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おまけ、パステルランド

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tranquilizer

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おまけ パステルランド


 サウスヤード・ハーベストストリート。
 ここに最近できた、色々な意味で話題のスィーツショップがある。その名も「パステルランド」。
 店内のショウケースに並ぶのは、青やピンクのパステルカラーのカップケーキたち。しかも、こんなに毒々しいパステルカラーをしているというのに、すべて天然素材でできているという二重の意味で驚きのスィーツだ。店内には飲食スペースもあり、おいしい紅茶や珈琲と一緒に、甘いカップケーキが楽しめる。
「イギリスでは、カップケーキをフェアリーケーキともいうのよ」
「ほえ~、妖精のケーキなんてロマンチックだね」
「ロマンチックというか、オカルト的? 本場の妖精って、日本でいう精霊とか妖怪とか死者とかがごっちゃになった存在だから、意外と可愛くないよ。私は日本のもののほうが好き。可愛いから」
「珠月ちゃん、可愛いもの大好きだもんね」
 沙鳥は笑うと、綺麗なベビーピンクのカップケーキに手を伸ばそうとして、横から出てきた手がそれを奪い取った。一口、味見をして彼はカップケーキを沙鳥に返す。
「はい」
「…………さっちゃんのなのに」
「毒見」
 霸月丈之助はそういうと、定位置である沙鳥の斜め後ろに戻った。彼は沙鳥の護衛と毒見役を兼ねている。24時間一緒というわけではないが、沙鳥が一人で外出するときはたいてい付いてくる。
「嘘だぁ!! わーん! 馬鹿!!」
「毒見」
「丈之助……」
 珠月は肩をすくめた。
「ここのオーナーには、さっちゃんを毒殺する度胸も技術もないと思うよ。融通利かないね、さっちゃんの影法師さんは」
「さっちゃんのケーキ!!」
「さっちゃん、さっちゃん」
 ぽんぽんと珠月は沙鳥の肩をたたいた。沙鳥が振り向いた瞬間、丈之助が止めるより前に、パステルカラーの星の飾りが乗った一口サイズアップルパイを沙鳥の口に押し込む。
「ほら、これも美味しいでしょ?」
「甘い~」
「………………」
 余計なことするんじゃねえという丈之助の視線と、うっとうしいんだよ手前もうどっかいけよという珠月の視線が交わる。丈之助が吐き出させようと動くのを察知して、珠月は足元のカバンを蹴りあげると白骨のアーサーで丈之助を妨害する。
「…………邪魔するな」
「さっちゃん、ゆっくり食べてね」
「わーい」
「…………」
 丈之助は馬鹿である。馬鹿であるが故に、『沙鳥の命を守るため、何が何でも食べ物の人口目は奪い取れ』という仲間からの指令に忠実だ。
 己の忠誠心に従い役目を全うするため、忠犬・丈之助は障害となるアーサーをたたき壊そうとして――――
「私のお姉さまに刃を向けようとはどういう了見ですの!?」
 別の忠犬、あるいは狂犬に阻まれた。
 いったいいつの間にどういうルートで現れたのか、丈之助の腕をぎりぎりと掴んでいるのは、序列93位【ナハトイェーガ(夜の狩人)】朧寺緋葬架だった。
「あれ、緋葬架じゃない。戻ってきたの? お帰り」
「只今ですわ、珠月お姉さま。お土産もありますの…………でも、それは後で」
「……そう。ありがとう」
 緋葬架は、珠月の熱狂的な信者であった。上位ランカーの中には、この手の従者を持つ人間が少なくない。
「……まだ何もしてない。それに、俺はただ」「問答無用ですわ! 表に出なさいな!!」
「緋葬架、物を壊しちゃだめよ」
「はい、お姉さま!」
 本当に問答無用で緋葬架は丈之助を引きずっていく。それを見送りつつ、珠月は紅茶のカップを傾けた。
「後で褒めてあげないとね。緋葬架を」
「ひそかちゃん、相変わらずだねぇ。まあいっか。ゆっくりお茶が飲めるし」
 紫色のクリームが乗ったカップケーキを口に入れて、沙鳥は幸せそうな顔をした。珠月はいつもどおり感情の起伏が感じられないが、見る人が見れば機嫌がいいのが分かっただろう。
「そういえば、珠月ちゃん怒られたって?」
「霧戒ちゃんにね。そっちは金銭で片をつけた。宿彌は気にしてないよ。東のトップ陣営は感情より合理主義な人が多いしね。まあ、情緒に欠けるとか感情の起伏が少ないとも言えるけど」
「ほえ~」
 沙鳥はくるくると紅茶のカップの中をかき混ぜた。
「ま、仕方ないよね。さっちゃんのとこの子が役に立ったなら良かった」
「うん、ありがと。お礼にここは奢るよ」
 遠くで銃声と怒声が聞こえて、二人は沈黙した。張り付いたような笑顔をたがいに浮かべる。
「…………食べ終わったし、行こうか」
「うう、ゆっくりしたかったのに」
「仕方ない。このままじゃ、死者が出る」
 会計の札を持って、珠月は立ち上がった。




 ハーベストストリートにはたくさんの店が並んでいる。
 お惣菜を売る店。並べられた果物。袋詰めの粉。湯気を立てる蒸し器。色とりどりの香辛料。まだ動いている魚。様々な雑多なにおいと気配が混じりあう。
 食べるものは生きる証しだ。この雑多な風景は、学園で生きるたくさんの人たちの象徴なのかもしれない。
「あれ?」
 空を見上げた沙鳥に目の前に、ふわりと白い羽が落ちてきた。飲食店がひしめくこの場所に、そんなものが落ちてくる要素などないというのに。
 捕まえようと手を伸ばしたが、羽はその手をすり抜けて人ごみに消えた。まるで白昼夢のような姿に、沙鳥は目を瞬かせる。
「さっちゃん? どうしたの?」
 先をゆく珠月が不思議そうに振り向いた。沙鳥は首を横に振る。
「何でもない」
 見上げた空は青い。もう羽は見えない。
「何でもないよ」
 沙鳥はほほ笑んだ。


おわり
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