学徒の最期


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乱世の英雄、学徒出陣が乱世に散ります。




第六十八話・涼王・日和見、果物キラーに保護される2


果物キラー「えっ~と、そちらのお二人は?」

ひょーりみ「こっちは八戸でもう一人は京極君。俺の命の恩人だ。ところで
果物キラーは何でここにいるの?鮮卑の討伐はどうなっちゃったの?」

果物キラー「鮮卑はことごとく降してございます。我が君が襄陽へ向かったのと
入れ替わりで長安に戻っておりました。ここにいる兵はその鮮卑の者達でございます。」


こうして3人は果物キラーの陣内に案内された。果物キラーは地図を広げ
情勢を説明し始めた。どうやら鹿台の変がおこったその日に越軍が来襲していたらしい。
しかしザビエルはこの動きを察知しており、ことごとく撃退。小銀玉らはすばやく
東進して主を失った斉軍を吸収。さらに越帝側についた張燕を討つため北上。
春華殺害を激怒した呂布と共に、現在、交戦中。戦局はかなり優勢なようだ。
勇魚、劉壁らは中立らしい。

果物キラー「とまあ、こういう情勢ですな。」

涼王「なるほど。それじゃあ俺はいったん長安に戻るね。」

果物キラー「とんでもない。長安などすでに誰もおりませんぞ。我が君は私
と共に、軍勢を率いて南下。このまま越将、宇喜多の軍と交戦いたしまする。」



第六十九話・大陸の情勢


それから大陸の情勢は急展開していった。

陀酢令2年2月11日(195年) 鹿台の変
陀酢令2年2月11日 涼軍と越軍が初の衝突。涼軍勝利。
陀酢令2年2月12日 小銀玉軍、5万が東国へ出征。
陀酢令2年2月20日 斉は涼軍の受け入れに合意する。
陀酢令2年2月22日 小銀玉軍、北伐。晋領へ侵入。  
陀酢令2年3月2日 涼王、果物キラーの軍に保護される。
陀酢令2年3月5日 涼王、宇喜多軍と交戦し勝利。宇喜多氏は逃亡。
陀酢令2年4月7日 小銀玉軍。晋を平定。守備兵を残し直ちに南下。
陀酢令2年5月26日 涼、遼東軍、濮陽に集結。南下を開始。


陀酢令2年6月10日(195年) 韓の旧都南陽の郊外に越軍15万と涼、遼東連合軍18万が
集結。後漢末以来の戦乱で最大の戦い南陽北の戦いが始まろうとしていた。



第七十話・決戦前夜


南陽から30キロほど北の越軍本営で軍議が開かれていた。

朝倉渦中「涼軍は連戦と強行軍で疲れきっております。さらに斉、遼東兵との
連携が必ずしもうまくいっていないようです。それに比べ我が主力軍は南陽で
休息を十分にとっており、本国との距離も近い。少々、我が軍のほうが数的に
は不利でございますが、それは勝敗を左右する要素にはなりません。」

ぷらっと「・・・朝倉殿、本当にそう思いますかな?涼軍の動きを見ているとどうも
すべてはじめから計算されている節があります。開戦初日からすでに防備は固められ
我が軍の攻勢はことごとく跳ね返されておりますし、斉の掌握、晋の制圧共に鮮やか
すぎまする。そもそも晋では寝返る者が相次ぎ戦にならなかったと報告が入って
おりますぞ。」

朝倉「何が言いたいのですかな?涼の戦ぶりを賞賛するだけでは士気をさげるだけですぞ。」

ぷらっと「涼は・・・おそらくザビエルは、相当以前から工作をしている可能性があります。
それにここ南陽での戦も涼があらかじめ設定した戦場であるきがしてなりません。」

学徒「それは余も感じていたことだ。それに・・・我が軍にはすでに涼に通じている者が
おるな・・・。総督益州にしてしまったから佐倉に料理させることはできんがな。」

ぷらっと「残念なことですが、裏切り者はおりますな。おそらく機密は漏れているでしょう。」

学徒「ぷらっと、実はな余と朝倉は遼東王呂布をすでに懐柔しておる。晋、斉、遼東の
三国を束ねる王とする約束をしたところ、簡単にこの話に乗ってきた。」

朝倉「それにのう、ぷらっと殿。劉壁からも戦局しだいでこちらにつくとの
書状が届いておるし、何より陛下が自ら出陣なされて今まで負けたことはないであろう。」

ぷらっと「それは、そうですが。」

その頃、涼の陣営でも同じような話が進んでいた。

ザビエル「AaAは一国を与えると約束したところ、簡単に寝返る約束をしてくれた。」

日和見「AaA?変わった名前だのう。」

ザビエル「彼は山越王でありまして、勇猛な蛮兵二万を従えて東に陣取っております。」

日和見「ふうん。寝返り工作か。でも越軍も同じことを考えるんじゃないの?」

ザビエル「その辺はぬかりありません。遼東王に鄒氏と良馬を与えておきましたから。」

日和見「遼東王!?遼東王が裏切るのか!?」

ザビエル「その可能性は大でしょう。しかし遼東王は美女と馬でどうにでもなる男です。
領土や爵位より単純でわかりやすいものを好むのですよ。」

ザビエルはそういって越が呂布に送った書状を出した。

日和見「すでに丞相が押さえてしまっていたのか・・・ザビエル恐るべし・・・」

日和見「丞相、それでいつから裏でこういうことしていたんだ?」

ザビエル「はて?何の話ですかな?」

日和見「何の話かな、じゃない?ありえないだろこんなこと普通は!」

と日和見は書状、書類の山を指差した。これらには間者、買収した他国の高官
からの来た諸国の情報、離反の約束などが記されていた。

日和見「随分と前から色々と裏でやっていたんだろ。でなきゃ説明がつかんだろ。」

ザビエル「ばれましたか、殿が韓遂を討ち破られた頃からですかね。」

日和見「何年前の話だよ…お前一人でなんでもかんでも進めおって…」

すると、プッ、クスクスと笑い声が聞こえた。

渦中の司馬懿「はははは、殿以外は皆知っておりますぞ。」

日和見「え?」

小銀玉「何も知らないのは兄貴だけだぞ」


日和見「…お前等な…そういえば、鮮卑遠征の評議のときも俺以外全員一致で
賛成していたよな。」

果物キラー「越と戦うには、鮮卑兵を手に入れることが急務でしたからな。」

日和見「あのときにはすでに戦う気でいたのかよ!それなら越帝が俺を殺そう
としていたことも知っていたんじゃないか?!」

ザビエル「そこまではさすがに…殿を人質に取って脅すくらいのことは予想はして
いたのですが、まあまあ~ちゃんと八戸殿を出しておいたではありませんか。」

日和見「八戸よ…お前もか…なんで俺に何も言わないで勝手に決めちゃうんだよ~」

ザビエル「だって殿に言ったら命の恩人である越帝陛下とは戦えないとか、戦より
話し合いをするべきだとか言って絶対反対するでしょ。そもそも殿が王位についた
ときから戦いは避けられなかったのです。異姓の王がいつまでも許させるはずがありません
からな。」

小銀玉「大体。こんな話したら兄貴はさっさと越帝に領土譲って隠遁しちゃうだろ。」

日和見「それは言える…。」

小銀玉「とにかく、皆、兄貴に天下取ってほしいってことだよ。それだけ期待
されているんだかよかったじゃん。」

日和見「勝手にしろ…」



第七十一話・南陽北の戦い


翌日、濃霧の中で両軍は2時間ほど対峙し続けていた。やがて、霧も薄くなって
きた頃、ぷらっと隊の横を宇喜多隊が通り抜けようとしていた。学徒から先鋒を
任されたはずのぷらっとが呼び止めて詰問するが、偵察と称してぷらっと隊の前方へ
張り出した。前方へ突出してくる宇喜多隊を見た小銀玉隊は、これに弓を射かけここに
南陽北の戦いの火蓋が切って落とされた。

対する宇喜多隊も直ちに応射、南陽北はたちまちのうちに激戦の様を呈した。
小銀玉隊2万と宇喜多隊1万5千は押しつ押されつ、両者一歩も譲らず、
果物キラー3万の鮮卑騎兵は一斉に学徒の本体めがけて襲い掛かる。

越帝学徒も自ら前線に出て奮戦、襲い掛かる敵を撃退してゆく。
激戦をこの地で体験した涼のkogindama雑兵のは次のように記している。


敵味方押し合い、矢の雨、さけびの声、天を轟かし、地を動かし、
日中も暗夜となり、敵も味方も入り合い、干戈を抜き持ち、攻め戦う。


なおkogindamaはこの戦いで屯長に昇進したらしいが、その後のことは不明である。


正午過ぎ、山越王AaAが約束どおり、涼軍に寝返り越軍の側面を突いた。
さらに果物キラーが越軍を突破し、後方に回りこんだ。これをみたザビエルは
全軍に突撃命令を下す。

小銀玉軍は、宇喜多軍を粉砕し続いてぷらっと隊と激突。さすがは猛将ぷらっと
だけあって、小銀玉軍は劣勢をしいられたが、危ういところで日和見7万の主力が
到着。ぷらっと隊はよくこれを防いだが、やがて山越王の軍まで現れたためついに
敗走する。

学徒本体は呂布軍と果物キラーの軍に包囲されるが、学徒自ら斬り込んで包囲網を
突破。辛うじて南陽に引き上げることができた。

結果、越軍は5万の戦死者を出して壊滅。涼軍の犠牲者は2万ほどであった。
学徒自身が戦で敗れたのはこれがはじめてである。



第七十二話・越涼和睦


南陽北での大敗は越軍に深いダメージを与えた。宇喜多、朝倉渦中らは行方不明
となり、さらに涼軍の攻勢により、南陽は陥落。さらに一ヶ月後には首都襄陽も
失った。学徒はついに長沙まで撤退した。

日和見「この辺で停戦できないかな?」と涼王が言い出したのは襄陽に入城した
翌日のことであった。

日和見「元々、俺は別に皇帝になるつもりはないし、南北二朝で共栄を目指しても
いいと思うんだけど。」

小銀玉「ここまで来て何を今更!」

ザビエル「ふむ、よいお考えですな。」

小銀玉「どこが!?」日和見「そうか!」

ザビエル「我が軍はすでに攻勢の限界に達しております。この辺で一時休戦を
するのもよいでしょう。越軍も今は立て直す時間がほしいでしょうし、休戦は
うまくいくことでしょう。」

陀酢令2年8月2日(195年)

越と涼の間で和睦が成立した。越にとっては臣下である涼王と対等の交渉を
したという屈辱であった。

この隙に越は軍の再建を、涼は権威を確立を急いだ。



第七十三話・和議破れる


陀酢令2年10月3日(195年)、日和見は襄陽で皇帝に即位。国号を大涼。都を長安
元号を郭明とした。ここに「天に二つの日無し国に二王無し」の理は破れた。

涼帝国相国となったザビエルは、漢中の張魯、趙の勇魚などの抱きこみ工作を
活発化させ、兵馬元帥となった果物キラーは来るべき南下作戦のため軍を整えていた。

「兵も兵糧も出せないだと!佐倉広夢めは何をしているのだ!」

長沙城に越帝学徒の怒声が響いた。

益州の使者「ははっ、益州総督閣下は漢中の張魯が北朝(大涼)についたため、
成都が危険にさらされており、兵を割く余裕はないと申されております。」

学徒「佐倉め!誰のおかげで今の地位があると思っているのだ!この非常時に
ボケが!すぐに帰って佐倉を引きずって来い!」

使者「ぎょ、ぎょいいいいいいい!」

ぷらっと「まずいですな。このままでは南陽北での敗残兵と揚州軍団だけで、
北朝と戦わねばならなくなります。7万の兵で30万近い大軍勢を相手にせねば
なりません。」

学徒「わかっておる。こんなことであれば、益州はお前に任せておけば良かった。
佐倉は武将としては使えるが忠誠心が少なすぎる。」

中山「こうなっては切り札を使うしかありまえんな。」

学徒「切り札?まだ何か策が残っているのか??」

中山「絶世の美女貂蝉でございます。遼東王は美女には目がありません。
あの娘を使えば必ずや遼東王を手なずけられまする。」

学徒「遼東王を使って、日和見を暗殺か・・・いいだろうやってみろ。」

こうして2ヵ月後に日和見暗殺計画がおこなわれたが、悪あがきにしかならず、
失敗。呂布、貂蝉らは処断され遼東国は取り潰しとなった。

すぐに南朝(大越)の謀略であることが判明し、和睦はご破算となった。



第七十四話・開戦


北朝暦、郭明元年。南朝暦、陀酢令2年12月3日(195年)


北朝軍は再び南侵を開始した。襄陽から南へ3日の地に本陣を築き、その地に
全軍の集結を命じた。

聖天使ザビエル、小銀玉ら梁山泊以来の宿将に率いられた北朝軍本体。

鮮卑の親衛騎兵隊を率いる国士無双の果物キラー

渦中の司馬懿、八戸のぶながに率いられた遊軍

そしてAaA率いる山越軍が到着。

続いて、まあcらの南朝よりの降将達が軍勢を引き連れて陣営に加わり

趙王勇魚、漢中王張魯、代王劉壁ら諸王も大軍を引き連れ合流。

その他にも補給部隊、支援部隊など非主戦力も集結。

たちまち地平線のかなたまで大軍勢に埋め尽くされるのだった。

日和見「諸将に集まってもらったのはほかでもない。第二次南朝討伐作戦の陣立ての
ためである。この一戦で大陸より戦乱を消滅させる。詳細は軍師から説明がある。」

ザビエル「南朝に残された兵力は推定10~12万。ただし学徒自身が率いている
兵力は長沙の3万のみである。密偵の報告では揚州より情熱的の軍5万前後が荊南を
目指しているが、合流前に学徒軍本体を包囲殲滅する。そこでまあc殿には学徒の
おびき出しをしていただきたい。小銀玉、果物キラー両将軍は伏兵となって、
目標地点で待機。学徒隊を殲滅せよ。残る部隊は揚州への通路を遮断。学徒を
荊州から脱出する前に必ず捕獲するようにしていただきたい。以上。」


「皇帝陛下万歳!万歳!万々歳!!」


北朝軍、50万、号して100万の大軍勢はこうして南下を開始した。



第七十五話・越軍敗れる


さて、南朝軍は南下する北朝軍を迎え撃つか、それとも長沙城に篭城するかで
揉めていたのだが、中山が日和見の本陣を見つけたとの情報を持ってきた。


学徒「おおっ!中山でかしたぞ!」

ぷらっと「陛下。真偽のほどをもう少し良く確かめたほうが・・・」

学徒「何を言うか。計画自体は失敗したとはいえ、中山はちゃんと呂布を
寝返らせることに成功している。張春華の暗殺もじゃ。奴の情報に間違いは
なかろう。」

こうして、日和見の本陣をつくべく城を出た学徒であったが、途中でまあcの
軍と遭遇した。

学徒「裏切り者のまあcではないか!今はのうのうと涼の将をやっておるのか!」

まあc「わわわっ!南朝帝だ!みなの者引け!!」

こうしてまあcは一目散に逃げ出した。

学徒「待て!まあc!せめてこの俺自らがそちの首を刎ねてやる!」

ぷらっと「陛下!お待ちください!罠かもしれませんぞ!」

学徒「わなではない。まあcは罠、伏兵を仕掛けるには適さない平原に
逃げておるではないか!それに中山の報告どうりの涼の本営の方向だ。このまま追え!!」

こうして学徒はまあcの後をおったが、前方に異様な騎馬軍団が現れた。

果物キラー「越帝よ。伏兵とは必ずしも隠れ潜む軍とは限らぬのだぞ。遊牧騎兵の力が
最大限に発揮される平原にのこのこと現れるとは愚の骨頂よ!!」

小銀玉「それにここならば数の有利が最大限に生かせるからのう!越の数量的不利が
わからんのか?越帝は敗戦続きで現実把握能力のなくなったか?」

学徒「黙れ!貴様らごときに余が止められるものか!」

学徒は果物キラー、小銀玉相手に互角以上の戦いをして見せたが、やがて涼軍が
後から、後から現れ次第に不利となっていった。

ぷらっと「陛下!これ以上は無理でございます!私が殿をつとめますので、ひとまず
お逃げくだされ!」

学徒「わかった!俺は揚州へ落ち延びる。ぷらっとは殿をつとめたあとは益州へ
行き佐倉の馬鹿を斬って、益州総督となれ!いいな!再び馬を並べ共に戦おうぞ。」

ぷらっと「御意!」


これが二人の最期の別れとなるのだった。



第七十六話・中山幸盛の最期


ぷらっとは学徒を逃がした後、かろうじて脱出。益州へ向かった。その途中の
ことである。

部下「ぷらっと将軍!中山幸盛がおりません。手先の宦官たちも見当たりませんぞ。」

ぷらっと「なんだと・・・。さては!よし俺に続け!!」

ぷらっとは馬に乗って大急ぎで引き返した。するとすぐに中山幸盛らに追いついた。

中山幸盛「げぇ!ぷらっと将軍!何か御用で!?」

ぷらっと「ほう、中山殿。越の戸籍に地図などを持ってどこへ行きなさる?
そちらは涼軍がいる方角ですぞ。」

中山幸盛「はは・・・待て待て、ぷらっと将軍。そなたも賢く生きねば成らぬ。
あの北朝の勢いを見たであろう。どうみても南朝に未来はない。将軍が望む
ならわしがザビエル殿に頼んでやれるぞ。」

ぷらっと「そうか、今日の戦の敗北。すべて貴様の仕業が。下衆どもが皆殺しにせい!」

中山幸盛「ちょっと待て!うわわわぁぁぁ!!」

こうして中山幸盛は涼へ降る途中で惨殺された。



第七十七話学徒出陣、乱世に散る


一方、揚州へ脱出する学徒であったが、あらゆる地点が涼軍に押さえられ
突破は困難を極めた。さらに逃亡兵が相次ぎ揚州まで後、1里という地点
まで来たときには、すでに一人となっていた。

学徒「もはや俺一人か・・・だが揚州には肥沃な大地と俺の民、200万がおる。
ここで何十年でも涼に対抗できよう。」

ところが、あと少しで揚州というところで、林のように林立『涼』の旗があわれた。
少なくとも3万はいる大軍勢である。

学徒「くそ・・・こんなところで・・・馬鹿な。」

すると大軍勢の中から大将が現れた。

学徒「八戸のぶなが!?」

八戸「久しぶりですな学徒殿」

学徒「まったく、俺の無様な姿を見て満足か八戸」

八戸「はぁ・・・まあ・・・よくわからんな。」

学徒「八戸頼む!同郷だろう。見逃してくれ!!」

八戸「何が同郷だ!あんた今まで俺に何してきたかわかってんのか!?いきなり
斬りつけてくるわ、罵倒するわ!」

学徒「ああっ!そうかい!どうせお前には期待してなかったよ!さっさと殺せボケッ!!」

八戸は手を上げて合図をした。すると兵達は道をあけた。

八戸「今回だけですぞ。学徒坊ちゃん。まあ涼の法では大将を故意に逃がしても、
殺されることはありませんからね。半殺しにはされるかもしれませんが・・・。
執念深いザビエル宰相が来る前にさっさとお逃げなさい。」

学徒「おおっ!お前逃がしてくれるのか!?いいのか!?こんな機会二度とないぞ!?」

八戸「いいから早く!あと、3里ほど東へ行けば情熱的の軍がおります。早くいきなされ。」


学徒「・・・もういい。なんだかお前の顔を見たら馬鹿馬鹿しくなって来た。」

八戸「昔から気まぐれですな。何なら降伏しますか?日和見は昔、坊ちゃんに
救われたことを今でも大変感謝しているようですぞ。坊ちゃんを害したりすること
は決してないはずですが。」

学徒「俺は日和見を二回も殺そうとしている。奴にあってもきまりが悪いだけだ。
まったく・・・俺は洛陽の蔡ヨウ先生の元に遊学に行くだけだったんだぞ。なんでこんな
ことになったのやら・・・。甘寧党の同志も会稽の仲間も俺のせいでみな死んだ。
あの時、俺とお前と日和見の3人で旅をしていればこんなことにはならずに済んだのだがな。」

八戸「なあに、蔡ヨウ先生は今でもご存命。今から洛陽に行けば間に合います。」

学徒「学問は俺の性に合わん。八戸いろいろと悪かったな。じゃあな!」

そういうと学徒は自ら首を刎ねた。八戸が止める間もない一瞬の出来事であっという。

学徒、波乱に満ちた人生だったな・・・

学徒出陣が遊学のため会稽をでてから7年と3ヶ月

乱世の英雄学徒出陣はついに逝った。享年25

北朝暦、郭明元年。南朝暦、陀酢令2年12月27日(195年) の事である。

ぷらっとは益州に入り佐倉を討ち、涼に抵抗する。情熱的も揚州にて涼に
抵抗。その平定にはなお、2年半の月日がなられた。

北朝暦、郭明4年5月17日(198年) ぷらっと、情熱的らは戦死し益州、揚州は平定。

大涼帝国は全国統一を果たした。翌年には、趙、代、漢中も解体。強力な中央集権
が確立され、日和見は涼の高祖、聖主として103歳の天寿を全うするのであった。

100年後、遊牧民の侵入により中原は失うものの、南涼として復興されさらに
150年の命脈を保った。現代でも軍事的にはやや弱体であったが、経済的に
もっとも大陸が栄えた時代であったと評価は高い。


       ■■■■■■■ 完 ■■■■■■■