう。
「そりゃあ、話が早くて助かるね」
序列65位【アトローチェドルチェッツァ(私の愛しい人)】光月藤司朗は、不自然なほど甘く囁く。
「我らが陛下は、君たちを招待したいらしい。遠慮なく喜んで良いよ。こんな機会は二度とないだろうから」
女王陛下からの招待。沙鳥の能力を考えれば、彼らの末路は決まったも同然だった。
だが、まだ招待を受けた訳じゃない。
知らぬ者がいない彼ら……同時に、戦闘能力の有無もよく知られている。
「……ここに丈はいない。僕ら相手であれば、逃げ切る事も可能である……そうお考えですか?」
序列214位【ジューダフェデーレ(忠実な裏切り者)】佐々鈴臣は、それまでの沈黙を破り、ゆっくりとした口調で一文字一文字丁寧に紡ぐ。
「笑止……だけで察して頂けるほど賢い方々であれば、我らが陛下のお心を乱すような愚行にも及ばなかったでしょうね」
「ば、バカにするのもいい加減に……」
彼らも一応はこの学園に属する者。ランカーではないが、それなりの経験は積んで来ている。
「可哀想に……君たちは【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】の名前しか知らないみたいだね」
心から同情するように藤司朗が目を伏せる。
その横で鈴臣は、愚かな彼らにも理解出来るよう、分かり易い嘲りを込めて一笑した。
「その古傷、もう完治しました?」
唐突過ぎる指摘に動揺する間もなく、左足を指された男は自らその傷口にナイフを突き立てていた。
「……なッ!」
鈴臣はゴーグルを外しておらず、藤司朗も命令を下していない。
二人の能力である【ディヴルガーレ(秘密撲滅)】も【ロマンゾローザ(強制擬似恋愛)】 も発生条件を満たしていないはずだった。
「あぁ、驚かせちゃった? ちゃんと先に言っておいてあげれば良かったね『Accoltellare(刺せ)』って。君たち程度なら指示しなくても、ちゃんと言うこと聞いてくれるもんだから、つい手抜きしちゃった」
「慮外者の顔と名前を覚える事と同じくらい、一度見た他人の秘密を忘れる事が苦手なんです。残念ながら」
気付けば、立っているものは彼らだけ。
残る三人も、序列259位【ヴァーノプロフェータ(意味のない戯言)】和泉幸成の手によって、文字通り床に縫い付けられていた。
「相手の手の内が完全に読める者と戦う上で、読まれても防げないほど強い力を有していない場合はどうなるか……これはとても勉強になるお手本ですね」
「流石はユキって所かな。偉い偉い」
二人から手放しで誉められて、付き合いの長い彼らにしか判別出来ないほど微かに照れながら幸成は首を振った。
「きっと、こうして君たちと言葉を交わせるのは最後だろうから教えてあげる」
藤司朗は跪き、リーダー格と思われる男の頭を強制的に上げさせて目線を合わせる。
「確かに、俺らの中で一番殺傷能力に長けているのは丈だけれどもね、丈之助が一番強いという訳ではないんだよ」
「僕らの強弱に差違はありません。どんぐりの背比べ、と言ったところでしょうか」
「俺らは俺らとだけは戦えない。勝てないし負けないからね」
勝敗がつかない戦いは無意味。でなければ、殺し合っていた事だろう。それも、生れ落ちた瞬間に。
だからこその【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】なのだ。
「安心して。女王陛下は寛大だから」
「あなた方のような愚か者であろうと、過去は忘れて受け入れて下さるはずです」
二人は柔らかく微笑み、残酷な一言を口にする。
否。
逃げるように、ではない。
逃げているのだ。
何からか。何もかもから。
自らにとって唯一ともいえる何よりも安全な場所へ逃げ込み、ようやく息を吐く。
怯えた顔で、世界中を敵に回したとでも言うように。
もちろん、彼らの予想は正しい。
彼らは敵に回してしまった。
この学園で、最も敵に回してはいけない人物を。
「Quesito(質問)」
誰もいないはずの根城に響く、玲瓏な男声。
「何をそんなに怯えているの?」
聞く者の神経を逆撫でするような、軽やかな笑い声。
「俺たちがそんなに怖い?」
薄汚れた部屋には似付かわしくないほど、穏やかな微笑。
「……さて、本題。俺らの事は知ってる?」
デザインはそれぞれに合わせて変えているが、揃いの白い軍服……これに見覚えのない者は少ない。
序列15位【ゴッドアイドル(神の偶像)】朝霧沙鳥の傍らには、どんな時であろうと必ず存在しているのだから。
つまり、小さな女王陛下の白い影――【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】の証。
加えて、この時代では珍しい眼鏡、完全に視界を覆っているゴーグル、限りなく露出を控えた装い……といった分かり易い特徴。
余程の世間知らずでなければ、容易く彼らの名を答えられるだろう。
「そりゃあ、話が早くて助かるね」
序列65位【アトローチェドルチェッツァ(私の愛しい人)】光月藤司朗は、不自然なほど甘く囁く。
「我らが陛下は、君たちを招待したいらしい。遠慮なく喜んで良いよ。こんな機会は二度とないだろうから」
女王陛下からの招待。沙鳥の能力を考えれば、彼らの末路は決まったも同然だった。
だが、まだ招待を受けた訳じゃない。
知らぬ者がいない彼ら……同時に、戦闘能力の有無もよく知られている。
「……ここに丈はいない。僕ら相手であれば、逃げ切る事も可能である……そうお考えですか?」
序列214位【ジューダフェデーレ(忠実な裏切り者)】佐々鈴臣は、それまでの沈黙を破り、ゆっくりとした口調で一文字一文字丁寧に紡ぐ。
「笑止……だけで察して頂けるほど賢い方々であれば、我らが陛下のお心を乱すような愚行にも及ばなかったでしょうね」
「ば、バカにするのもいい加減に……」
彼らも一応はこの学園に属する者。ランカーではないが、それなりの経験は積んで来ている。
「可哀想に……君たちは【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】の名前しか知らないみたいだね」
心から同情するように藤司朗が目を伏せる。
その横で鈴臣は、愚かな彼らにも理解出来るよう、分かり易い嘲りを込めて一笑した。
「その古傷、もう完治しました?」
唐突過ぎる指摘に動揺する間もなく、左足を指された男は自らその傷口にナイフを突き立てていた。
「……なッ!」
鈴臣はゴーグルを外しておらず、藤司朗も命令を下していない。
二人の能力である【ディヴルガーレ(秘密撲滅)】も【ロマンゾローザ(強制擬似恋愛)】 も発生条件を満たしていないはずだった。
「あぁ、驚かせちゃった? ちゃんと先に言っておいてあげれば良かったね『Accoltellare(刺せ)』って。君たち程度なら指示しなくても、ちゃんと言うこと聞いてくれるもんだから、つい手抜きしちゃった」
「慮外者の顔と名前を覚える事と同じくらい、一度見た他人の秘密を忘れる事が苦手なんです。残念ながら」
気付けば、立っているものは彼らだけ。
残る三人も、序列259位【ヴァーノプロフェータ(意味のない戯言)】和泉幸成の手によって、文字通り床に縫い付けられていた。
「相手の手の内が完全に読める者と戦う上で、読まれても防げないほど強い力を有していない場合はどうなるか……これはとても勉強になるお手本ですね」
「流石はユキって所かな。偉い偉い」
二人から手放しで誉められて、付き合いの長い彼らにしか判別出来ないほど微かに照れながら幸成は首を振った。
「きっと、こうして君たちと言葉を交わせるのは最後だろうから教えてあげる」
藤司朗は跪き、リーダー格と思われる男の頭を強制的に上げさせて目線を合わせる。
「確かに、俺らの中で一番殺傷能力に長けているのは丈だけれどもね、丈之助が一番強いという訳ではないんだよ」
「僕らの強弱に差違はありません。どんぐりの背比べ、と言ったところでしょうか」
「俺らは俺らとだけは戦えない。勝てないし負けないからね」
勝敗がつかない戦いは無意味。でなければ、殺し合っていた事だろう。それも、生れ落ちた瞬間に。
だからこその【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】なのだ。
「安心して。女王陛下は寛大だから」
「あなた方のような愚か者であろうと、過去は忘れて受け入れて下さるはずです」
二人は柔らかく微笑み、残酷な一言を口にする。
「ようこそ、レイヴンズワンダーへ」