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 チューニング  謎の会合、あるいは一重の憂鬱

 澪漂・一重(みおつくしひとえ)の目の前を不思議な光景が横切っていく。
 ここは旧東京に建造された独立学園都市トランキライザーの西区画、その中心部に聳え立つ歪な建造物の集合体・九龍城砦(クーロンじょうさい)。その中にある一際大きな大集会場に向かって、西区画に住んでいる人々がぞくぞくと集まっているのだ。
 ぱっと見ただけで目に付くのは学園都市の序列でも高位に位置するいわゆるトップランカーたち。一重の知っている顔も少なくない。
 【ミスタトゥ】、【デリシャスタイム】、【パンツァーメイド】、【ウェポンバトラー】、【クローズドサークル】、【ラストエンペラー】、【ホーカスポーカス】、【ダイヤモンドダスト】、【ヘンケルス】……世界的に有名なエイリアス持ちがぞろぞろと、一人また一人とやってくる。その中には、一重の所属する澪漂管弦楽団に在籍している者も何人か混ざっていた。
 ある意味百鬼夜行よりも恐ろしいその行列がいいかげん途絶えたころ、一重の目は廊下の反対側をこちらに向かってやってくる彼女の相方――澪漂・二重(ふたえ)の姿を捉えた。
 「あ、二重。あのね、西の人たちが皆集まってきてるんだけど?」
 「あぁ……うん、私が呼んだんだ」
 当然といえば当然の一重の疑問に対し、二重は少し言いよどんだ――ように見えた。
 「少し、リンクのトップと話さなければならない案件ができてな……別に澪漂としての仕事ではないから、君は休んでいていい」
 「え? うん……」
 二重は一方的にそれだけを告げると、さっさと集会場に入ってドアを閉めてしまった。
 取り残される形になった一重は、二重の前ではあまり見せない不機嫌な顔をした。あからさまに妖しい。それでなくとも大言を吐いたり虚勢を張ったりするのは得意なくせに、つまらない嘘を吐くのが苦手な二重のことだ。そもそも澪漂としての仕事ではないと言っていたが、集会場に入っていった面々の中には間違いなく澪漂のメンバーがいた。
 一重は何だか仲間はずれにされたような気分になってため息を吐いた。
 一応、集会場のドアに耳を付けて中の様子を伺ってみるが、音楽練習にも使える防音仕様のドアからは何の物音も聞き取ることはできなかった。
 と、一重は自分の袖を引っ張る者がいることに気づき振り返る。
 「あれ、波音(はのん)? あなたも仲間はずれなの?」
 そこに立っていたのは、一重よりも頭一つ分ほど小さい少女――【フラッグインゲー(ト音記号)】の杏藤(あんどう)・波音だった。若干十四歳にして、二重に仕事を任されることもあるほどの実力を持つ、澪漂のルーキーである。
 波音は一重の問いに小首を傾げながら、淡々とした口調で言った。
 「団長にお客さん」
 「二重に? 誰だろう、別にアポとかも聞いてないし……」
 波音はうーん、と首を傾げ、訪問者の名前を思い出した。
 「あ、そうだ。確か、第七管弦楽団の団長さんって言ってた」
 「え、七重(ななえ)ちゃん?」
一重は以外な名前に目を丸くした。

                     ♪

 「久しぶり、一重」
 一重が応接室に向かうと、豪奢なソファに身体を沈み込ませるようにして、澪漂第七巻減額団長【デスペラードコンダクター(無法の指揮者)】澪漂・七重が座っていた。七重はドアを開けて入ってきた一重に、穏やかな笑みを浮かべて手を振る。
 「久しぶりだね、七重ちゃん。――この前アフリカで共闘して以来だから……半年振りくらいかな?」
 「もうすっかり冬ね。外はかなり寒いわよ?」
 そんな時候の挨拶を交わしながら、一重は七重の対面のソファに腰を降ろした。
 「それで? 二重に用ってどうしたの? そもそも七重ちゃんが学園に来るなんて珍しいじゃない」
 「んー……ま、仕事かな? 人様の庭で暴れる許可を二重に貰いに来たんだけど」
 それを聴いて、一重はあからさまに嫌そうな顔をした。
 「それ……多分二重怒るよ?」
 「だろうね」
 仏頂面の二重が目に浮かび、七重は苦笑を漏らした。
 「千重団長も、学園での仕事なら二重に頼めばいいのに。と言うか、七重ちゃん一人?」
 「今日は深重(みえ)は別の仕事でアメリカに行ってる。けど他のメンバーは皆来てるよ。今は動き出すまでの空き時間だから、どこで何してるか知らないけど」
 「自由時間まで拘束するつもりはないけど、問題起こさないでね」
 一重はますます苦い顔をした。
 第七管弦楽団のメンバーは澪漂屈指の【虐殺者】と呼ばれる戦闘狂揃いだ。そんな物騒な面々が四人もこの学園都市にいるというのは存外のっぴきならない状態である。
 七重はそこでふと思い出したように、
 「そういえば、その二重はどうしたのよ?」
 「二重は……何か妖しい集まりを開いてたよ。私は知らないけどね」
 僅かに悲しげな目をした一重に、七重は「ふぅん」と眉を上げた。
 「何、あいつがあんたに隠し事をするなんて珍しいわね……しかもそんな悲しそうな顔させて。よし、後で一発殴っておいてあげる」
 「いや、それはダメでしょ」
 真顔で物騒なことを言う七重に一重は苦笑して答えた。そんなことしようものなら、最悪喧嘩になってどちらかが死にかねない。
 「で、その仕事って?」
 話題を変える意味で何となく口にした疑問に、七重は少しばつの悪そうな顔をした。
 「んー……それねぇ。言っていいかな? いいか、別に同じ交響楽団の人間だし」
 「口に出すと拙い相手なの?」
 一重の問いに、七重は「いや」と首を振った。
 「【真言宗山階派十三家】、知ってるわよね?」
 一重は首肯した。
 世界の裏側を統べる通称『九つの組織』、その中でも特に大きな勢力を誇る、極東を拠点とした仕事師集団の家系。それが【真言宗山階派十三家】であり、同じ『九つの組織』に連なる【澪漂交響楽団】にとっても全く関わりのない組織ではない。十三家――轡野(ひの)、博嘴(ひろはし)、烏丸(からすま)、柳胎(やなぎはら)、嶽夜(たけや)、裏沫(うらまつ)、甘露璽(かんろじ)、覇室(はむろ)、勧修慈(かじゅうじ)、万里小路(までのこうじ)、星冠而(せいかんじ)、那加帝(なかみかど)、亡浄(ぼうじょう)――その名を冠する生徒も、この学園には少なからず存在している。
 「その中の一家、嶽夜の人間が、今回私が相手しなきゃならない相手なの」
 「へぇ……それはまた、珍しいね。十三家はオールラウンドの使い手だから、場合によっては澪漂の仕事とは掠りもしないじゃない」
 「まぁね。ただ、今回は特別かな。奴さん、九龍(クーロン)の仕事に手ぇ出しちゃったみたいだから」
 七重は酷く面倒くさそうにそう言った。
 この黄道の暦にあって世界の表側を統べるのが、各地を代表する企業の集合体【黄道十二宮協会(ゾディアックソサエティ)】である。九龍公司(クーロンカンパニー)はその序列第二位【牡牛宮(タウルス)】に連なる中華系最大企業で、澪漂ともつながりは深かった。それ故、こうして敵対組織の殲滅を澪漂に依頼することもよくあることだ。
 「で、九龍にちょっかいかけた嶽夜の連中がこの学園都市に身を潜めているっていうんで私たちが出てきたわけ。さすがに十三家の一翼、しかも分家じゃなくて本家ともあれば、あんたたちにはまだ荷が重いでしょ?」
 なるほど、と一重は頷く。身内に甘い大団長の考えそうなことだ。
 「でも手伝えることは手伝うよ。って言うか勝手に動き回ったら二重が迷惑するだろうし」
 「そうね。でも、そんなに難しい仕事じゃなさそうだから大丈夫よ。相手は四人……分家の珠夜・花火(たまやはなび)に本家の嶽夜・嶽満(たけやたけみつ)、鉋木(かんなぎ)、それに当主・叉汚嶽(さおだけ)の弟の嶽夜・唐嶽(たけやからたけ)、それしかいないし」
 指折り敵の数を数えていた七重だったが、一重はその言葉に鋭く反応した。
 「嶽夜・唐嶽? それって【サプライズウィンド(六甲颪)】の唐嶽?」
 「そう。よく知ってるわね?」
 「あ、うん。割と有名な人だからね……へぇ、そうなんだ……」
 七重は特に気にすることもなく、話題を仕事から世間話へとシフトしていった。
 しかし一重はどこか難しい顔で、膝の上にそろえた自分の手を見つめていた。

                   ♪

 極東の学園都市を舞台にして、音楽家と仕事師――芸術家と職人が演じる死闘が幕を開けた。
 いつもならごく当然に進行するこの戦いに、一つの過去が影を落とす。
 そしてその過去は、澪漂と嶽夜のみならず、学園の生徒をも巻き込んで大きな波紋を広げていく。
 新たな交響曲を始めよう。
 物語の中心は、澪漂第七管弦楽団長【デスペラードコンダクター】澪漂・七重。
 彼女の言葉を取って、この交響曲をこう名づける。

        交響曲第二番 【無礼】

 どこかでだれかがこの戦いをこう例えた。
 曰く、被害者が加害者となり、そして被疑者が審判者となる。その繰り返しこそが、争いというものなのだ、と。
 音楽家が交響曲の始まりを告げる。

 「さあ、澪漂の幕を開けましょう」