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カーテンコール  見えざる囚人

 「澪漂は依頼をこなしてくれたようだな。これで我々が新たな土台を築くことができる」
 アフリカ大陸北部のとある町。比較的進んだ町並みの中でも一際目を引く高層ビルの一室に、【サハラエレクトロニクス】の幹部が集まっていた。
 「とりあえず今日はこれからの方針を話し合います。彼らの仕事は終わりましたが、我々の仕事はむしろここから……気を抜かずにいきましょう」
 【マリアスコール】が陥落したことにより生まれた穴を埋めるため、【サハラエレクトロニクス】の役員たちはそれぞれのプランを発表していく。
 そんな役員の間を、一人の女性が歩いていた。まるでそれが当然とでもいうように、堂々と。そして彼らはそんな場違いな女性の存在にまるで気づくことなく各々の考えを口にしていく。
 やがて女性の足は一人の初老の男性の背後で止まった。役員の言葉を聴きながらあくびをかみ殺していた男の背後から、女性はゆっくりと手を回し、その口を塞ぐ。
 「……っ!?」
 「静かにしなさい。大人しくしてれば、あと二、三分は長生きさせてやる」
 男にだけ聞こえるような小声で、女性は耳元で囁いた。
 「【サハラエレクトロニクス】会長、レイクね? ……お久しぶり、とでも言っておこうか」
 女性の言葉に男――レイクは身体を硬くする。
 「覚えているかしら? 二十年前……とある女性が産んだ子ども。あなたたちは誰一人として認識できなかったようだけど……」
 「…………!」
 レイクの反応に、彼女は満足げな笑みを浮かべる。
 「覚えてたみたいね……。どうかしら? いるはずのないと思っていた者にこうして背後をとられている気分は……?」
 周りの役員達は、会長が拘束されていることに気づかない。脂汗を浮かべるレイクと、加虐的な笑みを貼り付けた女性だけが、この空間で浮いている。
 「私が何しに来たか、分かってる? 分かるわよね、分かるはずだわ。お母さんを見殺しにした、あなたならね」
 レイクの背中に、硬い物があてがわれた。独特の冷たさが彼を身震いさせる。
 「復讐なんてつまらないものに執心するつもりはないけれど、せっかく与えられた機会だもの。有効活用させてもらうわ」

 会議室の長机の上に立って、彼女は口笛を吹いていた。
 その手には二丁のサブマシンガン、足元には無数の薬莢が転がっている。
 そして、決して狭くない会議室の床を埋め尽くすように数十の死体が横たわっていた。流れる血で床は赤く染まり、むっとする匂いが充満する室内で、しかし彼女は口笛を吹いている。
 まるでそこが彼女にとってのステージであるかのように。
 最初に会議室にいた人数よりも死体の数が多いのは、騒ぎを聞きつけてきた社員や警備員もろとも皆殺しにしたためである。すでに新規で部屋に入ってくる者もおらず、彼女がいつまでもここにいる理由もないのだが、しかし彼女はその場を動かない。
 口笛を吹くのは癖のようなものだ。他者に存在を認識されない彼女にとって、自分の居場所を知ってもらうためには何らかの音を立てる必要がある。
 十分ほどそうして口笛を吹き続けていた彼女は、不意に机から飛び降りると悠然と――当然のように、開け放たれたドアから出て行った。

                    ♪

 両手にサブマシンガンをぶら下げた酷く危険な姿で、彼女は町を歩いていた。長い前髪に隠れた両目はひどく気だるそうで、ぶらぶらと力なく握った指の中でサブマシンガンが揺れている。
 道端の街灯にもたれるように、一人の男が立っていた。全身を革で決めた男は、手にした携帯電話を弄っている。
 何のことなく彼女がその男の傍を通り過ぎようとしたとき、男が不意に口を開いた。

 「おい、シカト決めてんじゃねぇぞ。檻重(おりえ)」

 彼女は男の言葉には答えず、男の正面にある裏路地に目を向けた。
 「別に殺さなくもよかったのに……逃げるんならそのまま逃がしてあげればよかったじゃない、纏重?」
 ぱっと見では分からないが、路地裏には無数の死体が押し込まれていた。胸には社員証が付いている。さっきの騒ぎでビルから逃げ出してきた、【サハラエレクトロニクス】の社員のようだ。
 男――【ストーキングヘッド】の澪漂・纏重は、その言葉を受けてはっ、と笑う。
 「いらねぇ禍根は断っておかねぇとな。後々またこんなところまで出てくるのは御免だよ」
 纏重はそう言って彼女――【プリズムプリズナー(散光囚人)】の澪漂・檻重を見据えた。もちろん纏重にも、彼女の姿は見えていないのだが、長年の付き合いでそれとなく居場所くらいは分かる。それでなくとも、一度存在に気づけばその独特の気配は気づかないほうが難しいくらいだ。
 「澪漂四天王の一翼、【見えざる脱獄者】、【不可避の暗殺者】、【プリズムプリズナー】の澪漂・檻重さんがこそこそと何かしてやがるからな。気になって見に来てみればこれだ」
 「別に今回は澪漂として動いてたわけじゃないよ。私はあくまで、個人の復讐のために来たんだ」
 にべもなくそう言う檻重。
 「考えてみりゃおかしな話だよな。本来ならこんな依頼、受けなくたっていいようなもんじゃねぇか。面倒くせぇ。だが……千重の本当の目的は戦争の殲滅じゃあなく、【サハラエレクトロニクス】の殲滅だったわけか」
 「…………」
 しかし檻重の言葉も聴かず、纏重はそう断言した。
 「ちょっと調べてみれば、【サハラエレクトロニクス】の会長を筆頭にその周囲の側近はお前の親の敵みたいじゃねぇか。まったく、千重も人が悪い」
 「団長は関係ないよ……九龍にも、『手が空いてる人がいればそっちも』って言ってたみたいだし。最終的な選択は、私がしたの」
 「そこが人が悪いってんだよ。自分はお膳立てしただけ、か。あいつらしいといえばあいつらしい」
 そう言って纏重は笑った。檻重も、それにつられたわけではないだろうが僅かに笑みを見せる。
 「それで、どうだったんだ? 気持ちに変化は出たか?」
 「んー……まぁね。というかそもそも物心付く前の話だし。怨みとか憎しみはそんなに深くなかったよ」
 意外な言葉に、纏重は眉を上げた。
 「ただ、それで自分に何か変化が出たかといえばイエスになるかな。これでちゃんと澪漂の檻重として生きていけるようになったというか…………」
 檻重はそれだけ言うと、再び歩き出した。その見えない背中を追いかけるように、纏重も歩き出す。
 「なるほど、過去に囚われた『囚人』はこれでようやく釈放されたってことか」
 「ま、そんなところ」
 澪漂・檻重はミスティック能力者である。それもごく珍しい常動型――想月と同じような、エーテルを消費しないタイプの能力者だ。
 その能力とは、自分に当たる光の粒子を捻じ曲げ、透過させてしまう力。
 それによって彼女の姿は他者に捉えられることがない。これは無意識で発揮されている能力なので、彼女にもその対象を選別することができない。
 誰にも気づかれない存在――それが彼女、澪漂・檻重であった。
 しかし、ごくたまに彼女の能力の影響を受けずにその姿を視認することができる者がいる。彼女を澪漂に引き込んだ――それが誘拐という軽く常識はずれな方法であったことは置いて――千重が数少ない、というより今のところ彼女の母以外では唯一の、彼女の姿を見ることができる人物だった。
 己の能力に囚われ、そこから脱却できない存在。それ故の【プリズムプリズナー】のエイリアス。
 しかし、彼女はどうやらそこから抜け出すことができたようである。
 今もまだ世界のどこかで起こっている、戦争の火などまるで知らないかのような青空を見上げ、檻重はため息を吐いた。
 「知らなかったなぁ……空って大きいんだ」
 「いつもお前は暗い部屋の中にいるからな。たまには外に出ろよ。お前、日に当たらなすぎて青白いぞ」
 「そうだね……私はもう、今までのような囚人じゃないんだ。だから、これからはもっと外に出てみることにするよ」

                  ♪

 交響曲はこれで終演となる。
多くの音楽家を巻き込んだ一連の騒動は、一人の音楽家の安寧という形でそのプログラムを閉じた。
 次はどんな交響曲が描かれるのだろうか。
 その真意は、音楽家たちを束ねる指揮者のみが知るのか。
 それとも、この大きな空だけが知っているのか。