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Fratricidio」(2007/12/30 (日) 00:28:11) の最新版変更点

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『Fratricidio』 「久しぶりだねぇ、丈乃助ちゃん?」  わざとらしい言い回しで、男が口元に笑みを浮かべる。  色素の薄い髪だが、顔立ちは自分とよく似ていた。 「誰だ」  記憶にない。最優先事項とは関わりのない存在。 「相変わらず薄情な脳細胞だな。俺の事、ホントに完全に忘れちゃったの?」  何が可笑しいのか、男はクツクツと笑った。 「その分だと、親父殿の読みどおりってところかな? 何の為にここに来たのかも忘れちゃった?」 「記憶にない」  俺の記憶は、ここで彼女と出会ったところからスタートしている。それ以前の記憶など全て消え失せた。 「仕方ないなぁ。親切で心優しいお兄ちゃんが丁寧に教えてあげよう。俺はお前の父親の二人目の息子で、お前にとっては異母兄。分かる? 腹違いのお兄ちゃん。親父殿の命令でお前を殺しに遥々こんな所までやって来た、優しくて健気なお兄ちゃん。分かったら再会の抱擁でもしようか、丈乃助ちゃん? さすがにこんだけ言えば分かんだろうよ、いくら単細胞でもな」  悪意だけが込められた嘲笑。俺はこの男に余程恨まれているらしい。覚えはないが。 「親父殿はお前に施した洗脳があっさりとぶっ飛んだ事を大層お気になされていてね、裏切り者を抹消してお姫様を連れて来いと仰せだ。どうする、Demone Demone(守護者のフリした悪魔)。弱りきったお前にお姫様が護り切れるか?」 「……」  言葉は要らない。ただ相手の蟀谷スレスレを射撃する。誰かが傷ついたら、あいつが泣くから……自分が傷つくのは平気なクセに―― 「あっそう。お兄ちゃんと喧嘩したいって事ね。良いよ、やろう……久しぶりに、思う存分殺りまくろうか、Fratellastro Caro(愛しい弟よ)」  何故か眼鏡を外しながら軽口を叩く男に向かって、容赦なく引き金を引く。今度は正確に眉間を目指して。  威嚇で引かないということは、殺られるまで引かないということ。ならば、後で文句を言われても知らない。  しかし、銃声が鳴り響く事はなく、男が崩れ落ちる事もなかった。 「何で俺が今までお前を自由にさせていたか分かるか? お前がここに来た日にはすでに抹消命令が出たというのに」  全てを無視して、男へと駆け寄る。ナイフを手に。刀はとっくに折れている。こんなところではきちんと手入れ出来なかったから、最初の何人かのせいであっさり錆びてしまった。 「覚えてないんだろうな。お前はバカだから」  首元にナイフを押し当てても男の余裕は拭えない。 「優しいお兄ちゃんが教えてあげよう……Romanzo Rosa(強制擬似恋愛)。俺達の大切で絶対な親父殿の技だよ。俺だと威力は落ちるけどね。Carpare(床に這え)」  ナイフを握る手に力を込めようとした瞬間、逆に全身の力が抜けた。 「どうしてすぐにお前を殺しに来なかったのか、そんなのは簡単な事。お前の飛び道具を全部ダメにするためだよ……至近距離での殺し合いになるようにね」  何故か身体を動かす事が出来ずに転がっている俺を踏み付けて、男は豪勢な扉に手をかける。 「確かに、純粋な闘いじゃお前には敵わないだろうさ。けどな、殺し合いという点ではお前よりは遥かに俺の方が上だ。分かるだろう? バカなお前じゃ俺の策は破れない。Piacere……e addio,Reginetta(はじめまして……そしてさようなら、幼き女王陛下)」  開け放たれた扉の奥に広がる闇の中で、白く輝く鳥篭が浮かび上がっていた。  涙を浮かべながらこちらへと手を伸ばしているのが見えた。血塗れた手――  あぁ、見られてしまった。気付かれてしまった。怪我を負わせてしまった。 「……ッ」  手にしていたナイフを投げ付ける。まだ固い動きでは、相手の足に中てる事しか出来なかったが。 「……へぇ。もう解いちゃったんだ? そりゃ、そうだ。親父殿のですら解いちゃったんだからね。面白い」  自らの足に刺さったナイフを引き抜き、俺の足にも同じように投げ付ける。  仕返しとでも言うつもりか、俺の方が深く刺さっているような気がする。  まぁ、そんなのはどうでも良い。立ち上がってしまえば、どうって事はないのだから。  足を完全に意識から切り離し、ゆっくりと構える。 「その状態でまだ動くつもり? 足に負担かけちゃって良いの? 二度と走れなくなったりして」 「気付かなければ痛くない。その後の事はその時に考えれば良い事だ」 「流石は単細胞。相変わらず単純に出来てるね、羨ましい。良いよ、おいで。俺は薄情なお前と違って、とても優しいからね。もう少しだけなら相手してあげよう」  全く余裕を失わずに嘲笑う男へと再び駆け出す。先ほどより速度は落ちるが。 「バカの一つ覚え……でもないか。考えたね」  目を瞑り、気配だけを頼りに別のナイフで斬りかかる俺を、男は拍手で賞賛する。  何となく男の目から嫌な感じがしたというだけだったのだが、正解だったらしい。  向こうは足。こちらはそれに加えて目。それでも、力の差で言うと五分五分みたいなものだ。不利ではない。 「どうだろう。こちらにはまだ策がある」  俺の耳に相手の口元が近付いたのが気配で感じ取れた。  反射的に避けるより先に男の声が聞こえてくる。 「π=3.141592653589793238462643383279……」 「……?」  理解出来ずにいると、腹部に衝撃を感じた。 「まだ数字は苦手らしいね、丈乃助ちゃん。お勉強はちゃんとしようね」  至近距離で目を合わせられる。 「Buona notte……Eternamente(お休みなさい、永遠に)」  静寂の中に男の声だけが響いた。……一瞬だけ。 「やめなさい」  何もかも引き裂く、絶対的な声。  気付けば俺は、自らの首筋にナイフを押し当てた格好で固まっていた。 「私はこんな事許可していない。怪我して良いなんて言ってない」  目の前から発せられている少女の声。最優先事項に逆らってはいけない。俺は意識を切り替えて服従する。  男へと視線を移すと、鼻先に誰の物かも分からない錆びた青竜刀を突きつけられていた。  強引に鳥籠を壊して来たのだろう。ボロボロな身体。白かったはずの服に紅い斑模様が出来ている。  あれほど出るのを怖れていたのに…… 「引きなさい。今すぐに」 「あぁ、確かにこれは抗い難い」  あれほど感じていた悪意も殺気も、男からは消え失せていた。初めからなかったみたいに。  もう危険はない。力を抜いても大丈夫だろう。 「あーもう、殺る気ぶっ飛んだ……」  見覚えのある、諦めたような優しげな苦笑い。  俺はこの男を知っている……? 「……籐司朗?」 「お、珍しい。思い出したんだ? 久しぶり、丈乃助」  まだ動けない俺の頭を乱暴に撫ぜる。偉い偉いと。  先ほどまでとは全く違う、慈愛のみがこもった温もり。  何故か、初めて名前を呼ばれたような気がした。何度も呼ばれていたのに。 「あれ? 何で……?」 「ホントに相変わらず丈乃助は単純だな。きちんと考えられるようにならないと、大事なお姫様護れきれないぞ?」  籐司朗はバカにするわけじゃなく、柔らかい物言いで笑った。  俺には理解出来ないが、沙鳥には何となく籐司朗の考えが分かったらしい。  これまでの経緯を正確に説明したところ、沙鳥は「素直じゃないな」と笑った。 「籐司朗は多分、丈乃助に殺されたかったんだよ。丈乃助はただ黙って立ってるだけじゃ殺してくれないでしょ? 本当に悪意を込めて絶対に殺してやるって気持ちで向かっていかないと、存在を完全に無視しちゃって見向きもしてくれないでしょ? だから、そうするしか方法がなかった」  何でまた殺されたがったのか…… 「だって、籐司朗は優しいお兄ちゃんだもの。複雑な思考回路してるからお父様の命令を無視する事なんか絶対出来ないけど、だからと言って素直に丈乃助の事殺して生き延びるなんて出来るわけない……だから苦肉の策で、自分が殺されちゃえば万事オッケー! でしょ? ホント素直じゃないなぁ」  沙鳥の指摘に籐司朗は、苦笑いを浮かべて「勘弁して下さい」と両手を挙げた。  よく分からないが、まぁ二人とも楽しそうだから良い事にしよう。
【Fratricidio】 「久しぶりだねぇ、丈之助ちゃん?」  わざとらしい言い回しで、男が口元に笑みを浮かべる。  色素の薄い髪だが、顔立ちは自分とよく似ていた。 「誰だ」  記憶にない。最優先事項とは関わりのない存在。 「相変わらず薄情な脳細胞だな。俺の事、ホントに完全に忘れちゃったの?」  何が可笑しいのか、男はクツクツと笑った。 「その分だと、親父殿の読みどおりってところかな? 何の為にここに来たのかも忘れちゃった?」 「記憶にない」  俺の記憶は、ここで彼女と出会ったところからスタートしている。それ以前の記憶など全て消え失せた。 「仕方ないなぁ。親切で心優しいお兄ちゃんが丁寧に教えてあげよう。俺はお前の父親の二人目の息子で、お前にとっては異母兄。分かる? 腹違いのお兄ちゃん。親父殿の命令でお前を殺しに遥々こんな所までやって来た、優しくて健気なお兄ちゃん。分かったら再会の抱擁でもしようか、丈乃助ちゃん? さすがにこんだけ言えば分かんだろうよ、いくら単細胞でもな」  悪意だけが込められた嘲笑。俺はこの男に余程恨まれているらしい。覚えはないが。 「親父殿はお前に施した洗脳があっさりとぶっ飛んだ事を大層お気になされていてね、裏切り者を抹消してお姫様を連れて来いと仰せだ。どうする、Demone Demone(守護者のフリした悪魔)。弱りきったお前にお姫様が護り切れるか?」 「……」  言葉は要らない。ただ相手の蟀谷スレスレを射撃する。誰かが傷ついたら、あいつが泣くから……自分が傷つくのは平気なクセに―― 「あっそう。お兄ちゃんと喧嘩したいって事ね。良いよ、やろう……久しぶりに、思う存分殺りまくろうか、Fratellastro Caro(愛しい弟よ)」  何故か眼鏡を外しながら軽口を叩く男に向かって、容赦なく引き金を引く。今度は正確に眉間を目指して。  威嚇で引かないということは、殺られるまで引かないということ。ならば、後で文句を言われても知らない。  しかし、銃声が鳴り響く事はなく、男が崩れ落ちる事もなかった。 「何で俺が今までお前を自由にさせていたか分かるか? お前がここに来た日にはすでに抹消命令が出たというのに」  全てを無視して、男へと駆け寄る。ナイフを手に。刀はとっくに折れている。こんなところではきちんと手入れ出来なかったから、最初の何人かのせいであっさり錆びてしまった。 「覚えてないんだろうな。お前はバカだから」  首元にナイフを押し当てても男の余裕は拭えない。 「優しいお兄ちゃんが教えてあげよう……Romanzo Rosa(強制擬似恋愛)。俺達の大切で絶対な親父殿の技だよ。俺だと威力は落ちるけどね。Carpare(床に這え)」  ナイフを握る手に力を込めようとした瞬間、逆に全身の力が抜けた。 「どうしてすぐにお前を殺しに来なかったのか、そんなのは簡単な事。お前の飛び道具を全部ダメにするためだよ……至近距離での殺し合いになるようにね」  何故か身体を動かす事が出来ずに転がっている俺を踏み付けて、男は豪勢な扉に手をかける。 「確かに、純粋な闘いじゃお前には敵わないだろうさ。けどな、殺し合いという点ではお前よりは遥かに俺の方が上だ。分かるだろう? バカなお前じゃ俺の策は破れない。Piacere……e addio,Reginetta(はじめまして……そしてさようなら、幼き女王陛下)」  開け放たれた扉の奥に広がる闇の中で、白く輝く鳥篭が浮かび上がっていた。  涙を浮かべながらこちらへと手を伸ばしているのが見えた。血塗れた手――  あぁ、見られてしまった。気付かれてしまった。怪我を負わせてしまった。 「……ッ」  手にしていたナイフを投げ付ける。まだ固い動きでは、相手の足に中てる事しか出来なかったが。 「……へぇ。もう解いちゃったんだ? そりゃ、そうだ。親父殿のですら解いちゃったんだからね。面白い」  自らの足に刺さったナイフを引き抜き、俺の足にも同じように投げ付ける。  仕返しとでも言うつもりか、俺の方が深く刺さっているような気がする。  まぁ、そんなのはどうでも良い。立ち上がってしまえば、どうって事はないのだから。  足を完全に意識から切り離し、ゆっくりと構える。 「その状態でまだ動くつもり? 足に負担かけちゃって良いの? 二度と走れなくなったりして」 「気付かなければ痛くない。その後の事はその時に考えれば良い事だ」 「流石は単細胞。相変わらず単純に出来てるね、羨ましい。良いよ、おいで。俺は薄情なお前と違って、とても優しいからね。もう少しだけなら相手してあげよう」  全く余裕を失わずに嘲笑う男へと再び駆け出す。先ほどより速度は落ちるが。 「バカの一つ覚え……でもないか。考えたね」  目を瞑り、気配だけを頼りに別のナイフで斬りかかる俺を、男は拍手で賞賛する。  何となく男の目から嫌な感じがしたというだけだったのだが、正解だったらしい。  向こうは足。こちらはそれに加えて目。それでも、力の差で言うと五分五分みたいなものだ。不利ではない。 「どうだろう。こちらにはまだ策がある」  俺の耳に相手の口元が近付いたのが気配で感じ取れた。  反射的に避けるより先に男の声が聞こえてくる。 「π=3.141592653589793238462643383279……」 「……?」  理解出来ずにいると、腹部に衝撃を感じた。 「まだ数字は苦手らしいね、丈乃助ちゃん。お勉強はちゃんとしようね」  至近距離で目を合わせられる。 「Buona notte……Eternamente(お休みなさい、永遠に)」  静寂の中に男の声だけが響いた。……一瞬だけ。 「やめなさい」  何もかも引き裂く、絶対的な声。  気付けば俺は、自らの首筋にナイフを押し当てた格好で固まっていた。 「私はこんな事許可していない。怪我して良いなんて言ってない」  目の前から発せられている少女の声。最優先事項に逆らってはいけない。俺は意識を切り替えて服従する。  男へと視線を移すと、鼻先に誰の物かも分からない錆びた青竜刀を突きつけられていた。  強引に鳥籠を壊して来たのだろう。ボロボロな身体。白かったはずの服に紅い斑模様が出来ている。  あれほど出るのを怖れていたのに…… 「引きなさい。今すぐに」 「あぁ、確かにこれは抗い難い」  あれほど感じていた悪意も殺気も、男からは消え失せていた。初めからなかったみたいに。  もう危険はない。力を抜いても大丈夫だろう。 「あーもう、殺る気ぶっ飛んだ……」  見覚えのある、諦めたような優しげな苦笑い。  俺はこの男を知っている……? 「……藤司朗?」 「お、珍しい。思い出したんだ? 久しぶり、丈之助」  まだ動けない俺の頭を乱暴に撫ぜる。偉い偉いと。  先ほどまでとは全く違う、慈愛のみがこもった温もり。  何故か、初めて名前を呼ばれたような気がした。何度も呼ばれていたのに。 「あれ? 何で……?」 「ホントに相変わらず丈之助は単純だな。きちんと考えられるようにならないと、大事なお姫様護れきれないぞ?」  藤司朗はバカにするわけじゃなく、柔らかい物言いで笑った。  俺には理解出来ないが、沙鳥には何となく藤司朗の考えが分かったらしい。  これまでの経緯を正確に説明したところ、沙鳥は「素直じゃないな」と笑った。 「藤司朗は多分、丈之助に殺されたかったんだよ。丈之助はただ黙って立ってるだけじゃ殺してくれないでしょ? 本当に悪意を込めて絶対に殺してやるって気持ちで向かっていかないと、存在を完全に無視しちゃって見向きもしてくれないでしょ? だから、そうするしか方法がなかった」  何でまた殺されたがったのか…… 「だって、藤司朗は優しいお兄ちゃんだもの。複雑な思考回路してるからお父様の命令を無視する事なんか絶対出来ないけど、だからと言って素直に丈之助の事殺して生き延びるなんて出来るわけない……だから苦肉の策で、自分が殺されちゃえば万事オッケー! でしょ? ホント素直じゃないなぁ」  沙鳥の指摘に藤司朗は、苦笑いを浮かべて「勘弁して下さい」と両手を挙げた。  よく分からないが、まぁ二人とも楽しそうだから良い事にしよう。

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