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不夜城の陽気な日常1」(2010/10/23 (土) 22:43:16) の最新版変更点

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学園の北区画を代表する建物とは何か。 100人に聞けば100人が、1000人に聞けば1000人が、10000人に聞けば10000人が答えるだろう。不夜城だ、と。 他にデカイ建物がない訳ではない。旧国でいうアメリカのブロンクスを想像させるこの区画には、巨大な店もある。何せ、巨大なネオンが常時太陽光以上に煌めいている歓楽街だ。楽しむには事欠かない。 ただし、その光をほんの少しでも避ければ、路地裏にスラムが形成されていて浮浪者が列をなす。歓楽街の店にもキャッチやボッタクリが多く、喧騒は絶えない。犯罪も日常茶飯事だ。 そんな綺麗事では図れない街だからこその楽しみもあり、それを求めてやってくる人間はいる。そうなれば、自然の流として金は生まれる。その金の流れは不自然になろうとも、金は入り込んでくる。すると自然、極一部では高層ビルが立ち並び、さながら摩天楼も形成されている。 それらの建築物をさしおいて、不夜城は異彩を放っている。増改築に増改築を重ねた建物はビルとも城とも見えず、アートの領域へ達しているといっても過言ではない。 そんな不夜城に住む彼らの日常の欠片を紹介しよう。 「ご・しゅ・じーん!」 「ウボァ!」 クロエが夜巖のベッドにダイビング(鳩尾に肘) 「昼だよご主人、昼だよ! 起きた方がいいんじゃないかな?」 「イヤイヤ、マダ昼でしょう? 寝ますヨ俺は」 「バカご主人!」 「ゴヴァ!」 グーで殴られる。 「昼なんだよ! 日はまた昇ったんだよ! 次はいつ来るか分からないんだよ!」 「い、イヤ、また24時間が過ぎれば来ますヨ……」 「バカご主人!」 「オヴァ!」 グーで殴られる(やや強め) 「今という時は今しかないんだよ! そしてボクはお腹が空いたよ!」 「ソレが本音か……!」 クロエの育て方を間違ったか、などと本気で考える夜巖。 「それに起きてないのはご主人だけだよ。どっちにせよゆーさんもここに来るんだから。それならとボクが真っ先に起こしに来てあげたんだよ。ご主人は寧ろお礼を言うべきじゃないかな?」 どれも似たりよったりだとは思う。 「ハイハイ、ありがとうございます……ってチョット待て」 「何?」 「俺ダケ?」 「ご主人だけ」 「幽那も?」 「ゆーさんも」 「……バカな!?」 驚愕を露にする。 「アノ自堕落で天衣無縫で無責任な幽那がこの時間に? あり得ません。クロエ、きっと貴方が見たのは夏の夜の夢デス」 「ご主人がライサンダー? ディミトリアスとハーミア、どっちがゆーさんでどっちが猫さんかな。で、ボクがパック」 「オベロンとティターニアはドコに……?」 「いつだって心のなかにいるよ。って何の話さご主人」 話がずれた。 「ゆーさんが起きてるのがそこまでおかしい事かなぁ? まぁおかしい事だけどさ」 「デショウ。彼女がこんな昼間に起きているナドと。例え起きていても昼寝をスル女ですヨ奴は。もしソレが真実ならば天変地異の前触れデショウ」 流石に言い過ぎだろう。 「ふーん。ところでご主人、気を付けた方がいいよ?」 「……何の事デス?」 「いや、だって本当なら天変地異が起きるんでしょ?」 「エエ、そのくらいアリエナイ事だと断言します」 「うん、だから頑張ってね」 「……? 何が言いたいのデス?」 「いや、だからさ」 夜巖は、もっと早く気づくべきだったのだろう。 不夜城は,今や彼にとって、僅かでも気を抜くことのできる数少ない場所だ。 普段、『【グレイトフルデッド】は戦場において仁王立ちし瞳を開いて眠る』と噂になるほど、気配察知には優れている。寝ている時とはいえ、その注意は決して絶えない。 それは普段の生活においても同様なのだが、この時ばかりはそうではなかった。或いは、夜巖に責任があったのではなく、相手がより上手だったのかもしれない。 「起こるんでしょ、天変地異。今から、ここで」 クロエが体を僅かにずらすと、その後ろには幽那が。 「ふーん、そう。夜にとって、そういう評価なのね……?」 「待ってクダサイ」 「待たないわ」 「貴方は誤解シテイマス」 「違うわ、今から五回以上”する”のよ」 何を、とは言えない。恐ろしくて。 「話せばワカリマス」 「残念ね、離す気はないわ」 「落ち着いてクダサイ」 「ええ、すっごい落ち着いた気持ちよ。狙いを外す気がしないもの」 「クロエ、ご主人のピンチですヨ! 幽那に説明してやってクダサイ!」 「いや、説明も何もそのまんまだし」 正論過ぎる。 「ソモソモ何故、幽那がいると教えなかった!」 「ご主人,いつもは言うまでもなく気付くしさぁ。分かっててやってるのかなー、と」 確かに、夜巖という男ならそれもおかしくはない。ただ、クロエは間違いなく確信犯的にやっていただろうが。その証拠に,表情はとても楽しげだ。 クロエは夜巖に忠実ではあるが、時折、こうやって彼の慌てふためく様を見て楽しんでいる節がある。 「さぁ、夜。そろそろお話はおしまいにしましょう」 腕を掴まれる時夜。 「離してクダサイ!」 「ええ、今からいくらでも話してあげるわ」 きっとそれは尋問的な意味に違いない。 「がんばってねー」 クロエの気のない応援を最後に、幽那による夜巖へのお仕置きが始まった。いつもの事だ。 「全く、少しは手加減してクダサイ」 「手加減したら効かないんだもの」 いつものじゃれ合いも終わり、まったりモード。 「霧戒はドウシマシタ?」 「子猫ちゃんはリリコと掃除中よ」 不貞腐れたように言うところを見ると、追い出されたのだろう。 「そこでボクとゆーさんがご主人を起こしに来たって訳だね」 きっと幽那が来た理由は、夜巖だけ寝ているのが納得いかなかったのと、起きて暇になったので夜巖を構いに来たことの二つだろう。クロエは単におもしろ半分に違いない。 「そんな事よりご主人。ご飯食べようよご飯」 「ここだけ聞くとタダの腹ペコキャラですネ……」 間違ってはいない。 「というより、それならマリアに頼めばいいだけじゃないデスカ」 「ボク一人分だけ頼むってのもね。折角だからご主人と一緒に食べたいし」 クロエは好意を隠さない。こうストレートに言われては、夜巖も悪い気はしない。 「折角だから私が作ってあげるって言ったんだけどね。『それならご主人も一緒の方がおいしいよ!』って」 前言を撤回、好意を偽装する事はできるらしい。 幽那に気取られないように、『何を巻き込んでクレヤガリマスカ』との意志を込めてクロエを睨む。彼女は口笛を吹いて目を逸らした。 「マ,マァ幽那が作るまでもアリマセン。ウチにはマリアと言う立派なコックがイルのですから、彼女の仕事を奪うのはよくアリマセンヨ。うん、良くありません」 「だよね! じゃあ早速,三人でコックさんに頼みに行こう!」 「そうですね、それがいい!」 「善は急げだよご主人!」 「エエ、出かけられたりしたら大変デスカラネ!」 「大丈夫よ、その時は私が」 「ご主人、早く探そう! 事は一分一秒を争うよ!」 「その通りデスネ! 急いで見つけて速やかに食事にしましょうそれがいい!」 幽那が口を出す前に二人で押し切る。息はぴったりだった。 それ程まで幽那の手料理を食いたくないのか。食いたくないのだ。 「くふ、無理だね」 マリアの第一声はそれだった。絶望にたたき落とされた表情になる二人。 「じゃあ仕方が無いわね、私が作るわ」 言葉とは裏腹に幽那は嬉しそうだ。 「ま、待ちナサイ! コレは陰謀デスヨ!」 「くふふ。幽ーさんにも無理だね」 「んー? どういう事さコックさん」 「材料がないからね。くふふ、一流の料理人もモノがなければ作れない」 「そうデスカ、ソレは仕方がありませんねぇ」 「夜、なんだか嬉しそうだわ」 「気のせいでしょう」 「えー、じゃあご飯はー?」 「ゴメンゴメン。くふふ、急いで仕入れに行くけれど。晩には間に合わせるけれど。それまでは我慢か外食か」 「んー。仕方がないか、ねぇご主人」 クロエの言葉にうなづいて、しかし首を傾げる。 「ケレド、確か数日前に買い込んダばかりではアリマセンカ。マサカと思いますが、この不夜城に賊が?」 「くふ。違う違う、作り過ぎただけ」 「いや、一週間分はあったと思いマスガ……」 「異ーさんは健啖家だからね。くふふ、ついつい作り過ぎる」 「え、もしかして猫さん一人であの量を?」 「くふ、違うよ」 「そうよね、いくら子猫ちゃんとは言え、そこまでは」 「異ーさんは半分くらい。後は通常消費」 三人が戦慄した。 「でも、仕方ないわ。マリアの料理は美味しいから、食べ過ぎてしまうのも已む無しよ」 「それにしても限度ってものがアルデショウ……」 「猫さんの胃は肉限定でブラックホールだね。フードファイターになれるんじゃない?」 「食べてくれるのは嬉しいけど、それで他の人の分まで使ってしまう。くふ、料理人失格だね」 「イエ、マリアはヨクやってくれていますヨ。アナタがいなければ不夜城の食卓は毎日が最後の晩餐となる危機に陥る所デシタ」 それは流石に言い過ぎだったが、マリアに感謝しているのは本当だった。 夜巖は料理が得意とはいえ、多人数分を作ったりするのには向いていない。異牙も料理がうまいが偏りがある。毎日肉肉肉中華中華中華の高コレステロールをこれでもかと押されるのは、幾ら食に拘らない夜巖にも辛いものがある。幽那は物理的にも何的にも辛い。クロエはそもそもやる気がない。 そんな所で,リリコとマリアを雇って大正解だった。これは英断だったと夜巖は自認しているし、異牙もと幽那も認めている。 「そうね。マリアはよくやってくれているわ」 幽那はうなづき、 「だから負担を和らげるために、私が作る日があってもいいんじゃないかしら」 (ご主人、何言ってるのこの人) (しっ、刺激するとよりやる気を出すのデスカラ流しましょう) (りょーかーい。巻き込まれたくないしねー) (それが賢明です) 「何が賢明なの?」 「クロエが『幽那に専属で』グッ!?」 全てを言い終える前に、察したクロエに鳩尾を殴られる夜巖。 「ご主人にね、『ゆーさんの料理はご主人のものだから、ご主人専属で作ってもらったら?』って言ったらね、賢明だって!」 「え? あら、そう。可愛いところもあるじゃない。じゃあこれから毎晩、夜の分だけ私が作ろうかしら」 終わった。夜巖は本気でそう思った。 クロエも流石にこれはマズイと思ったのか、冷や汗を流している。 「くふふ、私は幽ーさんの作る料理好きだけどね。独創的で」 「ほら、本格料理人のお墨付きよ。そんな私の手料理を毎晩食べられるなんて,幸せものね夜は」 「ええ、今とても死合わせという言葉の意味を噛み締めています」 「あれは独創的って言うより、毒創的だよね」 「くふ。新しいものを作るにはね、あのくらい飛び抜けた方がいい時もある。くふふ、今度発想法を教えてもらおうかな?」 「全力でヤメテください。マリアはありのままが一番デス」 「そうだよ、わざわざ狭い所へ落ちていくことないって!」 「何よ,二人とも。人の料理を危険物か何かみたいに」 幽那のそれは高確率で危険物以上の何かになるのだが、それを口に出す事はできない。それが優しさだ。 「でも、私がいる限り、ここでの料理は私の仕事だからね。くふ、幽ーさんといえども譲れないかな」 「……仕方が無いわね。夜の分だけにしておくわ」 「え?」 「何?」 「い,イエ何でもアリマセン」 今、さらりと死刑宣告を受けた気がする夜巖だった。 「くふふ、ダメダメ。私がいる限り、全員分、全ての食事を準備するのが私の使命だからね」 マリアは涼しげに笑いかける。 「私以外厨房に入れず。くふふふふふふふ」 俯き気味で笑うマリア。彼女の料理風景を知る面々としては、恐ろしさが先に立つ。軽やかな笑い声は楽しげだし、表情も素敵なのだろうが、恐ろしい。 「でも、普段の食事以外。プレゼントやイベント事なら構わないけど。くふふ、勿論、頼まれればその分も作るけどね。それか、私のいない時なら」 「……むぅ。仕方が無いわね」 「仕方がありませんね……」 幽那としても、夜巖としても、そしてマリアとしても、そこが妥協点なのだろう。 マリアは料理を愛している。自分が作る事は第一だが、人の料理を作りたいという想いもそれなりには愛している。だから,自分が作れない時か、理由がある時だけしか譲らない。 幽那も、イベント時にちゃんと作って食べさせる事ができるなら、まぁ我慢できる。理由がない時に作りたければ外のスペースを借りればいいだけだ。 夜巖は,ある意味で自分の生命がかかっている事柄だけに重要だ。けれど、幽那の作った料理の想いまでを無碍にしたくはない。けれど普段から食べていればいつか死ぬ。イベント事のみ、というのならばまだ耐えられる。 「くふふ。じゃあ買物に行ってくる」 「アア,マリア。荷物持ちくらい手伝いマショウカ?」 体ごと振り返り、唇に指を当てて笑う。 「ありがとう。くふ、でもいらないかな」 「なんで? コックさん一人で荷物持つの大変じゃない?」 「くふふ。不夜城の料理に関わる仕事は全て私の領分。仕入れから食器洗い,残飯処理までするのが本当の料理人だからね。くふ、その全ては私のものさ」 夜巖達に背を向けるマリア。 「リリコと同じ。オーナー達は、皆、私の仕事を知らなくていい。皆は何も考えずに料理に舌包みを打って、美味しければ美味しいと、そうじゃなければそうじゃないと言ってくれるのが何よりの成果だね。くふふふふ」 「プロよ、夜。ここにプロがいるわ……!」 マリアの料理にかける情熱は本物だった。 「くふ。まずいって言ったら満足するまで帰さないけどね」 冗談めかしていっているが、本気だろう。 ただ、マリアの料理で唸らない人間など世界を見回しても一握りだ。そんな事は滅多起こりえない。 「そうでしたね、愚問デシタ。マリア、万事お任せ致しマス」 「くふ、了解だよオーナー。経費だけ貰っていくね」 ひらひらと手を振って出て行くマリア。 「本当に良い子を雇ったわね」 「エエ、性質にやや難有りトハイエ、取りうる限り最良の人材デスヨ。マリアもリリコも」 「ただ、外での料理に満足できなくなるのが玉に瑕だね」 クロエの言葉に、二人は顔を見合わせて苦笑するしかなかった。 「では、外に食べにイキマスカ。食材がないのならどうしようもアリマセンし」 「そうね。異論はないわ」 「じゃあどこ行く? ご主人、何かいいところないの?」 「ソウデスネェ。ソレを決める前に、霧戒とリリコも呼びに行きマショウ」 その結果。 「いえ、掃除がありますので。三人ともさっさと出ていってください」 「己が本分を果たさずに出かける事など、私のメイド魂が許しませんよ♪」 と言う事で二言目に却下され、三人で出かけることに。 「そういえば、東に噂の料理店があるヨウですヨ」 「へぇ、面白そうだねご主人。じゃあそこにしようよ。ゆーさんもそこでいいよね?」 「……ええ、構わないわよ?」 「なーんか不精不精だね? 何か問題あるの?」 「……まさか、幽那。宿禰が怖いからじゃないデショウネ?」 「……苦手なのよ、あの子」 「あはは、ゆーさん苦手なの多いよね」 「マァマァ,クロエ。幽那も女の子なのですカラ、苦手なものもありますよ、ネェ?」 「っ、死になさい!」 アイアンクロー。 「オゥフ! フォ,フォローしたのに何故……!?」 「う,うるさいわね! 夜が変な事を言うからよ!」 二人のやり取りを、また始まったとばかりに遠巻きに眺めるクロエ。 電車に揺られて20分、南へ。 「ココですね、『ル・クルーゼ』。村崎ゆき子嬢がオーナーシェフと言う事デスネ」 「村崎……結構有名な料理人よね? その娘さんって事かしら」 「そのようデスネ。コンテストでも高評価を受ける事が多いようデスヨ」 「だからこんなに並んでるんだね。飯時も過ぎてるってのにさ」 「夜。先に言っておくわ。並ぶのは嫌よ」 我侭にも程がある。 「分かってマスヨ。俺とてこんな炎天下に晒されていたくはアリマセン」 「だよね。ボクも嫌だよ」 「デショウ。となればやる事は一つ、脅迫しかアリマセン」 「やめなさい」 「……冗談デスヨ、そう睨まないでクダサイ」 「今の間は何?」 「何でもアリマセン」 止められなかったら間違いなく脅すつもりだった。間違いない、夜巖はやる時は躊躇わない。 こうして会話している間に、徐々に注目は集まってくる。当然だ、北のトップとその側近、更に急激に頭角を現している三人なのだ、目立たない筈がない。 「オヤオヤ、注目の的デスネ」 「これだけいたら一人くらい知り合いいないかな? 居たら自然に混じれるのに」 「こういう目立ち方は好きじゃないわね……夜,何とかしなさい」 「何とかと言われましテも。流石にコレは有名税と思うしかアリマセンヨ」 「お、おい、あれマジモンか?」 「間違いねぇ、『ホロウキャスター』に『グレイトフルデッド』と、もう一人は『ナイトオブソード』だ」 「なんで最優の雨月が東に?」 「始めて見た……凄い綺麗……」 「何か夜識ってイメージと違うな……偽物じゃねぇ?」 「くそ、なんで今日に限ってカメラ忘れたんだ……!」 「まるで珍獣扱いデスネェ」 「うざったいなぁ。ご主人、やっちゃっていいかな?」 「ヤメナサイ、囀る以外は無害デスヨ」 「仕方が無いわね……別の店にしましょう」 「イヤ、チョット待ってクダサイ。あそこにいるのは……」 ざわめきの中、人の波を押しのけて進んで行く。歩みに迷いはなく、堂々と一点目指し悠然と行く。 「どうしたのご主人。誰か見つけた?」 「変ね、誰もいなかったと思うけど……」 二人の言葉には答えず、店の中まで歩いていく。 「いらっしゃいませ、何名様ですか?」 「三名デス。あ,開いている席ならドコデモ構いマセンノデ」 「かしこまりました、それではこちらへどうぞ!」 「有難うゴザイマス」 微笑む夜巖。さも当然と言わんばかりの態度で、態度には何らやましい所がない。 「……ご主人、セコくない?」 「イエ、知り合いがいたと思ったのデスが気のせいでしたネ。マァ、案内された以上は従うのが客の礼儀というものデスヨ」 あまりに堂々と入店したので,誰も突っ込めなかった程だ。 恐らく見つけたのも、知人ではなく席を立った誰かだろう。注目が集まって店への注意がおろそかになった事を見越し、いかにも並んでいましたとばかりに店内へ入り込んだ。順番待ちが記帳式ではなかった事も幸いした。いや、この様子だとそれもチェック済みだろう。 「天下のグレイトフルデッドが割り込みかぁ。ご主人を見てると悲しくなるよ」 「そこまでイイマスカ。目的の為に手段は選ばないダケデスヨ。幸いな勘違いに乗ったまでデス」 「まぁ、いいじゃない。折角入れたんだしゆっくりしていきましょ」 冷房の中にはいったからか、幽那は上機嫌だ。 注文を終え、雑談。 「そういえば、こっちのコックさんはコンテストとかでてないよね? なんでだろう」 「単に興味がナイのデショウ。彼女はその辺り無頓着デスカラネ」 「それにあの子はほら、【飢えた料理人同盟(スターブドゥクックアライアンス)】のメンバーだから。あそこに所属している人は大体のコンテストに参加できないわ、だからじゃないかしら」 「へ? そうなの? 何で?」 「【飢えた料理人同盟(スターブドゥクックアライアンス)】、文字通り“飢えた”料理人達デスカラネ。料理の為に全てを捨てるくらいの覚悟がアッテ、料理の為に全てを優先するヨウなメンバーが多いんデスヨ。ツマリ性格に難がある連中ばかり」 「あー、それは納得。コックさん変人だもんね」 「マリアも貴方には言われたくないでしょうね」 「全くデス。ともあれソレに加え、彼らは腕前も超一流。妬む理由もアッテ、排斥する名目もアリマス。日の目の当たるコンテストにはソモソモ登録できない事の方が多いのデスヨ」 「へー、初めて知ったよ。ご主人,博識だね!」 「コノ程度は一般常識デスヨ」 「それに、【飢えた料理人同盟(スターブドゥクックアライアンス)】のメンバーと言うだけで、大体世界的コンクールのトロフィー100個分の価値はあるって話もあるから、必要もないのでしょうね」 「デスネ。マァ,それでもマリアは特殊デスヨ」 食前酒として頼んだティアマリアを口に含む。 「大体、あそこのメンバーは外で実績を積んでから来るノガ通例デス。ケレド彼女は,ソレを一切シテイナイ。ソレはもう、血と呼ぶしかないでしょうネ。両親ともに幹部、生まれてカラずっと両親及び同盟の中で育った彼女デス、その環境だけで1000のコンクール経験以上のものを得ているノは間違いアリマセン」 「じゃあボクら、そんな凄い料理を毎日食べてる訳だね?」 クロエが飲んでいるのはぶらっどぶらっど。何故か好きらしい、特殊な嗜好だ。 「夜、一体どうやってスカウトしたの?」 幽那が飲んでいるのはブラッディマリー。 「偶然デスヨ偶然。特に語るべき物語は持ち合わせてオリマセンのでアシカラズ」 「でもさぁ、ご主人。知ってる?」 「何をデス?」 ずずずとぶらっどぶらっどをストローで啜りつつ。 「最近,ご主人がロリコンでハーレム王目指しているって噂が流れてるヨ」 「チョット待っていてクダサイ、情報源を突き止めて然るべき対応をシテ参ります」 立ち上がる夜巖。殺意が立ち上っている。ウィザードに装弾していたような気がするのは流石に見間違いだと信じたかった。その現場を見た誰もが,そんな筈はないと信じたがった。 「ちょ、噂だよ!? 落ち着いてご主人、まだ早い! まだ早いよ!」 夜巖を掴んで押し止めるクロエ。普段ならクロエの方が力が強く押し留められるのだが、怒りでリミッターが外れたのか、夜巖がクロエを引きずって少しずつ進んでいく。 「離してクダサイ! こう言う悪い噂の芽は早めに摘み取らなければ取り返しのツカナイ事にナル!」 行こうとする夜巖と、いかせまいとするクロエ。その二人を心なしか冷めた目で見る幽那。 「現状だけ見たらその噂が流れるのは仕方が無いわよ」 間違いない。実際、現在の不夜城には女性しかいない。まぁ、前々からも幽那と異牙だけだったので、夜巖以外は全て女性という状態は最初からなのだが。 「ソレにしてもロリコンは名誉毀損デスヨ!? 一体ドコにそんな要素が!」 「そこに」 クロエを指差す幽那。 「後は瞑獄鞍羅ね」 違いない。年齢は3つほどしか変わらない筈だが、外見年齢はその倍以上に広がって見えるのだ。 「彼女はそういう対象じゃないデスヨ……。始まりは彼女にとってのオルタナルティブですカラネ」 「それにしてはやけに親しいじゃない」 「おや、嫉妬デスカ? 可愛いデスネェ」 「殺すわ」 「ゴメンナサイ,冗談デス」 ともあれ、と前置きして席に座り直す夜巖。クロエも座り直す。 「彼女にとって、俺はそういう対象ではアリマセン。勿論、俺も鞍羅は大切な仲間ではアリマスが、そういう感情は持ち得ませんヨ」 「じゃあご主人、ボクは? ボクはどうかな?」 「ハッ」 「酷い!?」 鼻で笑う夜巖。大げさにのけぞるクロエ。 クロエも夜巖に対して容赦はないが、夜巖も中々容赦がない。 「ソモソモが、俺のタイプと違いマスヨ。俺は成熟した大人の女性が好きなんデスカラ、ロリコンだとは心外デス」 「本人が否定しても、周囲はそう見ないって事だよ」 「全く,邪推する輩には困ったものデス。ネェ幽那」 「え? あ、ああ、そうね。困ったものね」 「……どうしたんデスカ急に」 「べ、別に何でもないわよ。あ、ほ、ほら、料理料理」 怪しい。怪しいが、今の流れで特に気になる所はなかった筈なので、自分の勘違いと思う夜巖。 しかしクロエは何かを感じ取ったようで、ニヤニヤ笑っている。 「ゆーさんゆーさん」 「な、何かしら?」 「ボク、まだお金あんまり貯まってないんだよねー」 「それは大変ね」 「ご主人、さっきゆーさんの様子が変だったのはね、ご主人が」 「仕方が無いわね、可愛い後輩だもの、今回は私が奢ってあげるわ」 「やった、嬉しいな。ゆーさん愛してるー」 「……? クロエ、どういう事デス?」 「何でもないわ」 「ご主人は気にしないでいいんじゃない?」 二人に即答され、改めて首を傾げる夜巖。 食後のまったりタイム。 「うん、これは流行るのも分かるわね」 「デスネ。コレだけ出来れば充分デショウ」 「でも、ボクはやっぱりコックさんの料理の方が美味しいと思うなー。ご主人は?」 「ン? 勿論マリアですヨ。彼女は俺達に合わせて味を調整してくれていますからネ」 「ええ。同じ料理でも、私のと夜巖のじゃちょっと味付けが違ったりするのよ」 「じゃあボクはもう、コックさんじゃないと満足できない体にされちゃった訳か」 「マァ、頼めば何でも作りマスカラネ」 「正直、こういう時でもなければ外食する必要がないのよね,最近」 「だよね。帰ったらコックさんに今日食べたのまた作ってもらおうかな」 「あの、何か料理に問題がございましたか……?」 厨房から、オーナーシェフの村崎ゆき子が顔を出した。 北の有名人三人が、気兼ねせずに料理について喋っていたから気になったのだろう。 「え? ああ、そういう訳じゃないのよ」 「エエ、どうやら嫌な思いをさせてしまったようデスネ、申し訳ございません」 座ったままだが頭を下げる夜巖。 「確かに,この場で貴方を批評するような話題をスルのは失礼デシタネ。お詫び致シマス」 「料理には充分満足しているわ。サービスも良かったし、文句を言っているつもりじゃなかったのよ」 並ぶのはちょっと堪えたけど、と茶目っ気を魅せる幽那。しかしおまえらは並んでいない。 「そ、そうですか。良かったです」 安堵の息を吐く村崎。 「あ、申し訳ありません。お邪魔致しました」 「イエイエ、コチラこそ配慮が足らず申し訳ない」 「くふ? オーナー、ここで食事してたんだね」 村崎が厨房に引っ込むのと入れ違いに、マリアが姿を現す。 「オヤ、マリア。買出しは終わったのデスカ?」 「くふ、まぁね。量が多い時は配送サービス」 「コックさんはなんでここに?」 「敵情視察、かな? くふふふふ、料理人は食べるのも仕事だからね。ここは一度来てみたかった」 「うーん,もう少し待ってれば良かったわね。そうすれば一緒に食べれたのに」 「くふ? それはやめておいた方がいいかな。先に食べてて大正解。くふふ」 「何で? 大勢で食べた方が美味しいと思うけどな,ボクは」 「それは正解。でも、私と一緒に食べたら不快な思いするよ。くふ、相手が料理人の時はね」 「一体どういう事デスカ? 話が見えませんネェ」 「くふふふ、オーナーは私が所属している所、覚えているよね?」 「エエ、先程もその話をしておりましたカラ」 「話が早い。くふふ、じゃあ私たち【飢えた料理人同盟(スターブドゥクックアライアンス)】が、身内以外から排斥される理由は知ってる?」 「あ、さっきご主人から聞いたね。性格が悪いのと腕がいいから!」 「端折りすぎよ,クロエ。概ねその通りだけれど,もう少しオブラートに包んだ方がいいんじゃない?」 「くふ、構わないよ。どっちも事実だしね。でも、もう一つ理由が足りない」 「もう一つ、と言いマスと?」 「オーナー達には分かりづらい理由、だよ」 注文を取りに来た生徒にオーダーするクロエ。 「うちは、料理に妥協を許さないからね。くふふ。私なんかはあまり気にしない方だけど。それでも、金を取って人に出す料理に妥協をする事はない。それがうちの掟だよ」 凄惨な笑みを浮かべる。 「『我らは料理を追及する。我らは料理を至高とする。我らは料理人集団、常に料理に飢えている。その為に、全てを喰らい尽くす。料理に妥協すべからず。難あれば追求する。不備あれば糾弾する。問題あれば粛清する。全ての料理は至高に通ずる。もし一つでも粗雑を許せば、世界から真理が遠ざかると知れ。それが出来ない者は死ね』」 「随分と素敵な教えデスネ」 「くふ、うちは極端だからね。私はそこまで気にしないけど、それでも明確に線はある」 「プロかどうか、って事ね」 「細かく言えば、人様に金を取って出す時だね。趣味なら何も言わないよ。くふ、アドバイス程度かな?」 「じゃあ、それが仕事なら?」 「くふふ。足りないところを徹底して追求して糾弾して断罪して改善するまで泣いてもやめない」 「ダカラ排斥されるのデスネ、合点がいきマシタ」 「迂闊に出したらなけなしのプライドや名声が砕かれるからね。くふ、でもそれでも受け入れる料理人は良い料理人だよ。うちに入ってようが入ってまいがね」 「その選別も兼ねていると言うことデスカ」 「というかもう癖だね。くふふ、特に私は酷いらしいよ? くふ、ひどいんだよね、私なんか優しいのに」 「どの辺が?」 「無駄な努力をさせないであげてるんだよ、私はね。くふ、くふふ、くふふふふふふ」 恐ろしかった。今まで何人の料理人人生を絶ったのか。 「だから、今回もね。くふ、食後は最悪言い合いになるから。ならなくとも、ちょっときつく言う時があるからね。くふふ、オーナー達の食後の余韻を邪魔しちゃう」 「そ、そう。じゃあ、私たちは先にお邪魔しようかしら……ねぇ?」 「そうだね、ボクたちもコックさんの邪魔しちゃ悪いし」 「デハ、先に失礼しますヨ。マリア、やりすぎ無いヨウにね」 「くふ、大丈夫。ここの子はきっと良い料理人。くふふ……叩き甲斐がありそう,ゾクゾクする」 最後の一言は聞かなかった事にして店を出る三人。

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