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羊たちの日常 part1 管理職の場合 「ふ~る~や~し~き~さ~ん」 「しゃべり方がダルイ」  振り向きもせず、序列366位古屋敷迷(ふるやしき まよい)は手元にあった民族調の木彫りを背後に向かって投げた。わずかな時間をおいて、ぎゃあという悲鳴と手ごたえがする。 「う……酷い、酷いですぅ! あれですね。古屋敷さんはサドですよね。サディストです。最悪です。社内暴力で訴えてやるぅ!!」 「失礼なことを言いますね。インダストリアリストで、殺傷能力などない私に対してとんだ言いがかりです」  そういいながら、在庫チェックはやめない。およそ倉庫の作業には不向きと思われる羽織姿だが、これは彼の普段着だ。なぜ羽織かというと、入社当初他の幹部の影に隠れて存在が目立なかったため、目印代わりに珍奇な格好を始めたことに由来する。以降、くせになり現在までそれは続いている。 「でもサイキッカーじゃないですかぁ」 「殺傷能力がないことには変わりません」  迷の能力は、対象者の方向感覚を一定時間狂わせるものである。その能力にかかっている間は、対象者はまともに進んでいるつもりでも同じ場所をぐるぐる回ってしまい、目的地に決してたどり着けない。 「というか、何か用ですか?」 「古屋敷さんが呼んだんですぅ! こんな人気のない倉庫の裏まで!」 「ああ、そういえばそうでした。念のため訂正しておきますと、倉庫の裏に来いといったのではなく、単に私のところに来てくださいと言ったのだと思いますけど」 「こんな場所にいるんだから同じです! 探しちゃったじゃないですか!」  そこでやっと、迷は相手を振り向いた。すこし離れた場所でついさっき投げた木彫りを握りしめた少女が立っている。  序列2001位弓納持有華(ゆみなもち ゆか)  ブラックシープ商会の広告部門にいる迷の同僚である。 「いくつか話さねばならないことがありまして。貴女と私の名誉を考えて、ここにしました」 「えー、何ですか? 告白とかしちゃうんですか? なら言っておきます。ごめんなさい」 「あはは、馬鹿ですね」  笑顔のまま、迷は言い切った。 「あう、酷いです」 「まずは仕事の話です。来月の『月刊ムートン』に、新規に買収したシャルキュトリの特集を載せてください」  『月刊ムートン』とはブラックシープ商会が発行するフリーペーパーで、商会傘下の店の記事やイベント情報、お得クーポンなどがついてくる。それの編集長が有華である。 「シャルキュトリ……というと、フランスのお惣菜屋さんですね!」 「豚肉加工食品店です」  シャルキュトリはおかずをうっていることも多いため、惣菜屋といっても完全な間違いではないが。 「えー、でも来月号はですね、『中華料理 花花』の新作中華特集を」「新規にリンクに入ってくれた店を優先させてください。はやく黒字にしたいですし」 「でもでもね、差し替えは結構大変」  耳にかかるくらいの長さで適当に切られた髪の間から、迷は有華をじろりとにらんだ。 「で・き・ま・す・よ・ね?」 「いやいや、だからですねぇ」 「できるなら、この前貴女が書いていた漫画のことは不問にします」  有華の動きが止まった。油が切れたロボットのようなぎこちないしぐさで、有華は振り向く。 「えーと……ナンノハナシデショウカ?」  笑顔のまま迷は近づいてくる。男性としては細身のほうで背も高くはないが、近付かれると嫌な圧迫感がある。そのまま手を伸ばして、迷は有華の首をつかんだ。あくまでも笑顔で。 「BLを描くなとはいいません…………だが、実在する人間をネタにするのはやめろと言っているだろうが、この腐れが!!」 「申し訳ありませんでしたぁあああああああああ!!」  古屋敷迷。19歳、男。嫌いなものは、馬鹿とロリコンと腐女子。  弓納持有華。20歳、女。好きなものは、男同士のめくるめく恋愛を描いたBL(ボーイズラヴ)漫画。極度の腐女子。  ともにブラックシープ商会の幹部であるこの二人は、相性が最悪だった。 「その、出来心でして……はい」  日の当たらないブラックシープ商会倉庫の裏側。アスファルトの上に正座して、有華は言葉を濁した。その正面、地面に置いた段ボールに腰かけた迷は笑みを浮かべている。ほほ笑んでいるから、怖い。 「へえ、出来心で私とハルの成人指定エロ同人を五冊も出してしまったんですか。とんだ出来心ですね、ふふ……このまま縄で吊るしてやろうか」  事実上の絞首刑である。  ちなみにハルとは、迷の親友でありブラックシープ商会運送部門の序列450位ハールーン・アルマリクのことである。 「とりあえず……在庫はすべて処分。回収できる分は、すべて回収してください。名誉棄損については不問にしますが、本の売り上げは没収です」 「はい、分かりました」 「そして二度としないように」 「ええ!?」 「なぜそこで驚くんですか!? 当たり前でしょう!」  驚かれて、迷は驚いた。 「そんな…………お二人は私にとって、あるて先生×びーと先生の次くらいの萌えカップリングなんです!!」 「迷惑だ!! っていうか、命知らずな選択肢ですね! ばれたら殺されますよ!?」  学園を色々な意味で代表する教師二人(どちらも男)の名前に、迷は自らのことのように青ざめた。  ちなみに×とは、男同士のカップリングを考える際に男役と女役を示す記号である。どうでもいいが、この×の記号はアメリカだと/記号に変わる。 「ちなみに、びーと先生は誘い受けです! 私の中では!!」 「大声で怖いことを叫ぶな!!」 「そして、ハールーン×古屋敷!! ハールーンのやんちゃ攻!!」 「さては貴女、全然反省していないでしょう!?」 「他においしいと思うのは、エドワード×法華堂戒と不死原夏羽×不死川陽狩!!」 「…………………………何で貴女、この学園で生存できてるんでしょうね。マジで」  普通なら勝手に妄想の素材にされたランカーたちに消されていてもおかしくない。実際、立場さえ許せば迷もそうしたい。 「萌えポイントは、エドワード鬼畜攻めと陽狩の襲い受け!!」 「…………」 「あ、でも、霜月丈之助×半月藤司朗の禁断の兄弟愛も捨てがたい!」 「…………クズが」  大声で叫ぶ有華を無視して、迷は倉庫に戻って不良品を入れた段ボールを開けた。そこから大皿を取り出し戻ってくる。有華は、迷の中座にも気付かず何かを叫んでいた。 「予科生のころから親友同士だった二人。だが、ある時二人は気付くの。これが友情などではなく男」「黙ってください」  容赦なく迷は手に持った皿を、有華の頭上に振り下ろした。一撃で有華は倒れ、皿は割れる。もともと欠けたところがあって廃棄する予定だった商品なので、迷は気にしない。 「ふう、静かになりました。不快なものの撤去というのは、清々しいですね」  アスファルトの上に転がっている有華の存在は無視する。 「――――お、いたいた。何やってるんだ、迷」  がちゃりと扉が開いた。顔を見なくても分かる、だらだらとした砂漠の民の衣装。  現れたハールーン・アルマリクは、やり遂げた表情の迷を見て不思議そうな顔をした。そして、足元に変な感触を感じて視線を下へ向ける。 「うわぁ、有華!? なんでこんなところで寝てるんだ!?」 「きっと今日は天気がいいから、気持ちが良かったんですよ。いいじゃありませんか、寝かせておきましょう。むしろ永遠に眠らせておきましょう」 「? そうなのか?」  周囲には皿の破片の一部が飛び散っているが、鈍いハールーンは気付かない。気づけ。 「でも、ここはトラックとか着く所だし、寝かしておくと危険じゃないか?」 「いいじゃないですか。轢かれても自己責任ですよ……むしろ轢かれてしまえばいいのに」 「何か言ったか?」  後半の押し殺した声は、ハールーンには聞こえなかった。迷は笑顔で誤魔化す。 「でも、そうですね。邪魔になりますから、やはりしまっておきましょうか」 「そう言って、なぜ雑誌在庫用の段ボールを取り出す?」  雑誌の在庫の運命は、基本裁断処分である。 「ああ、私としたことがうっかりしていました。これじゃありませんね」 「その今手に持っている生ごみ用ゴミ袋でもないと思うが……なんか変じゃないか? お前」 「気のせいです」  迷は堂々と言い切った。 「それより何か用事があったのでしょう?」 「マルセラが今日帰国予定だったんだけど、乗ってた民間機が撃ち落とされたみたいでさ。いや、本人はいつものごとくピンピンしてるんだけど、商品のほうが入荷予定遅れるかも」 「そうでしたか。出張してたのがマルセラだったのは、不幸中の幸いでしたね」  喋りながら、迷とハールーンは建物の中に戻っていく。後にはうつ伏せに倒れた有華だけが残された。  三十分後、アルバイターの少年がゴミを捨てるため外に出てきた。そして、倒れている有華を発見した。 「ちょ!? 弓納持さん!? 弓納持さあああああああんんんんんん!?」  おわり
羊たちの日常 part1 管理職の場合 「ふ~る~や~し~き~さ~ん」 「しゃべり方がダルイ」  振り向きもせず、序列366位古屋敷迷(ふるやしき まよい)は手元にあった民族調の木彫りを背後に向かって投げた。わずかな時間をおいて、ぎゃあという悲鳴と手ごたえがする。 「う……酷い、酷いですぅ! あれですね。古屋敷さんはサドですよね。サディストです。最悪です。社内暴力で訴えてやるぅ!!」 「失礼なことを言いますね。インダストリアリストで、殺傷能力などない私に対してとんだ言いがかりです」  そういいながら、在庫チェックはやめない。およそ倉庫の作業には不向きと思われる羽織姿だが、これは彼の普段着だ。なぜ羽織かというと、入社当初他の幹部の影に隠れて存在が目立なかったため、目印代わりに珍奇な格好を始めたことに由来する。以降、くせになり現在までそれは続いている。 「でもサイキッカーじゃないですかぁ」 「殺傷能力がないことには変わりません」  迷の能力は、対象者の方向感覚を一定時間狂わせるものである。その能力にかかっている間は、対象者はまともに進んでいるつもりでも同じ場所をぐるぐる回ってしまい、目的地に決してたどり着けない。 「というか、何か用ですか?」 「古屋敷さんが呼んだんですぅ! こんな人気のない倉庫の裏まで!」 「ああ、そういえばそうでした。念のため訂正しておきますと、倉庫の裏に来いといったのではなく、単に私のところに来てくださいと言ったのだと思いますけど」 「こんな場所にいるんだから同じです! 探しちゃったじゃないですか!」  そこでやっと、迷は相手を振り向いた。すこし離れた場所でついさっき投げた木彫りを握りしめた少女が立っている。  序列2001位弓納持有華(ゆみなもち ゆか)  ブラックシープ商会の広告部門にいる迷の同僚である。 「いくつか話さねばならないことがありまして。貴女と私の名誉を考えて、ここにしました」 「えー、何ですか? 告白とかしちゃうんですか? なら言っておきます。ごめんなさい」 「あはは、馬鹿ですね」  笑顔のまま、迷は言い切った。 「あう、酷いです」 「まずは仕事の話です。来月の『月刊ムートン』に、新規に買収したシャルキュトリの特集を載せてください」  『月刊ムートン』とはブラックシープ商会が発行するフリーペーパーで、商会傘下の店の記事やイベント情報、お得クーポンなどがついてくる。それの編集長が有華である。 「シャルキュトリ……というと、フランスのお惣菜屋さんですね!」 「豚肉加工食品店です」  シャルキュトリはおかずをうっていることも多いため、惣菜屋といっても完全な間違いではないが。 「えー、でも来月号はですね、『中華料理 花花』の新作中華特集を」「新規にリンクに入ってくれた店を優先させてください。はやく黒字にしたいですし」 「でもでもね、差し替えは結構大変」  耳にかかるくらいの長さで適当に切られた髪の間から、迷は有華をじろりとにらんだ。 「で・き・ま・す・よ・ね?」 「いやいや、だからですねぇ」 「できるなら、この前貴女が書いていた漫画のことは不問にします」  有華の動きが止まった。油が切れたロボットのようなぎこちないしぐさで、有華は振り向く。 「えーと……ナンノハナシデショウカ?」  笑顔のまま迷は近づいてくる。男性としては細身のほうで背も高くはないが、近付かれると嫌な圧迫感がある。そのまま手を伸ばして、迷は有華の首をつかんだ。あくまでも笑顔で。 「BLを描くなとはいいません…………だが、実在する人間をネタにするのはやめろと言っているだろうが、この腐れが!!」 「申し訳ありませんでしたぁあああああああああ!!」  古屋敷迷。19歳、男。嫌いなものは、馬鹿とロリコンと腐女子。  弓納持有華。20歳、女。好きなものは、男同士のめくるめく恋愛を描いたBL(ボーイズラヴ)漫画。極度の腐女子。  ともにブラックシープ商会の幹部であるこの二人は、相性が最悪だった。 「その、出来心でして……はい」  日の当たらないブラックシープ商会倉庫の裏側。アスファルトの上に正座して、有華は言葉を濁した。その正面、地面に置いた段ボールに腰かけた迷は笑みを浮かべている。ほほ笑んでいるから、怖い。 「へえ、出来心で私とハルの成人指定エロ同人を五冊も出してしまったんですか。とんだ出来心ですね、ふふ……このまま縄で吊るしてやろうか」  事実上の絞首刑である。  ちなみにハルとは、迷の親友でありブラックシープ商会運送部門の序列450位ハールーン・アルマリクのことである。 「とりあえず……在庫はすべて処分。回収できる分は、すべて回収してください。名誉棄損については不問にしますが、本の売り上げは没収です」 「はい、分かりました」 「そして二度としないように」 「ええ!?」 「なぜそこで驚くんですか!? 当たり前でしょう!」  驚かれて、迷は驚いた。 「そんな…………お二人は私にとって、あるて先生×びーと先生の次くらいの萌えカップリングなんです!!」 「迷惑だ!! っていうか、命知らずな選択肢ですね! ばれたら殺されますよ!?」  学園を色々な意味で代表する教師二人(どちらも男)の名前に、迷は自らのことのように青ざめた。  ちなみに×とは、男同士のカップリングを考える際に男役と女役を示す記号である。どうでもいいが、この×の記号はアメリカだと/記号に変わる。 「そして、ハールーン×古屋敷!! ハールーンのやんちゃ攻!!」 「さては貴女、全然反省していないでしょう!?」 「他においしいと思うのは、エドワード×法華堂戒と不死原夏羽×不死川陽狩!!」 「…………………………何で貴女、この学園で生存できてるんでしょうね。マジで」  普通なら勝手に妄想の素材にされたランカーたちに消されていてもおかしくない。実際、立場さえ許せば迷もそうしたい。 「萌えポイントは、エドワード鬼畜攻めと陽狩の襲い受け!!」 「…………」 「あ、でも、覇月丈之助×光月藤司朗の禁断の兄弟愛も捨てがたい!」 「…………クズが」  大声で叫ぶ有華を無視して、迷は倉庫に戻って不良品を入れた段ボールを開けた。そこから大皿を取り出し戻ってくる。有華は、迷の中座にも気付かず何かを叫んでいた。 「予科生のころから親友同士だった二人。だが、ある時二人は気付くの。これが友情などではなく男」「黙ってください」  容赦なく迷は手に持った皿を、有華の頭上に振り下ろした。一撃で有華は倒れ、皿は割れる。もともと欠けたところがあって廃棄する予定だった商品なので、迷は気にしない。 「ふう、静かになりました。不快なものの撤去というのは、清々しいですね」  アスファルトの上に転がっている有華の存在は無視する。 「――――お、いたいた。何やってるんだ、迷」  がちゃりと扉が開いた。顔を見なくても分かる、だらだらとした砂漠の民の衣装。  現れたハールーン・アルマリクは、やり遂げた表情の迷を見て不思議そうな顔をした。そして、足元に変な感触を感じて視線を下へ向ける。 「うわぁ、有華!? なんでこんなところで寝てるんだ!?」 「きっと今日は天気がいいから、気持ちが良かったんですよ。いいじゃありませんか、寝かせておきましょう。むしろ永遠に眠らせておきましょう」 「? そうなのか?」  周囲には皿の破片の一部が飛び散っているが、鈍いハールーンは気付かない。気づけ。 「でも、ここはトラックとか着く所だし、寝かしておくと危険じゃないか?」 「いいじゃないですか。轢かれても自己責任ですよ……むしろ轢かれてしまえばいいのに」 「何か言ったか?」  後半の押し殺した声は、ハールーンには聞こえなかった。迷は笑顔で誤魔化す。 「でも、そうですね。邪魔になりますから、やはりしまっておきましょうか」 「そう言って、なぜ雑誌在庫用の段ボールを取り出す?」  雑誌の在庫の運命は、基本裁断処分である。 「ああ、私としたことがうっかりしていました。これじゃありませんね」 「その今手に持っている生ごみ用ゴミ袋でもないと思うが……なんか変じゃないか? お前」 「気のせいです」  迷は堂々と言い切った。 「それより何か用事があったのでしょう?」 「マルセラが今日帰国予定だったんだけど、乗ってた民間機が撃ち落とされたみたいでさ。いや、本人はいつものごとくピンピンしてるんだけど、商品のほうが入荷予定遅れるかも」 「そうでしたか。出張してたのがマルセラだったのは、不幸中の幸いでしたね」  喋りながら、迷とハールーンは建物の中に戻っていく。後にはうつ伏せに倒れた有華だけが残された。  三十分後、アルバイターの少年がゴミを捨てるため外に出てきた。そして、倒れている有華を発見した。 「ちょ!? 弓納持さん!? 弓納持さあああああああんんんんんん!?」  有華は反応しなかった。  おわり

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