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第二楽章 戦争、開始(2)」(2008/11/03 (月) 17:20:25) の最新版変更点

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 七重の猛攻を止めたのは、以外にも軍用サーベルによる一撃だった。  撒き散らされた死体の弾幕を乗り越えて振るわれたサーベルの攻撃を、七重はしかし余裕をもって回避し、その攻撃の主を睨みつける。  「……ふぅん、やっと骨のありそうな人が出てきたわね」  七重に攻撃をしてきたのは他でもない、革命軍の指揮をとっているアンディであった。  「何者だお前等……どうやら【マリアスコール】の手の者じゃなさそうだが……」  アンディはこめかみに青筋を浮かべ、七重にサーベルの先端を突きつける。当然のことだが、相当怒っているようだった。  七重は直刀をくるくると回転させながら、嘲笑にも似た笑みを浮かべる。  「澪漂第七交響楽団団長、【デスペラードコンダクター】の澪漂・七重よ。名前を聞けば分かるかと思うけど、お察しの通り、アンタたちが敵対している【マリアスコール】とは何の関係もないわ」  「澪漂か……裏では有名な殲滅屋、だったか? すると、この戦争を殲滅しに来たってわけか……」  「んー……それもあるけど」  と、七重は回転させていた直刀を、す、と右手で構えた。いつでも攻撃――否、刺突に転ずることのできるよう、刃を地面に平行に、切っ先をアンディに向けて。  「アンタたちの後ろについているゾルルコンツェルン――奴らが実験しようとしているっていう兵器をぶっ壊すのが、アタシたちの仕事ってわけ」  守秘義務もクライアントもあったものではない七重の言葉に、しかしアンディはふむ、と頷いた。どこか納得した風で。  「なるほどな……あぁ、そういや澪漂は九龍と仲がいいって話を聴いたことがあるな。なるほどなるほど、これで辻褄が合う」  「疑問は氷解したかしら? そろそろアンタと殺しあってみたいんだけど……そうそう、名前を訊いてなかったわ――アンタ、名前は? とりあえず殺し合いの間くらいは覚えておいてあげるわよ」  アンディはそこで思い出したように、笑った。こんな状況において、ひどく状況を楽しんでいるかのように。  「あぁ、俺はアンディ……アンディ・トラザルティだ。元はしがない傭兵で……今はこいつら革命軍の、頭領だよ」  「ふふん、アンディね……それじゃ、アンディ。早速だけど――」  言葉の途中で、七重は既に一歩を踏み出していた。二人の間合いを一速で詰め、その突きをアンディの水月に繰り出す。  そもそもサーベルは打ち合いに適した武器ではない。刃が細く脆いため、防御するにはあまり向いていないのである。  しかしアンディは、その丸みをもった鍔元を器用に使って七重の突きを受け流す。そして空いた七重の胴体に向けて、逆にサーベルの切っ先を突き出した。  「あらあら、中々面白いわね」  普通なら回避できないだろう勢いと重みを乗せた突きを軽くいなされ、七重は少しだけ驚いた表情をする――ながらも身体は既に次の動きへとシフトしていた。  突き出した直刀の重みと直線運動に任せ身体を浮かせると、七重はそのまま空中に浮かんだ直刀の柄の上に一瞬片手で逆立ちをするような姿勢をとって、アンディの攻撃をかわした。  「……っ!」  さらにそのまま振り下ろした脚部が、アンディの頭部を襲う。七重は体術に関してはあまり得意ではないが、交差法気味の攻撃にアンディは思わず多々良を踏んだ。  振り向きざまに払われた直刀の斬撃を今度は柄頭で受け止め、しかし勢いを殺しきれずにやむなく直刀の軌道と同方向へと転がって回避。  アンディは少なくない量の冷や汗をかいていた。七重は何のつもりなのか、追撃をしてくることもなく直刀をくるくると回転させてこちらを見ている。  七重の直刀は、分類するならば間違いなく刀剣であるにも関わらず、その攻撃一つ一つはまるで長柄武器――槍や薙刀を相手にしているかのようだった。受けた攻撃はまだ二発だけなのにも関わらず、アンディのサーベルを構える手はすでに痺れが走っている。  「まず戦場であんな馬鹿みたいな武器を使う奴なんてなかなかいないからな……少し油断していたか……」  自分の醜態をあの加虐的な笑いで評価する想月の姿が何故だか浮かび、アンディはちっ、と舌打ちをした。少々イラついてはいるが、しかし頭はあくまで冷静なまま、七重の攻撃について分析をする。  「さっきの蹴りで分かったが……あいつの身体能力自体はそこまででもないな。柔軟性や機敏さはあるが、筋力の面からすれば俺とどっこいぐらいだろう……とすると、武器自体の重量か」  一撃が重く感じられるのは、彼女が力任せに武器を振るっているからではなく、それ自体の重量、そして梃子の原理と遠心力をたくみに利用しているからである。現に七重は先ほどから基本的には片手で、柄頭近くを掴んで直刀を扱っていた。  本来ならば攻撃した後にできる隙を、彼女はその軽い体重を武器自体に乗せることで回避動作に瞬間的に移行しているわけである。  「これが普通の槍や何かなら、少々のダメージも覚悟で懐に飛び込めるんだが……」  しかし七重の武器はリーチ以外ならば普通の刀である。長柄武器にある長い柄は存在しないため、接近戦でも十分にその攻撃は驚異的となる。これが両刃の西洋剣ならばまた違うのだろうが、片刃の刀である以上、接近しても峰を支えに梃子の原理を使った攻撃は可能であり、それを至近距離で受け止めるというのもまた、難しい。  アンディは自分がサーベルなどという武器を持ってきたことを少しだけ悔いた。  「……まったく、何て俺は抜けてんだ……しかしまぁ、バスターブレードなんか持って来るわけにもいかねぇし。なんとかここを切り抜けないとな」  否、さっきまで周囲にいた仲間はもう先に行かせてしまった。となれば、あとは共倒れ――ゾルルの新型兵器による一掃に自分もろとも巻き込む、という作戦も考慮に入れることができる。彼の目的は生き残ることでもなければ目の前の七重に勝利することでもない。  仲間に勝利を味わわせる。これが今の自分に課せられた使命だ、とアンディは思っていた。だからこそ、  「ぼやいてもしかたねぇ……か。できるだけ時間を稼がせてもらうぜ」  アンディは再びサーベルを構えて、七重に向き合った。                     ♪  「ふむ……何、光路と合流したのか。それは重畳だな……ん、いや、見逃しが出たことに関しては問題ない。元々想定していたことだしな……帯重を動かさなければいけないことについては少々不安が残るが……どうやら七重たちも同じような状況らしい。まぁ、それぞれたった二名でそれだけの被害を与えられれば、後は帯重一人でどうにでもなるそうだ。あぁ、じゃあ後始末は頼んだぞ」  二重は通信を切って、携帯端末を卓に置いた。そばにいた一重が尋ねる。  「何、光路クンも来てたの? それはまた……」  「いや、それについては知っていたから問題はない。すでに【インチャオ】の軍勢は退かせたそうだし……これから二十重たちと一緒に、【マリアスコール】本部の殲滅に向かうそうだ」  そう、二重は光路がこの戦争に関わっていることを知っていた。光路が第六管弦楽団に関わっているから、という理由ではなく、学園を出る前に情報屋から買った情報の中に入っていたのだ。  「別段作戦に直接関わることでもなかったから黙っていた。悪かったな」  「ううん、気にしないで。考えあってのことだったんだろうから」  謝罪の言葉を口にする二重に、笑顔で頭を振る一重。その一重の頭を一つ撫でて、二重は古重に言った。  「ではそろそろ、第十一管弦楽団のお二人に働いてもらうことにしようか……準備は大丈夫だな?」  古重はサングラスの奥の瞳を柔和に曲げて答える。  「ええ、準備は万端、万全を期していますよ。そろそろ帯重の近くまで両者が近づいてきてるようですし、動くにも丁度良いタイミングでしょう」  「そうか、ならよろしく頼む」  頷く二重に、古重はあくまでも微笑んだまま、帯重の戦闘を開始する。  「あああぁああぁあっ! 【無理】だよ、こんなに沢山! 皆殺しにする前に三十八回殺されちゃうって! 止めて止めて止めてぇええぇえぇっ!」  絶叫しながら背中に背負った重火器を一斉にぶっ放す帯重。ブローニング式の重機関銃、対戦車ミサイルやグレネードランチャーと、はっきり言って一人の人間が持っていていいレベルではない種類の火気をフルバーストで振り回す。  狙いなどもちろん満足に付けているわけではないのだが、威力に任せて革命軍、企業軍関わらず、徹底的に根こそぎにする。帯重一人の存在によって、只でさえ指揮官がこの場にいない両軍は恐慌状態に陥っていた。  「【無理】無理無理無理無理ィッ! もういいでしょ、勘弁してよぉ!」  理不尽な叫びをかき消す爆音と共に、一気に数十人を消し飛ばす。  無差別絨毯攻撃――それが澪漂・帯重の、否、古重が帯重に与えた戦闘技術だった。  「しかしまぁ、澪漂にしては随分と変わったタイプだな」  眼を閉じて精神を集中する古重に、二重は驚嘆と呆れの視線を向ける。  「催眠(ピュプノシス)系統と精神感応(テレパシー)系統のサイキッカーか……限りなく直接戦闘には向かない能力だが、ふむ、あの帯重を戦闘に引きずり出すにはまたとない能力だな」  そもそもが戦闘集団である澪漂においては、非戦闘集団である第二管弦楽団以外の面々は基本的には攻撃的なスキルを有している者が多い。同じサイキッカーにしても精神感応や透視のような補助的な能力よりは、念力系の直接的な能力の方が多いのである。  古重は二重の感想にも答えることなく、能力の行使に全神経を集中している。二重は内ポケットから煙草を取り出すとジッポーで火を点けた。古重が黙っているのにもかまわず紫煙と共に独白を続ける。  「しかし……普通催眠系は反抗的な相手を鎮圧するために使うことが多いが、ふむ、精神的に開かれた相手の方が確かに効率的に操作できるわけだな」  有効範囲半径十キロ以内というのは単純な身体操作に関して言えば常識外れの能力である。それもまた、帯重と古重というパートナー同士であるが故の力なのだろう――例えば二重が彼に操作されたとしても、おそらくは帯重ほどのシンクロを見せることはできないはずである。  二重の吸う煙草の煙に顔をしかめながら、万重がふと言う。  「ほぉ……確かに素晴らしいとしか言いようのない技術じゃの……だが、その戦い方が好かんわい。力任せというのは、芸術性に欠けるわ」  確かに、と二重は頷いた。殺人行為を芸術に高めることを至上とする澪漂交響楽団において、力任せに敵を打ち砕くというのはお世辞にも芸術的とは言えなかった。  言うなれば、一曲を通してずっとフォルティッシモの行進曲といったところか――起伏や強弱があってこその芸術、音楽である。  二重にはパンクロックの興味はないが、この二人の戦い方はむしろそういうタイプだった。万重の言うことももっともではあるが、しかし当人がそれを好きで選んでいる以上二重が文句を言うことでもない。  「万重翁の言うことも分かるが……芸術というのは案外そんなものかも知れんな。人によって感じ方はそれぞれだろう?」  「まあそうかもしれんの……どうにも自己顕示が強くて好きにはなれんが……それもまた人それぞれか」  『自己顕示』と万重は評したが、文字通り自らの戦い方によって彼女が『目立つ』ことによって起こることを、彼らはまだ気づいてはいなかった。                     ♪  【マリアスコール】側のドームシティ。その中でも一際高い建物の屋上に、骸手・想月の姿があった。  「ぎははははははは! 楽な仕事だとは思ってたが、ここまで楽すぎると逆につまらねぇな」  既にドームシティの中には生きた人間は想月以外にない。大人も子どもも、男も女も、戦闘に参加していた者もそうでない者も。一人残らず想月の手によって殺害されていた。  徹底的なまでの虐殺――それは彼の本分である『暗殺』をはるかに凌駕しているようでもある。しかし彼を知る者ならばこの程度のことで驚きはするまい。「骸手・想月とはそういう男だ」と誰もがそう彼を評するはずである。  そして何より、想月はもうこのドームシティに対して興味を完全に失っていた。生きる者は想月以外にないこのシティにおいて、彼の興味は別の方向へと向いている。  「しっかし、何だか妙な気配を感じるねぇ……戦争の気配とは少し違う……虐殺の香り、とでも言うのかね、ぎははははははは!」  楽しそうに、実に楽しそうに、想月は笑う。小手を翳して見る方向は土煙が立ち昇る戦地――現在帯重が大暴れしているであろう方角である。  「ま、思いの外仕事も早く片が付いたし……ちょっとだけ遊んでくるかねぇ? ひょっとして【アンタッチャブルサイズ】と殺しあえたりするんじゃねぇのか? そりゃ楽しいだろうな、ぎははははははははははは!」  あくまでマイペースな想月はまだこの戦争に澪漂が関与していることに気づいていない。これから向かおうとする先に、澪漂の団長レベルの使い手がいるとは、このときの彼は全く考えてすらいなかった。  この想月の気まぐれが、戦争の局面を大きく動かすことになる。

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