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First Contact
狗刀宿彌&牡丹
B.Z.×× February
『×Kreuzung×』
薄暗く、澱んだ空気が満ちた空間に沢山の円筒状の物体がある。 それは淡い緑の液体に満ちており、よく見ると巨大な試験管であることがわかる。
中には奇妙な形状を為した生き物がいた。
巨大な犬のような生き物だ。 だがその形は酷く歪み、蜥蜴を思わせる鱗が全身に生えていたり、足が四本を超えていたり、犬と蜥蜴の双頭であったりと明らかな異形であった。
そしてそれらは時と共に血を滲ませ崩れていく。
数人の人間たちの失意の溜息が空間に満ちる。
「また失敗作か…ックソ! このクソ犬どもが…いったい幾らのコストをかけてると思ってやがる…!?」
白衣の蒼白の顔をした男が声を荒げていた。
「上は…何もわかってない癖に、成果を出せ出せだせだせだだせだせだせ…そんなことはわかっている! 貴様らがいかんのだッ! この私の足を引っ張りおって! このクズどもが!?」
男は持っていた携帯端末を近くに居た若い研究者に投げつける。 研究者は小さく悲鳴をあげ、身をちぢこませた。
此処はかつて英国であった場所、その何処かにある研究所である。 トランスジェニック技術を利用した生体兵器の開発を主としており、現在はフェンリル種の超大型犬にT-REX因子を組み込ませることで、攻性能力の強化と凶暴性の強化を図っている。 しかし、T-REX因子は強力すぎるため、宿主の体が奇形となり歪み、やがて崩壊する。 過去五年間に及び研究が進められてきたが、もはや上層部は計画自体を破棄する方向で纏まりつつあり、数ヵ月後の報告で成果が上がらない場合は研究者ともどもこの研究所は破棄される予定となっていた。
研究のチーフである男――エルク・マクレール――は焦っていた。 五年という歳月、気の遠くなるような研究資金をかけた結果が研究の破棄。 彼の憤りは周りの研究員達にぶつけられるが、いくら憤りを研究員にぶつけた所で結果は良くなるはずも無い。 その事実は彼をまた憤らせることとなる。
一人の研究員が脅えた調子で話しかける。
「投薬を続けますか? チーフ、研究体34550号から34600の体組織は限界に達しています。 これ以上の投薬は組織崩壊にしか繋がらないかと…」
「…私に意見をするのか? 投薬だ。 現状を保持しても何の意味も無い。 投薬をしてデータを集めろ。 後何体崩壊しても構わん。 所詮コイツら実験動物が生き延びるにはもはや実験が成功するしかないのだ」
「ですがチーフ、データを見る限りではこれ以上はもう…」
エルクは机を叩き、叫ぶ。
「投薬だ、これ以上私を煩わせるな!」
そういってエルクは踵を返した。
投薬をしても意味が無いことは彼自身でよくわかっていた。 データは過去五年間において十分すぎるほどに集まっている。 しかし、決定的に何かが足りないために実験が成功することができない。 方向性が間違っているのかも知れない。 しかし、それを認めるわけにはいかなかった。 プライドがそれを邪魔をしていた。 そしてもう、時間がそれを許さなかった。
「チーフ! 研究体の組織が崩壊していきます!」
―――クソッ…またか…! 何故だ! 何故成功しない!
「チーフ! 研究体34572号が…!」
「崩壊時データの回収を怠るな! 34572号がどうしたというのだ!」
「体組織崩壊が止まりました! 組織が修復していきます、奇形も無くなっています」
「何だと!? データはどうなっている?」
「完全に安定しています。 成功です!」
―――成功…したのか? ク…ハハハハハハ
「ハハハハッハ! 成功!? ついに、ついにやったのか! …なるほど…この…そうか! よし! 34572号を出せ! 能力値の計測を行う!」
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「瞬間咬噛力…5000kgオーバー…最高時速…140km/h…平均時速…90km/h…最大連続運動時間…36時間突破…素晴らしいデータです…」
「…素晴らしい…34572号をコロシアムに連れて行け」
一頭の犬が広い空間の真ん中にぽつりと存在している。
周りには異形と化した元犬達が大量に存在していた。 その全ては中心にいるその生物に明らかに敵意を向けていた。 あるいは、成るはずだった自分の形に向ける、強い羨望がそこにあったのかもしれない。
「それでは、報告を始めます。 中心の一頭の犬をご覧ください。 アレが本実験の成功体34572号です。 これより、失敗作との戦闘実験を行い、それを持って報告とさせていただきます」
全ての異形が、中心の34572号に向かって牙を向けた。 しかしその牙が目標を捕らえることはなく、その全てが空を噛んだ。
「何という…回避性能だ…」
幾度と無く異形たちは34572号に牙を向けるが、それらは34572号に届くことは無い。 攻撃は繰り返される。 延々と、延々と。
「…どうした? ヤツは何故攻撃をしない? コイツらがやがて死ぬということを理解しているのか…? 興奮剤を散布しろ、このままでは埒があかない」
ガスが充満し、異形たちはさらに凶暴性を増す。
34572号もそれを吸っている。 しかし、彼が攻撃をすることは無い。
「何故だ!? 何故攻撃をしないのだ…やはり…理解しているのか? クソッ…メルトダウンが始まったか」
異形たちがグズグズに溶けて崩壊する。 最後までその牙は34572号に届くことは無かった。
コロシアムには34572号だけが取り残される。
34572号の遠吠えが響き渡る。
どこか、悲しげな。 救えなかったことに対する悔しさがにじみ出るような、そんな遠吠えだった。
「攻撃を…躊躇っていた? 攻撃するのが…おそろしいのか…? それとも…何もしなくても死ぬものには触れたくもなかった…のか?」
「次の相手を投入します。 傭兵達を十名ほど。 彼らにはコロシアムに居る化物を殺すことができたら相応の金額を支払うと説明しております」
コロシアムに腕に覚えのありそうな、屈強な戦士たちが現れる。 それぞれが気功の力を使えるものであったり、異能の力を持つものであったりと、幾度と無く戦場で活躍していたものたちである。
怒号と共に戦闘が開始した。
四方から34572号に武器が迫る、しかし、その何れもが空を切る結果となった。
34572号はその動物的な感により、サイキック攻撃もミスティック攻撃もものともせず、コロシアムという空間を立体的に重力の概念を無視するかのように跳ね回った。
しかし、34572号の牙が傭兵たちを切り裂くことは無い。
「何故だ! 何故攻撃しない! 攻撃するのを恐れているのか!? 興奮剤をもっと散布しろ! もっとだ!」
グゥゥウウウるるるるrrrrrrrrぅうううううううううぐううううう…
34572号は頑なに攻撃することを拒んだ。 過剰に投与された興奮剤は傭兵達に作用し、彼らは同士討ちを始める。 しかし、34572号が攻撃することは無い。
やがて薬の過剰摂取により。 傭兵も34572号も地に伏せることとなった。
最後まで、34572号の牙は何者も砕くことは無く。
「攻撃を…拒むだと…」
「結果はでたようだな。 此処まで時間と予算をかけた結果がこれか? この実験は役立たずを作成するだけのものだったようだな。 実験はこれにて破棄される。 今までご苦労だったな、エルク・マクレール。 貴様にも、もう用は無い」
ダークスーツに身を包んだ男がそう、言い放ち、踵を返した。
エルクは失意に包まれ動けないでいた。
「スクネ・クトウ。 いつまでそうしているつもりだ。 行くぞ」
ダークスーツの男が傍らにいた少年に話しかける。
その少年はどこか感情というものが無いように見える。 その暗い瞳で34572号の姿を見続けていた。
「アイツは…あの犬はこれからどうなる?」
「実験が破棄された以上、アレも用済みだ。 このままこの研究所もろともチリと化す運命だな」
「そう…か。 どうせ消す命なら。 僕が貰ってもいいだろ? アイツは僕が連れて行く。 少し、興味がわいた」
『興味』という単語が自分の口に出たことを驚くように、宿彌(スクネ)は口を薄く歪ませる。
「フン…勝手にしろ」
「勝手にさせてもらうよ…」
そう言うと、宿彌は担いでいた槍―OOPARTS:BRIONAC-を強化ガラスに突き出した。 T-REX因子による筋力と気功で極限まで高められた刺突はガラスを粉々に砕く。 宿彌はコロシアムに飛び降りると、34572号に話しかける。
「此処でこのまま死ぬのと、僕と一緒に来るの、どっちがいい? どちらが幸せだとは、僕には言えないけど」
グゥ…r…クゥ…ン
34572号は宿彌の手を舐める。
「そう、じゃあおいで。 ずっと34572号…ってのもね。 名前をつけよう。 君は今日から牡丹、ね。 よろしく牡丹。 じゃあ行こう」
そう言って、宿彌は34572号を担ぎ上げた。
体重300kgを越すその巨体を、宿彌は何の苦も無く背負うと、そのまま飛び上がりグレースーツの男の傍に戻った。
「お待たせ」
「…行くぞ」
そうして男と宿彌、そして34572号―牡丹は闇へと消えた。
「…おしまいだ…わたしのけんきゅうは…これで…―――――――――ッ」
光が研究所を包み込んだ。 跡に残るは荒野のみとなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――――――ねぇ牡丹。 君が僕と一緒に来てから。 どれくらい経ったんだっけ?
――――――クゥン。
――――――そうか、もう、そんなにかぁ。 君は今、幸せかい? 僕と来て、色んな事があったけど。 君の幸せは見つかったかな。
――――――ワン。
――――――そうかい? なら、よかったんだ。 これからもずっと一緒に居てくれ。 牡丹。
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