「マリアのお料理教室」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

マリアのお料理教室」(2010/10/23 (土) 22:54:24) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

バレンタイン。マリアのお料理教室。 「くふふ。バレンタインの為にチョコ教室」 「誰に説明してるのですか?」 リリコが笑顔でツッコむ。 参加者は雨月、異牙、クロエ。不夜城で生活しているこの三人がいるのは陶然として、もう一人、恋城が参加していた。 「……今更なのですが。マリアに任せて大丈夫なのですか? あ、いえ、腕前の心配はしていませんが……」 異牙の言葉は少し歯切れが悪い。 マリアの悪癖として、調理中は見境がなくなるというものがある。彼女が調理中にお邪魔しようものなら、命が危険に晒されかねない。このメンバーなら本来その心配はない程に強いのだが、それよりも単純に怖いのだ。調理中のマリアと相対するのは、戦場で“さ迷う死神”と出会うくらいに嫌なのだ。 「安心してくださいね、異牙様。いくらマリアでも、教えている時までそうではありませんから」 「くふ。今回はアドバイスだけだからね。私は調理しないから。くふふ、出すのは口だけ」 「んー。でもそれじゃコックさんの分が作れないんじゃないかな?」 「大丈夫。くふふ、既に準備済み。例えそうじゃなくとも。後で作れば良いだけの話」 「それもそだね。んじゃあ早速作ろうかな」 「そうね。明日が楽しみだわ、夜の度肝を抜くくらいのものを作って上げる」 自信満々に笑う幽那。確かに度肝は抜けることだろう。最悪、魂まで抜ける可能性もある。 「恋城様は、勿論、経世様に作るのですよね」 「えっ……いや、その違、違うわよ!? あ、えっと、違、違わない、けど」 真っ赤になる恋城。溜息をつく幽那。 「ここまで分かりやすいのに、ケイさんは……」 「大丈夫です♪ 凄いチョコを作って、ケイさんにアピールしましょう!」 「う、うん、頑張るわ」 「その意気です!」 「ハックショイ!」 「ギャク、風邪かい?」 「うつさないでクダサイヨ。変なウイルスがかかったら大変ダ」 「何やねん変なウィルスて! ……って慧もラピスを離さんでええから!? うつったりせぇへんから!」 「そういえば、昔はクシャミをしたら誰かがその人の噂をしているという教えがあったらしいですよ?」 「アア、そんな話もアリマシタねぇ。回数によって恋愛がらみだったり批判だったりするラシイですヨ」 「ははぁん。なら一回目は恋愛やな。間違いあらへん」 「慧、ラピスを別の部屋に移した方がイイかもシレマセン」 「待てや!? どういう事やねん!?」 ギャアギャアと賑やかに、麻雀の準備が進められて行く。 「そうそう。くふ、そこにはこれを入れたら味が引きたつ。温度には気を付けること。一度の違いが命取り。傍目には分からない違いでも、くふふ。分かる人には分かっちゃう、そこの注意は惜しまずにね」 「うん。このくらいかな?」 「くふ、そうそう。このレシピならそれがベストだね。恋さんは基本がちゃんとしてるから安心」 「そう? マリアに言われると自信持てるわ」 「冒険心は足りないけどね。くふふ、牡蠣でも入れてみる?」 からかい混じりのマリアの言葉。 「……? ねぇ子猫ちゃん、何で牡蠣なの?」 「さぁ……? あまり食材に関しては詳しくないもので」 「牡蠣には催淫効果があるって言われてるからじゃないかな? エロスの権化のヴィーナスが入ってたのは実は牡蠣だったりしてね」 「……クロエ、良く知ってますね? そんな事を」 「まぁね。猫さん達にはちょっと早い話題なのかな?」 「なっ……そ、そんな事はないわよ?」 「え、ええ。そうですとも」 「ふーん? ふーん?」 「そ、そんな事より。早くチョコを作りましょう?」 「そ、そうですね。恋城さんに負けていてはなりません」 「逃げたね。ま、いいけど。……ってか幽ーさん、何いれてんの?」 「何って……見ての通りよ」 「ボクの見る所、それはデリシャススティックにしか見えないんだけど」 デリシャススティックとは、一本10WCという安価のオヤツだ。値段の割に味も腹持ちも良く、生徒定番のアイテムだ。味に100近いバリエーションがあるのも人気の秘訣かもしれない。 ただ、当然ながらチョコの材料に含まれることは普通ない。 「ええ、デリシャススティックね」 「しかもボクの見た所、20種くらいミキサーで砕いてた気がしたんだけど」 「ええ、胡麻ダレ味から味噌、醤油、チーズ、コンポタ、さば味噌、サラダ、ツナ、おくら等々をミックスしたわ。これで味に深みが出るって寸法よ」 深みに行き過ぎて地獄にたどり着かなければ良いのだが。 「……なるほどね、こうやってあの料理が生まれる訳だ」 「何か言った?」 「ううん、何にも」 そう? と首を傾げる幽那。追加で何やらドロップが入っていたような気がしたが、クロエは見なかった事にした。 「ご主人、短い付き合いだけど楽しかったよ」 縁起でもない事をつぶやくクロエだった。 「ロンです。満貫、12000!」 「あちゃあ、またかいな?」 「珍しいね。夜一人でコレだけバカヅキするのは」 「本当ですね。新しいイカサマ技術でも覚えましたか?」 「あうあう?」 「人聞きの悪い事を言わないでクダサイ。純粋に読みがハマったダケですヨ」 「……明日あたり死ぬんちゃうか?」 「ふっ、コノ夜識夜巖、死神サエも葬り去ってお見せシマショウ。が、その前に、今日は皆様の財布を葬らせて頂きマスヨ」 「お、言うやんけ? じゃあこっからが本番やで」 楽しげな時間が過ぎて行く。 「……むぅ」 異牙はチョコと相対して悩んでいた。 別に料理下手だから、と言う訳ではない、送るのが恥ずかしい、などという訳でもない。 ただ、慣れていない。いつもは中華しか料理しない。その中華ならば充分に夜を満足させられる。その程度の自信は持っている。 しかし、チョコとなると話は変わる。毎年の事ながら、悩んでしまう。 単純にチョコを作った経験が少ないのだ。バレンタインのその日に作るだけ。勿論、それでも人に出せない出来ではないが、どうせならば美味しいと言ってほしいし、自分のものも特別に想ってほしい。 「とはいうものの、どうしたものでしょう」 構想は出来ているが、それで出来上がるものは“普通の”チョコレート。例年はここで終わらせていた。これ以上の進み方が分からないし、変にアレンジを加えても危険だからだ。それは幽那だけでいい。 「……よし。マリア、宜しいですか?」 意を決し、マリアを呼ぶ。 今年は彼女がいる。彼女なら、何かいいアイデアを出してくれるだろう。そう思って彼女を呼んだ。 「くふふ……。そうだね、一歩踏み出すなら……自分の得意なものと組み合わせる、とかね?」 「得意なもの、ですか……」 「うん。くふ、私が何かレシピを教えてもいいけれど。そういうのじゃなさそうだしね、くふふ」 「そうですね。副社長として、社長に贈るものが人任せではいけません。アドバイスは頂きますが、そこは私自身のものでなければ」 「くふ、だったらそれが一番いいね。無理にその道に合わせても、一朝一夕じゃ焼け石に水。それなら、くふふ。得意なものに組み込んでしまえば良い」 「と言いますと……」 「異ーさんなら中華だね。くふ、無難に行くなら杏仁とチョコの組み合わせかな? 麻球、湯圓、高麗香蕉何かとのアレンジでも、やりようによっては面白そうだね。くふ、アドバイスとしてはそんな所かな?」 「なるほど……。確かにそれならば、良いものが作れそうです」 「くふふふふ。後は異ーさんのセンス次第。どんなものが出来上がるか、楽しみだよ。くふ、くふふふ」 「はい、有難うございます」 クロエの方に向かうマリアに礼をして、チョコと向き直る。 ―――チョコは中華の一部。 それならば、いくらでもやりようがある。中華4000年の歴史を持ってすれば、チョコレートなど造作も無い。 そう思うと、気分が一気に楽になった。構想は幾らでも浮かんでくる。中華の鉄人にデモなるつもりデスカ、とからかわれた事もあるのだ、そのくらい簡単に作れる。 「……よしっ」 気合を入れ直し、材料を取りに行った。 「猫さんもやる気だね」 「くふ、クーちゃんはそうでもないのかな?」 「料理なんか殆どできないし、相手ご主人だし、そこまでのやる気はなー」 「それにしては。くふふふ、大きなチョコだね? 固まるのかな」 「ああ、その点は大丈夫だよ。友達に頼むから、ひーちゃーん」 「ふぁ?」 調理台の下に隠れて本を読んでいた少女が、頭を上げて。 「ふみゅっ!」 立ち上がって机で頭を打った。 「あいたたたたた……。あ、クロちゃん、出来たの?」 「まぁね。後は凍らせるだけだから、ひーちゃん宜しく。ハルガリア大氷壁、ご主人を凍殺できるくらいの温度でやっちゃって」 「……? どこそこ? まぁいいや、じゃあ凍らせるねー」 言って少女がチョコレートの入った鍋(巨大。特注らしい)に手をかざす。すると、なんとみるみるうちにチョコが固まっていく。 どうやら少女はサイキック、ないしミスティック能力者のようだ。 「ぱーふぇくとふりーーず」 固まったと言うかチョコが凍って、ガチガチになっている。どう見てもやりすぎだろう。 「こんな感じかな?」 「オーケーオーケー。いい具合だよ。後は、これを、ひっくり返す、っと!」 中身入りの巨大な鍋を、安々と持ち上げて逆さにする。クロエの細腕からは想像のできないパワーだ。流石は単純な戦闘力においては夜識や異牙、幽那にさえ劣らないといわれるだけはある。 「立派なチョコだね。くふ、まぁ味は置いておこうかな」 「そうしといてね。んで、これをっ!」 包丁ではなく剣を手に持つ。オーパーツではない、もう一方のカタナブレード。 形状こそ日本刀に酷似しているが、それは現代技術の粋を持って作られた高周波ブレードだ。柄部分に内蔵されたバッテリーにより、2時間の連続駆動を可能としている。 クロエはこれを駆動させ、流れる動きでチョコを削っていく。分子結合を断つ高周波ブレードなだけあり、切り口は非常に鋭利で美しさすら感じる。 「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」 思わず目を奪われそうな剣閃で、チョコがみるみる内に形を変えて行く。 一分もしないうちに、チョコは完成した。なんと、それは夜巖を写し取ったかのように形どられている。いや、もはやこれは彫刻の域ではないだろうか。今にも動き出しそうなその出来栄えに、マリアも思わず感嘆の声を上げる。他の四人も同様だ。 「どうかなこれ。1/1ご主人サイズチョコ! 他の人には真似できないよこれは」 「くふふ。確かにね。でも、クーちゃん?」 「何?」 「くふふ……。―――これは誰が食べるのかな?」 「誰って、それはごしゅじ……あ」 ここでクロエは気付く。一体、どこの誰が鏡で写したかのように瓜二つな形をしたチョコを食べようと思うだろうか、と。 「仕方ない。1/1ボクサイズにしてご主人の劣情を満たそう」 「やめなさい」 というより、夜巖もクロエサイズのチョコを貰っても困るところだろう。 夜巖は甘党だが、人一人分を形成するチョコを食えば致死量に違いない。 「じゃあこんなサイズいらないかー。恋さん、1/2サイズ逆さんチョコいる?」 「クロエ。幾ら何でも、そんなもの欲しがる訳がないでしょ? ねぇ、静香」 「えっ!? え、ええ、そうね。流石にチョコだと……置いとけないし」 欲しいんだな。その場の誰もがそう思った。 「……クロエ、後で小さな経世さん人形でも作って差し上げましょう」 「そうだね。ついでに小先生の分も作っとこうかな。嫌がらせに」 「……既に持ってるんじゃないかしら? あの人なら」 ありうる話だった。 「ヘックショイ!」 「またデスカ?」 「本当に風邪かもしれませんね」 「珍しいね、ギャクが風邪なんて」 「い、いや、そういう訳ちゃうと思うねんけどな」 「シカシ、逆襄氏が本当に風邪を引いてイタナラ、楽しい事になりそうデスネ」 「その心は?」 「善ヶ峰女史を筆頭とした看病合戦」 「……年貢の納め時になりますね」 「やめてくれ……。病床を襲われるとか、ほんまシャレならんから……」 想像してしまったのか、ガタガタ震えだす経世だった。 「うん、こんな所ね。後はラッピングだけ」 雨月のチョコは、何やらあり得べからず瘴気を放っている気がするのは気のせいだろうか。 「これは……私はもしかしたら、中華界に革命を起こしたのかもしれません」 異牙は自分の作った杏仁チョコに満足している様子だ。これは期待できるだろう。 「あーあ、結局普通のハートになっちゃった。ま、いっか」 クロエはがっかりした様子だったが、リアル心臓型を普通というのかどうかは考える所だろう。 「逆襄、美味しいって言ってくれるかな……」 唯一まともなハート型のチョコを作った恋城が、一番不安げだというのだからこの世界は難しい。 「皆様、お疲れ様でした♪」 「あれ? リリコもチョコ作ってたのね?」 リリコの足元には、サンタクロースを彷彿とさせるような巨大な袋。その中に大小のラッピングされたチョコが入っている。 「いつの間にそんな量を……」 「メイさんも大概人間業じゃないことするよね」 「いえ、これは固めて砕いただけですから。皆様に配るのもメイドのお仕事ですからね」 「あれ? でもレジェロ、最初の方に何か凄いの作ってなかったっけ?」 「え? ええ、あれはご主人様用ですわ」 ピシ、と空気が凍る音がした。リリコはそれを気にせずにこやかに笑う。 「勿論、雨月様、異牙様、クロエ様にもご用意しておりますわ。後はマリアとクリスの分ですね」 「くふ、私はそれからクリスティナを引いた分だね。勿論、伊座波さんやバーンハートさんのところにも持っていくけれど。くふふ、本命はその五人、だね」 「ああ、そういう事ね。私はてっきり……」 「ええ。私も、これは一度夜に然るべき対応をしなければならないものかと……」 どんな対応だろうか。恐らく恐ろしい事に違いない。 (故に、このリーチは通リマス!) 「リーチ! ……ロン、一発ノッテ跳満デス!」 「ああ、やられた」 「なんや、ほんま今日はバカヅキやな」 「結局、夜巖さんの一人勝ちでしたね」 「ああ、珍しいこともあるもんや。明日は雪か雷か。運が良い時はその後に大概なんかあるからな」 「非科学的デスヨ。なべてこの世は確率で成り立っていますカラネ、こうなる日もあると言う事デス」 気付けば日が登っていた。ラピスは先程からずっと寝息を立てている。 「そろそろお開きかな」 「ですね。今日はレイチェルや雛菊から必ず戻るよう言われてますし」 「なんや、そうやったんかいな? 言ってくれりゃ早めにあがったのに」 「いえ、それが、早くは戻って来るなと難しい事を言われてまして。昨日は人を追い出しておいて、随分なものです」 「オヤ、ソチラもデスカ? 俺も幽那と霧戒から同じような事を言われていマシテネ。珍しい事もアルと思ってイタのデスガ」 「そういえば、僕も今日だけは戻って来るように篭から言われてたっけ。いてもいなくても混雑するから、いた方がマシだって。何のことだろう?」 「あ、俺もとぐまから言われとったな……。すっかり忘れとったわ」 「何を言われていたんです?」 「いや、良くわからんねんけどな。何か今日は麻雀終わったら夜巖と不夜城行けって。何か幽那が用事でもあんのか?」 「イエ、俺は何も聞いてイマセンが……妙デスネ」 「追い出されるだけならともかく……その後の行動まで指定されているのは、事件の予感ですね」 「ううん。2月14日に何かあったかな」 ふと宿禰が漏らしたキーワード。 「あ」 「ア」 「ああ。バレンタインデーですか。すっかり忘れていましたよ」 バレンタインデー。旧暦から今に伝わっている行事で、その始まりは古代へ遡る。 聖バレンティヌスが、恋人たちを当時の法に逆らって結婚させていた。しかし当時の為政者からそれを咎められ処刑された。その血をチョコに見立て、相手に送ると言う風習があったらしい。 一種のカニバリズムなのだろう。古代より、戦士の生き血をすすったり人肉を食す事によってそのものが持つ力を手に入れるという考えはあった。つまり、チョコは魔術的符号なのだろう。 生き血に見立てたチョコを恋人に送ると言うのは奇妙なものだが、そこは旧暦古代の風習だ。そういうものと考えるしかない。 「それでは、僕はこれで切り上げさせてもらいます」 立ち上がった慧の両肩を、二つの手が力強く掴む。 「まぁ待て、まぁ待てや。慧――― そうや、ないやろ……?」 「俺達は何も気付かなカッタ。麻雀が盛り上がったノデ約束を忘れてシマッタ。運悪く、全員が。ソウデショウ?」 肩を握る手に力が入り、ミシミシと音を立てている。 「いえ、ですけれど」 「さぁ夜巖、このまま勝ち逃げなんてさせへんでぇ……、今日は男同士、とことんやろうやないか!」 「フフ、今までの負け分を全て取り返させて頂きマスヨ……。何、ほんの24時間連続麻雀程度、俺達にはドウと言う事もアリマセン。……宿禰先輩、貴方もソレで構いませんネ?」 「構わないよ。僕にはこの青い春を楽しむ方が大事だからね」 「決まりやな。さぁ慧、座れや」 「……いえ、僕は帰らせて頂きます。レイチェルと雛菊を裏切る訳にはいきませんから」 真面目な表情で告げる乱。だが、二つの手は離れない。 「アナタはいいですよネェ? 何の不安もなく戻れるのデスカラ」 「全くやな……。これやからブルジョワ階級は……このモテ男がっ!」 それは経世もなのだが、本人は気付いていない。 「イイですか? 良く聞いてクダサイ。バレンタインデー、ソレはイイ。チョコを送る、それもイイ。問題なのは、そのチョコの中に毒物や薬物が混じっていると言う事ナノですヨ!」 「そうやで! この世には人を殺せるマズさのチョコを作る味覚異常女や、強烈な媚薬を混ぜて既成事実を作ろうとする合法ロリもおんねん!」 誰のことをいっているのかは明白だった。 「忘れもシナイ、アレは去年の事です。灰赤紫というファンタジーな色のチョコを食べて三日三晩ウナされ続けたあの恐怖……」 「忘れもしねぇ、アレは去年の事や。油断して口の中放り込まれた薬のおかげで前後不覚なりかけたアレは、もう一歩でアウトやった……」 「ですけど、無視したら彼女たちの気持ちを台なしにしてしまいますよ?」 「何を言っているノデス? 無視した訳ではアリマセン。偶然! 運悪く! 不思議な事に! 全員が度忘れしてシマッタだけの事!」 「そうや、話題にのぼらんかったんやからしゃあないわなぁ。ああ、しゃあないわ……」 「あれ? どちらにしても、明日食べる事になるだけじゃないのかな?」 宿禰の尤もなつぶやきにも、二人は動じない。 「明日は俺と逆襄氏、二人シテ外部講習の為、チェルノブイリへ遠征デス」 「朝一ででりゃあ、一週間は向こうや。賞味期限も切れとるやろう」 「……最初から逃げる算段だったのですか?」 「いや、偶然やな」 「デスネ。だが、この好機は逃しマセン」 「そやな、じゃあまずは河岸を変えんと。ここやとすぐに見つかってまう。西はどうや?」 「イヤ、ダメですネ。慧氏がレイチェル嬢、雛菊嬢に見つかってシマウ。そうなれば、俺達が無視シタ、故意に逃げたとの証拠を与えてシマイマス。それは良くない」 「せやな……。ならアンダーはどうや?」 「悪くないデスガ……その程度、彼女らも真っ先に思いつくデショウネ」 「やろなぁ……。じゃあ、どうする」 「……地下にイキマショウ」 「いや、でも夜巖、お前も言うたやないか! 潜伏やったら、真っ先にそこが思い浮かぶて!」 「エエ、勿論デス。隠れるといえば地下。間違いナイ。俺達がいなくなったと彼女らが気付けば、真っ先に地下を疑うデショウ。―――だからこそ、イキマショウ」 「……裏の裏、って訳か」 「エエ、きっと彼女たちはこう考える筈デス。《そんな安直に動く筈がない》ト。ならば、寧ろ奇をテラう事ことこそデンジャー」 「よっしゃ! ならそれでいくで! よし、行こ……か……?」 「あらあら。夜にケイさん。ドコに行く気なのかしら?」 目の前に、幽那が現れた。 どこから入ってきたのか? 聞くまでもない、彼女の能力を使ったのだろう。テレポートに似た結果を生む事のできる、彼女のタキオンの世界。この部屋に辿り着くことなど余裕だ。 「い、イエね? つい盛り上がってしまい、このママ二次会へ雪崩込もうカト」 「あ、ああ。せやねん。べ、別に逃げようとか、そんなんちゃうねん」 嘘のつけない男、逆襄。 「いいから来なさい二人とも。さっさと、早く、テキパキと」 どこか急かすような幽那。先程から、宿禰の様子をチラチラ伺っているように見えるのは気のせいか。 「ちょ、わ、分かりマシタ、分かりマシタから引っ張らないでクダサイ!」 「何で俺まで!? ……いや、この方がええのか? もしかして」 連れ出されて行く二人を見送り、慧と宿禰も立ち上がる。 「では、僕たちも戻りましょうか」 「そうだね。また、この形で集まれればいいな」 「これ以外の形で集まりたくはないものですね」 「そうだね。それじゃあ、彼女たちに宜しく」 「―――ええ。それでは、また」 北区画まで、幽那の監視のもとに連れられて行く逆襄と夜巖。 BGMはドナドナだ。 翌日にこの二人の姿を見たものは誰もいない。……腹痛で寝込んでいたとTLNで報じられたのは、三日後の事だった。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
目安箱バナー