小説「三四郎」の風景

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「三四郎」に描かれている当時の風景を解説しています。


はじめに


夏目漱石が朝日新聞に連載をしていたのが1908年の9月から12月ということで、丁度100年前の風景ということになります。「三四郎」は小説なので、もちろん実際の風景をそのまま描写したという確証はないのですが、「三四郎」全体として見て三四郎池以外も周辺地域の描写がされていること、漱石が実際に直前まで東大で教職に勤めていたことなどを踏まえると、かなり当時の実際の状況に近い描写でないかと思います。

では、以下引用とそこから分かる風景のポイントを挙げていきます。引用は、青空文庫から。登場人物による池の印象も含めて拾っていきます。

まずは冒頭、三四郎が初めて池を訪れるシーン。


横に照りつける日を半分背中に受けて、三四郎は左の森の中へはいった。その森も同じ夕日を半分背中に受けている。黒ずんだ青い葉と葉のあいだは染めたように赤い。太い欅(けやき)の幹で日暮らしが鳴いている。三四郎は池のそばへ来てしゃがんだ。
 非常に静かである。電車の音もしない。

  • 周りからは森に見える。
  • 太いケヤキがある。
  • ヒグラシがいる。
  • 池のそばまで寄ることが可能。
  • 非常に静かである。

ちなみにこれがこの時点の想像の経路。地図は現在の東大なので、当時と建物配置は大きく違います。



では次のシーン。


三四郎がじっとして池の面(おもて)を見つめていると、大きな木が、幾本となく水の底に映って、そのまた底に青い空が見える。三四郎はこの時電車よりも、東京よりも、日本よりも、遠くかつはるかな心持ちがした。しかししばらくすると、その心持ちのうちに薄雲のような寂しさがいちめんに広がってきた。そうして、野々宮君の穴倉にはいって、たった一人ですわっているかと思われるほどな寂寞(せきばく)を覚えた。熊本の高等学校にいる時分もこれより静かな竜田山(たつたやま)に上ったり、月見草ばかりはえている運動場に寝たりして、まったく世の中を忘れた気になったことは幾度となくある、けれどもこの孤独の感じは今はじめて起こった。

  • 大きな木が何本もある。
  • 孤独を感じる。

続いて美禰子が登場するシーン。長いので風景の描写以外は中略します。


 ふと目を上げると、左手の丘の上に女が二人立っている。女のすぐ下が池で、向こう側が高い崖(がけ)の木立(こだち)で、その後がはでな赤煉瓦(あかれんが)のゴシック風の建築である。
(中略)
ただ額に少し皺(しわ)を寄せて、向こう岸からおいかぶさりそうに、高く池の面に枝を伸ばした古木の奥をながめていた。
(中略)
二人は申し合わせたように用のない歩き方をして、坂を降りて来る。三四郎はやっぱり見ていた。
 坂の下に石橋がある。渡らなければまっすぐに理科大学の方へ出る。渡れば水ぎわを伝ってこっちへ来る。二人は石橋を渡った。
(中略)
「これはなんでしょう」と言って、仰向いた。頭の上には大きな椎(しい)の木が、日の目のもらないほど厚い葉を茂らして、丸い形に、水ぎわまで張り出していた。
「これは椎」と看護婦が言った。まるで子供に物を教えるようであった。

  • 池の北側から現在の山上会館の方に向かって丘になっていて、さらにその奥が崖、その上に建物がある。
  • 古木がある。
  • 山上会館方面から北側のどこかへ真っ直ぐに出られる。
  • そこには石橋があり、渡れば池沿いの道に繋がっている。
  • 多きな椎がある。

ここはちょっと分かりずらいですが、図示するとおそらくこんな感じでは。



続いて野々宮さんが現れる。


見ると野々宮君が石橋の向こうに長く立っている。
「君まだいたんですか」と言う。三四郎は答をするまえに、立ってのそのそ歩いて行った。石橋の上まで来て、
「ええ」と言った。なんとなくまが抜けている。けれども野々宮君は、少しも驚かない
「涼しいですか」と聞いた。三四郎はまた、
「ええ」と言った。
(中略)
二人で坂を上がって、丘の上へ出た。野々宮君はさっき女の立っていたあたりでちょっととまって、向こうの青い木立のあいだから見える赤い建物と、崖(がけ)の高いわりに、水の落ちた池をいちめんに見渡して、
「ちょっといい景色(けしき)でしょう。あの建築(ビルジング)の角度(アングル)のところだけが少し出ている。木のあいだから。ね。いいでしょう。君気がついていますか。あの建物はなかなかうまくできていますよ。工科もよくできてるがこのほうがうまいですね」
(中略)
「それから、この木と水の感じ(エフフェクト)がね。――たいしたものじゃないが、なにしろ東京のまん中にあるんだから――静かでしょう。こういう所でないと学問をやるにはいけませんね。近ごろは東京があまりやかましくなりすぎて困る。これが御殿(ごてん)」と歩きだしながら、左手(ゆんで)の建物をさしてみせる。

  • 涼しい。
  • 山上会館ふもとの丘の向かい側に木立、さらに奥に赤い建物がある。
  • 「崖が高いわりに水の落ちた池」は不明。崖の高さに比べて水位が低いということ?
  • 木の間から建物が少し見える。もしかしたら計算されて作られたのかもしれない。
  • 木と水の感じは、たいした物ではない。
  • しかし東京の真ん中にしては静かである。
  • それは学問をやるに向いている環境である。

話はかなり先に進んで、運動会後のシーン。再び池を別の角度から訪れる。


三四郎はまた右へ折れて、爪先上(つまさきのぼ)りを丘のてっぺんまで来た。道はてっぺんで尽きている。大きな石がある。三四郎はその上へ腰をかけて、高い崖(がけ)の下にある池をながめた。下の運動会場でわあというおおぜいの声がする。

  • 現在の御殿下グラウンドから回って丘があり、てっぺんまで道がある。
  • そのてっぺんには大きな石がある。
  • そこに座ると崖の下の池が見える。

ここによし子と美禰子が登場。


 よし子は先へ上る。二人はまたついて行った。よし子は足を芝生のはしまで出して、振り向きながら、
「絶壁ね」と大げさな言葉を使った。「サッフォーでも飛び込みそうな所じゃありませんか」
 美禰子と三四郎は声を出して笑った。そのくせ三四郎はサッフォーがどんな所から飛び込んだかよくわからなかった。
「あなたも飛び込んでごらんなさい」と美禰子が言う。
「私? 飛び込みましょうか。でもあんまり水がきたないわね」と言いながら、こっちへ帰って来た。

  • 丘のてっぺんには芝生がある。
  • 水がきたない。

ここでよし子が行ってしまい、三四郎と美禰子2人だけになる。


 三四郎はまた石に腰をかけた。女は立っている。秋の日は鏡のように濁った池の上に落ちた。中に小さな島がある。島にはただ二本の木がはえている。青い松(まつ)と薄い紅葉がぐあいよく枝をかわし合って、箱庭の趣がある。島を越して向こう側の突き当りがこんもりとどす黒く光っている。女は丘の上からその暗い木陰(こかげ)を指さした。
「あの木を知っていらしって」と言う。
「あれは椎(しい)」
 女は笑い出した。
(中略)
 二人のいる所は高く池の中に突き出している。この丘とはまるで縁のない小山が一段低く、右側を走っている。大きな松と御殿の一角(ひとかど)と、運動会の幕の一部と、なだらかな芝生が見える。

  • やはり水は濁っている。
  • 中に小さな島があり、木が常緑の松と落葉の樹木の2本あり、箱庭の趣がある。
  • 島の向こう、対岸は暗い木陰になっていて、そこはちょうど最初に三四郎が座ったあたりである。
  • 右側に一段低い小山がある。おそらくその方向に大きな松、グラウンド、芝生がある。

この一連のシーンの位置関係はおそらくこんな感じでは。



おわりに


三四郎池の風景が描かれているシーンは、ざっとこんな感じです。
特に島については今とかなり違う景観だった模様。今はもっと荒れ放題な感じですし。あと丘とか崖とか、起伏に関する描写が多いのも特徴かと思います。静かで、孤独になる感じというのは当時から変わらないあの場の雰囲気のようですね。