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5、開始1時間15分 「殺す殺す殺す殺す殺す――――建物出たら覚えてろ」 「そう言いながらも、きちんと避難訓練はしてるんですね。ふふ、単純馬鹿で扱い安くてなんともうれしい限りです。そういうところは大好きですよ」  音を立ててバールが振り下ろされた。うお、とおっさんくさい声をあげて、陽狩はそれを回避する。何も事情を知らない相手がみれば、チンピラに若手サラリーマンが絡まれているように見えなくもないが、中身を知っている者はその着崩したスーツの男――陽狩のほうが性質が悪いと知っている。 「危ないですね。当たったら、脳挫傷起こして死にますよ?」 「殺す気でやってるんだよ」 「なんて酷いことを」 「酷くない。ほんの一時間前に人を盾にしようとしたお前には言われたくない」 「その代わり、つい先ほど予告なく非常階段が爆発した時は教えて差し上げたでしょう?」 「その後、がれきで半分埋まってるエレベーターの中に押し込もうとしたくせに」 「動くかもしれないと思ったんですよ」 「動く時があるとしたら、落下するときだろ。あれは」  喚きながらも高速で廊下を走り抜ける。夏羽が踏んだ罠で飛んできた矢が、陽狩の髪をかすめて壁に突き刺さる。直後、陽狩が作動させた警備システムで、飛びのいた夏羽の前髪がレーザーで焼け落ちる。協力しているように見せかけて、相手に向けて罠を作動させているあたり、色々と間違っている。つい先ほどまでは纏もいたのだが、終わらないいさかいに嫌気がさしたのか、別ルートに行ってしまった。 「何を言ってるんですか。私は貴方が大嫌いなんですから、機会があれば見殺しにするか止めを刺すにきまっているでしょう」 「ああ、俺もお前が大嫌いだよ。機会があればばらばらにしてやりたい……って、おい、こら。さっき大好きとか言ってなかったか?」 「私の言うことをいちいち真に受けてくれる馬鹿っぽいところは、大好きです。むしろそこだけが大嫌いなあなたの、唯一評価できるポイントですね」 「そうか……俺はお前を評価できるポイントが見当たらねえよ」 「それは貴方がおバカさんだからです」 「馬鹿じゃなくても見当たらねえよ!!」 「人間には、どんな人間でもどこかしら良いところはあるものですよ。そんなことを言ってはいけません」 「うあああああ!! 良い事言ってるはずなのに納得できねええええええ!!」  叫びながら、つい先ほど襲ってきた人形から奪った拳銃を、陽狩に向ける。同じタイミングで、陽狩も夏羽に向けて拳銃を突き出した。慣れない武器をつきつけ合って、二人は立ち止る。 「……銃、おろせよ」 「貴方が下ろしたら、私もそうしましょう」 「いや。俺が退いたら、お前撃つだろう」 「何を――――当たり前のことを言っているんですか?」 「…………」  空気に緊張感が満ちていく。それが飽和状態を迎える寸前、二人は申し合わせたかのように飛びのいた。体勢を崩しかけながら、それぞれ柱の陰に滑り込む。直後、サブマシンガンの銃弾が床を削った。その銃口は二人の後を追い、そのままそれぞれが隠れている柱にぶち当たる。 「死ね、殺人鬼!!」  通路の向こうから現れたのは、機関銃を持った複数の生徒たちだった。見覚えのある顔ではない。夏羽は小首をかしげる。 「おい、陽狩。なんであんな連中がいるんだ?」 「初めに説明を受けたでしょう? 参加者同士で潰しあっても構わないし、一般生徒はランカーに一撃加えるチャンスだよって。どうせ、武器なし参加と聞いて馬鹿が勢いづいたんでしょうね」 「おい。あれに対しても専守防衛しなきゃいけないのか?」 「今回は、人を殺さずに速やかに撤退する訓練のための参加ですが……」  陽狩は目を細めた。 「まあ、こういうことなら仕方ないですよね」「だよな」  機関銃の攻撃は続く。出てこないなら柱ごと砕くつもりなのだろう。物陰に隠れている強敵に対し、それは正しい判断だ。いくつか柱に当たった弾が兆弾となって味方をも襲っているが、機関銃を持つ男は意にかいさない。それを残虐とみるか、味方の損傷を恐れない勇猛とみるか人次第だろう。夏羽と陽狩は、それをただの馬鹿と判断した。  機関銃は引き金を引き続けているかぎり、自動で弾が発射され続ける。構造上、500発程度なら連続して撃つことができる。だが、ベルトを見る限り、それほど弾が残っているようには見えない。もともとある程度浪費しているうえに、柱に隠れるまでにすでに何発か消費しており、その後も無駄弾をばらまいている。つまりは、すぐに弾切れを起こす。  予想通り銃声が止む。この場合、二丁ある機関銃の弾交換のタイミングをずらさなくてはいけなかったはずなのだ。弾を補てんするわずかな間隙をぬって、二人はほぼ同時に銃を構える。同時に発射された二つの弾は、それぞれ機関銃の男たちの腕やベルトを撃ち抜いた。音を立てて銃が床に落ち、滑る。同時に、夏羽と陽狩は跳び出した。  一足飛びで距離を詰める。慌てて腰や腕のベルトから男たちは銃を引き抜こうとするが、それはあまりにも遅い。弧を描いて夏羽の足が蹴りあがる。それは男の手首を砕いて銃を弾き飛ばした。その隣では同じように陽狩が男を蹴りあげる。ただし、こちらは拳銃だけを蹴りあげて、落ちてきたそれを空中でキャッチすると男に突きつけた。 「――――た、助けてくれ」  拳銃を突きつけられた男は蒼白でつぶやいた。ほぼ同時に、夏羽のほうは別の男の肩を踏みつけて押し倒す。そのまま動きが取れないよう胸に足を置いて、銃を構える。それを横目で確認しつつ、陽狩はほほ笑んだ。 「安心してください」  そして、言い放つ。男にとって何の救いにもならない一言を。 「今日は避難訓練ですから、拷問死させるような時間はございません。すぐに死ねます」  これから訪れる衝撃を確信して、男は大きく目を見開いた。銃声が響く。だが、それは男の体を傷つけることはなかった。予備動作なしに陽狩がその場から飛びのく。その後にできた空間を鉛玉が通過した。不愉快そうに陽狩の瞳が細められる。 「どちらさまでしょう?」 「……やりす、ぎ。これ……訓練。そ、こまで、や、る必要、ない」  機関銃の男たちが現れたほうの廊下、いくつかある非常階段の一つから現れた揺蘭李は、両手でしっかりと握ったリボルバーを持ち上げた。 「……【ドリームタイム】、でしたか?」 「四十物谷のとこの御神本だな。サイキッカーだ」 「なるほど。異能者に興味はありません。今なら見逃して差し上げます。退きなさい」  揺蘭李は序列233位。夏羽と陽狩は、それぞれ269位と270位。ランキングだけならば揺蘭李が上だが、ランキングとは純粋な強さを示しているわけではない。知名度や収入で高ランキングに食い込んでいるものもいれば、犯罪行為がマイナスポイントとみなされ高い実力を持ちながらも下位に身を置く者もいる。  揺蘭李はサイキッカー単独クラス。夏羽と陽狩はソルジャーとグラップラーのダブルクラス。戦闘能力ならばどちらが上か、考える間でもない。  揺蘭李から視線を外し、陽狩は銃を構えなおす。それに標準を合わせて、揺蘭李も銃を動かした。陽狩は口の端を釣り上げる。 「おや、やる気ですか?」 「これ、は訓、練……戦、闘意欲の、ない、相手、まで、命、奪う必要、ない。一応、生徒……仲間……殺す、駄目」  半分途切れながらも、ぼそぼそと揺蘭李は答える。 「クラス、学年、ランキング、違う……でも、同じ学、校、仲間。仕事中以外、命、慈しむ……同じ学校の、仲間、だ、から」 「現代人とは思えない言葉ですね」  すばやく腕を動かして陽狩は発砲した。飛びのいた揺蘭李の横をかすめて、銃弾は白い壁にめり込む。 「同じ仲間? 違うでしょう? ただの同じ空間にいる偶然似た年代の赤の他人だ。いずれは互いに踏みつけ、踏みつけられ、殺され、殺す間柄にすぎない」 「将来、は……そうだと、し、ても……すくなくと、も、今、まだ仲間。これからも、仲間、で、いられる……可能性ある……だから、駄目」 「そうですか」  にこりと陽狩はほほ笑んだ。それに合わせて夏羽は銃を構えなおす。 「なら、お仲間と一緒に死ねばいいんじゃないですか」  同時刻、イーストヤードブラックシープ商会。 「そろそろ誰かクリアしたくらいかもな。まったく。ここまで時折、爆音が聞こえやがる」 「爆発音っていうのは、案外と遠くまで届くからね。心配しなくても、銃弾までは飛んでこないよ」  避難訓練と並行して、ホームセンター黒羊で行われるフェアの詳細を報告しにきた、【レッドラム(赤い羊)】法華堂戒(ほっけどう かい)と、それを聞く【ファンタスティックキャラバン(幻想暗黒商人)】エドワード・ブラックシープは、避難訓練が行われているであろう方向を見やった。当然ながら高い建物に阻まれてそれは見えない。 「それと、まだ誰もクリアしてないと思うよ」  エドワードの言葉に、法華堂は首を傾げた。 「やつらのスペックなら、あんな建物からの脱出、一時間もかからないだろ?」 「あのビルが敵のビルならね。僕の予想だと、個人行動を繰り返し、互いに潰しあったり足を引っ張ったりして、いいところを殺しあってると思うよ。上位ランカーっていうのは、なんだかんだで我が強くて、プライドが高い。そもそも、簡単なクリアなんて本人も望んでないさ」  実はまったくその通りだったのだが、戒はそんなことは知らない。 「そういうものか? まあ、確かに連中の協力プレイなんて戦場ですらめったに見られるものじゃないが……いっそ、一人のほうが早そうだ。まったく」 「個人行動に強いっていうのは悪いことではないさ。人間なんていうものは、所詮、一人だからね」 「一人…………」  かすかに目を伏せた戒の頭を、エドワードは手を伸ばしてぽんぽんと叩いた。戒のほうが背があるので、ちょっと妙な構図になる。 「戒は繊細だな。一人っていうのは悪いことじゃないよ。産まれる時も生きる時も死ぬ時も一人なんて、素敵じゃないか」 「素敵……だろうか」 「素敵だよ」  エドワードは戒の頭から手を離した。 「もし人間がすべて一つであったなら、僕たちは手を握ることも寄り添うこともできない。人は一人で、一人でしかないけれど、だからこそ選ぶことができる。孤独でいるか、誰かと一緒にいるか。誰かを殺すか、誰かを救うか。奪うのか、与えるのか。僕らは選べる。だから、一人でいられるということは無限の選択ができるということだ。ほら、一人で行動できるっていうのはなかなか素敵じゃないか」 「エドワード…………」  戒は遠い目をして深いため息をついた。 「……なぜそこで海より深いため息!? ここはにっこりと笑顔を返してくれる場面のはずじゃないのか?」 「エドワード……お前、いつもそれだったら、迷うことなく尊敬できるのに……何故だ。なんで格好いい時とそうでもない時にこの落差が――――」 「え? 僕、酷い事言われてない?」  エドワードは苦笑を浮かべた。そしてもう一度、窓の外に目をやる。 「一人が平気ということは、一人じゃない道もあるということ。群れることしかできない動物や一つでしかない単細胞生物には選べない道。さて、そんな中で僕たちのようなものはどういう選択をすべきなのかな」  銃弾が傷だらけの壁をさらにえぐる。二方向からくる銃弾をすべて紙一重でかわし、揺蘭李は夏羽に向かって銃を撃った。だが、恐るべき精密さで夏羽はその銃弾を投げたコンクリ片で撃ち落とす。  戦闘能力は夏羽と陽狩がはるかに上だが、揺蘭李は奮闘していた。揺蘭李のサイキック能力はクレヤボヤンス(遠視・透視)とサイコメトリー(接触感応)の二つである。揺蘭李は、現在使っていない脳みその機能をすべて休止状態にし、能力に力を集中させることで、周囲数キロに渡り起こっている現象をリアルタイムで詳細に知ることができる。その応用として、飛んでくる弾の軌道や敵の位置を観測し、先を読んで動くことで本職の戦闘者に対峙できているのだ。 「ちょこまかと小賢しい動きをしますね!」  ほんの数センチの差で銃弾を避けた揺蘭李は、弾切れを起こしたリボルバーを投げ捨てた。そのまま弧を描くように、背骨と直角になるように腰に固定した軍用ナイフを引き抜く。通常のナイフよりも長さのあるそれは、揺蘭李のけして大きくない手にすっぽりと収まる。持ち手がカスタムされているのだ。 「っ!!」  避けきれない銃弾を斜めにした刃物で弾く。極限まで刃を鍛える和製刃物だからこそ可能な技だ。だが、数発受けただけで手がしびれる。 「よそ見すんなよ」  嬉々とした声とともに人影が降ってくる。ガードしても突破されると判断し、揺蘭李は地面を蹴って後ろに跳んだ。はがれおちた壁や割れた電灯の欠片が足元を危うくする。バールを振り下ろした夏羽は、それが回避されたと感じた瞬間、揺蘭李を追って前に跳ぶ。脚力がある分、夏羽のほうが速い。咄嗟に手で壁を押して揺蘭李は斜めに移動する。頬をさらに振り下ろされたバールがかすった。触れてもいないのにぱっくりと頬がさけて血が噴き出す。傷自体は動きに支障がでるようなものではないが、痛みで一瞬反応が遅れる。  横に跳んだため、夏羽と軸がずれる。その先、銃を構える陽狩の姿が揺蘭李の目に入った。 「くぁっ!?」  一発目はナイフで弾く。だが、空中では体勢を変えることができない。二発目が足を撃ち抜き、三発目はどうにか状態を折り曲げて直撃は免れたものの肩をかすめる。倒れこむように地面に落ちた揺蘭李は、それでも転がって柱の陰に隠れた。 「陽狩っ! てめえ、今、俺まで撃とうとしただろう!? 首の横弾道が通ったぞ!?」 「大丈夫。貴方は避けるだろうと信頼してのことです。本気で殺すつもりなら、もっと命中率のいい銃を使います」 「ほんの少しも笑えねえよ」  夏羽は面白くもなさそうに言って、手に持ったバールを放り投げた。それは揺蘭李の頭の上を通過し、頭上の硝子をたたき割る。 「――――!」  上から降ってくる硝子を避けて転がる。撃ち抜かれた足は歩けないほどではないが、感覚が麻痺していて走ることはできない。跳んだり跳ねたりして片足に負担をかければ、立っていられなくなるだろう。じわりと滲む脂汗を袖で拭って、揺蘭李は息を吐き出した。  夏羽と陽狩は殺人や戦闘を好む半面、退き際を心得ている。少しでも危険があると判断すれば、手を出さないか退く。それは彼らがプロの掃除屋だからだ。掃除屋、といっても文字通りの意味ではない。敵の掃討作戦や裏切り者の始末など、この世に存在されては困る人間たちを一人残らずあの世に送るのが彼らの仕事だ。つまり、確実に仕留めるためにあえて無謀なことをしないという性質を彼らは持っている。だから、ランカーは忘れがちだ。本気になった彼らがどれほど強いかを。 「さて、と。予想外に楽しかったですが――――そろそろ終わりにしましょうか。それほど時間があるわけでもありませんし、体力のない女性を拷問してもすぐ死んでつまらないですからね」 「下手にだらだらしてると、建物ごと爆破されるしな」  ゆっくりと陽狩は銃を持ち上げた。揺蘭李は立ちあがる。逃げるだけの力はないが、座り込んだまま最後を迎えるつもりもない。助けようとした相手は、少し離れた場所で傷を押さえて呻いている。心の中で謝って、揺蘭李は銃口をにらんだ。 「……仲間、は……大事。仲、間、大事にしない……きっと、後悔す、る」 「そうですか」  興味なさそうに答えて陽狩は引き金を―――引こうとして、止まった。 「陽狩?」  横で夏羽が不審そうな声をあげるが、陽狩の耳には届いていない。まるで危機を感じた獣のように、ゆっくりと陽狩は振り返った。廊下には陽狩と夏羽、動けない揺蘭李に放置状態の機関銃の男たちしかいない。だが、陽狩はさらに視線を巡らす。 「おい、どうしたんだ?」  動けないとはいえ、生きている敵から目を離すべきではない。冷静なはずの陽狩の不可解な動きに、夏羽は眉を寄せる。そして、陽狩の視線が止まったのを見て、夏羽もその先を追った。窓の外を――――  赤が、いた。  双眼鏡やスコープでビルを見上げる沢山の観衆の中に、見間違えようもない強烈な赤色が見えた。 「ひっ!?」  夏羽の口から悲鳴がこぼれるのを、揺蘭李は聞いた。 「――――――なるほど」  ゆっくりと陽狩は銃を下ろした。 「確かに、お仲間というものは大事なようです。今撃てば、こちらもやられますね」  揺蘭李は視線を追って階下を見下ろした。しかし、特に奇妙なものは見えない。不思議そうな顔をする揺蘭李に向かって、陽狩は手を伸ばした。そして、思いきり揺蘭李の体を突き飛ばす。尻もちをついて揺蘭李は床に座り込んだ。 「せいぜい、奴に感謝するといいですよ。行きましょう、夏羽――って、一人で逃げるんじゃありません!!」  夏羽の姿はすでに、揺蘭李が現れた非常階段に消えていた。その後を大急ぎで陽狩が追う。その足音が聞こえなくなってからやっと、揺蘭李は身体の力を抜いた。 「よく、分からな、い……けど助かっ、た。倒れて、る、人たち、手当、運ばない、と」  立ちあがろうとして、足元がぐらぐらする。揺蘭李は空を仰いだ。 「――――っ、きつ、い……あれは勝てない」  観戦席にて。 「みんな頑張ってるねぇ」 「……ああ」  お人形さんのような可愛らしい女性とそれに寄り添う白い軍服に、自然と人込みが割れ道ができる。  序列15位【ゴットアイドル(神の偶像)】朝霧沙鳥(あさぎり さとり)  序列271位【スクーロビナーリオ(機械仕掛けの影法師)】覇月丈之助(はづき じょうのすけ)  メインヤードのアイドルとその騎士の姿に、あるものは異敬の意を示し、あるものはあからさまに嫌そうな顔をする。ランカーというものは総じて恐れられながらも疎まれる傾向があるが、中でも特に目立つ立場である沙鳥はそれが顕著だ。向けられるわずかな敵意に、丈之助は刀に手をかけた。その時、 「あー、ドナルドだ」  ぱっと沙鳥が顔を輝かせて走り始めた。丈之助は慌ててその後を追う。沙鳥の充実な犬である女王騎士団の中でも、丈之助の役割は護衛。護衛対象を見失うわけにはいかない。 「ど~な~る~ど~!!」 「やあ☆ お嬢ちゃん☆」  じっと避難訓練が行われているビルを見上げていた『赤い』ピエロは、満面の笑みで振り返った。その迫力に運悪く近くにいた観客はいっせいに凍りつく。だが、沙鳥は気にせずに駆け寄った。 「何してるの?」 「ちょっとね☆ 悪い子がいたから、ドナルドと一緒にいい子になるための練習をしてもらおうかと思ってね☆ でもその悪い子は、悪い事をする直前でそれをやめてくれたんだ☆ 嬉しいね☆」 「そうなんだ。ビックチだね。でも、よかった」 「勿論さぁ☆」 「……悪い子」  丈之助はビルを見上げた。彼の視力では別段、変わったものは見えない。 「悪い子……」  何のことだろうかと一瞬考えたが、丈之助はすぐに興味をなくした。沙鳥に関係ないなら興味もない。どうでもいい。そう、どうでもいいことなのだ。  残り時間1時間45分。  御神本揺蘭李、脱落。

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