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Baa,Baa,Black sheep Ⅲ 「ね、ブラックシープ商会社員が無差別に襲撃されてるっていうのに、貴女は大丈夫なの?」 「えー、きっと平気だよ」  ほわんとした表情のまま、序列234位【ラブリーキュート(超可愛い)】キャシー・クラウンは返事をした。それに対し、序列141位【ブロッケン(御来光)】ヘラ・パッヘルベルは深いため息をつく。 「……その根拠はどこからくるの?」 「さあ? あー、でも銀月さんは『あなたはうちの大事なブランドなんだから、あまり出歩くんじゃないよ。危ないから』って言ってたな。深紅さんも最近やたらぴりぴりしてて、ずっと工房にこもってなんか作ってるの。また、どっか爆破するつもりなのかな?」 「それ、危ないって言わない?」  鈴木深紅は、キャシーと同じくブラックシープ商会に籍を置く職人であり、同時に世界的に有名な爆弾魔である。彼の仕事では一部死者も出ているのだが、証拠がないためいまだに逮捕には繋がっていない。もっとも彼は、爆弾魔といっても無関係の人間を巻き込むタイプではないため、機嫌を損ねないうちは腕のいい花火職人である。 「物騒だねぇ」 「あなたの頭の中が平和すぎるのよ。これが序列234位だなんて誰も思わないと思うわ。いくら経済力と知名度、技術力でのランキング入りとはいえ、エドワードさんと33位しか変わらないなんて」 「エドワードさんは、地位の割には異常にランキングが低いんだって。前に法華堂君が言ってた」 「ちょ、殺人鬼と普通にしゃべってる場合じゃないでしょ!?」 「えー、法華堂君は平気だよ。ここ数年は」  ここ数年に限定される時点で色々駄目だと、ヘラは思った。いくら現在のところは安定しているとはいえ、法華堂が真性の殺人鬼であるという点は変わっていない。ここ一連の事件のせいで気が立っているだろうし、特に今現在は大変危険な状態であろうことは、事情をよく知らないヘラにだって理解できる。 「しばらく、法華堂と深紅には近づいたらだめよ。機嫌悪いから」  キャシーが反論しかけたとき、突然ヘラがキャシーを無理やり抱き寄せた。直後、背後の窓が外から吹き飛ぶ。 「きゃあ!?」 「狙撃されてる。伏せて!」  キャシーお気に入りの鏡台が銃弾に弾け飛ぶ。ヘラは舌打ちした。撃ち方からして相手はプロだ。自分は戦闘能力が低いわけではないが、キャシーを庇いながら脱出するとなると自信がない。篭って助けを待つという手もあるが、それはそれで突入された場合に逃げ場を失う。 「キャシー、大丈夫!?」 「うう、あ、私のうさぎさんが」 「ぬいぐるみのことはこの際、放っておきなさい!」  どこまでも暢気なキャシーの態度に、ヘラは頭痛を覚える。その時、最後の窓が吹き飛び、一時的に銃弾がやんだ。硝子片を踏む音がかすかに近づいてくる。  来る。ヘラはソファーの影で身を堅くした。そっと腰のフォルダーから護身用の拳銃を抜く。護身用だけに、弾数は少ない。一撃で仕留めなくてはすぐに弾切れを起こすだろう。  あと数メートル。ぼろぼろになったカーテンの向こうにちらりとフルフェイスのヘルメットを被った人影が見えた。そして、 「てめえら、何してやがる!?」  怒声が響いた。同時に爆音が鳴り響く。 「ひゃっ!?」 「あ、深紅さんかな?」  動揺したのはヘラだけで、キャシーはのほほんと声の主を予想した。気楽もここまでくると感心できる。  窓を乗り越えて入ってこようとしていた男が、凄まじい勢いで外に引き出される。唐突に現れた作業服の青年が、男の襟首を掴んで引きずり出したからだ。 「折角いい気分だったのに台無しにするんじゃねえよ」  手品のように作業着の隠しポケットから筒状の花火が現れる。それは、連続発射できる手持ち花火に似ていた。 「燃えろ」  ライターが筒をかすめるように動いた。小さな悲鳴がヘルメットの男からもれる。直後、筒が火を吹いた。それは手持ち花火と同じように見えたが、火力は桁が違う。 「ウギャああああああああああああああ!!」  生物が焼ける独特のにおいが立ち込めて、ヘルは思わず顔をしかめた。 「ちょっとあんた、キャシーにグロイもの見せないでよ!!」 「……と、悪い」  危うくレアで焼き上げられるところだった男は、その一言で救われた。深紅はすぐさま自分の花火を投げ捨てる。知人に怒られて武器を捨てる爆弾魔もおかしいが、ヘラのほうも注意すべき点がずれているので、どっちもどっちといえる。  投げ捨てられた花火はしばらく火を吹いていたが、やがて火薬が切れたのか鎮火した。 「新しい花火?」 「これ、新商品。お手軽火炎放射器。いるか?」 「いらないわよ、この火薬馬鹿!!」 「なんだと!? 火薬を馬鹿にするな!!」 「火薬じゃなくてあんたを馬鹿にしてるのよ!!」 「なら許す」  許しちゃうのか、と突っ込む相手はここにはいない。 「あの~、私ほしいかも」 「お前は駄目だ」 「絶対火事起こすでしょ」  キャシーの希望は、速攻で双方から否定された。 「折角だからありがとう。でも、あんたこんなとこで何してるのよ?」 「社長のとこに納品にいったら、ついでにキャシーを見て来いって。うちの上位ランカーの中では、ずば抜けて戦闘能力低いから、多分、そろそろ狙われるって」 「分かってて放置するなんて腹黒いわね」 「結果的に問題なかったんだから、いいだろ」  深紅はそう言いつつ、這って逃げようとした男の上に足を乗せて逃亡を封じる。軽く足を乗せているだけに見えるがその実、胸板を踏み砕かんばかりの力が篭っていることは確認するまでもない、というかしたくない。  ヘラは見なかったことにした。 「見ての通りよ。店、ぐちゃぐちゃ」 「じゃあ、本社のほうに移動しろ。戦闘能力に欠ける面子は、今日一日は部屋に篭ってろと命令が出ている」 「それじゃあ」  表情をこわばらせたヘラとは対照に、深紅は興味なさそうにあくびをした。 「いや。戦争はしないだと」 「……平和主義は結構だけど、あんたらのとこ、よくそれで持つわね。うちだったら、とっくの昔に抗争に突入してるわよ?」 「エステサロンのくせに無駄強いお前のとことちがって、こっちは下手に戦うとこちらの損害が大きいからな。エドワードは馬鹿だが、愚かじゃない。色々考えてるんだろ。それと、あいつが平和主義だとしたら、この世界は終わってると思うぜ」  深紅は眼を細めた。 「あんなエグイ性格のやつは、そうそういない」 「あら。エドワードっていっつもニコニコしてる商人って感じのタイプじゃない」 「ああ、商人だ」  深紅は煙草に火をつけた。 「だから、エグイんだよ。まったく、なんで俺がこんな後方支援やらねえといけねんだ。エドワードのやつ、一人だけ楽しみやがって」 「どういうこと?」 「企業秘密だよ」  深紅は指先で火をつけたばかりの煙草を握りつぶした。  土地開発担当、風見原未織が社長室にいくと呼び出したくせにそこは無人だった。社長室が無人なことは珍しくないが――社長が現場主義でどこかに消えがちなため――呼んでおいていないとは珍しい。 「社長? いないんですか?」  いないことは分かっているが一応声をかけてみる。返事どころか物音一つしない。未織はそっと中に入った。むふむふとしたカーペットの感触が靴越しに足の裏に伝わってくる。 「どこいったんだろ」  机の上には仕事の書類と思しき紙が散乱している。未織はそれに近づくと手に取った。見覚えない文字で何かが書かれているが、まったく読めない。 「…………英語っぽいけど違う」 「それはラテン語だ」  すぐ後ろで声がした。ふり向くより前に首に紐のようなものがかかる。一瞬首をつられて意識が遠のきかかる。ふり払おうとした瞬間、バランスを崩して未織は背後に倒れこむ。まるでそれを知っていたかのように、その後ろの空間に椅子が差し出され、未織は倒れこむように着席した。そして、立ち上がる前にその細いからだに縄がかかる。 「何っ!?」 「終わったぞ、エドワード」  その声に未織は嫌というほど聞き覚えがあった。そして、悟る。  ばれた  何もかもばれた。自分がこっそり、後の報酬と引き換えにブラックシープ商会の情報を流していたこともなにもかも。 「やれやれ。これで全部ですわね」  隣の部屋へ続く扉が開いて、メリーを引き連れたエドワードが登場する。その表情は、いつもよりほんの少しだけ影って見えた。 「しゃ、社長。それに副社長……」 「残念だ。こう何人も内部の人間に共犯者が出てくると、人間不信に陥りそうになるよ。もっともそういう人間を雇ったのは僕だから、僕のせいとも言えるんだけどね」  はあ、とエドワードは疲れたため息をついた。 「幹部含む総勢16名。たいした数字だよ。いったいいつの間に狐が紛れ込んでいたのか、ことが起こるまで気づかなかったなんて」 「まあ、今からでも遅くない。牧場を荒らす狐は狩ればいい」  ひやりと冷たいものが首筋に押し当てられる。未織は小さく悲鳴をあげた。 「社長……ごめんなさい、助けて! なんでも言うから」 「もう聞くことなどない」  哀願する声を戒は一言で斬り捨てる。 「すでに全員が捕殺されている。内部の敵がいないなら、あとは話は早い」 「ああ、そうだね。時間だ」  涼やかな音を立てて、エドワードの手のひらから美しい懐中時計が下がる。校内最高の時計職人【タイムウォッチャー(時間監視卿)】ギュンター・ドレイヤーの手による一品は、美しく繊細であるが、同時に頑丈で正確だ。その文字盤に視線を落として、エドワードは告げた。 「たった今、君が連絡を取っていたファックスグレーシアが爆破された。全員、死んだだろう」  まるで明日の天気の話でもするかのように、エドワードは言った。未織は眼を見開く。 「そ、そんなこと。だって、いくら爆破したとしてもあの人たちだって実力者よ? それに外に出てる人だって……」 「鈴木深紅の爆弾のすごいところは、建物の見取り図さえ与えてやれば、爆破の勢い、煙の充満速度まで計算に入れて爆弾を作れることだ。相手を殺すのか、傷つけるのか、ある程度は逃がすのか、皆殺しにするのか――――彼は自在に操れる。だから、僕は彼をとても評価しているんだよ」  うっすらとエドワードは微笑んだ。望みが叶った、とても満足そうな笑顔で。 「証拠も残らない。証拠を残すような二級品、深紅は作らないよ。フォックスグレーシアは、速やかに『何者かによるテロ』でこの世界から消滅した。そして、他の連中も助からない」 「まさか、警備隊を!?」 「なんで自分ところの警備のための人材を、戦闘に回すんだよ?」  本当に不思議そうな顔でエドワードは尋ねた。 「そんなことしたら、戦争になっちゃうだろ? まさか自分のところの社員と他リンクが共謀して社員を襲ってましたなんて、公表するわけにもいかないしね。だから、フォックスグレーシアには速やかにこの世からご退場願って、社員たちにはおとなしくやめてもらうことにした。幸い深紅が実行犯を何人か捕まえたそうだから、悪いけど犯人はその人たちということにさせてもらうよ」  ゆったりとした仕草で、エドワードは未織の向かいに座った。 「フォックスグレーシアは、謎の爆発事故で壊滅。うちは数名の死者を出したものの、犯人捕縛に成功。犯人はうちの商売に不満があった一部生徒と現地住民。そして、死者が出たことを恥じて一部幹部が退任。こういう筋書きはどうかな?」  未織はほっと肩の力を抜いた。退任、ということは殺されずにはすむのだ。分からないようにそっと息を吐く。逃げることさえできれば、また機会はいずれ廻ってくる。それに、フォックスグレーシアだとて全員が死んだわけではないだろう。彼らと合流さえできれば、道は開ける。  冷静に、未織は頭の中でそう判断を下した。だが、 「だから、君にはここで死んでもらう。部下たちには失意のあまり失踪したと伝えておくよ」  優しい笑顔のまま、エドワードは微笑んだ。その横で、戒が武器を構える。一度は見えた希望が再び闇に閉ざされた。 「そんな……」 「驚くことじゃないだろ? ああ、そう。今頃残った君の仲間たちも殺されてると思うよ」  エドワードの笑みは変わらない。普段会議をしているときや、社内を歩いているときと同じような柔和で人好きのする優しい笑みだ。警戒心を抱かせないその表情が擬態だと、その時になってやっと未織は気づいた。  この人は笑っていない。  この人は――――怯えている……?

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