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コトノハ」(2009/03/01 (日) 02:26:19) の最新版変更点

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コトノハ  言葉は言の葉。言語の葉っぱ。千の言を尽くしても、言の葉は言の葉。葉が積もるだけで大樹になりはしない。  コトバは事の端。事象の端っこ。万の言葉を尽くしても、言の葉は事の端。欠片が溜まるだけですべてを表せはしない。  見えるもの、感じるもの、知るもの、考えるもの――――どんな簡単なことでも、そのすべてを言葉で表すことは不可能。言葉で表せるものはすべて嘘だ。 だから、やめてほしい。 綺麗な言葉で飾るのは。艶やかな装飾で彩るのは。 気づかなくていいことに気づいてしまうから。守りたい本当が嘘になってしまう気がするから。直視しなくてはならない醜いものが、そうでもないように錯覚してしますから。大事に守っているものがバラバラにされて晒されるような、あるいは足元のものがすべて嘘になって砕け散るような、そんな不吉な気持ちになって――――恐くて怖くて殺したくなる。  黄道暦が始まってすでに50年以上。企業が国に代わり世界を統治し、強きものは出自に関わらず生き残り弱い者は淘汰されるような時代。人類の歴史に今までにない新しい時代のはずなのに、古い時代の記録と比べて今の時代はどこか動物的な気がする。  旧東京跡地に建てられた学園都市、トランキライザーのウエストヤード。どこか異国情緒を感じさせる街の一角を少女が走っていた。それなりの生活水準でなければありえないつややかな黒髪と、濡れたような黒の服が風をはらむ。およそ機能的とはいえない装飾の多い服と育ちのよさそうな仕草。生活感の滲む街にその姿はひたすら異様だった。 「――――っ」  だが、その上品そうな外見を見事に裏切って、少女は大きく舌打ちした。そしてためらうことなく、低いビルの上から薄汚れた路地に向かって飛び降りる。そのまま転がって衝撃を殺しながら体勢を立て直し、少女は猛ダッシュで路地の出口を目指す。  彼女は序列24位【イノセントカルバニア(純白髑髏)】篭森珠月。世界中から生徒を集め、世界中に傑物を送りだしているこのトランキライザーの誇る優秀な生徒の一人である。見た目こそ人形じみた育ちのよさそうな少女だが、警備会社の社長職を務める武闘派である。  しかし、現在の彼女は逃げていた。彼女にとってもっとも苦手なモノから。 「月の姫。そろそろ僕に貴女の影を踏ませてはいただけないでしょうか。こうして、瓦礫の上の学芸の街を貴女ととともに駆け抜けるのは、白百合の咲き誇る花畑でクロアゲハを追う似た優雅な楽しみを感じますが、それでも僕は貴女の燃えるリコリスの花のような美しい瞳をそらすことなく正面から見つめたいのです」「いやあああああああああ!!」  背後から聞こえた声に、珠月は絶叫した。走りながら自分の耳を塞ぐ。 「嫌い嫌いきらいキライ! 追って来ないでよ、馬鹿!!」 「夜の空に輝く月のような美しい貴女は、私という夜の闇に惑う旅人を引きつけずにはいられないのです」「それなら夜の月になんかならなくていい! っていうか、なった覚えはない!」  生身の人間とは思えないスピードで裏路地を駆け抜けながら、珠月は叫び返した。相手は不思議そうに小首をかしげる。 「…………ああ、そういえば貴女は月と呼ばれるのをあまり好みませんでしたね。では、言い方を変えましょう。貴方は僕の太陽です」「死ね」  普段は表情というものをほとんど出さない珠月には珍しい、殺意と敵意の籠った顔で珠月は相手をにらんだ。 「私は貴方が嫌い! ジェイル・クロムウェル!!」  さらさらとした金髪が風になびく。同じ白人すら羨むような見事な黄金色の髪に、深い海の底のような瞳の色が栄える。白い肌と明るい色の服。まるで物語に出てくる王子様のような綺麗な顔をゆがめて、彼――序列102位【ワンダフルポエマー(凍れる詩人)】ジェイル・クロムウェルはため息をついた。 「北風のようにつれなく、氷河のように冷たいお言葉ですね。ですが僕は信じています。北風もやがては南風に変わり、巨大な氷もいつかは溶けるようにあなたの心もいつかは溶けてくれると!」「地球温暖化を望んでるわけ!?」  珠月は冷たい視線を返した。その先の路地が行き止まりなことに気づいて、すぐに近くの物を踏み台に上への脱出を図る。だが、一足先に手を伸ばしたジェイルが珠月の腕をつかむ。 「嫌っ」「僕は貴女が好きなんですよ。貴女は御自分があまり好きではないようですが」  じたばたと逃げようとする珠月を押さえて、ジェイルは半ば無理に自分の方を向かせる。 「何故でしょう? 貴女は月のように美しいのに」 「七光だって言いたいの?」 「まさか。沼の底の汚泥すら清らかなる光を得れば輝きますが、誰もを引きつけるまでには至りません。人という生き物は天涯を覆う星々と違い、光を集める努力をしなければ光れませんから。それを知らない愚者など放っておけばよろしいのですよ」 「そんな戯言聞きたくない。離して! それに夜空の月なんて言われるのは不快だ」  掴まれた腕を振りほどこうと苦戦しながら、珠月は答えた。しかしジェイルは珠月の嫌悪など気にした様子もない。ニコニコ笑いながら、逆に珠月を引き寄せる。 「そうですね。今の貴女は晴天の月だ」  抵抗する珠月を逆に路地の壁に追い詰めて、ジェイルは珠月の頬に手を当てた。珠月の血色の目とジェイルの海色の目が見つめあう。様々な感情が浮かんでは消える珠月の目に対し、ジェイルの目はどこまでも沈んでいる。 「アポロンの翼と白銀の雲の乙女の衣の間に沈み潜む晴天の月。空気の精のように、そこにあるのに誰も気にとめない存在。けれども確実にこの青の宝石である惑星に、影を落とし続ける。それが貴女の望んだあり方なのでしょうね、月の姫。そういう貴女も嫌いではないですよ。日陰にひたむきに咲く花や川底で静かに光る水晶のように、優しい気持ちになります」 「どうでもいいでしょ。私のことなんて」  乱暴に言って、珠月は頬に添えられた手を振り払った。しかし、逆にジェイルに手を掴まれて身動きが取れなくなる。 「離してってば!」 「僕は貴女という月が世界という夜空の下でどのように満ち欠けするのか、それに興味があるのです。それだけの力と立場があるというのに、貴女は世界に対して知らぬふりをしています。僕はそれが不思議ですよ」 「――――っ」  ジェイルは小首をかしげて見せた。限界にまで見開かれた珠月の瞳にはまったく気づかない。 「貴女の御両親は確かに歴史家が筆を走らせずにはいられないほど著名な方です。ですが、娘である貴女も夢想家や物書きたちに筆を取らせるに十分な能力と物語を持っているではありませんか。貴女は、天の高みを目指せる存在です。物語の姫君のように誰もを虜にすることはできませんが、貴女が望めば多くの民草が貴女のために膝を折るでしょう。貴女が死ねと命じれば殉教する聖者のように喜んで死ぬものもいるでしょう。カナリアのように麗しく囀るだけで万の人間の生を左右することもできるでしょう。けれど貴女は、時に自分には壊れた時計ほどの価値もないとでもいうかのように振る舞う。それが僕は悲しいのです」 「――――うるさい」  珠月は耳を両手でふさいで、聞こえないふりをした。ジェイルは手を伸ばしてそれをひきはがす。 「どうか聞いてください。愚かな詩人でしかない僕は千と万の言葉をもってしても貴女に思いのすべてを伝えることはできませんが、それでも貴女に伝えたいことが沢山あるのです」「私は聞きたくない」  絞り出すように珠月は言った。 「貴方の言葉は形のない不確かな現実を、言葉という形で都合のよい事実として固めてしまう。出来事や思いの一部分だけを切り取ってお綺麗な物語にしてしまう。だから、嫌い。聞きたくない。気持ち悪い」  ジェイルの言葉を拒否するかのように、珠月は首を横に振る。ひどく幼い仕草に、ジェイルは困ったような笑みを浮かべた。 「僕に言葉にされたくないことがあるんですか?」 「……言葉に、しないで」  音を区切って珠月は言った。水底に沈むような奇妙なトーンの声に、ジェイルは不思議そうな顔をする。 「言葉は現実を区切るから、言葉にすれば嘘になる。けれど、伝えるためには言葉を使わなくちゃいけなくて、でも使うと真実だったことも嘘になる。それが言葉だ。でも、お前の言葉には実がない。言えば言うほど拡散して意味がなくなる。全部が都合のいい嘘と空虚な装飾じゃないか! 私はそれが嫌いなんだ!!」 「理解できません」  ジェイルは優しく微笑んだ。 「貴女はどんな強敵を前にしても花のように美しくほほ笑むというのに、言葉なんておとぎ話の怪物のように形の見えない何かをずっと怖がっている。言葉はただの言葉です。怖いことなんて何もありません」 「お前は詩人のくせに、言葉の重みを分かっていない――――自分の言葉がどれだけ他人の心をかき乱すかも」 「おや、月の姫の心を私のような不出来な詩人が揺らすことができたとしたら、それは玉座の前に膝をつくよりも光栄なことですね」  ジェイルは楽しげに笑った。珠月はまったく笑わない。 「言葉で何に気づいてしまうのが不安なのですか? まったく、貴女は昔から怖がりですね。自分が御両親のようになれないかもしれないのが怖いのか、自分が世界と単体で戦えるほどの力ないことが分かってしまっているから不安なのか、あるいは自分」「うるさいうるさいうるさい!!」  悲鳴に似た声を上げて珠月はジェイルの言葉を遮った。 「言葉で私を囲うな! 私の不安をお前が具現化するな!」  力任せに珠月はジェイルの腕を振りほどいた。筋力自体はジェイルのほうが強いが、小柄な女性とはいえ戦闘者として鍛えている珠月は力の込め方がうまい。あっさりと腕は振りほどかれる。 「――――世界は、言葉でなんか定義できない。私の感情も、意志も、行為も、未来も、言葉なんかで伝えられるものじゃない! お前なんかが言葉にしていいものじゃないんだ!」  大声で珠月は叫んだ。声に驚いたカラスが大きく羽ばたいて飛び立つ。叫ぶと、珠月は両手で顔を覆ってその場にずりずりと座り込んだ。顔は見えないが、声は泣きそうだった。 「お願い……嘘にしないで。言葉にできることは本当じゃない。私が分からないなりに大切にしているものを暴かないで、嘘にしないで……」 「姫」  伸ばしたジェイルの手を珠月は振り払う。 「ジェイルなんて嫌い。嫌い。大嫌い」  幼子のような仕草に、ジェイルは苦笑した。そしてあやすようにその頭に手を伸ばす。 「それでも僕は言葉を紡ぎますよ。千の詩と万の言霊を花束にして貴女に送り続けます。僕は貴女を愛しているんですよ。貴女の美しさも、不安定さも、強さも、醜さも、賢さも、冷酷さも、優しさも、愚かさも、傷も痛みもすべて愛しています」  狂気的な愛をささやいて、ジェイルは笑った。物語の王子に相応しいような、太陽の光がにじむような笑みだった。 「知っていますか? 色は沢山ありますが、それらの色という色をすべて混ぜ合わせていくと黒になるんですよ。つまり黒というのはすべてを受け入れたからこその色なんです」 「聞きたくない」  小さな声で珠月は答えた。ジェイルはそれには答えず、膝を折って珠月の顔を覗き込む。 「ダイヤモンドが光そのものであるかのように輝くのは、磨かれているからです。原石はただの白い石。それがダイヤモンド自身によって削られ磨かれると、美しく光るんです。あの光は傷だらけの光なんですよ」  手を伸ばしてジェイルは珠月の腕を取った。顔を覆う珠月の手を無理やりひきはがす。 「黒にしても金剛石にしても――傷は美しいですね。傷だらけで、それでも進むことをやめないものは美しい。傷の痛みと悲しみを知るものは美しい。だから僕は貴女の優しさが好きです。悲哀を知るものは優しい。残酷さが好きです。痛みを知るものは強い。貴女は傷だらけでぼろぼろです。でも、僕はそれが愛しく、それに価値を見出します。黙っていることなんてできません。貴女がいかに美しいか、愛しいか、それを謳い上げたいのです」 「――――それが私を歪めても?」  皮肉の滲む声に、ジェイルは柔らかな笑みで答えた。 「それもいいですね。貴女の形そのものに何かの痕跡を残せるなんて、光栄です」 「死ねばいいのに……」  どろりと濁った血色の目で珠月はジェイルを見上げた。普段ならけして見られない病んだ色の瞳に、ジェイルは苦笑を深くする。 「そんな顔しないでください。月が曇ればみんなが悲しみます」 「気持ち悪い…………死んじゃえ」 「死んでしまえ、ですか。ならなぜ、貴女は僕を殺さないんですか? 月の姫」  珠月の瞳が揺れた。あふれ出る何かを抑えるかのように歯を食いしばる。ジェイルはあいまいに微笑んで見せた。それを視界におさめて、珠月の顔はますます歪む。 「ジェ、イル……」 「いいんですよ。貴女の道の礎になるのも面白そうです。大空を照らす太陽のように貴女の行く末をずっと見守っていたいですが、それと同じくらい貴女の行く道を彩る石畳になるのも楽しそうです。想像するだけで春を待ち望む花のように心が時めきます。だってそうなれば、貴女は僕のことを絶対に忘れてくださらないでしょう?」  珠月の手を押さえていたジェイルの手が離れる。無意識のうちに珠月の手が服の中に隠し持ったナイフに伸びる。そして、 「そこまでだ。手を離せ、ジェイル・クロムウェル」 「嫌がってる女の子に迫るなんて最低だよ」  唐突に第三者の声が割り込んだ。同時にジェイルの喉元にぴたりと研ぎ澄まされた刃が突きつけられる。視線だけを動かしてそれが巨大なハサミであることを確認したジェイルは軽くため息をつく。 「…………僕が何かしたでしょうか?」 「しているだろう? そんなのでも一応は予科時代からの友人でな、離してやってくれると嬉しいんだが」  棘の生えた声で序列8位【エターナルコンダクター(悠久の指揮者)】澪漂二重は言った。その苛立った言葉に呼応するかのように、突きつけられたハサミがわざとらしくゆらゆら揺れる。 「西の指揮者殿は、他人の恋路にまで口を出すんですか?」 「お前はもう少し、自分の存在がどれだけ篭森にストレスと恐怖感を与えているかを自覚しろ。十年近くもそんな呪いの言葉を囁かれれば、誰でもおかしくなる。おい、大丈夫か? 貴様は本当にこれに関してだけは【無能】だな」  座り込んだまま動かない珠月に視線をやって、あきれたように二重は言った。言葉だけを聞けばきついが、聞く人が聞けば珍しく二重が他人を気遣っているのだと分かる。 「もう二重ってば、もうちょっと言い方あるでしょ。誰にだって苦手なものの一つや二つあるもんだよ。珠月ちゃん、もう大丈夫だから落ち着いてね」  誤解を招きそうな二重の言いざまに、パートナーである序列22位【アルカディアフレンド(理想郷の大親友)】澪漂一重はたしなめるような言葉をかける。そして、ジェイルが動けない隙に、珠月の手を引いてジェイルから遠ざけた。 「落ち着いて。もう怖くないから」 「………………一重…………と二重」 「何だ、私は一重のおまけか?」  茫洋とした瞳で珠月は一重を見た。ゆっくりと瞬きすると濁った光が消え、普段通りのどこか暗い色を宿した目が一重の姿映す。一重はほっとしたように息を吐いた。 「よかった。落ち着いた?」「感情が爆発するとまともな判断ができなくなるのは貴様の悪い癖だぞ、篭森。私と一重が来なかったら、これに斬りかかっていただろう」  二重は鼻を鳴らした。  あまり知られていない事実だが、澪漂二重、澪漂一重、篭森珠月に南区の紫々守兎熊を加えた4人組は、予科生時代の仲よしグループの一つで現在でも仲が良い。当然、互いの欠点もある程度は把握している。 「強いきずなで結ばれたお友達が多くて羨ましいことですね、月の姫。それにしても【人畜無害の第三者(パーフェクトストレンジャー)】を一応発動していたはずなんですが、よく突破できましたね」  ハサミを突きつけられたまま、他人事のようにジェイルは言った。ハサミといっても刃渡りは下手なナイフよりあるため、このままハサミを閉じれば十分にジェイルの首を切り落とすことができる。それでも、ジェイルは危機感などまるで感じていないかのように見えた。二重は顔をしかめる。 「澪漂をなめるな」 「それもそうですね。いいところだったのに、残念です」 「また大怪我をするところだった、の間違いじゃないの?」  冷たい目で一重はジェイルをにらんだ。なぜか照れたような顔で、ジェイルは笑う。 「それでも僕は構わなかったんですけれどね」「変態だ…………」  汚いものを見る目で、一重はジェイルを見やった。珠月は無言で一重の後ろに隠れている。普段の【純白髑髏(イノセントカルバニア)】の姿はそこにはない。ジェイルは肩をすくめて見せる。ちょっとした仕草さえ、芝居がかっていて無駄に優雅だ。 「さて、月は雨雲の奥深くに御隠れになってしまわれたようですので、今日は帰ります」 「誰が帰っていいと言った?」  かすかに金属がこすれる音がして、ハサミの刃が浅くジェイルの皮膚を裂く。困ったような顔でジェイルは殺気の滲む二重を見る。そして空気が爆発する寸前、 「――――大丈夫だから、ありがと二重」  珠月の声が割って入った。二重と一重は意外そうに珠月を見やる。 「放っておけばいい。こちらの問題だから、そこまでする必要はないよ。ありがと」 「…………【無能】が」  悪態をついて二重はハサミを引いた。軽く会釈をしてジェイルは踵を返す。 「では、いずれまた運命の交差路でお会いしましょう」 「二度と来るな」  ぼそりと珠月は返した。ジェイルは振り向かず、瞬く間にその姿はかき消える。能力を抜きにしてもジェイルは足が速い。完全に気配が去ったところで、珠月はやっと肩の力を抜いた。 「珠月ちゃん、大丈夫?」 「ひどい様だな。それだけ気疲れするなら始末しておけばよかったんだ」「いいよ」  投げやりに珠月は答えた。 「多分、殺したら殺したで色々面倒なことになるから」  その裏に込められたもろもろの意味を読み取って、二人は沈黙した。ややあって、一重は空気を変えるように無理に明るい声を出す。 「そうだ。久しぶりに会えたんだし、お昼ごはん一緒に食べよう。美味しいお店できたんだ」 「それはいいね。二人のランチにお邪魔するのは気が引けるけど。いいの? 二重」 「ふん、貴様のおごりなら付き合ってやる」 二重は歩き出す。一歩遅れて一重もそれに従う。珠月も置いて行かれないように歩き出した。一瞬だけその瞳に不穏な影が揺らめく。 「いい加減、始末をつけないといけないのかも」 「何か言った?」  不思議そうな顔で一重は振り向く。珠月は笑って首を振った。まるでスイッチが切り替わったかのように、先ほどまでの怯えたような表情や病んで濁った瞳の色は消えている。不自然なほど完ぺきに。 「何でもない。お昼、何にする?」 「中国茶の専門店がね、ランチを始めたんだよ」  笑い声が響く。  黒い服の少女は、古い友人たちと一緒に雑踏に消えていった。 オワリ

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