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羊たちの日常 其の二 アルマの場合  ライザー学園イーストヤードのオフィス街に、ブラックシープ商会本社はある。  世界からすべての国家が消え去った大戦後、かつて日本国と呼ばれた国の跡地に作られた巨大学園都市、トランキライザー。精神安定剤を意味する名前のこの都市には、時代を担う存在が作り出したリンク――旧時代のサークルに相当する――と呼ばれる組織が数多く存在する。ブラックシープ商会は、その中でも特に学園内部の経済活動において大きな貢献を果たしている。  総合製造小売業とは20世紀ごろに、小売業者がより良く他にはない商品を安価で作るために、メーカー機能を取り入れたことにはじまる。ただ、ブラックシープ商会はそれとは違い、もともとは商社として商品を仲介していたのが、いつの間にか実店舗を持つようになり、それに伴って自社ブランドの開発に乗り出したことで、総合製造小売業としての地位を確立していった。現在では、学園内の中堅以下の職人や企業家を多数抱え、学園ならではの人脈を生かして、学園内外に商品やサービスを提供している。  ブラックシープ商会本社ビルのロビーを、序列222位【リーヴルノーブル(誇り高き野兎)】アルマ・アルベルは歩いていた。歩く度に揺れる見事な金と銀の髪に、自然と周囲の人間の目が引きつけられる。  彼はブラックシープ商会所属の運び屋である。とはいえ、流通部門には所属していない。まだ手を出していないサービス業分野への先行投資として、社内ベンチャーに近い形で運送屋のようなことをしている。たとえ戦場でも頼まれた荷物は必ず届けるその姿勢には定評があり、知名度も高い。その知名度の高さのためか、アルマは全体的に地味なブラックシープ商会の中でも比較的ランキングが高い位置にいる。  楽しそうに歩く少年の姿に、微笑ましいものでも見るような視線が集まる。そこへ、 「おや、こんにちは。アルマ君。今日のお仕事は終わりですか」  声をかけてきたのは、ブラックシープ商会製造部門の責任者序列366位古屋敷迷(ふるやしき まよい)だった。彼にしては珍しく、にこにこ笑っている。 「こんにちは、迷さん! 今日は仕事はおしまいです」 「丁度良かった。今、ロックハート洋菓子店のハニーメイプルケーキがあるんですよ。頂き物なんですが、私は来週健康診断があるので甘いものを食べられないんです。よかったら、私の分を食べてもらえませんか?」 「わあ、いいんですか!?」 「勿論です。10階の休憩室にある冷蔵庫分かりますか? あそこに白い箱に入って入れてあります。備え付けのお茶も飲んでいいですから、誰かに食べられちゃう前に食べちゃってください」 「ありがとうございます」  ぱあとアルマは顔を輝かせた。そして、お礼を言うと大急ぎでエレベーターのほうへ向かう。それに手を振って、迷はすぐに高速エレベーターへと移動した。  ブラックシープ商会社長、エドワードの『仕事は詰め込みすぎても効率が落ちるだけ』という考え方に沿って、社内には社員が休憩するための施設が色々ある。何箇所かある休憩室と売店、各階にある喫煙室、一階と二階にあるカフェテリア、地下一階の社員食堂と地下二階の社員ジム。ちなみに地下の食堂はかなり美味しいうえに、社員は社員証を見せればただになる。  そんな休憩室の一つの扉を、アルマは軽く叩いた。先客がいたらしく返事が返ってくる。アルマはドアを開けた。 「こんにちは~」 「あら、アルマ・アルベル。昼間に本社にいるのは珍しいですね。こんばんは」  中にいたのは、ブラックシープ商会副社長の序列257位【レディポイズン(毒の小公女)】メリー・シェリーだった。アルマは硬直する。メリーは、社長が溺愛している美少女であり、アルマの憧れの女性だった。 「あ……こ、こんにちは、副社長。えと、迷さんが……」 「迷が?」 「ケーキ食べていいって」 「あ、これのことかしら?」  丁度メリーがテーブルに置いていた箱から、少し欠けたホールケーキが覗いている。メリーはその中から自分とアルマの分を切り分けて皿に移した。 「紅茶と珈琲、どちらがよろしいですか? あいにく、インスタントですが」  休憩室には備え付けのポットとティーパックとインスタントコーヒーがある。 「そ、そんなの僕がやります!」 「いいから座ってください。外を走ってきて、お疲れでしょう?」  にこりとメリーはほほ笑んだ。アルマは幸せな気分になる。 「じゃあ、ありがとう御座います。ミルクティを貰っていいですか?」 「はい」  ことんとメリーの向かいの席に、ケーキとミルクティが置かれる。 「本社に戻って来られるのは久しぶりですね。よかったら、最近あったお話でも聞かせてください」 「もちろんです!」  アルマは心の底から笑った。  その頃、ブラックシープ商会社長室では。 「はい、こちらの書類、休憩に入る前に目を通してください」 「え? そんな急ぎの要件じゃないよね? それ」 「駄目です。休憩とかいって何時間も帰ってこなかったら困ります」 「どんだけ信用ないんだ僕は……?」  ブラックシープ商会社長、序列201位【ファンタスティックキャラバン(幻想暗黒商人)】エドワード・ブラックシープと古屋敷迷は、社長机を挟んで対峙していた。 「ああああああ! 社長は僕なのに、なぜ僕は古屋敷をくびにできないんだろう」 「それは私がとてもよく働いていて会社の利益に貢献しているので、解雇する正当な理由がないからですよ。つべこべ言わず、働いてください」 「おかしいおかしい! この僕がメリーとお茶をする時間も与えられないなんて!」 「たまには一人寂しく休憩すればいいでしょうが」 「本気か!?」  エドワードは目を見開いた。 「それは僕に、息をするなと言ってるのと同じだぞ!?」 「……………………うぜえ」  小声だが聞こえないこともないほどの音量で、迷はつぶやいた。  エドワード・ブラックシープは非常に優れた商人だ。物を見る目をもっているし、頭もいい。何より商売というものをよく分かっている。保身にも抜かりがない。  エドワード・ブラックシープは静かに狂っている。この学園にふさわしく、黒く黒く病んでいる。それも含めて、彼はとても優秀だ。この学園の一騎当千たちと暴力なしに戦えるほどに。だが、人格的には多々問題がある。 「迷。僕が休憩を取ると、何か迷にとって不都合でもあるのか?」 「はい」 「正直すぎないか、おい。どんな不都合があるっていうんだよ? いいじゃん、僕がちょっとくらいさぼっても、うちの会社の経営は傾かないよ」 「私の機嫌が傾くので、そのまま仕事を続けてください」 「それ、僕と関係ないじゃん!」  不満そうにエドワードは言った。  実のところ、迷が仕事を強要しているのは別に仕事がせっぱつまっているからではない。単に、エドワードとメリーを引き離したい、そしてぜひともメリーにはエドワード以外の異性に興味を向けてほしいと思っているからである。 (副社長は、エドワードみたいなロリコンより、同年代のもっと優しくてまともな子と仲良くなるべきです。まだ十三歳なんですから。そのためにも、社長と一緒の時間を減らさなくては)  迷は本気でそう思っていた。 「そうだ。僕がさぼっちゃだめなら、メリーにこっちに来てもらうのは」「駄目です」  迷は即答した。エドワードは眉を寄せる。 「なんで?」 「副社長の迷惑も考えてください。たまには社長がいない時間も必要です」 「………………迷が僕を殺そうとする」 「なっ、人聞きの悪いことを叫ばないでくださいよ!!」 「メリーがいなきゃ、僕は死ぬ!!」  死ねばいいのに。一瞬、本気で迷は思った。 「――――あ」  急にエドワードが仕事の手を止めた。迷はいぶかしげに眉を寄せる。 「どうしたんですか?」 「電話しないといけないところがあった。迷、そこの箱からカナメザワって書いてある名刺取って」  机から少し離れた棚に収まっている銀色の箱を指差して、エドワードは言った。言われた通り、迷は棚のガラス戸をあけて箱を取り出す。その時、  迷が部屋の隅に移動したのを見払って、エドワードは部屋から逃亡した。 「っ、社長!!」  扉が閉まる。舌打ちをして、迷はその後を追った。迷の能力は相手の方向感覚を狂わせるものだが、流石に扉越しには使えない。エドワードもそれを見越して迷が扉から離れた隙を狙ったのだろう。  廊下に出ると、すでにエドワードの姿はない。 「くそっ、また隠し通路増やしやがったのか!?」  ブラックシープ商会本社ビルの内部には、同社に所属する天才建築士であるミヒャエル・バッハの手で作られた隠し金庫や隠し通路、隠し部屋などが大量に存在する。大部分は社員だけが知っているものだが、中には社長と作った本人であるミヒャエルしか知らないものもある。  舌打ちをして迷は一番近い階段に走った。 「くそ、社長が行ってしまったら、せっかくアルマ君と副社長を二人きりにした意味がなくなってしまうじゃないですか!」  その頃、休憩室では会話が盛り上がっていた。 「それで、不死原さんと不死川さんに会ったんですけど、なぜか頭撫でられただけで全然こっちの相手してくれませんでした」 「それは……相手にされなくてラッキーだったですね」  その時、扉を壊さんばかりの勢いで扉が開いた。驚いた二人が振り返ると、息を切らしたエドワードが立っている。 「こんにちは、社長」 「どうしたんですか? エドワード。仕事はひと段落ついたんですか?」  無言で部屋に入ってくると、エドワードはメリーに抱きついた。アルマは目を丸くし、メリーはやや遠い目をする。 「迷が僕がメリーに会いに行くのを邪魔するから何事かと思ったら……メリーが浮気してた!!」「していません」  とても冷静な声でメリーは言った。エドワードは聞いていない。 「私はともかく、アルマに失礼でしょう! もっと考えて発言してください!」 「僕はメリーがいないと死ぬ! むしろメリーのために死にたい!! なのにメリーは僕の気持ちなんか全然分かってくれないんだ!!」 「私の話を聞いてますか!? それより、仕事は終わったんですか?」 「逃げてきた!」  心の底から、メリーはため息をついた。そして、ぽんぽんとエドワードの肩を叩く。 「エドワード」 「…………何?」  さりげなくメリーはエドワードをひきはがした。そして、 「今回はあなたが悪いです。アルマに失礼なことを言いました。それと仕事はしましょうね」  エドワードの鼻先に小さなスプレー缶を突き出した。次の瞬間、ぐったりとなったエドワードの体が床に崩れおちる。悲鳴すら上がらない。 「!?」  アルマは硬直した。 「まったく世話が焼けるんですから」  メリー・シェリー、13歳。エイリアスは、【レディポイズン(毒の小公女)】。その名前は、あらゆる種類の薬物に精通していることと、その知識を生かしたオリジナル調合の毒薬に由来する。メリーはそれらの複数の毒を、ポシェットに入れて持ち歩いている。エドワードにかがせたのもその類だ。  一部始終を目撃したアルマの顔から血の気が引いていく。そして、 「失礼します! こちらに社長……」  勢いよく扉が開いて、迷が飛び込んでくる。彼は室内の状況を見て絶句した。そして、じわじわと事態を理解するにつれ顔色が変わってくる。  思い出した。  アルマと迷は同じことを考えていた。  ブラックシープ商会最強なのは、元殺人鬼の法華堂戒でも腹黒社長のエドワードでもなく、それらを手のひらで転がす副社長だった………… 「丁度良かった、古屋敷。エドワードを社長室に連れ戻してください。十分ほどで目を覚ますはずですから。目を覚ましたら、『ちゃんと仕事を時間内に終わらせることができたら、夕食は一緒に取りましょう』と伝えてください」 「はい、承りました」  迷は背筋を伸ばした。つられて、席に座ったままぼうぜんとしていたアルマも、姿勢を正す。 「それと、アルマ」 「は、はい!」 「見苦しいものを見せてごめんなさい。エドワードも悪気があってやったわけじゃないんです、多分。許してあげてください」 「いえ……その、全然気にしてませんから!」 「ありがとう」  その間に、迷は床に倒れているエドワードに近付く。重い荷物をどうにか担ぎあげた。身長差とか筋力の関係で、ちょっと足を引きずっているが、無視する。 「では私はこれで失礼いたします。休憩中にお騒がせしました」 「はい、よろしくお願いしますね」  扉が閉まり、エドワードの革靴が床に当たってこすれる音が徐々に遠ざかっていく。それが聞こえなくなると、メリーはにっこりと笑った。 「さ、お話に戻りましょうか」 「……はい」  その笑顔を見て――――やっぱり可愛いなと思ったアルマは、実は大物なのかもしれない。  その後、エドワードはどうにか夕食を一緒に食べる許可は貰えた模様。 おわり

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