Skip to: Site menu | Main content


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

9、連鎖、そして終幕へ


「……あれはなんでしょう」
「本当になんでしょうねぇ」
「あんなに沢山人が集まって……もう夜なのに」
「なにか探し物でしょうか」
「それにしては殺気立ってるような……心配ですね」
「ここは誰に伝えておいたほうがいいんじゃないでしょうか」
「よその区画に口は出したくないけれど」「同じ学園の仲間ですものね」
 序列44位【フラッパラビット(悪戯なウサギ)】宇佐見ハトと、序列47位【シリアスキャット(生真面目なネコ)】音古見トモは互いに顔を見合せてうなづいた。
 普段メインヤードにいる二人がスラム街に来ることはあまりない。それでも、今のこの場所の異常くらいは分かる。夜も更けつつあるというのに複数の人間が走りまわり、逆に現地の住人はおびえたように身を潜めている。
「どなたかが大規模な狩りをなさっているようね」
「獲物はなんでしょうね。ずいぶんと不穏な様子です」
「困ったですね」
「困ったですよ」
 その時、それほど離れていないところで爆音がした。大慌てでスラムの住人が逃げていく。
「……早く行きましょう」
「そうですね」
 二人は助走をつけてビルの側面を蹴ると、反動を利用して斜めに飛び上がり、さらに反対側のビルの側面を蹴って上へ飛び上がった。数回、ジグザグ運動を繰り返して、十メートル近いビルの上へ飛び上がる。そして、そのままビルからビルへ飛び移りながら走り始めた。あっという間にその姿は朽ちかけた建物群の中に消えた。




 崩れ落ちたコンクリートの隙間に身を滑り込ませた瞬間、銃弾がその入り口に当たり灰色の破片を舞上げる。コンクリートとはいえ長い間放置されたそれは、長い間盾になるようなものではない。
 危険を感じて飛びのいた珠月の鼻先を、銃弾が掠める。そのまま着地と同時に転がって、別のがれきの間に隠れる。同時に隠れているがれきに雨のように銃弾が降り注いだ。どやら、誰かが機関銃を持ってきたらしい。一人に対し、あまりにも容赦がない。ぜひとも見習いたい戦法だ。
 珠月は大きく息を吐いた。だいぶ息が上がっている。珠月は心の中で明日からさらなる鍛練を積むことを決めた。
 目の前にはすでに二十人近い男女が地に伏している。なのに、敵の数は減る気配がない。こんなにもあの薬は生徒の間に浸透していたのかと、珠月は舌打ちをする。
「そろそろ限界じゃないか? 篭森珠月」
「それが何? それくらいで勝ち誇った顔するな」
 口ではそういうが、流石にかなりつらくなってきた。普段ならこんな雑魚がいくらかかってきてもなんともないが、今は能力を封じられているうえ、相手は薬で強化されている。分が悪い。
「私もまだまだか」
 一騎当千という言葉がある。
 一人の騎兵が千の兵に相当する、つまりは一人で千人倒せる剛の者という意味だ。
 この学園のランカーたちは、地でそれをする。たった一人で千でも万でも敵をなぎ倒し、薙ぎ払い、虐殺する。通常であれば、百の雑魚は一人の将よりはるかに強いものだが、この学園では違う。ここでは、千や万の兵に倒れるような騎兵など必要とされない。
 銃弾が途切れた。その瞬間に、手を伸ばして珠月はコンクリートのかけらを投げる。本職ほどのコントロールはないが、十分だ。一部鉄筋のかけららしきものがのぞくそれは、機関銃を持った男の肩に当たる。
 機関銃は結構重い。そのうえ、発射には反動が来る。あっさりと男は機関銃を落とした。そして、その機関銃は床に落ちた瞬間、無差別に弾を吐き出しながら暴れ始める。
 悲鳴が上がった。あわてて逃げだそうとするが、何人かは暴走機関銃の餌食になる。その隙に、機関銃の射程範囲を避けながら珠月は移動した。がれきの多い場所に逃げ込み、先ほど銃撃を避ける際に捨てた日傘を拾う。
 珠月を追って無事だった敵のうち何人かが走ってくる。特攻してくるとは勇気ある若者だ。珠月は経緯を持って、だが容赦なく迎撃した。
 傘の先で容赦なく相手の目を狙う。その攻撃は交わされたが、代わりに足を引っかけることには成功した。ぐるりと相手と自分の位置を入れ替え、背後からの攻撃を相手の体で防ぐ。盾にされた男が悲鳴をあげるが気にしない。
「限がないな」
 息が上がる。珠月はかるくせき込んだ。
 ただでさえ、暗闇での一対多数の戦闘は神経を使うのに、もうそれが長いこと続いている。夜目が利かないわけではないが、それでも昼間と同じとはいかない。
ちらりと見えた姿から推測して、相手は暗視コープを使っているようだ。どこまでも卑怯で、合理的な敵だ。
「仕方ないね」
 たとえどのような理由があっても、私が篭森珠月である限り、敵は容赦してくれないし、失敗も許されない。つい先ほど、自分で言った言葉だ。嘘ではない。今まさに、それを体現している。
「これだけはしたくなかったんだけど……」
 誰に向かうわけでもなく、独り言のように珠月は言う。困惑したように、敵は珠月を見た。当たり前だ。がれきの堆積したものを盾にしている孤立無援の敵が、ぶつぶつと独り言を言っているのだから。
 手近にいた相手を盾にして、再び物陰に逃げ込む。そして、息を整えると珠月は声を上げた。
「――――――まあいいや。私、あんまり積極的に人殺しするの好きじゃないから言っておくけど」
 これだけやっておいて!?
 敵は驚愕した。しかし、珠月は気にしない。
「五秒以内に逃げれば、軽傷で済むとおもうよ」
「何?」
 敵が身構える。そして、驚愕した。
 軽い音を立てて筒状の物体が足元に転がってくる。それには、白い導火線とそれにともる赤い炎がついていた。
「本当は好きじゃないんだ。やり口がスマートじゃないし、火とは相性悪いから」
「ダイナマイト!?」
 悲鳴をあげていっせいに敵が逃走にうつる。しかし、足場が悪く光もないうえに狭いこの場所では、思うように動けない。
 導火線の火が、本体に迫る。
「逝ってらっしゃい」
 うれしくも悲しくもなさそうな、無感動な声が最後に聞こえた。





 爆音に秋人はびくりと肩を震わせた。
「――っ、なんだ今のは?」
「どうやら、別口で暴れてるのがいるみてえだな」
「どうする?」
 爆音の様子を見に行くか、このままここに身を潜めているのか。
 少し考えて、桔梗は言った。
「俺は少し気になるが、お前は平気か」
「大丈夫。危なくなったら、逃げるよ。それにもう危ないんだ。これ以上トラブルが増えてもあまり変わらないよ」
 追手は撒けたが、アンダーヤードには追手以上に危険な存在がうようよしている。確かに、これ以上悪くなりようがないほど状況は悪い。
 桔梗は苦笑した。
「死んでも恨むなよ。その代わり、死ぬ時は俺が先だ」
「心配しなくていいよ。二人とも死なないよ。多分ね」
 顔を見合せて笑うと、二人はゆっくりと爆音のほうへ向かって歩き出した。






 がれきの山が通路のほとんどを埋め尽くしている。衝撃で天井や壁の一部が剥離したのだ。天井に空いた穴からは夜空が見える。予想外に地上近くにいたためと、たまたまこの付近の土壌が緩んでいたため、あの程度の爆弾でも大きな効果を及ぼしてしまったらしい。
「よいしょっと」
 がれきの間から、ややぼろくなった篭森が這い出す。その服装は黒いブラウスに黒いミニスカートという彼女にしては簡素なものに変わっている。豪華なスカートや日傘は見当たらない。
 埃を払って立ち上がると、珠月の足元に黒くてやわらかいものが絡みついてきた。猫だ。
「おや、トリスタン。迎えに来てくれたの?」
 それが自分の飼い猫であることに気づいて、珠月は手を伸ばすとそれを抱き上げた。
「ん? どうして爆発が起きたのに無事なのかって?」
 柔らかな毛皮をなでながら、珠月は自分の従者である猫に話しかける。
「それはね、あの日傘、防弾使用なの。あとスカートの生地が防火使用でね、コルセットのひもを引くとスカートの一部が落ちるようになっていて……爆発の瞬間、分離させた防火スカートと日傘で爆風を避けたってわけ。もちろん、爆発位置や威力も計算してるけどね」
 無事だった理由と自分の今の服装のわけを同時に説明する。
 周囲を見渡すが、人影はない。予定通り、全滅してくれたようだ。
「こういう自分もダメージ食らう攻撃は、最終手段だけどね」
 頭を擦りつけてくるトリスタンを、珠月はやさしい笑顔で撫でた。敵対者には絶対に見せない、穏やかな顔だ。そこに足音が近づいてきた。
「まだ残ってたか」
 がれきが崩れて、その下から今度は真っ白な骸骨が現れる。トランクに入っていた珠月愛用の武器であり、従者であるアーサーだ。
ミスティック能力を打ち消す能力者が誰だったのかは分からないが、彼らがまとめて戦闘不能になった今、能力の行使を妨げるものはいない。だが、
「よお、篭森じゃないか」
「珠月さん、何してるんですか?」
 現れた二人連れを見て、珠月が拍子抜けした声を出した。
「秋人に桔梗じゃない。なにしてるの?」
「俺よりまずはお前だろ。何で爆破してんだよ」
「私がやったと決めつけないでよ」
「お前じゃねえのか?」
「私だけど」
「やっぱりお前じゃねえかよ」
 がっくりと桔梗はうなだれた。
「お前の戦闘は派手すぎるんだよ」
「知らないの? 喧嘩はね、とにかく周囲の武器になりそうなものは全部使ったほうが、勝率上がるんだよ」
 桔梗はもの言いたげな顔をしたが、結局言うのをやめた。確信犯にあれこれ言っても、のらりくらりとかわされるだけだ。
「それより、メインヤードにいるはずの秋人とウエストヤードの桔梗が、なんでアンダーヤードにいるの? ここ、北の地下よ」
「…………追われて逃げ込んだんだ。会えてよかった。金払うから、助けてくれないか? お前、警備会社だろう?」
 桔梗の言葉に、珠月は眉をあげた。珠月の機嫌が悪化したことに気づいて、桔梗は慌てて言い添えた。
「勿論、適当な契約で雇うつもりは」「見くびらないでほしいね」
 桔梗のすぐ横を白いものが通過した。それは白い人骨だったのだが、桔梗の目ではとらえきれない。骸骨はそのまま、桔梗の背後に迫っていた男に体当たりを加え、腕をひねりあげる。
「私は友達を助けるのに、金を取ったりしないよ」
「……悪い。プライド傷つけた」
「別にいいよ。悪意があったわけじゃない」
 ごぼりと水音がした。じわじわと周囲の壁から水が染み出してくる。もちろん、自然にわきだしたものでは当然ない。
「この辺りはウォーターストリートの近く。地下水脈が多い。能力行使には悪くない条件だ」
 集まりつつある人の気配を感じながら、珠月は微笑んだ。その意思に従って、周囲の水が集まってくる。同時に、意識の一部が珠月を離れ水と同化する。水の感覚を通じて、闇に沈んでいる敵対者の位置が手に取るように伝わってくる。
 ミスティック能力【アンパラレルドアドベンチャー(無類の冒険)】
 自分の意識を周囲の物体に憑依させ、手足の一部のように自在に操る能力。
 現在、支配下にある水の感覚は、珠月の感覚でもある。敵の足に、腕に、あるいは空気中に飛び散った水の分子が、珠月にこの空間のあらゆる情報を送ってくる。特に、水と珠月は相性がいい。数時間ならば余裕で操れる。
 誰にも分からないほどかすかに、珠月はほほ笑んだ。死角はない。珠月は過去にただの一度とて、水を操って敵に負けたことなどないのだから。
「そういえば、桔梗は何で追われているの?」
「ちょっと……薬の事件に巻き込まれてな」「ああ、ならお揃いか。気が合うね」
 気配は片方の道からだけではない。あちこちからこちらに向かってくる複数の影がある。すぐにその戦闘が姿を現した。
「ちょこまかと逃げ回って……ランカーもこうなるとぶざまだな」
 高揚した口調の男が現れる。他の顔も少なからず、優越感を滲ませている。
 力がない人間が強くなるとすぐこれだ。珠月は内心で侮蔑する。
「…………弱い犬ほどよく吠える」
「かかってこい」
 戦闘能力のない秋人を中心に、珠月と桔梗が背中合わせに敵に向かう。
 一発触発のその時、銃声とともに崩れ落ちた天井から人影が飛び込んできた。動揺しなかったのは数人だけで、一瞬大勢が崩れる。まるでイワシの群れに飛び込むイルカだ。戦闘などという対等なものではない。
 思わぬ形で先手を取られて、珠月は面白くなさそうに鼻を鳴らすと腕を下ろした。同時に、渦を巻いていた水も鎮まる。
「どうやら、私の出番はないみたいだね。よくここがわかったね、トーカ」
「お礼なら、ハトとトモに」
 序列14位、珠月よりもさらに十位上のランカーである【B&B(熊を纏った狂戦士)】小泉東華は、そっけなく答えた。珠月が視線を向けると、天井の大穴の向こうで、二人がひらひらと手を振っている。加勢してこないのは、するまでもないと分かっているからだろう。
「退け! 退け!!」
 不利を悟った生徒たちが大慌てで地下の暗闇に飛び込む。が、
「ぐがっ!?」
 鈍い音と水音を立てて戦闘の男が倒れる。代わりにゆっくりと月明かりの下に現れたのは、端正な顔をした少年だった。同じように、周囲から数名の人影が現れる。
「はいはい、俺参上だよ~」
「ちょっとまじめにやりなさいよ」
「…………」

 序列65位【アトローチェドルチェッツァ(私の愛しい人)】光月藤司朗
 序列151位【アッドロラータ(嘆きの聖女)】半月政宗
 序列271位【スクーロビナーリオ(機械仕掛けの影法師)】霸月丈之助

 朝霧沙鳥の守護者【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】の中核を担う三兄弟である。その姿を見て、敵に戦慄が走った。ただでさえ奇襲に失敗しているのに、この上、ランカーが六人も追加なんて勝てるわけがない。
「あら……篭森さんが怪我してる!? 女の子に怪我をさせるなんて、なんてことなの!?」
 ぼろぼろの珠月に気づいて、政宗が悲鳴を上げた。当の本人と事情を知っている桔梗は、複雑な表情を浮かべる。
「いや、これはその」「そいつは自業自得だ」
 なんといっても自爆である。口にはしないが。
 ふらふらと唐突に現れた上位ランカーの集団に、敵は完全にパニックになった。その時、茫然となりゆきを見守っていた秋人が声を上げる。
「あの人! 景山君!!」
「トーカ! そこのニット帽の男、殺さず確保!!」
 篭森の命令口調に文句も言わず、東華は無言で石を投げると逃げようとしていた男の頭に的中させた。当たり所が悪かったのか、男は一撃で昏倒する。
「捕まえたぞ」
「おいおい、頭割れてるぞ。いいのか?」
 東華が持ち上げた影山の身体を見て、藤司朗は眉をしかめた。珠月は冷淡に言い切る。
「生きて話ができる状態であればいいよ。で、秋人。これは何?」
「何も知らずに捕まえさせたんかい!!」
「篭はそういう子。仕方ないよ」
 何かをあきらめたかのような口調で、東華はぼそりとつぶやいた。静かな魂の叫びに、藤司朗は沈黙する。
「…………そうなんだ」
「そうだよ。秋人、これどうすればいい?」
「そいつが薬を大量に持ってたんだ。そいつのカバンから、チョコに溶かした麻薬が出てきて」
 桔梗が説明する。
「御蔭でここ数日、追いまわされていたんだ」
「篭森さんもレイヴンズワンダーのみなさんもありがとうございました。おかげで助かりました」
 ぺこりと秋人は頭を下げた。
「だから、礼はトモとハトに。やつらが不穏な動きがあるって、万具堂に来たんだ。それで、たまたま万具堂にいたメンツがこっち来たってわけ」
「報告しました!」
「お役に立ててよかったです」
 左右対称の動きで、ハトとトモがにこりとほほ笑んだ。血縁関係は一切ないはずだが、いつも一緒に行動しているためかこの二人はとても似ている。
「ああ。それでレイヴンズワンダーなのに、さっちゃんも霞も直ちゃんもいないんだね」
「そういうこと。じゃ、麻薬の常習犯って、ことでこいつらまとめてとっ捕まえればいいんだな?」
 逃げ回る生徒たちを、確実にレイヴンズワンダーの面々は倒していく。レイヴンズワンダーは非好戦的なリンクだが、だからといって戦闘能力に欠けるというわけではない。それを横目で見つつ、珠月はどこかに電話をかけている。
「……僕たちはどうすれば」
「まあ、待ってればすぐに終わるよ」
 すでにさぼる気満々の珠月が戻ってきた。眼下では、追い詰められた生徒たちと東華や半月兄弟との激しい戦闘が起きている。そこで、はたと珠月は気付いた。顔色が変わる。
「…………やばい」
「へ? 何がだ?」
「怒られる」
 桔梗は首を傾げた。唯我独尊が常態のはずの珠月が、かすかに青ざめている。
「怒られるって?」
「建物壊した…………絶対、怒られる」
「だから、誰に?」
 それには答えず、珠月はがっくりと膝をついた。