活動記録

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これまでの企画活動の記録を紹介します。

20080305(水) 14:00~15:30

参加:遠藤・小野田(企画者)
下村先生(森林風致研)
岡田氏、中世古氏(以上学生支援グループ)
場所:農学部1号館 森林風致計画学研究室
概要:
  • 130周年イベントコンテストの概要と企画趣旨・進捗状況の説明
  • 知のプロムナード構想時のキャンパス整備計画について

アドバイス:
  • 十分な時間をかけたアセスメントが必要である。
  • 他部局や先生方との調整が大変だろう。
  • 他分野学生を巻き込んでも面白いのではないか。

20080225(月) 16:00~18:00

参加:土屋・中山・小野田
場所:緑地100番
概要:今後のプロジェクト運営

○スケジュール
  • 今週および3/9~の週に集中的に。

○模型
  • 領収書の形式について学生支援Gに問い合わせ。
  • 確認取れ次第、1:250の模型(A1サイズ)作成。
  • SketchUpで本郷キャンパスは人数が集まったら指導。
  • CADはすでに環境Gが所有とのことであった(遠藤君トレースしなくていいです!)
<やること>
  • 他に模型作成手伝ってくれる人がいないか声かけ(土屋)

○広報
  • HPは地図確認取れ次第自然環境、緑地などに広報かける
<やること>
  • 広報のメール送付(中山・土屋)
  • ポスター作成(中山)

○環境調査
<やること>
  • 知プロについて問い合わせてみる(土屋)
  • これが確認取れ次第、諸先生にたたき台を送付(土屋)

○その他
アンケートとは別に利用実態調査をするべき。ただし暖かくなってから。

20080213(水) 18:00~19:00

参加:土屋・遠藤・小野田
場所:緑地100番
概要:今後のプロジェクト運営

内容:
■メンバー
  • 緑地3年などの若手に声をかけてみる
  • 緑地の荒金君、長谷川君、安藤君が新たにサブメンバー(調査等手伝い)に。

■歴史
  • 主に遠藤が担当。
  • 2月中に今まで知りえた資料の時系列リスト化とその中の二次的な資料から全体像把握
  • 3月中にこれらを踏まえて、足りない部分を一次資料を当たって明らかにしていく。ここは「この資料の~の年代の三四郎池関連の記述を抜き出して」などとサブメンバーに頼むのが現実的。

■アンケート
  • 主に小野田が担当。
  • 2月中に予備調査の項目たたき台を作成
  • 3月中に30人程度予備調査の聞き取り、半構造化
  • 4月~5月に本調査アンケート配布&集計。教授陣に渡してもらう、学生団体に渡してもらう、地域団体に渡してもらうなどの方法で配る。集計作業などに人件費が必要。

■環境
  • 主に土屋が担当。
  • 3月~8月にかけて調査
  • これまでの資料調査を踏まえて、調査すべき項目を今週中に検討
  • 2月中にそれを元に2,3人の先生に話を伺う
  • 調査時には人件費が必要。

■広報
  • 主に中山が担当。
  • 2月中に地図等使用の了解を取った上で企画関係者・知人に宣伝。
  • それとは別に、一般向けの宣伝として、ポスターを各建物に張る
  • ポスターが直接的な参加者やコメントを呼び込めなくても、今後の活動の下地になりうる。なので、内容を細かく書かずに写真、企画名、アドレスくらいのシンプルでインパクトのあるものに。

■CAD/模型製作
  • 今後の調査やワークショップのために3Dで分かるモノが欲しい。
  • 4月までに1/200コンター模型を4人で作成(費用計算)
  • 3月までに測量図CADから3Dを遠藤作成

■夏以降の日程
  • おそらく9~11月に設計、12月に最終WS、その後報告書作成では。

20080131(木) 15:30~16:30

概要:史料編纂所において資料調査
参加:
土屋(企画者)
宮崎先生、諸田事務長(史料編纂所)
岡田氏、中世古氏(以上学生支援グループ)
場所:史料編纂所

内容:
1、これまでに判明している三四郎池に関する資料及びその所在
  • 80年代に4つの発掘が御殿下等で行われた際に同時に絵図と文字資料の調査ご行われており、その報告書がある。
  • その中で、絵画については2点のみであり、2点目も1点目をある程度参考にして描かれたものであると考えられる。
  • 明治以降については、資料室に100年史編纂等のために集められた資料がまとまって残っている。政府と大学のやりとりや、各年の大学要覧など。
  • その他に、埋蔵文化財調査室にも発掘関係を中心に資料がある。
  • 江戸時代の絵図等の現物は金沢市立玉川図書館近世史料館か(財)前田育徳会尊経閣文庫に所蔵されている。
  • 発掘の報告書で育徳園の章を担当された森下氏は、現在山口大学にいらっしゃる。ただし、育徳園自体を専門に研究されていたわけではない。
  • 発掘の報告書に使用した当時の資料は、文学部の吉田教授の部屋に所蔵されている。

2、これからの文献・資料調査の際の留意事項
  • これまでわかっている最も古い絵図は1688年のもの。ただし池の形は必ずしも正確でない。
  • 上屋敷になったのは1683年からで、江戸時代当初は下屋敷であった。
  • 寛永6年、1629年に将軍を迎えるためにそれまで草むらだったものを整備したらしいことが、当時の御成記の記録にある。
  • 1630年代の景観を描いた「江戸図屏風」に育徳園の池が描かれているので、この時点では池として存在していたと考えられる。歴史民族博物館のHPで画像が見られる。
-江戸図屏風全体図   http://www.rekihaku.ac.jp/gallery/edozu/
-〃  右隻第5扇 http://www.rekihaku.ac.jp/gallery/edozu/r5.html
-同上、心字池付近   http://www.rekihaku.ac.jp/gallery/edozu/layer4/pr526.html
  • 前田家五代藩主綱紀の伝記「加賀松雲公」や「加賀藩史料」全18巻、「東京大学百年史」などの通史で整理した資料は、何年ごろなどのあたりをつけて調査するのが現実的。
  • 江戸時代をリファレンスにすることになった場合、江戸時代の中でも大名庭園とはいくつかの変遷がある。そのため、現実的にはより正確な幕末などに対象を絞ることも必要になる。

3、現在の三四郎池と江戸期庭園・資料との関係
  • 当時のあずまやは、唯一高台の上の傘御亭(からかさおちん)に基礎だけが残っている。上記の絵画からすると、傘型の屋根がついていたかもしれない。
  • そのあずまやのすぐそばにある立方体の石は、富山半の屋敷から仏像が出てきた時に、その場所に置いて上に仏像を安置させたものらしい。ただし、富山藩邸は今の大学病院のあたりであったので、もともとの位置ではないと考えられる。文京区の「文京アルバム」に仏像が乗った写真が載っていた。
  • 山上会館の入口の前あたりに、石組みの氷室があった。現在周辺に転がっている大きな石は、その名残かもしれない。

☆今後の作業
  • 他の方に伺った話も含め、一度時系列的に状況の整理を行う。
  • その上で、実際の史料の現物にあたっていく。
  • その結果を踏まえて、大学史史料室や埋蔵文化財調査室等にもお話を伺う。

20080125(金) 17:00~18:30

概要:広報センターにおいて資料調査
参加:
土屋、中山、小野田(以上企画者)
細谷氏(広報センター)
岡田氏、中世古氏(以上学生支援グループ)
場所:広報センター

内容:
1、東大の広報誌・新聞における三四郎池に関する記事
  • 学内広報はS43年(1968)、大学紛争の報道に関連して始まった。
  • 三四郎池は、学内広報で6回表紙になっている。渇水などのニュースが記載されている。
  • 帝国大学新聞のS3年の記事に、三四郎池でスケートをしている写真が掲載されている。
  • 帝国大学新聞のS21(1946)年8月13日第993号に、三四郎池で子供が泳いだ記事が掲載されている。
  • このS21年の記事で、帝国大学新聞では始めて「三四郎池」という固有名詞で表記されたと思われる。
  • 戦前は、単に「池」などと呼ばれていたと言われている。
  • 浜尾総長の銅像脇のポンプについては、No.1349(2006)に記事があり、撒水用であったとされている。
  • 「三四郎」での三四郎の足取りについて、『学友会ニュース』 2006(平成8)年5月 No.6に整理されている。
→頂いたコピーを参考に、内容を再度整理する。

2、三四郎池に関する歴史調査等の文献
  • 懐徳館の由来(S15、1940):育徳園の成立~東大への編入がまとめられている。総合図書館の書庫。
  • 東京大学医学部百年史(S42、1967):加賀藩時代の状況について年表形式でまとめられている。
  • 風俗画報(M44、1911):育徳園はじめ、加賀藩上屋敷の遺産についてまとめられている。
→こちらもコピーを参考に内容について整理を行う。

3、地域の方々・来訪者と三四郎池との関係
  • 地域にも三四郎池・東大に詳しい方がいて、ブログを書かれている人もいる。
  • 法人化後は、コミュニケーションセンターの開設やレストランの増加、知のプロムナードなど、学外の方々も楽しめる空間が整備され、構内見学の希望者や広報センターの利用者が増加している。
  • 広報センターの来館者に、見てみたいところを尋ねたところ、主に赤門、安田講堂、三四郎池が多い傾向が見られる。

4、その他
  • キャンパスツアーのガイドをしている学生達も三四郎池等について独自に調べられているので、一度お話を聞けるとよいかもしれない。

☆今後の作業
→まず、頂いたコピーを参考に分かることを整理する。
→過去の学内広報や東大新聞をさらに資料調査する。
→キャンパスツアーガイドの方に、三四郎池に関して収集した資料について伺う。

20080122(火) 14:00~15:00

○概要:一二浪池整備の環境調査事例および三四郎池の歴史調査について、小野良平先生にインタビュー
○参加:小野田
○場所:農学部1号館森林風致計画学研究室

○内容:
1.一二浪池整備の環境調査について
  • 調査項目はボーリングによる地質・地盤調査のみ(樹木については既存のデータあり)
  • 一二浪池整備に関係する教職員についての聞き取り
  • 環境三四郎の意見も聞いているとか

2.三四郎池の歴史調査について
  • 集約すると、大名庭園としての歴史、東大になってからの歴史の二点について調査すべき
  • 御殿下の工事などの際の発掘調査の記録もあたってみるとよい(資料もあるはず)

3.歴史調査に関わる資料について
  • 広報センターに一般向けの大学資料があり、そこに三四郎池関係の資料もあるらしい
  • キャンパスツアーの工藤さんに三四郎池関連の参考資料を紹介していただく

○今後の課題
  • まずは広報センターで資料調査を行う


20080121(月) 11:00~12:00

○概要:大学本部において資料調査
○参加:土屋、中山、遠藤、小野田(以上企画者)岡田氏、中世古氏(以上学生支援グループ)石橋氏(環境グループ)
○場所:本部第2棟1F会議室

○内容:
1、三四郎の基本となる図面
<H15(2003)測量図・樹木図>
  • この測量図が企画の基礎図として一番よいのでは
→DXF形式のファイルを頂く。
<明治13年(1880)からほぼ毎年のキャンパス図>
  • このキャンパス図からすると、S5(1930)あたりに今の形になったと考えられる
  • 元の図面が別にあるかもしれない、コピー可能かどうかは別途確認
  • 現況図面であり、キャンパス計画図とは別である
→キャンパス計画図等は安田講堂3Fの東京大学史史料室にて確認。

2、これまでの環境調査
  • 樹木以外のものは存在しない。
  • 大学として環境アセスメントはしていなかった。
  • 駒場一二郎池の整備をやった時に初めてアセスメントをした。
→施設係、小野先生に当時どのようなアセスメントをしたか聞き取り。

3、キャンパス計画等における三四郎池の位置づけ
  • 整備計画概要で保存空地に指定されている
  • ただし、細かい規定はない
→HPで見れるとのことで、要確認。

4、毎年の管理の状況
  • 管理の計画は作っておらず、1年の決まった時期の清掃等はしていない
  • 独法化以前は環境週間に一斉清掃を行っていた
  • 独法化以後は整備環境チームが落ち葉を集めている。ただし外側のみ。

5、池の水について
  • 現在、水は藤棚の所の井戸から10t/day引いている。
  • それに加えて、雨水が文学部3号館および山上会館から流入している。
  • 昔は湧き水であったと考えられる。舗装で出なくなったと考えられる。
  • 2~3年前までは井戸水は入れたり入れなかったりしていたが、今は毎日入れている。
  • 池の底はH5に浚渫工事をし、50cmから210cmになった。今はまた浅くなっていると考えられる。
  • その前の浚渫はS50年代終わりくらいであった。
  • 130周年でも浚渫をやろうという話はあった。

6、その他
  • 知のプロムナード整備以前は改修しようとしたことはなかった。
→図面、委員のリストを次回見せて頂く。
→また、後日図面等を詳細に見せて頂く機会を設ける。
  • 今の所三四郎池の整備予定はない。
  • 細かい補修は、資料が残っているものの他にもやっている。

7、打ち合わせ後に得られた追加情報
  • キャンパス計画概要は,東大HP→東京大学案内→キャンパス概要→キャンパス計画の概要の中に要綱と概要が掲載されている。
  • 池の水について,現在タイマーで10t/day入れているが,それは1年半くらい前からで,それ以前は水が少なくなったら,ポンプをまわして水を入れていたらしい。

○今後以下に取り組む。
→測量図のDXF形式のファイルを頂く。
→キャンパス計画図等は安田講堂3Fの資料センターにて確認。
→キャンパス計画室?にも資料について聞き取りをしてみる。
→駒場施設係、小野先生に当時どのようなアセスメントをしたか聞き取り。
→HPで整備計画概要を見れるとのことで、要確認。
→知のプロムナードの図面、委員のリストを次回見せて頂く。
→また、施設部で後日図面等を詳細に見せて頂く機会を設ける。

20080114(月)16:00

参加:土屋

○概要:
  • 11月・12月に行った農学生命科学図書館における資料調査の結果をまとめた。

○内容:
  • 3冊の本において過去の三四郎池に関する情報を発見した。
  • リスト化して資料一覧のページにまとめた。

○今後の課題:
  • 日本庭園史、東京大学史における三四郎池に関する記述を丁寧に読み取る必要がある
  • 加賀藩時代の図面等について、金沢市の図書館において資料調査を行う

20080108(火)19:00

参加:遠藤

○概要:
  • 今後の進め方に関して、横張先生にアドバイスをいただく

○内容:
  • まずは共通フォーマットのもと、各方面の先生方にヒアリングするのがいいのではないでしょうか?そういったプロセスを通して、これからの作業フレームワーク・ストラクチャーを組み立てるといいのではないか。
  • アンケートをとるのであれば、定量的な説得のためのツールとして用いるべき(アンケートで整備方針の探索をするべきではないという意味だと解釈しました)。
  • 文学部的な方面にも話を聞いた方がいいとのこと。生態的な側面だけでなく歴史も重要であるから。

○今後の課題:
  • 各方面の先生方にヒアリングをかけ、方針を決めることが大事であろう

20071227(木)17:00

参加:中山・遠藤

○概要:
  • 調査項目の洗い出し

○内容:
  • 地質関係…水・地形・土壌・空気・気候
  • 植生関係…樹木・草本
  • 動物…昆虫・菌類・水棲動物・鳥類
  • 歴史…変遷・文化的価値
  • 要望…アメニティ・美化・バリアフリー

○今後の課題:
  • 各方面の先生方にヒアリングする前に、横張先生に調査項目・進め方に関してアドバイスをいただく。

20071226(水)16:30~17:00

参加:中山

○概要:
  • 安形康先生と調査に関してミーティング

○内容:
  • 三四郎池は、もともと大名庭園に多い「上=屋敷、下=庭園」的な形式であり、崖線の湧水だった。キャンパスを二分するような傾斜があり、明治の初期までは恐らくそのままで、その後改変された。「三四郎」に地形に関する描写が多いのは、昔はそうだったからだと思われる。よって、明治初期などの昔の地図から、崖のマークがどこまで続いているかを調べると良い。
  • 水位や湧き出し、湖底の地形に関してすごく興味があるとのことです。
  • 高橋裕先生の「都市と水」か何かに三四郎池のことが少し載っていたそうです。
  • AGS UTSCという、水関係の学生・若手が集まる会があるからそこに行ってみると良いかも。
  • 水関係に関してなら、いろんな先生に協力を仰いだりできるかもしれないとのことです。
  • 調査に関してもアドバイスしていただけるかもしれません。

○今後の課題:
  • 今後、様々な方に協力をお願いするためには、説明するための全体計画書が必要ですね。

三四郎の地形描写が多いのは、本当にそうだったからとは!

20071225(火)16:00

参加:小野田

○概要:
  • 三四郎池の歴史に関する資料・研究について、小野良平先生に簡易インタビュー

○内容:
  • 歴史についての資料・研究は少ないと思われる。
  • 三四郎の記述がある、白幡洋三郎「大名庭園」を紹介してもらう。引用文献から歴史資料を調べてみよう。

○今後の課題:
  • まずは大学に眠る資料を入手しないといけませんね。

20071225(火)11:30~14:00

参加:土屋・中山・遠藤・小野田

○概要:
  • 学内広報用の写真を三四郎池で撮影
  • 企画の初動について4人でミーティング
  • 学生支援室の岡田氏、中世古氏を交え大学との調整についてミーティング

○内容:
  • 1月末~2月頭に実施計画書を提出
  • 初動の手順は以下の通り
1:知のプロムナード関連、大学施設課で資料収集
2:調査項目の具体化
3:関連研究室への協力願い
4:アンケート調査
  • 経過は逐次wiki上で更新していく
  • 理学部、農学部、新領域、知のプロムナード、施設課と綿密な協力

○今後の課題:
  • ワークショップはどこから何人にするのか
  • 広報は大学経由で出来るかもしれない
  • アンケートは紙で教員経由+学生にはどうやってもらうか

○次回ミーティング
  • 1月第2週or第3週に学生支援室と